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二つの手駒

 突如俺たちに炎龍弾を叩き込んできた空に浮かぶ闖入者を目の当たりにした俺は、一気にトサカの天辺まで血が上るような激情に駆られた。

 

 一週間ほど前、師匠とイファールがつかみかけた魔族と人族の共存を、俺たちの目の前で台無しにしてくれた張本人を目の当たりにし、俺の中には怒りの念が渦巻いていた。


「やっぱりテメーらだったのか! ロイルド!」


 だが、俺が怒りの念を言葉にする前に、いつの間にか地面に降り立っていたトリストスが声を張り上げる。

 そして、宙を舞う魔道総帥ロイルドは、トリストスを見下ろしてニヤリと笑みを浮かべた。


「ほう? あなたは私がこの事件の黒幕だとにらんでいたのですか?」


「こんな大それたことが出来る奴なんざ、テメーらぐらいしかいねーだろうが」


 トリストスの一言に、俺は彼が何を揶揄しているのかを理解した。

 大森林からの強襲。滅ぼされたはずの龍人族による襲撃。

 今回の一件は、明らかに常軌を逸した奇襲なのは間違いない。

 

 そして、擬似的とはいえ魔族と人族が同盟を組んだ現状ではそんな勢力を有する団体など存在するはずもないのだ。

 そう。少なくとも俺たちの知る限りでは。


「フィナリア。あいつは帝国魔道総帥で、いいんだよな?」


「加えるなら、先日私たちの希望を踏みにじった悪逆の徒です」


 フィナリアらしからぬ物言いに、彼女も内心で自分同様に腸が煮えくり返るような思いをしているのだと気が付いた。

 

「ロイルド・インディオス。師匠たちはどうした?」


 気が付けば、俺はそんな問いを口にしていた。

 あの場で、俺たちはファーレンベルクに乗って逃亡をするしかなく、結果としてイファールとロウセイ師匠。そして、魔将の一人であるゴライアスを置いていくしかなかったのだ。


 ゆえにその安否を確認するための俺の問いに、ロイルドはクツクツと笑みを浮かべながら答えた。


「さて、どうなったと思いますか?」


「……テメェ」


 茶化すような物言いに、再び俺の頭に血が上りそうになるが、それを必死に抑え込む。

 対して、ロイルドも俺たちに用があるのか、眼下で竜人族たちと戦う連中には目もくれずに俺とフィナリアへと視線を向ける。

 

「やれやれ。困ったものですよ全く。竜人族は数に限りのある貴重な手駒だというのに、まさかこうまで消耗するとは思っていなかった。それもこれも、皆その炎鳥が原因というわけですか」


「……それがどうした」


 あの時同様に突如として現れたロイルドに対し、俺は苛立ちを覚えながらも、可能な限りの警戒心を抱いていた。

 目の前にいる敵は、間違いなく難敵の部類だ。


 師匠の一撃を正面から受けてなお平然と戦い続けていた事実と、先ほど放った炎龍弾。

 さらにはフィナリアでさえも未だに完全な習得に至っていない浮遊を自在に扱っている目の前の魔導師は、底知れぬ実力を隠し持った得体のしれない存在だ。

 

 ゆえに、俺は細心の注意を以てロイルドの口にする言葉を逃すまいと神経を研ぎ澄ませる。

 そんな俺たちに対し、ロイルドは謳うように告げた。


「まさかその炎鳥に浄化の力が宿っているとは思っていませんでした。ライエット卿の魔法にとってその炎鳥は天敵といって差し支えありませんので、ここで始末しておこうと思いましてね」


「……浄化の力?」


 ロイルドの口にした単語の意味が分からず、俺はその単語を聞き返す。

 だが、魔道総帥はその疑問に応じることなく手にしていた杖を構えた。


「おしゃべりはここまでです。あなた方にはこの場で消えてもらいます」


「ンなことを俺が許すと思うか?」


 直後、先ほどまで地面に降り立っていたはずのトリストスがファーレンベルクの背中にトンと飛び乗った。

 地面からここまで軽く100mはありそうだが、その程度の垂直跳びで驚く段階はもうとっくに超えているので、俺は加勢に来てくれたトリストスの背中を見て頼もしさを抱く。


 だが、それに対してロイルドは余裕の表情を崩さない。


「確かに、あなたたち全員を相手にするのは私でも骨が折れそうですねぇ。

 そして、それを私が予想していないとでも思ったのですか?」


「なに?」


 ロイルドの物言いに、トリストスは長太刀を構えながら応じる。

 そして、対面するロイルドは杖を立てて魔法を紡ぎあげた。


「あなたたちの相手は、この二人ですよ」


「ッ!」


 直後、ロイルドの近くに空間のひずみが生じ、その中から二つの人影が現れた。

 そして、その人影を見るや否や、トリストスはファーレンベルクの背を蹴って片方の人影を切りつけた。


 ガギィン!

 

 だが、あろうことか現れた片方の人影はトリストスの一撃を真正面から受け止めた。

 その状態から、トリストスと二つの人影は真っ直ぐに地面目がけて落下していく。

 トリストス以外の二つの人影の内、片方は人並みの大きさに見えたが、もう片方は恐ろしく巨大な体躯をしているのが見て取れた。

 

「そんな、まさか!」


 そして、落下しているトリストスと二人を俺が目を凝らしてい観ていると、フィナリアが突如隠そうともしない驚愕の声を張り上げた。


「ど、どうしたんだよフィナリア!?」


「……クウヤさん。あの、小柄な方は」

 

 ドッスーン!!


 言葉に詰まるフィナリアに対し、俺は盛大な落下音を鳴らして地面に着地した小柄な方の敵を目視する。

 戦士というにはかなり太った体躯をしているその人物……まるで帝国貴族のような酷薄な笑みを浮かべるその顔立ちを見て、俺はある人物を連想した。


「まさかあいつ!」


「ええ。間違いありません」


「「エベルス・ホットファード!」」


 落下中に敵の姿を確認したらしいフィナリアと、落下した後にその姿を確認した俺が同時にその敵の姿を確認した。


 豪奢な服と、似合いもしない宝剣を腰に佩いた人物は、ドルガーと並んで帝国将軍となっていたエベルス・ホットファードその人だった。


「なんであいつがここに!?」


「……ロイルド卿がこの場にいる以上、エベルス卿とライエット卿も同様に生きているとみるのが妥当でしょう。ですがクウヤさん。驚くべきことはそこではありません」


 フィナリアの言葉に、俺も目の前でおこったことを確認して頷いた。

 エベルスの奴はトリストスが切りかかった敵と一緒に、ロイルドの浮かぶ上空から飛び降りたのだ。

 

 その高さは常人ならば間違いなく即死する高さであり、とてもエベルスの奴が無事着地できるような高度ではない。

 にもかかわらず、エベルスはその高さから着地してのけたのだ。

 その事実に、俺は戦々恐々とした。


 エベルスはドルガー将軍とは違って権力争いで将軍の役職に就いた人物のはずだ。

 事実、俺がトリストスとヴァルシアへと連行されたあの日、ドルガーとロイルドは俺達にとって強敵となったが、エベルスはただ言いがかりをつけ、俺たちを有罪にしただけだったのだから。


 だが、100m近いこの高さから飛び降りて平然と着地するその姿は、まぎれもなく超人の域に足を踏み入れた人物の持つそれだった。

 一体なぜ、何があのバカを変えたのかが、俺には全く理解できなかった。


「余所見をしている場合ですか?」


 そして、俺とフィナリアが突如現れたエベルスに気を取られている隙に、ロイルドはこちらを攻撃するための魔法を紡ぎあげた。

 気が付けば、炎の体を持つ龍が三匹ほど生み出されていたのだ。


「クソ! 離脱しろファーレンベルク!」


「ピュア!」


 俺の意図を正確に察したファーレンベルクは、大きく翼をはためかせてその場を離脱しようとする。

 直後、ファーレンベルクを追いかけるようにロイルドは生み出した三匹の炎龍を発射した。


 






「……野郎」


 切りつけた相手を見ながら、トリストスは悪態を吐く。

 上空ではファーレンベルクとロイルドがどこか遠くへ移動するかのような気配だけは分かるが、トリストスは目の前の敵から目を離すことができないでいたからだ。


「ほう? どこかで見たことがある顔だと思ったら、ドルガーの奴に一刀両断された田舎者の剣士か?」


 そんなトリストスに対し、エベルスが声をかけた。


「ドルガーなんぞに敗れ、見苦しく炎鳥にしがみ付きながら逃げ去った下っ端剣士が、いやしくも人間界を狙う魔族どもと手を組むとは、いやはや全く、けがらわしい下賤のものらしいせんたくじゃなぁ?」


 大きく顎を上げて見下すエベルスに対し、しかしトリストスは長太刀を構えたまま一瞥すらせず。


「黙ってろ屑」


 と短く告げた。


「く、屑だと? 貴様、このわしを誰だと」


「今はテメーの相手なんぞしてる暇はないんだよ」


 着地して以後、トリストスはエベルスには一瞥もくれずにもう一方の敵を視界に収めている。

 ロイルドの空間転移によって呼び出された敵は、エベルスともう一人巨漢の人物。

 トリストスは召喚されたその巨漢を相手に一も二もなく飛びかかり、今もなおエベルスをそっちのけでその敵へと全神経を傾けていた。

 

 着地の際に発生した土埃に隠れるその巨漢は、トリストスにとってそれだけの警戒を抱かせるに足る敵だということだ。


「……まさか」


 エベルスの隣で恐ろしいまでの威圧感を放つ敵を覆い隠していた土埃が晴れた瞬間、それまで周囲の竜人族を相手取っていたベヘルがその姿を見て手を止めた。


「まさか、あなたまで操られていたというのですか! ガンドラ様!」


「ガンドラ? なら、あいつは」


 突如口にしたベヘルの一言に、トリストスは目の前の巨漢が何者なのかを理解した。

 土煙の晴れた中から現れた巨漢の敵は、バストラングをも大きく上回る巨人ゴライアスと同じほどの体躯を持っており、全身にはベヘルと似たような竜燐に覆われている。


 そしてガンドラという名。

 つまり目の前にいる敵は、かつてイファールが倒したという。


「こいつが、魔王の一角、竜人王ガンドラってことか?」


「……ああ。そうだ」


 トリストスの背後で、ベヘルがその呟きを肯定する。

 

「ヴィラルド。テオローグと並び、かつて魔界に君臨していたという竜人王ガンドラ。なるほど、こうして対峙するだけで背筋が凍るような威圧感があるな」


 トリストスの背後に、セレスティーナが歩み寄りながらそんなことを呟いた。

 多少回復したのか、呼吸も落ち着いているように見える。


「他の竜人族同様、無理やり蘇らされて戦わされておる。それで間違いなさそうかベヘル?」


「……ああ。間違いだろう」


 忸怩たる念をにじませるベヘルに対し、セレスティーナは暫し黙した後に頷いた。


「ならばこの場で引導を渡そう」


「……手を貸してもらえるか?」


「無論じゃ。のう、トリストス?」


「ああ。あいつはヤバイ」


 腰を落として戦意をむき出しにするトリストスに対し、しかしそれを看過せぬものが声を張り上げた。


「貴様らあぁぁぁ!! このわしを無視するとはいい度胸をしておるな! よほどその命要らんと見える! 不届きものどもめ、この宝剣の錆にしてくれるわ!」


 そう言って、エベルスが腰に佩いていた剣を引き抜いた。

 だが、そんなエベルスの首元に一本の槍が突き付けられる。


「エベルス卿。この事態で、なぜあなたがこの場にいるのかはあえて問いませんが、この場に水を差すことはやめてもらいましょう」


「ほう? 誰かと思えば、グランガイスの小娘か?」


 いつの間にかのど元に槍を突きつけられながらも、エベルスは泰然とした様子で槍の持ち主であるシルディエの方を向いた。


 普通であればのど元に槍を突きつけられているこの状況でこのような余裕に満ちた表情を浮かべられるようなものではないのだが、どういうわけか今のエベルスにはその余裕が見て取れる。


 先の着地と言い、明らかに様変わりしている元帝国将軍を警戒するシルディエに対し、エベルスの方から興味深そうな言葉が放たれた。


「思えば、お前を始末し損ねた時からわしの運は悪くなったのか。だが、そんなお前に復讐できるというのなら、それも一興だな」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらそんなことを口にするエベルスに対し、シルディエは警戒心を抱きながらも口を開いた。


「出来るものならやって見なさい。あなたのような素人にやられるほど、私は甘くはない」


「ほほう? それは、どうかな!」


 直後、エベルスの姿が掻き消え、シルディエの背後に現れた。


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