はじまり
『・・・繰り返します。14時32分頃、高知県沖の太平洋を震源とする地震がありました。高知県で最大震度2を観測しています。この地震に伴う津波の第一波は、およそ30分後に到達する見込みです。沿岸では1メートル程度と予測されています。念の為海岸から離れ、高い場所へ避難してください・・・』
2016年7月4日、雲ひとつない晴天。
制服姿の彼女は肩にカバンをかけたまま、波打つ崖下を無表情で眺めていた。
スマホを取り出し、画面いっぱいの空色と海色の写真を撮った。
そして、そのスマホを軽く投げた。
大きな岩に落ちて飛び散るスマホ。
彼女自身も飛び降りた。
悲しみ・怒り・憎しみだけが、人を死に導くのではない。
何も感じなくなった心もまた、死に向かうには、十分だった。
私には走馬灯も何もないのね。
朝のパンに塗ったブルーベリージャムの香りがした。
何だか不思議な感覚。
最期って感じがしないの。
岩が近づいてくる。
きっと私が終わる。
キーンと、激しい耳鳴りがした。
世界が止まった。
目の前に大きな岩。
大きな岩を上から見ている私。
次の瞬間、私はヌメっとした生ぬるい何かに包まれた。
「誰!?」
「・・・」
彼は私を、岩の上に座らせた。
そこにいたのは、浅黒い肌をした筋肉ムキムキでバカデカい外国人。
しかも全裸。
「ギャァッ」
自分でも聞いたことない声が出た。
彼は私の額に掌を当てて目を瞑った。
カッコつけてるんだろうか。
そんなことより、そのイチモツを隠していただけるかしら・・・
「すまないっ!」
「ヒィっ!」
いきなり日本語を喋った男は、慌てたように走って海に飛び込んだ。
何なの?
10秒もしないうちに、ザバっと勢いよく海から飛び出してきた。
腰には大量の海藻が巻き付いている。
「・・・」
いや、はやすぎない!?
男は腰の海藻を確認した。
そして改めて私を見た。
「こ、これで、問題、ないか?」
「いや、問題しかないですけど!?」
***
私と男は、なぜかそこに丁度よくあった洞穴の中に座っていた。
腰まで伸びたボサボサの白髪、青白い目、ケツアゴがよく似合う彫りの深い顔、身長は2mを越してるんじゃないかな。年は30代後半ってとこ。きっとかなりの男前の類なのだろう。私は興味ないけど。
男は体育座りで、モジモジしながら震えている。
「ねぇ、あなた一体何者?」
「我が名はドゥワン」
「いや、我が名って。で、なんでこんなことになってるの?どう見ても日本人じゃないし」
「きっと、話したところで、君にはわからない・・・」
「あっそ、まぁ興味もないわ」
イラっとしたから、ついつい言ってしまったけど、実は興味しかない。だって、下を見下ろした時に彼はいなかったし、あのスピードで海藻巻けるわけないし。
昔っから魔法とかそういうの、使えたらいいなって思ってた。多分手品じゃないはず。興味しかない!
「ドゥワン?あなたさ、もしかして、えーっと、魔法使いか、何かなの?」
「魔法使い?そうだな、その理解で良いだろう」
「大丈夫よ、いろいろ話してくれても。私、こう見えて超常現象とか、幽霊とか、魔法とかそういうの、信じれるタイプだから」
「小林莉子。17歳。親は駅前の店舗兼住宅でおはぎ屋を営んでいる。兄弟はいない。6歳の時に車に撥ねられたが無傷だった」
「すごい!すごいすごい!なんで!?なんでわかるの!?」
「先ほど言語と君の情報を取り込んだ。断片的だが・・・そうだな。あと10歳の時に親戚のおじ」
パシィッ!
私は思いっきりドゥワンの頬を引っ叩いた。
「最悪!せっかくテンション上がってたのに」
「すまない。以後気をつける」
気まずい時間が流れた。
ただ、あのクソ豚に怒りをぶつけるいつもの反芻思考が蘇ったのが心地悪かった。せっかく何も考えずに済んでいたのに。別にクソ豚のせいで死のうとしたんじゃない。ただあいつは、収拾のつかないイライラをぶつけるのに丁度良い相手だっただけ。私はラブロマンスの乙女心なんて持ち合わせていない。だからはじめては、あれくらいで丁度よかったって思うくらいだ。
ただ、あいつの顔は、この吐き気がする世界そのものだった。
何でもかんでも綺麗事、愛とか勇気とか、夢とか希望とか、幸せとか・・・あぁ、また始まった。ぐるぐる、ぐるぐると回り続ける思考。
そう、今日はそんな思考から解放された、珍しい日だった。
雲ひとつない・・・
「もういいよ。ドゥワン、あなたのことをもっと聞かせて」
「そうだな。だが、我の話を君に伝える方法がないのだ。言葉を持ち合わせていない・・・まだ、時間がかかりそうだ」
彼はそう言って両掌にふっと息を吹きかけた。小さな小さな灯火が浮かんで、薄暗い洞穴をゆらゆらと照らした。
なんでだろう。涙が溢れた。
***
深い霧。
すごいスピードで飛んでいる。何かの背中に乗って。
急降下。
霧が一気に晴れた。海は遥か下の方。
とても大きい。すごく、すごく大きな木。
地上何千mだろう。
そんな大きな木が、見渡す限り、たくさん。
ものすごいスピードですり抜けていく。ギリギリを。
サイレンの音が鳴った。
あれ、いつの間に寝てたのかな。
入口の方から朝の白い光が差し込んでいた。
「見つけました!」
「こっちこっち!」
「おい!大丈夫か?」
「誰だ!そこの男、止まりなさい!」
ドゥワンは私をサッと抱え、警官たちの頭上を飛んだ。
「こらっ!待て!」
「至急!至急応援を」
海岸沿いを、ものすごい速さで走っている。時折波飛沫を上げながら。
「ドゥワン!ダメだよ!誘拐になっちゃう」
「心配ない。任せておけ」
ドゥワンの胸の奥、穏やかな心臓の鼓動。
なぜだろう。胸がおどる。ドゥワンの肩越しに、遥か遠くに赤い光がちらついている。
やっと、やっと自由になれた気がした。
「ちょっと濡れるがいいか?」
「えっ?どういうこと?」
「すまない」
ザブーン
ドゥワンは私を両手に抱えたまま深く潜った。ものすごい速さで。だめ、ダメっ!息が・・・できる!?
ドゥワンの声が脳に直接聞こえる。落ち着けと言っている。
潜水艦だ。いや、魚雷だ。たくさんの魚たちが避けていく。乱反射する太陽の光。次々と割れる魚群。キレイ。まるで夢みたい。幻想的だとか、そんな語彙では言い表せない。
岩礁に近づくにつれ、スピードを落とした。どれくらい泳いだんだろう。岩礁の横穴に入った。
海の中なのに空気がある。
「突然すまなかった」
息を荒げることなく、彼はそう言った。
「いいよ。全然」
真っ暗な穴の中、彼は灯火をいくつか出した。まさに洞窟の中といった感じ。
彼は私の額に手のひらを当てた。
手のひらから暖かい風が、ブワッと吹いた。制服も髪もすぐに乾いた。そして、手のひらを横方向にぐるっと回すと、家で使っているテーブルと椅子が現れた。テーブルには、胡椒がたっぷりかかった目玉焼きトーストとブラックコーヒー。
「すごい!なんでもできるのね!」
「君に、だからできる」
「それ、どういう意味?」
まさか、口説かれてる?
「君が我を受け入れたから、我はそれを表せるのだ」
「あー、なるほどね。それってつまり?」
「君の意識は空っぽだったからだ」
「・・・それってバカにしてる?」
「そ、そうではないぞ。君ほど中身のない人物に偶然出会うことは、そう滅多にあるものではない」
「いや、バカにしてるよね?」
ドゥワンはしゃがんで両膝を抱え、俯いた。露骨に拗ねた。
「まぁ、いいんだけど。で、これからどうするの?普通に誘拐されたみたいになってるけど」
「ああ、そうだな。君との出会いは我にとって、千載一遇、いや、この海の魚の数、いや、星の・・・」
「で、何が言いたいの?」
「我のパートナーになってはくれないだろうか」
「・・・」
「要するに、こんなに都合の良いことはない、いいように利用させてくれってことね」
「そ、そうだ」
「いや、否定せえよ」
「そしてその、いちいち拗ねるのやめてくれる?」
「すま、ない」
「まぁいいわ。で、具体的にどう協力するのよ」
「我と共に居てくれ。それだけで良いのだ」
「・・・いいわ。でも条件が3つあるの」
「条件?」
「そうよ。まず一つ目、私は私を知る誰とも会いたくない。もう二度と。だから、私は誰にも顔を見られる訳にはいかないの。きっともう、行方不明者として全国に顔写真とか出てるわ。だから私は、あなた以外誰とも会わない」
「そういうことなら我に任せろ」
ドゥワンはまた私の額に掌を当てようとした。
パシィッ!
私はドゥワンの手を払い除けた。
「それと二つ目!その意識読みみたいなのやめて。気持ち悪い」
「だ、だが、君に変化を加えるには、君に触らなければならないのだ」
「変化?」
「要は、顔を変えて仕舞えば良いのだろう?」
「あー、そうね。だったらその一回だけ。一回だけは許すわ。でも顔を変えること以外に読まないでよ?」
「あぁ、わかった。ではしばし待て」
「・・・」
「これでどうだ?」
ドゥワンは両腕を重ねて開いた。するとその間に鏡に映ったハリウッド女優のような美人さんが映っていた。
「・・・。ん?あれ?あ・・・これ私!?」
「そうだ。どうだ?」
「いや、そうじゃなくて!これだったら日本で目立ちすぎるでしょ?別に美人になりたい訳じゃないの」
「では、これでどうだ」
そこには鼻の穴が真正面を向いた私が映っていた。思わず拳でぶん殴った。
「すまない。では、これでどうだ?」
私だと言われれば、分からなくもない顔。うん、ちょっと可愛くなったかな。まあいいや。これならわからないでしょ。
「嬉しそうだな」
「何よ、初めっからこうしてよ」
「すまない。で、3つ目は?」
「服着て」
こうして私とドゥワンとの生活が始まった。
そうそう、あとドゥワンは目立ちすぎるから、身長は175CM、そこそこな見た目の20歳くらいの男の子に変わってもらった。あと、欲しかった服とか化粧品も、たくさん作ってもらった。その都度、また意識読みみたいなことはされたけど、それくらいはいいよね。作ってもらったものは、ドゥワンが魔法を使って脇腹に入れるの。どういう仕組みかわからないけど。ドラ⚪︎もんのポケットみたいなものね。あとお金も、内ポケットに入ってた千円札をたくさんコピーして貰ったし、とりあえず個室を作ってお風呂も入れた。エッチなことは禁止って念押しもした。それとそれと・・・・
***
「さて、出発するか」
「またびしょ濡れになるの嫌だなー」
「なら、転移しよう」
「できるんかい!じゃあ最初っから転移したらよかったじゃん」
「君以外の観察者がいる状態では出来ぬのだ」
「ふーん。で、どこにいくの?」
「どこが良いだろうか。出来るだけ人の多い場所が良い。その方が協力者を見つけやすいからだ」
「他にも人が増えるんだ。へぇ、まあいいけど。結局あなたの目的は何なの?」
「それについては、おいおいだ。まだ語彙が整っていない」
「もしかして、間接的に私のこと、バカにしてる?」
「い、いや・・・さてどこに転移しようか。君の知っている街を言ってくれ」
「まーいいけど。東京でいいんじゃない?でも、転移先は人がたくさんいても大丈夫なの?」
「問題ない。強制的に誰もいない場所に転移するように出来ている」
「なるほど・・・」
「さあ御手を。我と共に、新たな世界へと、移ろうではないか」
「いや、東京だけどね。それといきなりキャラ変わるのやめてくれる?」
「す、すまない。これは君の語彙・・・」
「私の語彙力どうなってるのー!」
徐々に視界が暗くなり、すぐに真っ白な光に包まれた。




