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炎と風と氷

 シェルビエントの街中に熱風が吹き荒れる。

 吹き荒れる熱風は、一か所からではなくあちらこちらで発生して周囲に複雑な風の流れを生み出している。


 シェルビエント内に熱風が吹き荒れている理由はただ一つ。

 二人の魔将、炎将シャクトと裂将セネルが炎と風をぶつけ合っているからである。


『風刃・乱舞!』


『総炎弾』


 二人の魔将が凄まじい数の魔法を生み出しぶつけ合う。

 放たれる魔法は極めて凡庸な初歩魔法。

 だが、炎弾には込められた魔力量が並み外れており、並みの魔導師の炎弾では相殺することもままならない威力がある。

 

 それが数十個も同時に放たれるのであれば、精鋭で知られるシェルビエントの魔導師部隊であったとしても正面からシャクト一人に制圧されてしまうだろう。

 

 だが、その炎弾を裂将セネルは難なく相殺していた。

 裂将セネルの放つ風刃は、シャクトの炎弾に対して込められた魔力量は決して多くはない。 

 普通に正面からぶつかれば、セネルの放つ魔法はあっさりと飲み込まれてしまうだろう。


 だが、実際にはそうなっていない。

 それは、シャクトの放つ炎弾が真正面からセネルを狙っているのに対し、セネルの風刃が曲折しながらシャクトの炎弾を撃ち落としているからである。


 正面から相手を打ち抜くことを前提として放たれる魔法は、当然相手に着弾する正面部分が最も魔力密度が高い。

 ゆえにセネルは正面から炎弾を叩き落とすのではなく、風刃を回り込ませて迫りくる炎弾を両断しているのである。

 

 セネルはこれをあっさりとやってのけているが、当然これはそう簡単なことではない。

 魔法とは遠隔操作が難しい代物であり、放たれたのちにその軌道を変えることが出来るのは生物を形取った竜形成魔法くらいのものである。


 ゆえにセネルの風刃は放たれたのちに軌道を変えているのではなく、放たれる前から曲折するように放たれているのである。

 だが、それで高速で迫りくる炎弾を撃ち落とすためには一寸の狂いもなく迫りくる炎弾を見切らなければならない。

 何しろ、正面から炎弾を相殺するのであれば線で捉えればいいのだが、側面から撃ち落とすためには飛来する炎弾を点で捉えなければならないからである。


 高速で飛来する炎弾を点で見切って横腹から食い破るように風刃を曲折させて射出する。

 言葉に直せばそれだけの話だが、そんな芸当ができる魔導師は人間界内にはセレスティーナくらいしかない。

 常軌を逸する魔力制御力と見切りを兼ね備えていなければできないセネルのそれは、実戦用の技というより曲芸と呼ぶべき代物なのだ。


 そしてそれを実践の中で数十の炎弾を相手にやってのけるセネルの技量は、明らかにセレスティーナのそれに匹敵するほどの代物である。

 なぜならセレスティーナが長年の研鑚によって磨き上げた芸術的な精霊魔法を扱うのに対し、セネルの戦い方は他の魔将たちのように突出した魔力を持たないセネルが彼らと張り合い、魔界内の実力者と渡り合うために実戦の中で磨き上げ続けた技法だからである。


『総炎弾・第二波』


 しかしシャクトは撃ち落とされる炎弾のことなど知ったことではないと言わんばかりに新たな炎弾を打ち出す。


 それに対しセネルは両手をかざして同数の風刃を生み出す。

 再びその風刃全てがセネルめがけて打ち出された炎弾を曲折しながら撃ち落とす。

 しかし、撃ち落とすとは言ってもセネルの放つ風刃に込められている魔力量は平凡な魔導師のそれと同程度。

 ゆえに炎弾を横腹から食い破ってようやく相殺できるというのが現状である。


 ゆえに二人の魔法がぶつかり合う一帯には熱風が吹き荒れているのである。

 シャクトの放つ炎弾は、セネルの放つ風刃によって相殺され、あるいは軌道をさらせることによって見当違いの対象に激突し、込められていた魔力がその場に爆散している。

 二人の周辺に熱波が吹き荒れているのはそう言った理由からである。


『風刃・乱舞!』


 迫りくる炎弾を叩き落とすためにセネルは同数の風刃を射出する。

 だが、風刃による相殺は超のつく高等技術であってもセネルの身を守るための自衛手段でしかない。

 ゆえにセネルはシャクトの放つ炎弾の数よりも多い数の風刃を生み出し、その全てを大きく回り込ませた。

 

 シャクトの正面は無数の炎弾が控えているため、下手に打ち込んでも飲み込まれておしまいとなる。

 ゆえにセネルはその一帯を回り込むように風刃を放ったのである。


 シャクトの後方から5枚の風刃が迫りくる。

 セネルの魔法は込められた魔力こそ平凡だが、その代わりに一つ一つが比類ないほどに鋭く研ぎ澄まされている。

 そうでなければ幾度魔法を叩き込んでも竜人族の竜燐を切り裂けるはずなどない。


 ゆえにその奇襲は十分に有効な代物である。

 ……無論、通常の相手ならばであるが。


『炎壁』


 背後を振り返ることなくシャクトは魔法を紡ぎあげる。

 直後、シャクトの後方に炎の壁が生み出され、セネルの放った風刃を全て残さずに焼き払った。


「……」


 その光景を前に、セネルは小さく汗をかいた。

 現在、シャクトはどういうわけかセネルと同じ土俵で戦っている。

 つまりはやや距離を置いて初級魔法を打ち合うという戦いである。


 だが、シャクトの本分はそこではない。

 シェルビエントの砦を破壊した張本人であるシャクトが真に得意としているのは、圧倒的な火力を誇る大魔法による一撃である。

 セネルの主であるイファールには及ばないが、その魔道の実力は魔王の一角であるテオローグに勝るとも劣らないとされているのだ。


 だが、シャクトはなぜかそれを用いずに小手先の小技のみでセネルとぶつかり合っている。

 ゆえにセネルは辛くもシャクトと渡り合えているのだ。


「……ふざけないで」


 そんなシャクトに対し、セネルの唇が震えた。


「シャクト。答えなさい。なぜ、あなたがイファール様を裏切ったのかを。イファール様をどこへ連れて行ったのかを」


 セネルの問いに、しかしシャクトは答えなかった。

 答えずに、無数の炎弾を容赦なくたたき込んできた。


「そうよね。あなたが敵であるなら、私の質問に答えるはずなんてない。イファール様を裏切ったあなたが、私達の敵であることなんて分かり切ったことだものね。……でも、だったら」


 直後、セネルはその表情を曇らせた。


「だったらなんでそっちの土俵で戦わないの! なぜ、敵である私に情けをかけるように手を抜くの!」


 そう叫び、セネルは再び風刃を回り込ませる。

 だが、回り込ませた風刃は容赦なくその全てを炎壁に飲み込まれた。


 セネル自身よく分かっていることだ。

 魔界内でこそ圧倒的な力を持つ魔将として怖れられるセネルだが、魔将の中で格付けを行った場合、最も劣るのが自分だということを。

 ゆえにセネルはシャクトと正面からぶつかり合えば敗北することは解っていた。

 

 にもかかわらずシャクトと対峙したのは、イファールの腹心であったシャクトが裏切ったということに対して未だに確信が持てなかったからである。

 イファールの腹心として誰よりも長くイファールの傍にいたシャクトが自分たちを裏切り、得体の知れない何者かに自分たちの主を売り渡したということを、この目で見ても信じられなかったからである。


「なぜ、あなたは裏切ったの! イファール様を、魔界の希望を!」


 だからこそ、セネルはその真偽を確かめるためにシャクトと対峙した。

 もし自分が焼き尽くされるならそれも仕方ないと思っていた。

 それなら、シャクトが本当に裏切り者であるということを思いきれなかった自分が甘かっただけの話になる。

 

 だが、いざ対峙してみれば結果はこの通りだった。

 シャクトがその気になれば、セネルは既に倒されている。

 長年互いに戦ってきたために、双方の手の内は知り尽くしている。

 どう考えても、シャクトが手を抜いていなければこんな拮抗はありえないのだ。


「なぜ、裏切り者のあなたが私に情けをかけるような真似をするの!」


 ゆえにセネルの内心は大いに混乱していた。

 なぜかセネルの中でシャクトが裏切っていないという思いが消せないからである。


「あなたが裏切り者でないというならイファール様を返して! 裏切り者だというのなら全力で戦って! こんな、こんな半端な真似なんてしないでよ!」


 そう言って、セネルは風刃を打ち出しながら右手に魔力を集約させる。

 

『風鳴閃!』


 直後、針のように研ぎ澄まされたセネルの魔力が一本の光線となってシャクトめがけて放たれた。

 セネルの技量によって極限まで研ぎ澄まされた風鳴閃は、直線上にあった炎弾を貫きシャクトへ迫り……そして、シャクトが右手から生み出した炎にぶつかり消滅した。


『…獄炎弾』


 直後、シャクトはその右手にたぎらせた魔力をセネルめがけて打ち出した。

 セネルの風鳴閃を飲み込んだシャクトの魔法は、かつて不落と呼ばれていた砦を破壊した一撃である。

 ゴライアスが地下から大地震を起こすことで地盤を崩したという援護があったとはいえ、それはシャクトの一撃の威力を否定するものではない。


「……やっぱり、あなたは裏切り者だったのね」


 迫りくる絶対的な威力を持つ一撃を前に、セネルはそう呟いた。

 回避することは出来るが、回避する気概が起こらなかった。

 

「なんで、あなたが……」


 最後まで、魔将を束ねていた人物が何を考えているのかがわからないまま、セネルは眼前に迫る獄炎弾を眺めるように見ていた。

 

『氷龍弾』


 だが、獄炎弾はセネルに激突しなかった。

 セネルの眼前で、獄炎弾を氷の龍が撃ち落としたからである。

 

「申し訳ありません。遅くなりました」


「……え?」


 気が付けば、セネルの隣には隻腕の魔導師が立っていた。

 絶対的な探知力を持つ自分に気付かれずに接近していた連合軍総指揮官の存在に驚きながらも、セネルはその理由に納得した。

 要するに、自分はシャクトの相手に一杯一杯になっていて、周囲の気配を探ることさえも忘れていたのだと。


「セネル殿。シェルビエント内の状況がどうなっているか分かりますか?」


 自分の内心を知らぬジェクトの問いに、セネルは我に返る。

 シャクトとの一騎打ちで心乱されていたが、将来的に回るかもしれないこの男の目の前で無様をさらすわけにはいかないという一念が脳裏に浮かんだからである。


 シャクトは先の獄炎弾を放ったのちに牽制のための炎弾攻撃を中止してこちらの様子をうかがっている。

 ゆえにセネルは一度ため息を吐いて周囲の気配を探った。


「……東で炎鳥と魔導師が、南方でも二組の大規模な戦いが行われているわ。全体としては拮抗状態といったところね」


「分かりました。では、私達はここでシャクト殿を食い止めましょう」


「……あなたと私で共闘をすると言いたいの?」


「その通りです。あの方の相手をするのに、私一人でもあなた一人でも荷が重いのは確かですので、ここは共闘が妥当かと」


 ジェクト将軍の一言に、セネルはしばし試案したのちに頷いた。

 魔界内では生き残るためにきれいごとを口にしてはいられないことがふつうである。

 ゆえに冷静になったセネルの決断は早かった。


「手を貸してもらうわ。人族」


「では、早速」


 そう言って、ジェクト将軍は手にしていた杖を片手にシャクトへと歩み寄った。


「改めて始めさせていただきましょうか」


 ジェクト将軍がそう言うと、その周囲に大量の氷刃が生み出される。

 それに対応するかのようにシャクトの周りにも大量の炎弾が生み出される。

 さらにそれに呼応するかのようにセネルの周囲にも風刃が生み出され、周囲には数えるのも面倒なほどの数の氷刃、炎弾、風刃が並び立った。


『氷刃・総連斬』


『総炎弾』


 直後、ジェクト将軍の詠唱を氷と炎の魔法が入り乱れた。

 ジェクト将軍の氷刃はセネル程の鋭さはない。

 だが、その氷刃にはシャクトの炎弾を相殺する程度の魔力が十分に込められている。


 もとよりジェクト将軍の放つ魔法は氷。

 セネルの放つ風の魔法とは異なり、火魔法と衝突した際に敵魔法の熱を奪うという特性を持っている。

 ゆえに炎魔法の威力を殺すにはうってつけの魔法なのである。


 先ほどまで吹き荒れていた熱風が生じることもなく、シャクトの放つ炎弾の全てが相殺された。


『風刃・乱舞!』


 そして、一拍子遅れて放たれたセネルの風刃の全てがシャクトめがけて放たれた。

 セネルは元々ジェクトにたいして半数が叩き落とせれば僥倖という程度に見積もっておらず、そのために風刃を待機させていた。

 だが、ジェクト将軍の魔法の腕はセネルの想像の上をいったためにセネルは生み出した全ての風刃を攻撃に用いた。用いることが出来た。


 シェルビエント攻防戦の際に大山脈の麓に陣取っていたセネルは知らなかったのである。

 ジェクト将軍がシャクトと壮絶な魔道戦を行ったということを。


『…炎壁』


 迫りくる30を超える風刃を前に、シャクトは自身の全面を覆うように炎の壁を生み出す。

 先ほどまでの戦いから加味するに、セネルの風刃が普通にぶつかったとしてもシャクトの炎壁を越えることはまず不可能だということは明白。

 

 だがそんなことはセネル自身が誰よりもよく知っている。

 ゆえにセネルは既にもうひと押し加えてある。


「!?」


 シャクトの表情が驚愕に歪む。

 セネルが放った風刃は、その半数が一点に集中していたためである。

 高速で放たれながらも複雑な曲線軌道を描くセネルの魔法は、一見すると四方八方から押し寄せてくるように見えていた。

 だが、その実セネルの放った魔法は全面からではなく一点突破の集中攻撃。

 

 セネルの放つ鋭い風刃20を一点に受け、シャクトの炎壁はその半数を相殺しながらも風穴を開けられる。

 そして、風穴があいた炎壁内部に文字通り風の刃が流れ込んできた。


「ぐ!」


 シャクトはその刃をとっさに回避するが、炎壁内に流れ込んできた風の刃はその内部においても縦横無尽に暴れまわり見切るということを許さない。

 

『爆炎!』


 それに対し、シャクトは自分を基点に炎の魔力を爆散させた。


「……」


 そんなシャクトを見て、セネルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 ジェクトが加わった以上、こちらの手数は単純に二倍になったと考えていい。


 ゆえに先ほどのような小技のぶつけ合いとなれば分があるのはこちらだ。

 シャクトはそれが分からない手合いではない。ゆえに、ここから先は間違いなく大技に主軸を置いた彼本来の戦いに切り替えてくることだろう。


 そう考え表情を険しくしていたセネルは、直後奇妙なものを目にした。


「……あれは、なに?」


 先ほど風刃を避けるために放った爆炎により、シャクトの纏っていたローブが焼け落ち、その上半身が露わになっている。

 幾多の死線を潜り抜けてきたシャクトの全身は岩のように武骨な筋肉が盛り上がっていたが、セネルが疑問を抱いたのはそこではない。


 シャクトの背に刻み込まれている赤々とした幾何学模様である。


「…まさか、あれは」


 そんなセネルの隣で、明らかに驚愕を露わにしたような声をジェクトが上げた。


「あなた、あれがなんなのか知っているの?」


 セネルの問いに、ジェクトはしばし黙したのちに頷いた。


「間違いありません。あれは隷属魔法陣。あの方は、何者かに隷属させられています」


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