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10年来の宿敵

 ロウセイ師匠めがけて3匹の溶岩龍が迫りくる。

 魔王イファールによって生み出された溶岩龍の威力は、フィナリアやジェクト将軍の放つ龍形成魔法のそれを大きく上回る。

 

 属性魔法の極致といわれる龍形成魔法のさらに極致と呼べるようなその魔法は、悪魔王テオローグさえも焼き殺した代物である。

 そんな圧倒的な威力を持つ魔法を受ければ、人族など骨はおろか塵一つ残ることはないだろう。

 

 だが、眼前に迫りくる溶岩龍を前に、ロウセイは何のためらいもなく真っ直ぐに踏み込んだ。

 三方向から迫りくる溶岩龍は、そんなロウセイを食い殺すためにその咢を大きく開ける。

 

「ハアアアア!!」


 そして、眼前に迫りくる溶岩龍の1匹を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた溶岩龍は、そのあまりにも重い一撃に弾き飛ばされて隣の溶岩龍を巻き込みながら遠くまで弾き飛ばされる。


 だが、放たれた溶岩龍は3匹。

 一撃で2匹を削り取ったロウセイに、最後の1匹が迫りくる。


「ハ!」


 だが、眼前に迫りくる溶岩龍を前に、ロウセイは掌底を突きだした。

 そして、掌底が触れたと同時に、イファールの放った溶岩龍ははじけ飛んで消え去った。


「……『大地の怒り』」


 そんなロウセイを前に、イファールは続いて15匹の溶岩龍を生み出した。

 一つ扱えるだけでも人間界では有数の魔導師である証とされる竜形成魔法。


 それを15も同時に扱うイファールは、文字通りの怪物である。


『喰らい尽くせ』


 その怪物の口から命令が下され、15匹の溶岩龍たちは真っ直ぐにロウセイめがけて突き進んだ。


 四方八方から15匹の溶岩龍が一人の男を喰らい尽くそうと迫りくる。

 あり一匹逃げ出す隙間の無いその攻撃は、文字通りの必殺の一撃。


 ……普通ならば、ではあるが。


「ムウン!!」


 気合と共にロウセイは飛び上がり、迫りくる溶岩龍を2匹捕まえる。

 溶岩を素手で触れるという行為だけでも常識を外れているというのに、あろうことかロウセイはそのまま溶岩龍2匹を振り回す。

 

 それから先は先日の焼き直しとなった。

 ロウセイによって振り回された溶岩龍は、周囲から迫りくる13の溶岩龍を叩き潰し、軌道を逸らし、胴を両断していった。


 そして、全ての溶岩龍を叩き落としたのち、ロウセイは酷使したせいで首だけしか残っていない溶岩龍の躯をイファールめがけて投擲した。

 胴がなくなった時点で霧散するはずだった溶岩龍の躯が真っ直ぐにイファールに迫る中、イファールはそれを軽く後方に飛び下がるだけで回避した。


 だが、溶岩龍を放り投げた張本人は、地面に着地したのちににやりと笑った。

 

「ようやく動いたな。イファール」


 挑発とも取れるその言動に、イファールは変わらず物調面をしたまま口を開いた。


「奪われているな。私の魔法の主導権が」


「ハハハ。お前、わしの力を知るためにわざと溶岩龍を束でけしかけたな?

 しかし……」


 にやりと笑ったまま、ロウセイはイファールを観察するように見た。


「あれだけの魔法を使っておいて呼吸一つ乱していないとは、溶岩魔法の体得だけではなく、魔道の練度そのものも10年前とは比べ物にならんな」


「そう言うお前こそ、この10年間で奇妙な小細工を身に着けたらしいな。

今の魔法を凌がれたのは竜人王ガンドラとの戦い以来だ。もっとも、あいつはお前のように無傷ではなかったが」


 そう言うと、イファールは右手を掲げた。

 直後、ロウセイの周囲の溶岩溜まりが一斉に噴火した。

 先ほどロウセイは溶岩龍を叩き落としたのだが、当然その全てを霧散させたわけではない。

 軌道を逸らすにとどまった溶岩龍は、当然のごとく地面に激突してその地面を溶かし溶岩を生み出している。

 

 そして、それによって生み出された溶岩が一斉に爆発し、四方八方へと飛沫を飛び散らせた。

 それがただの水ならいざ知らず、飛沫の一つ一つは紛れもなく溶岩。

 浴びれば火傷では済まないその溶岩が、暴風雨のようにロウセイへと迫りくる。


 しかし、それに対してロウセイはにやりと笑って拳を構えた。


「ハアアアアア!!!!」


 直後、裂帛の気合と共に拳が真正面に振り抜かれる。

 振り抜かれた拳から周囲に衝撃波が飛散し、ロウセイの上方から降り注いでいた溶岩の雨を弾き飛ばす。

 

「ヌアアアアアア!!!!」


 だが、溶岩の雨は当然無数に降り注ぐ。

 ゆえにロウセイもその拳を幾度も振り抜く。

 そのたびに衝撃波が周囲に飛散し、溶岩の雨を弾き飛ばした。


 そして、ロウセイの放つ拳の数が5を数えた頃、ロウセイの周囲の地面には冷え固まった石ころが山のように転がっていた。

 飛沫が全て弾き飛ばされ、ロウセイに1つとして届かなかったのである。


「離れた場所にある溶岩さえ操る、か。驚きはせんが凄まじいな」


 賛辞を送るロウセイに対し、イファールもまたロウセイを観察するように見回し口を開いた。


「……このような小技が通じるとは思っていなかったが、相も変わらず珍妙な技を使う」


「ハハハ、ならばもう一つ面白い技を見せよう」


 無数の溶岩の雨を振り払ったロウセイは、そのまま真っ直ぐにイファールめがけて走り出した。

 疾駆するロウセイを前に、イファールは迎え撃つように拳を構え、振り抜いた。


 直後、イファールの腕から溶岩塊が打ち出される。

 

「ぬ!」


 十分な間合いがあるにも関わらずふりぬかれたイファールの拳から放たれた溶岩塊を、ロウセイは身をよじって回避する。

 とっさの判断だったが、しかしそれは結果として失策だった。


 回避するためにわずかに体を逸らしたロウセイの足元の地面が爆発したのだ。


「ぬぉ!?」


 爆発した地面から勢いよく溶岩が噴き出す。

 意表を突かれたロウセイは、なすすべもなく吹きだす溶岩に巻き込まれる。


「……」


 見事にロウセイを巻き込んだイファールだったが、その表情は依然険しいままだった。


 直後、イファールは突然背後を振り向き、右腕を持ち上げた。

 その右腕は、いつの間にか背後に接近していたロウセイの拳を見事に防いでいた。


「ふむ。やはりお前の目を誤魔化すのは無理か?」


「抜かせ。背後を取られるまで私の目を欺けるものなど、お前位のものだ」


「褒め言葉だな。ハア!」


「!!!?」


 直後、ロウセイの拳から衝撃波が放たれる。

 ロウセイの拳を受け止めていたイファールは、その衝撃波を真正面から受けながら弾き飛ばされた。


「ハアアアア!!!!」


 それを好機ととらえたロウセイが、イファールめがけて追撃をかける。

 だが、今度はイファールが即座に右手を地面に押し当てた。


『溶岩地帯』


 地面に当てたイファールの魔力が浸透し、周囲一帯の地面を溶岩に変える。

 その面積は広大で、ロウセイの足場も即座にマグマと化した。


 が、有ろうことかロウセイはそのマグマの上に立っていた。

 術者であるイファールでさえ自分の足場を残したうえで周辺一体を溶岩にしたというのに、ロウセイはそのイファールの眼前にて溶岩の上に立っているのである。


「ふう。一瞬焼け死ぬかと思ったぞ」


 緊張感の欠片もないその返答に、イファールは地面に付けていた右手を放した。

 イファールが地面から手を放すと、あたり一帯は見る見るうちに冷えて固まり漆黒の荒野へと戻っていった。

 そんな中、ロウセイは元に戻った大地を歩みながらイファールに問いかけた。


「僅か10年でそれほどの力を身に着けるとは並大抵の修練ではないな。お主をそうさせたのは、魔族解放という志か?」


「……だとしたらどうだというのだ?」


 問いに問いで返すイファールに対し、ロウセイは再び笑みを浮かべた。


「なに。魔族を解放したいというのであれば、あの娘の言う通りにするのがいいと言おうと思っただけの話だ」


 そう言って、ロウセイはセネルに抑え込まれているイルアムの方を向いた。

 そんなロウセイの一言に、イファールは眉をひそめる。


「お前は、我々魔族を滅ぼすためにこの場にいるのではないのか?」


「逆だ。わしは魔族と人族の和平のためにこの場にいる」


 迷いないロウセイのその返答に、イファールはさらに深く眉間にしわを寄せた。


「分からんな。ならばなぜイルアムの説得を止めたうえで私と戦う?」


 イファールの問いに対し、ロウセイは笑みを浮かべたまま答えた。


「なに。魔族側にも事情があるのだろうと思ってな、話し合いに応じぬのであれば、別の方法を用いるまでと思っただけの話だ」


「……別の方法だと?」


「うむ。かみ砕いて言うとだな」


 そう言うと、ロウセイは一度言葉を切って再度口を開いた。


「魔界最強のお主をわしが下し、力ずくで融和をさせればいいという話だ」


 ドン!


 ロウセイがその言葉を口にした瞬間、イファールの足元が爆発し、そこから溶岩がわきだしてきた。


「ロウセイ。それは戯言か?」


「戯言でもなんでもない。魔界の規則は、弱肉強食ただ一つなのだろう? ならば力ずくでお前たちと和合するのも方法の一つではないか?」


 なおもそんなことを口にするロウセイに対し、イファールの足元に生じた溶岩が、まるで生き物のようにイファールにまとわりつきだした。


「侮るなよロウセイ。お前が考えるほど、私の存在は軽くはないぞ」


 圧倒的な殺意を抱きながら、イファールは溶岩を身に纏わせながらそう告げた。

 それに対し、しかしロウセイは不敵な笑みを崩さずに拳を構えた。


「それでいい。お互い様子見は終わりにしよう」








 俺たちの目の前では、尋常ならざる光景が繰り広げられていた。


 違いすぎるのだ。

 俺がこれまで見てきたどんな戦いとも。


 手数が違い、威力が違い、魔力が違い、速さが違う。

 何もかも、俺が……俺たちが見てきた戦いとは大きく異なっていたのだ。


「なんなんだよ。あの二人は」


 気が付けば、俺はそんなことを口にしていた。

 先の一戦でわかっていたつもりだったが、魔王イファールは本当に化け物じみている。

 フィナリアで数発、ジェクト将軍でさえも10発が限界の龍形成魔法をこともなげに扱う魔王の魔力量は底が知れず、そんな怪物を相手に師匠は一歩も引かずに戦っていた。


 その二人の戦いは、異常というより異質としか言いようのないほどに俺たちの理解を外れていた。


「ロウセイ様の力がこれほどだったとは……」


「全くじゃ。あれほどの使い手、一人で魔王を相手にするというのもうなずける」


 フィナリアとセレスティーナの言葉に、俺も頷いた。

 そして頷く俺の口からは、必然的に一つの疑問が飛び出した。


「なあ、なんであの二人はあんなに強いんだ?」


「……私には分かりません。セレスティーナ様はいかがですか?」


 俺の問いにそう返したフィナリアに対し、セレスティーナはしばし黙考したのちに答えた。


「二人とも抜きんでた天賦の才を持ち、それを磨き上げる環境に恵まれ、それに奢ることなく過酷な修練を課し続けたのじゃろう。妾にもそうとしか答えられぬ」


「……」


 セレスティーナの答えを聞き、しかしそれは違うと思った。

 恐らくセレスティーナ自身もこれが正しいと思える答えがないからそう答えたのだろう。

 そんなことを考えていた俺の眼前で、師匠とイファールが二言三言言葉を交わしていた。


「……動くのう」


「動きますね」


 そんなことを考えている俺の隣で、フィナリアとセレスティーナがそんなことを口にした。


「動くって、何が?」


「ん? そうか。クウヤには聞こえんのか」


 疑問を口にする俺の前で、セレスティーナが動くという言葉の意図を口にした。


「二人の様子見が終わるそうじゃ」


「様子見? あれでまだ小手調べだったと?」


 そんな俺の問いに、二人は頷いた。

 

 

 




「……旦那が苦戦しているとこなんて初めて見たぞ」


 ロウセイとイファールの戦いを見物しながら、雷将ライオスはそんなことを口にした。

 魔界内でも指折りの実力者という自負のある彼をもってしても、目の前の光景は常軌を逸していた。

 

 竜人王ガンドラと悪魔王テオローグを始末したイファールは、今や魔界最強の存在と断言できる絶対的強者である。

 ガンドラとの戦いは熾烈を極めたと聞いていたが、テオローグを瞬殺してのけたイファールの力は魔界屈指であり、ひいては大陸屈指であるということをライオスは疑っていなかった。

 

 ゆえに目の前で繰り広げられる光景が信じ難かった。

 魔界内で既に並ぶもののいないイファールを相手に互角に渡り合うロウセイという存在が、ライオスの想像を超えていたからである。


「口元が緩んでいるわよ。ライオス」


「おっと、いけねーな」


 セネルの指摘に、ライオスは無意識のうちに浮かべていた笑みを消す。

 強者を目の当たりにすると戦いたくなる。

 ライオスの悪い癖であった。


「だが、あの人族は間違いなく強いぞ?」


 ライオスの指摘に、周りの魔将たちが頷く。


「間違いないな。あれもイファール様同様、天賦の怪物というべきだろう」


 シャクトの一言に、ライオスは二人の戦いを見ながら問いかけた。


「イファールの旦那が負けるかもしれないってのか?」


 ライオスのその問いに、しかしシャクトはフッと笑みを浮かべた。


「そうか。お前はイファール様がガンドラを下したのちに参加に加わったせいで見ていないのだな。イファール様本来の戦い方を」


「旦那の、本来の?」


「ああ。どうやら始まるぞ」


 シャクトがそう言うと、イファールの足元から溶岩がせり上がり、イファールの体に蛇のように巻きついていった。


「あれが、旦那の?」


「そう。あれがかつて竜人王ガンドラを滅ぼした力だ。よく見ておけライオス。イファール様が全力を出すのは、実に5年ぶりだ」


「……様子見は、終わりってことですかい」


 シャクトの言葉に、ライオスは思わず喉を鳴らす。

 その言葉が確かなら、先ほどまで繰り広げられた戦いが余技ということになる。

 余技だけでもテオローグを始末してしまうようなイファールの全力が見られるということに、ライオスは血肉がわき踊るような感覚を覚えた。


「ですが」


 そんなライオスの隣に立つベヘルが、突然口を開いた。


「あの人族も只者ではない。恐らく、あの者も未だに全力を出していない」


 ベヘルの指摘に、炎将シャクトは頷き、一言告げた。


「始まるぞ。我らの理解を越えた超常の戦いが」

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