災害戦争
昔々太古の昔。
当時の大陸は人と亜人が共存していた世の中で、そこには差別など存在せず、誰もが肥沃な大地にて幸福に暮らしていたらしい。
しかし今から5000年前に大陸にとある災害が降り注いだ。
巨大な隕石が大陸の南東部に直撃したのである。
その隕石の被害は大きく、大陸の地形すら変形させてしまうほどのものだったという。
元々楕円形に近かった大陸の東南東がポッコリ削り取られたようにくぼんでいるのは、その時の隕石によって消滅したからだと伝えられている。
大陸の一部を削り取るような隕石の衝突により、世界には尋常ではない災害が巻き起こることとなった。
隕石衝突の熱波と衝撃により大陸東部に住んでいた人々は全滅。
緑豊かだった大地も、焦土の広がる人の住めぬ土地と化してしまったという。
熱波は大陸を横断したが、大陸西部の人々はかろうじて生き残ることができた。
衝撃波も、大陸東部を破壊するにとどまったのである。
しかし問題はそこで終わりではなかった。
隕石衝突による一時災害は大陸東部を完膚なきまでに破壊したにとどまったが、二次災害が大陸全土を覆ったのだ。
隕石によって巻き上げられた大量のちりが日の光を遮り、大陸を横断した熱波によって農地の大半が壊滅したのだ。
そして、大陸史上最悪の戦争が勃発した。
生き残った人々は、急激な環境の変化と食料不足、さらにはそんな中でも魔物と戦わなければならない現状から、残ったわずかな安全な土地を奪い合ったのだ。
それが災害戦争。
隕石の衝突という一つの災害が引き起こした、歴史上最悪の戦争である。
そして残された土地を、人族と獣人族が奪い合いを始めた。
当時、この二つの種族が大陸を完全に席巻していたため、この二つの種族の争いがそのまま大陸戦争とも呼べる規模のものとなってしまったというのだ。
長きにわたる殺し合いの末、勝利したのは人族だった。
敗北した獣人たちは大陸西部から追い出され、大陸東部へと追いやられる。
人族は敗北した獣人たちが大陸西部に入らないように大山脈と大森林の間に戦力を集め、獣人たちを大陸東部へと追い込んだ。
戦争の最中、人族は人質のために獣人族の捕虜を持っていた。
その捕虜たちは、終戦後に奴隷となる。
本来であれば皆殺しにしてもおかしくなかったが、戦争によって双方の種族に多大な犠牲が出たため食料難が解決して労働力が足りなくなったという皮肉な背景があったようだ。
そして終戦後、いつしか大陸西部を席巻した人族は、大陸西部を人間界と呼び、のちに人間界をいくつかの国に分け、統治することとなる。
当時人族の代表だったグランツ・ローゼンバルクという名の人物が人間界の中央を陣取り、初代皇帝となってトルデリシア帝国と呼ばれる国家を造り上げる。
人間界と大陸東部を隔てるための軍隊は、やがて強固な砦を築き上げ、独立戦闘国家シェルビエントとなる。
人族に隷属することとなった獣人族は、大陸南部にて過酷な労働を強いられることとなり、その国はいつしかリスタコメントスと呼ばれた。
人族の非戦闘員たちは、魔界からもっとも離れた土地を分け与えられ、当時の非戦闘員たちを束ねていた人物の名を取り、ノーストンという国家となる。
また、人間界には獣人たち以外にも、エルフ族やドワーフ族と言った少数民族もいたが、彼らは災害戦争以前から大山脈西部の辺境に住んでいたため、彼らの住む人間界北部は、多民族国家フォルシアンと命名される。
それが5000年前に巻き起こった災害戦争。
たった一つの隕石の衝突が巻き起こした悲劇の全容である。
「……それが、この大陸の歴史ですか」
ロウセイから聞いた話に、俺はひたすら絶句した。
たった一つの隕石の衝突によって、平穏な日常が崩れ去ってしまう。
そんな事実にひたすら困惑した。
「獣人が差別の対象になっている理由も、見当がついただろう?」
「……はい」
獣人という種族は、災害戦争の敗北種族なのだ。
大陸西部を席巻した人間たちに、ただ飼われるだけの存在なのだ。
「……では、なぜ大陸東部は魔界と呼ばれているんですか?」
さっきの話で人間界がどういう状態なのかは見当がついたが、魔族という名前はついぞ一度も出てこなかった。
「さっきの話でもいったが、大陸東部は隕石衝突以降も不毛の荒野が広がる焦土となった。
そんな中で生き残った獣人達がどんな日々を送ったのかは、わしにもわからない。
ただ一つ言えるのは、そんな土地の中で苛烈な生存競争を繰り返した者達は、わしらの常識を超越するような進化を遂げ、いつからか自らのことを魔族と名乗りだしたらしい」
「そして、いつしか魔族たちの住まう土地を魔界と呼ぶようになったのです」
ロウセイとフィナリアの説明に、俺は腕を組んだ。
「でも、5000年も経過すれば魔界も元に戻っているんじゃないんですか?」
自然の力という物は偉大だ。
災害が巻き起こってもそれだけの時間があれば魔界も元通りになっているんじゃないんだろうか?
そんな俺の疑問に、しかしロウセイは首を横に振った。
「いや、5000年経過した今でも魔界には草木の生えぬ灰色の焦土が広がっていた」
「……広がっていた?」
その表現に俺とフィナリアがロウセイの方を向く。
「ああ。帝国を追われてから、わしはしばらく放浪の旅をしておってな。
その最中、腕試しにと魔界に挑んだことがあったのじゃよ」
「「!!!???」」
あっけらかんと、とんでもないことを口にするロウセイに俺もフィナリアも絶句した。
「……一体なんでまた」
「若気の至りじゃな。
そして、わしは魔界内にて魔族とぶつかったのじゃよ」
そのカミングアウトに再び俺とフィナリアは絶句した。
「それって、いつの話です?」
「大体10年前位だな」
そう言うと、ロウセイは手元にあったお茶を啜り、話を続けた。
「魔界という場所は恐ろしい場所だった。
大気には瘴気とも呼ぶべき毒性の魔力が満ちており、まともな連中であれば呼吸することさえままならぬような土地だった」
しみじみと語るロウセイの言葉に、俺とフィナリアは言葉を失っていた。
まともな人では呼吸することさえままならぬ毒素に満ちている土地とは一体どのような地なのか。
その様な土地に挑んだ目の前の武人はどれほどの強者なのか。
そして、そんな大地に生きる魔族とは、どれほどのものなのか。
様々な疑問が浮かんでは消えていく中、ロウセイは話を続けた。
「おぬしらも魔族と衝突したと言っておったろう。
ならば、この話をしてもいいと思う。
魔族と戦ってみて、お前たちは何を感じた?」
「……底知れない。本当に、底知れない強さを感じました。
あの時戦ったベヘルという者についても、私一人では間違いなく勝てませんでした」
ロウセイの質問に、フィナリアがそう答える。
「うむ。だが、考えても見よ。
そんな魔族が、なぜ今人間界にやってきたのかを。
そして、なぜ人間界に来ていながら観察するようにリスタコメントス東部に留まっていたのかを」
「まさか!」
ロウセイの話に、フィナリアの顔に驚愕が浮かぶ。
「そう。わしの推測が正しければ、その魔族の目的は人間界の偵察だ。
そして、その仮定が正しければ、そう遠くない内に魔族が人間界に攻め込んでくる。
そして、もしそうなれば人間界は、恐らくひとたまりもないだろう」
ロウセイの言葉に、俺は背筋が凍るような感覚に陥った。
これが女神レンシアの言っていた滅びの運命を内包した世界に起ころうとしている事なのだろうかと思ったのだ。
常識的に考えて人間界に偵察に来るようなベヘルが魔界最強のはずはない。
恐らくまだまだたくさんの上がいる。
そして偵察であるベヘル一人でさえ町や村の一つや二つなら余裕で滅ぼしそうな力があった。
そう考えると、魔族たちが総力を挙げてきた場合にどうなるのか、想像するのも恐ろしい。
「でも、本当にそんなことが? 5000年間も続いた平穏が破られると?」
フィナリアの問いに、ロウセイはためらいもなく頷いた。
「可能性は十分にあると考えるべきだろう。
我々は魔界のことを何も知らない。
5000年もの間、奴らはわしらがこの肥沃な大地でぬくぬく生きている裏側で、常人では生き延びることさえ困難な土地にて血で血を洗う闘争を繰り返してきたのだろう。
大森林を突破してのけるような猛者を偵察に使うような怪物たちが攻めてくると考えるなら、それはどれほど恐ろしいことだと思う?」
そう言われ、フィナリアは口を噤んでいた。
「クウヤ。フィナリア。
お主らには、獣人族がなぜあれほど身体能力に優れているか疑問に思ったことは無いか?」
唐突に、ロウセイはそんなことを言ってきた。
「……奴隷民族という過酷な環境の中で、弱い遺伝子が淘汰された種族だからですか?」
俺の解答に、ロウセイはほうと感心したような声をあげる。
「わしと同じ見解に至るとはな」
「似たような話を聞いたことがあるので」
俺のいた世界で奴隷民族と言えば黒人だろう。
彼らは満足な食事も休息も与えられないまま酷使され続け、弱い遺伝子が淘汰されていった民族だ。
淘汰に淘汰を重ねられた彼らは強靭な遺伝子を先天的に持っており、奴隷解放された現在においてスポーツの分野で無類の活躍をしている。
同様の事が、この世界の獣人たちにも言えるのだろう。
でなければあの平均身体能力の高さが説明できない。
「そこまで分かっているなら分かるだろうが、魔族どもはそんな獣人たちよりもはるかに苛酷な生存競争を生き延びた種族なのだぞ」
「!!!!!」
俺は、今日何度目になるかもわからない、しかしもっとも深い絶句をした。
考えてみれば確かにそうだ。
獣人は迫害されてきた種族だが、魔族たちは不毛な大地で生まれながらに殺し合いを続けてきた種族なのだ。
だとすれば、最低でもフィナリアクラスの強さがあると考えても何の不思議もない。
ただの雑兵が、地方軍最強の騎士と互角だというなら、数の有利など何の慰めにもならない。
「焦土の広がる魔界で殺し合いをしながら生きている以上、魔族たちの数は決して多くはないだろう。
だが、魔族と戦ったお前たちならそんなもの気休めにしかならないのはよく分かっているだろう?」
ロウセイの質問に俺たちは首肯する。
「ロウセイ様。
帝国が今回の私たちの報告を聞いたとして、魔族への対策を取るのでしょうか?」
フィナリアの質問に、ロウセイは首を横に振った。
「帝国は5000年間の平和によってすっかり堕落している。
わしの知る帝国であれば、魔族発見の報告は見間違いで片づけられてしまうだろう。
……まあ全員が全員堕落しきっているわけではないが」
ロウセイのその言葉に、フィナリアは顔を青くしていた。
その気持ちは俺もよく分かる。
ベヘルのような化け物が複数名も押し寄せるとすればどれだけ厳しい戦いになるかは想像に難くない。
「わしの考えすぎならそれでいい。
だが、魔族に触れたお主らには話しておくべきと思ってな」
そんなロウセイの表情には、無表情の中に壮絶な危機感が浮かんでいるように見えた。
「……ロウセイ様。
突然ですが、私はここでお暇させていただいてもよろしいでしょうか?」
突如、フィナリアはロウセイに対してそんなことを言いだした。
「理由はなんだ?」
「今の話をカーナイル様に伝えたいと思いまして」
「…あくまでわしの憶測だぞ?」
「だとしても、です」
フィナリアの目には、俺にもはっきりとわかるくらいの決意が見て取れた。
「ロウセイ師匠」
「どうした?」
「俺も、フィナリアと一緒に領主様の元に戻りたく思います」
「クウヤさん?」
そんな俺に、フィナリアも俺の方を向いた。
「……こんな話をしたわしの責任じゃな。
よかろう。二人とも、カーナイル殿によろしくな」
「「はい。ありがとうございました」」
そう言って、俺とフィナリアはロウセイに頭を下げた。
「だがな、二人とも覚悟しておけ」
「何にですか?」
そんな俺たちに、ロウセイはこれまで聞いたものよりもはるかに厳しい言葉を口にした。
「魔族が動けば、人族は5000年間むさぼってきた安寧の代償として大量の血を流すことになるだろう。そのことを、肝に銘じておけ」
「…分かりました」
そう頷き、俺たちは翌朝ファーレンベルクにまたがり、カーナイルの元へと帰還した。
一応布石を打ったつもり!
回収できるかどうかは私の腕次第!
どうかこれからも生暖かい目で見守ってやってください!
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