集結
コルダイン王の執務室には層々たる面々が集っていた。
バストラング、トリストス、セレスティーナ、ジェクト将軍を始めとする連合軍の主力。
そしてこの国の主であるコルダイン王。
「お久しぶりです皆さま」
勢ぞろいしている面々に、フィナリアが頭を下げてそう言った。
10日ぶりとはいえ、確かに久しぶりという感じがする。
「おう、久しぶり。シルディエはどうした?」
トリストスがそう問いかけると、ちょうど扉からシルディエがやってきた。
先ほどまで砦にいたせいで俺たちよりもやや遅れたのだろう。
「これで全員揃いましたな」
コルダインがそう言うと、フィナリアが頷きジェクト将軍の方を向いた。
「では、ジェクト将軍。まずはそちらの状況を教えていただいてよろしいでしょうか?」
「分かりました」
フィナリアに言われ、ジェクト将軍は内乱鎮圧の具合を説明した。
「結論から申し上げさせていただくと、東部の内乱は鎮圧を完了しました。西部の内乱についてはゼイン殿が担当していますので、そちらもじき解決するでしょう」
「……さいですか」
特に意外でもなんでもない報告に、俺もフィナリアも特に驚きはない。
むしろその面々で内乱の鎮圧が失敗する方が驚くと思う。
「内乱が激しかったのは帝都付近のみで、東部の帝国貴族はむしろ新体制の強化に努めてくれるようです」
「ドルガー軍の甲冑を着た獣人部隊を見たら、グランガイス領なんて一発で話が着いちまったしな」
話をまとめると、反乱を起こそうとしていたのは帝国の上級貴族の仲間入りを果たそうとこれまで躍起なっていた中央に近い貴族たちが主であり、リスタコメントスでいうところのカーナイル領のような辺境貴族たちは煮え湯を飲まされていたらしいので、新体制になるのはむしろ好ましいのだとか。
これまで権力争いに没頭していた連中にジェクト将軍たちが率いるドルガー軍を止めることなどできるはずもなく、中央付近の貴族は僅か三日で制圧完了。
その圧倒的すぎる制圧能力を知った他の貴族たちはあっさり降伏したらしい。
「野暮用に時間を取られたため、当初の予定より時間が少々かかってしまったことをお詫びいたします」
ジェクト将軍の説明に、フィナリアがやや眉を顰めながらそう言った。
「野暮用とは、反乱の鎮圧以外で、でしょうか?」
「はい」
フィナリアの予想では反乱の鎮圧を踏まえて10日かかるはずだったのだが、ジェクト将軍の計算ではそれよりも早く済む予定だったらしい。
しかしそれ以外の野暮用があってやや遅れたのだとか。
直線距離でも一週間はかかるだろう道のりを反乱の鎮圧をしながら10日以内で横断するという計画にいろいろ突っ込みたいところだが、まずはその野暮用と言うのがなんなのかを知らないとと思い、俺は問いを返した。
「いったいどんな用があったんですか?」
「ええ。そのことなのですが」
やや表情を険しくし、ジェクト将軍は野暮用とやらを説明した。
「オルバール・L・トルデリシアと共に帝国を束ねていた上級貴族たちが全滅したことは、お二人ともご存知かと思います」
「それは、もちろん」
上級貴族たちはオルバールの持つ隷属魔法の作用により道ずれとなったのだ。
……それさえなければドルガー将軍も生きていられたかもしれないのに。
「ですが、その上級貴族は全滅していなかったのです」
「……へ?」
「どういうことですか?」
ジェクト将軍が口にした言葉に、フィナリアが疑問を返す。
それに対し、ジェクト将軍は俺の方を向いて答えた。
「クウヤ殿。ロイルド・インディオスと言う名を覚えていますか?」
ジェクト将軍の問いに俺は頷く。
帝国の魔道総師にして、ファーレンベルクを打ち抜いたこともある魔導師だ。
エベルスと共にリスタコメントスに攻め込んだと聞いていたが……。
「そいつがどうかしたんですか?」
「そのロイルド卿の遺体が見つからなかったのです」
「!!?」
ジェクト将軍の一言に、俺は驚愕を露わにした。
「帝国襲撃時に、私はロイルド卿と対峙することを強く警戒していました。
しかし、クウヤ殿も知っての通り、私たちの戦いはドルガー将軍との一戦で終わりでした。
ご存じと思いますが、皇帝陛下の持つ高等隷属魔法は、契約者が死亡した場合、配下となっている上級貴族たちも道連れとなります。
現に、そのほかの上級貴族たちの死体はほぼ発見されています」
「……なら、ロイルドってやつも道連れになったんじゃあ」
「ところが、そのロイルド卿の遺体は見つからなかったのです」
その一言に、俺は眉をひそめた。
「ジェクト将軍の言っていた野暮用っていうのは」
「ロイルド卿を始めとする数名の行方不明となった貴族たちの捜索の事です」
「貴族たち?」
ジェクト将軍の言葉に違和感を覚えた俺は、その一言を復唱した。
そんな俺に対し、ジェクト将軍は頷き答えた。
「ゼイン殿から頂いた情報と精査した結果、行方を把握できなかった貴族は三名。ロイルド・インディオス。ライエット・メイスナー。そして、エベルス・ホットファード」
ガタ!
ジェクト将軍が三人の名前を挙げた時、突如シルディエが座っていた椅子から立ち上がった。
しかし、誰もそのことを咎めようとしなかった。
そんな中、セレスティーナがおずおずと疑問を口にする。
「…のう、その者達は危険なのか?」
「……そうですね。一度説明しておきましょう」
人間界の事情に疎いセレスティーナに対し、ジェクト将軍がそう口にした。
正直俺も帝国の貴族のことなどほとんど知らないので、説明してもらえるならありがたい。
「まずロイルド・インディオス卿についてですが、かの者は帝国最強の魔導師です。
あまり権力に固執する方ではなかったようですが、魔道においては一切の妥協を許さぬ方だと伺っています。
魔法の実力だけでいえば、私から見ても底が知れません」
「……ジェクト将軍は、ロイルドを知ってるんですか?」
俺の問いに、しかしジェクト将軍はかぶりを振った。
「直接の面識はありません。
あの御仁は、あまり表舞台に立つことはありませんでしたので。
しかし、シルディエ殿の報告によれば、リスタコメントスの一戦にて極大の炎龍弾を用いたと伺っています。
恐らく、その実力は一級品です」
「……そんな実力者が、帝国貴族に?」
ドルガー将軍は例外中の例外だと思っていた。
だが、他にもそんな実力者が隠れ潜んでいたということが俺には意外極まりなかった。
「帝国襲撃の際に、ドルガー将軍と並んで私たちの壁となると予想していたロイルド卿ですが、あの日我々は一戦を交えることなく帝都の制圧に成功しました。
上級隷属魔法の存在があったため亡くなったものと思っていたのですが、帝国内ではその遺体を発見することが出来ませんでした」
「……生きている、と?」
俺の問いに、ジェクト将軍は肯定も否定もしなかった。
「結局ところ、生存も死亡も確認できませんでした。
しかし、隷属魔法がある中で生きているとも思えません。
とはいえ、遺体が発見されないのもおかしい。
奇妙な状況になっているのは間違いないでしょう」
「……」
ロイルド・インディオス。
ヴァルシアでファーレンベルクを打ち抜いた魔法を使っていた魔導師で、昔ロウセイ師匠を帝国から追放した張本人。
そんな奴が、今俺たちの知らないところで何かをたくらんでいるかもしれないってことか。
……加えて。
「エベルス卿も、生きているかもしれないと?」
シルディエがそう口にする。
この面々の中で最もエベルスと因縁が深いのは、間違いなくシルディエだろう。
あんな奴が生きているかもしれないというのは、シルディエに取っては看過しがたい問題に違いない。
帝国との戦いの際には見事にドルガー将軍の足を引っ張りまくっていたエベルスだが、正直言ってあまり関わりたい相手ではない。
敵に回したくないというよりは、僅かばかりでも関わりたくないのだ。
「シルディエ様…」
エベルスが生きているということに険しい表情を浮かべるシルディエを、フィナリアが心配そうに見ているが、その視線に気づいたシルディエは僅かばかり苦笑した。
「…ごめんなさい。少し取り乱しました」
そう言うと、シルディエは佇まいを正した。
「エベルス卿は放置しておいても問題はないでしょう。それより、問題は残りの一人」
「……そうですね」
シルディエの言葉に、フィナリアが頷いた。
「ライエット卿、ですか?」
フィナリアとシルディエの態度に、ジェクト将軍が意外そうにそうつぶやく。
「ライエット・メイスナーは上級貴族内ではなんの力も持たない方と伺っていますが、お二人には何か気がかりがあるのですか?」
「……言葉にするのは難しいのですが」
「あの人物は、帝国において異質です」
言葉を濁すフィナリアに対し、シルディエがはっきりとそう告げた。
「以前ヴァルシアにて、私はその人物と遭遇しました。
あの人物は、権力争いに躍起なっている帝国貴族の中にあって、明らかに権力になど興味を示していませんでした。
……私の直感に過ぎませんが」
「いえ、ライエット卿は、カーナイル様も危険人物と評していました」
シルディエの一言に、フィナリアがそう付け加える。
「フィナリアはそのライエットってやつと面識が?」
「クウヤさんはお忘れですか?
帝国と事を構える前に、クウヤさんをヴァルシアへと連行した帝国の使者です」
「……あー」
いたなそんなえらそうな奴が。
さっぱり忘れてた。
「あいつって、ヤバイのか?」
「私も直接面識があるわけではないのですが、カーナイル様が危険視していたことだけは確かです。
そのような方が、ロイルド卿同様に行方をくらませているというのは……」
「…なるほど」
フィナリアの言葉に、ジェクト将軍は一言つぶやく。
「行方をくらませた方々は、いずれも曲者が揃っていると言うことですか。
魔族と戦う際に、後方にも警戒を怠るべきではないと考えたほうが良さそうですね」
ジェクト将軍がそう締めくくると、全員頷いた。
「さて、こちらの話はこのくらいでしょう。
今度はシェルビエントの状況を教えてもらっても?」
ジェクト将軍の提案に頷き、フィナリアが代表して説明を始めた。
「現在、シェルビエントには定期的に魔族が襲撃を仕掛けてきています」
「砦が破壊される以前に比べ、その頻度は増える一方でした。
正直、お三方が協力してくださらなければ、被害は想像もできなかったことでしょう」
フィナリアに続くようにコルダイン王がそんなことを口にする。
その発言に、ジェクト将軍は頷く。
「魔族の襲撃が増えている、ですか。それは砦が破壊されたからでしょうか?」
「……理由は解りかねますが、時がたつほどに襲撃が激しくなってきているように思われます」
ロウセイ師匠の推測を口にするべきかと思ったが、推測なのは変わりないので下手なことを口にするのはやめておいた。
「なるほど。魔族に話を聞ければ話が早いのですが」
ジェクト将軍の一言に、フィナリアとシルディエがやや顔を伏せる。
「申し訳ありません。
魔族たちは、文字通り死に物狂いでシェルビエントを襲撃しています。
私達では襲撃を防ぐだけで精一杯でした」
「……なるほど」
「なら、話は早いな」
頷くジェクト将軍の隣でトリストスがそう言った。
「魔族を何人か生け捕り似すりゃあ、少しは魔界の事も分かるだろ?」
「いやそんな簡単な事じゃあ」
初日に見ただけだが、魔族たちは文字通り死に物狂いでシェルビエントに向かってきている。
死に物狂いの相手を捕縛するのは容易なことではない。
「まあ物は試しっていうじゃねーか」
「まあ、それはそうなんですが……」
お気楽そうに言うトリストスに対し、俺は苦笑交じりにそう返す。
実力者が気楽にそんなことを言うと、こっちも出来るような気がしてくる。
加えてトリストスの場合は魔族との戦歴もある。
ただの楽観思考ってわけでもないのだろう。
俺がそんなことを考えた時。
「ならばさっそく機会が来たようじゃぞ?」
唐突にセレスティーナがそんなことを言いだした。
「機会? まさか?」
「うむ。魔族の一団がこちらに向かってきておる」
セレスティーナがそう言うと、トリストスが得物を手に立ち上がった。
「ちょうどいいじゃねーか。バストラング。ちょっと手を貸してくれ」
「……」
トリストスがそう言うと、背に大斧を背負ったバストラングが頷きながら立ち上がった。
「砦はあっちでいいんだよな?」
「え、ええ」
瞠目しながら頷くコルダイン王の前で、トリストスとバストラングは窓を開け放ち、そのまま飛び降りた。
「……もうあんなところまで」
それに驚いて窓から外を眺めたトリストスとバストラングは、すでに砦めがけてものすごい速度で街中を駆け抜けていた。
「クウヤさん。私達も砦へ向かいましょう。お二方が魔族を捕縛できるなら、すぐにでも問わねばならないことがありますので」
「お、おう。急ごう」
と言うわけで、俺たちも砦へ向かうこととなった。
……まあ、窓からじゃあなくて普通のルートで、だけど。
「ピュアアアア!!!」
ファーレンベルクが迫りくる魔族の一団めがけて火炎を放つ。
放たれる火炎の火力は凄まじいもので、まともな者であれば人族であっても獣人族であっても無関係に灰にしてしまうだろう。
加減の上手いファーレンベルクはむやみに焼き殺すような真似はしないが、加減抜きでの攻撃となれば本気で容赦がない。
しかしその火炎放射を魔族の一団は回避しようと進路を変える。
熱線ならまだしも、火炎放射の攻撃速度だと魔族は見切ってしまうのである。
だが、ファーレンベルクは見切って回避を試みた魔族の一団の進路をふさぐように火炎放射を放ちなおす。
広範囲を焼き払う火炎放射に相当な数の魔族が巻き込まれる。
攻撃範囲の狭い熱線と異なり、火炎放射は広範囲を焼き払う面攻撃である。
そのため、見切って回避するとしても完全に回避することはできないのだ。
だが、魔族はその全身に大やけどを負いながらもファーレンベルクの火炎を突破した。
尋常ではない戦闘力を有する魔族は、一人だけでもシェルビエント軍にとってはかなり危険なので、ファーレンベルクは10を屠るよりも100を弱らせる戦いをする必要があった。
いかに魔族といえどもファーレンベルクの火炎を受ければただでは済まない。
ドルガーのように魔道装甲を纏って防いだならともかく、単純な肉体強度で耐えただけの魔族たちは全身に大火傷を負っており、目に見えて動きが悪くなっている。
そうなれば。
「撃ううぅぅぅぅてええええぃいいい!」
ファーレンベルクの後方から野太い声が響き渡る。
その号令に合わせて、無数の魔法が魔族めがけて放たれた。
色とりどりの魔法が魔族たち降り注ぎ、ある者は焼かれ、ある者は切り裂かれ、またある者は弾き飛ばされて倒れ伏せる。
無数の魔法攻撃による集中砲火。
シェルビエントが魔族の侵入を阻み続けている伝統的な防衛方法。
魔族の戦力を確実に削り取るこの防衛方法は、砦が健在であった場合であれば文字通りの鉄壁となっている。
だが、その砦に穴が開いている現在では、削り取るだけでは不十分。
魔法の集中砲火によって絶命しなかった魔族たちが、そのまま崩れた砦に向かって突き進む。
「くそ、お二人がいないときに!」
その様子に魔導師の一人が悪態をつく。
先ほどまではシルディエとフィナリアが交代で砦の決壊した部分を防衛していたため突破されずに済んでいた。
しかしその二人が席を外している今、代わりの方法でその穴を埋める必要がある。
それは、フィナリア達が合流するまでに用いられていた戦法である。
「槍隊かまええええぃ!!」
隊長の号令にシェルビエントの兵士が横一列に並び槍を構える。
砦が崩されたのちにシェルビエントの砦にできた大穴はこうして兵士たちが身命を賭して守り抜いてきたのだ。
しかし、実際に守りぬけてきたとはいえ、これを最終防衛網と呼ぶにはあまりにも心もとない。
なぜなら、この防衛網は幾度となく突破されかけており、そのたびにローブをまとった守護者が現れて魔族たちを撃滅しているからである。
「お二人が到着するまでここは死守するぞ!」
『オオオオオオオオオオオ!!!!』
防衛部隊の隊長の掛け声に、兵士たちが怒号を上げる。
魔族相手に自分たちがいかに無力化を知るシェルビエントの兵士たちは、せめてもの時間稼ぎのためにとありったけの戦意を振り絞っている。
そんな槍兵たちの元へと数名の魔族がせまった時。
「見事な闘志、なんだが…」
直後、槍兵たちと飛び越え、一人の剣士が数名の魔族を瞬時に屠った。
「そいつらは戦意だけで戦える敵じゃない。下がってろ」
突如現れ魔族を一刀両断してのけた剣士は、シェルビエントの兵士に向かってそんなことを告げた。
その剣士に続くように巨漢の獣人がシェルビエント兵を飛び越えてきた。
「バストラング。敵の数を減らせるか?」
トリストスの問いに、バストラングは無言で背にした戦斧を構える。
直後、その姿が掻き消え迫りくる魔族たちを両断した。
「あ、あんたたちは?」
突如現れた二人の怪物に、呆気にとられながら隊長はそんなことを口にする。
そんな隊長相手に、トリストスはニヤリと笑って答える。
「連合軍だ。あいつらは俺たちに任せな」
「れ、連合軍、お二人も…」
その言葉を無視し、トリストスはバストラングが仕留めそこないこちらに向かってくる魔族に対峙し腰を落とす。
猛烈な速度で迫りくる魔族に対し、トリストスは一瞬で懐に潜り込んでその一刀を振り抜く。
「は!」
手にしていた長刀が振り抜かれ、吸い込まれるように魔族の首に叩き込まれる。
しかし、魔族の首は繋がっていた。
なぜなら。
「捕獲完了、と」
叩き飛ばした魔族を見ながら、トリストスはそんなことを口にする。
目的は捕獲出会ったため、トリストスはみねうちで首を叩いたのである。
それでもまともな者であれば首が千切れかねないが、魔族の首は繋がっていた。
「さて、次は……ん?」
次の魔族に狙いを定めようとしたトリストスは、直感的に自分が打ち飛ばした魔族の方を向く。
すると、その魔族は白目を向いたままトリストスに向かってきていた。
「……」
無言のままトリストスは手にしていた長刀を振るう。
無論、今回はみねうちではなく刃の方で。
真っ直ぐに振り抜かれた刃は、今度こそ過たずに魔族を両断する。
「なるほど。捕獲に梃子摺るはずだ」
武を極めたトリストスだからこそ断言できるが、意識を失った状態でなお戦い続けるためには骨の髄まで戦いを刻み込んでいることが大前提となる。
つまり、この魔族たちは全員が骨の髄まで戦うことを刻み込んでいるのだ。
「魔族って連中が殺し合いをしながら育つってのはほんとの事らしいな」
そう言って、トリストスは再び長刀を構える。
バストラングは問答無用で魔族を一刀両断しているが、魔族たちは真っ直ぐにシェルビエントを目指して突撃することをやめていない。
そのため、いかにバストラングと言えども取りこぼす魔族が出てきてしまう。
「とりあえず…」
そうつぶやき、トリストスが疾風のように魔族に肉薄し、そのまま魔族を一刀両断する。
「捕らえるのは、最後の一人で十分だろう」
そうつぶやき、トリストスは迫りくる魔族たちを仕留め続ける。
バストラングとトリストスの二人の手によって魔族たちは見る見るその数を減らしていき、とうとう最後の一人が残るようになった。
「……」
その最後の一人を正面から見据えながら、トリストスはその胸中に強烈な違和感を感じ取っていた。
最早この砦を突破することが不可能なのは目の前の魔族にもとうに理解できているはずだ。
なのに敵は逃げるそぶりを一切見せないのだ。
「何がそうさせてるのか、おしえてもらうぞ」
そうつぶやき、トリストスは一息に迫りくる魔族の懐に潜り込んだ。
『四閃!』
直後、魔族の両手足が切り落とされる。
両腕両足と胴体が泣き別れとなった最後の魔族は、その場で勢いを失い地面を削りながら倒れ伏した。
「さて、もう長くないだろうが、お前に聞いておかないといけないことがある」
文字通り達磨となった魔族に歩み寄りトリストスはそう問いかける。
「お前たちの目的はなんだ? なぜそうまでして人間界に攻め込む?」
トリストスの問いに、瀕死の魔族は嘲笑を返した。
質問に答えるつもりなどない。
その態度に、トリストスは魔族の体に刃を突き刺す。
「ぎいいいあああああ!!!!」
「こういうことは好きじゃあない。話せば首をはねてやる」
痛みから悲鳴を上げる魔族に対し、トリストスは冷酷にそう告げる。
そンなトリストスに対し、しかし魔族は痛みにあえぎながらも笑みを浮かべた。
「け、ケケケ。魔界を追われたたかと思えば、人間界にもこんな化けもんがいるとはな。まったく、誤算だらけだったぜ」
「魔界を追われた?」
その一言に、トリストスは眉をひそめる。
そんなトリストスに向かって、魔族は高笑いしながら断末魔のように一言口にした。
「ケハハハハ! そうさ! 俺たちなんぞ問題にもしない連中が、今お前らの人間界を目指して戦力を整えてる! 俺たちなんぞそいつらに行き場を追われただけの雑魚に過ぎねーのさ!」
「……ならばなぜ人間界に攻め込むような真似をした?」
「カカカ! 行き場を奪われたんなら、奪いかえしゃあいい! それだけの話だろうが!」
目を血走らせながら、狂気に染まったように魔族はそう告げる。
それの姿は、ただ飢えに飢えた獣のものだった。
「ケケケ。覚悟しろ! お前らもすぐに死ぬ。今魔界を支配してるあいつは本物の化け物。テメーらなんぞ、跡形もなく焼き尽くしされて終わりだ! ヒャハハハハハハ……」
最後に、力なく笑い声だけを上げ、四肢を失った魔族は首を横たえた。
「……大体わかったぞ」
そうつぶやくトリストスの視界の端に、こちらに向かってくる面々の姿が映った。
生け捕りは出来なかったが、これまで霞がかかっていた魔界の事が僅かばかりだが分かった。
収穫と言えばそれなりのものだろうとトリストスは長刀に付着した血を振り落した。