ど直球ストレートな婚約者に、今日もタジタジ
たまたま、偶然、そう、通りかかっただけなんだよ。
決して、断じて! 覗き見がしたくてしているんじゃない!
「ちょっと! 私の婚約者に色目を使うのはやめなさいよね!!」
キンキンと耳の奥にまで響くような甲高い声が聞こえたら、つい足を止めてしまうだろう?
もしかして修羅場ってやつか?
好奇心に負けて物陰からそっと様子を窺うと、声の主は同級生のマリアベル・サザール侯爵令嬢だった。
取り巻きを引き連れることなく一対一での対決に臨んでいるらしく、素直に感心した。
だって、女子って群れるだろう? 結構怖いんだよね。集団で来られると正直ビビる。
さてさて、いったい誰に喧嘩を売っているのやら……と相手に視線を移した俺の頬がヒクッと引き攣った。
サザール嬢の惨敗は火を見るより明らかで、思わず苦い笑みが漏れてしまう。
ああ、彼女だけはやめた方がいい。いや、頼むからやめてくれ。
「色目?」
俺の切なる願いも虚しく、一切動揺を感じさせない凛と涼やかな声が響く。声量は大きくないが、不思議と通る声をしている。
完全に立ち去るタイミングを逃した俺は、諦めて事の顛末を見守ることに決めた。
「そうよ! 知っているんだから! あなたたちが放課後二人でどこかに消えていることは!」
「ああ……」
相手は心当たりがあるのか、少し逡巡する仕草を見せた。その隙を見逃さず、サザール嬢が吠える。
「否定しないのね!! この……泥棒猫!!」
おお、泥棒猫だなんて本当に言う奴がいるんだな。なんか感動する。
なんてズレたことを考えていたら、相手は相変わらず落ち着いた声音で言葉を紡いだ。
「二人で過ごしていたことは否定しないが、私が君の婚約者に色目を使う理由がない」
「はあ?! 開き直っても無駄なんだから!」
ああ、やめて。やめてくれ。本当に頼む。それ以上は聞かないでくれ!
この後の展開が容易に想像できてしまい、俺の頬は先取りでじわじわと熱を帯びていく。
「だって、そうだろう? 私にはアーサーという愛おしくて仕方がない大切な婚約者殿がいるのだから。他の男のことなんて微塵も興味がなければ魅力も感じない」
「んん?」
ぐっふぅ!
ほれみたことか! 飛んだ流れ弾じゃないか!
多分思っていた展開と違ったのだろう。サザール嬢は首を45度傾けて頭に疑問符を浮かべている。
鋭い流れ弾を被弾した俺はというと、膝から崩れ落ちて胸を押さえている。
「本当は内緒にしてほしいと言われていたのだが……このことが原因で君たちの関係にヒビが入るのは私としても見過ごせない」
「うん?」
俺が悶えている間に、まるで種明かしをするかのように話がどんどんと進んでいく。
「実は、君の婚約者殿に剣の鍛錬を頼まれてね。指導をしていたんだよ」
「はあ!? どうしてあなたが……あっ、そういえば、学内の剣術大会の優勝者だったわね……」
いやいや、忘れていたのかよ。そいつは多分この学園で一番の腕利きだよ。よく喧嘩を売ったな、あんた。
「ああ、そうだ。だから彼に頼まれた。強くなりたいのだそうだ」
「ど、どうして……」
「ふ、男が剣の腕を磨きたい理由なんてひとつしかないだろう?」
更なる被弾を恐れながらも、好奇心には敵うわけもなく。
やめておけばいいと自分で分かっているものの、俺はそっと物陰から顔を出して二人の様子を窺ってしまった。
ちょうどその時、一筋の風が俺たちの間を吹き抜けていった。ザア、と木の葉が擦れる音がやけに大きく耳につく。
息を呑んで様子を見守っていると、喧嘩を売った相手がおもむろに腕を上げて、サザール嬢の頬に指先を滑らせたではないか!
思わず嘆息するほど絵になる光景だ。当のサザール嬢は顔を真っ赤にして言葉を失っている。
「愛しの婚約者を守るために他ならない。つまり――君のためだ」
「ッ!! そ、そんな……私の、ためなの?」
「ああ、そうだ。君を守れるほど強くなりたいのだそうだよ。彼の矜持を守るためにも秘密にしておきたかったのだけどね……今日のことは私たちの胸の内に秘めておくというのはどうだろうか」
トン、とサザール嬢の胸元に人差し指を突きつける姿も絵になる……。サザール嬢、耳まで真っ赤になってるじゃん。
「は、はひ……私ったら、早合点をしてしまってごめんなさい……」
お、素直に謝れるのはいいことだ。
俺の中でサザール嬢の好感度がアップした。
「気にしなくていい。ただ一つ、お節介を言わせてもらえるのなら、君たちはもっとお互いの気持ちを正直に伝え合うべきだと思うよ。これだけ想い合っているのだから、相手を不安にさせるのは不毛だと思わないかい?」
「で、でも……私、す、好きなのに、彼の前だとツンツンしちゃって、つい可愛くない態度を取ってしまうの」
「君の婚約者殿は、そこが可愛いと言っていたな……ああ、今のも聞かなかったことにしておくれ」
すっかり毒気を抜かれ、逆にサザール嬢の恋愛相談に発展した様子。恋する乙女モードになったサザール嬢は、その後もいくつか質問を重ねてから、満足げな笑みを携えて弾んだ足取りで校内へと戻っていった。
残された呼び出し相手はというと、両手を腰に当てて考えに耽るように目を瞑っていた。あ、これはまずい。
「さて……アーサー、いるんだろう?」
「……やっぱりバレてたか」
多分始めからバレてたんだろうなーと思いながら、俺は観念して物陰から出て彼女の元へと向かう。
彼女の正面で足を止めれば、彼女――シーラは花が綻ぶような素敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、私が愛しの婚約者殿の気配に気づかない訳がないだろう」
「うっ、直球すぎる言い方はやめろっていつも言ってるじゃん」
「いくら愛する婚約者殿のお願いであっても、それだけは聞いてあげられないな。先ほどマリアベル嬢にも伝えたが、自分の気持ちは言の葉に載せないと相手には伝わらない。すれ違いの原因を生むぐらいなら、私はいつも君に真摯で正直でありたい」
「ウッ、男前がすぎる……!」
真っ直ぐすぎる言葉と気持ちの数々を浴びた俺は、胸を押さえて一歩後ずさる。
俺よりもずっと格好良くて凛々しいシーラは、俺――アーサー・ローランドの婚約者である。
◇
シーラは、マクルス伯爵家の長女に生まれた。
五人兄妹の真ん中で、唯一の女子。父であるマクルス伯爵は熊のような筋骨隆々の大男であり、騎士団を束ねる立場にある。
彼女は物心ついた頃から騎士見習いの男兄弟に揉まれ、生粋の騎士である父に鍛え上げられ、それはもう、たいそうな男前にお育ちになったのだ。心意気も、剣の腕も。
俺の生家であるローランド伯爵家はマクルス伯爵家と古くから親交を重ねており、いつか良縁を結べたらと酒を飲み交わしてきたそうだ。だが、片方に女児が生まれれば、もう一方にも女児が生まれ、男児が生まれたら男児が、という調子でなかなか縁に恵まれなかったらしい。そして、ついに俺の代で初めて、同じ年頃の男女に恵まれた。
あれよあれよと俺とシーラの婚約が結ばれ、俺たちは幼い頃から婚約者として交友を重ねてきた。
シーラは母親譲りの艶やかな銀髪が美しく、意志の強い理知的な瞳は深みのある紫苑色をしている。
『シーラの瞳の色は、夕方と夜が溶け合う時の空の色に似ていて綺麗だね』
そんなことを子供の頃に言った記憶がある。我ながら臭いセリフである。
けれど、当のシーラはパチパチと目を瞬いた後、嬉しそうに頬を桃色に染めて目を細めたのだ。
多分、俺が恋に落ちたのはこの時だったのだと思う。
シーラ曰く、俺のことが好きだと自覚したのは同じくこの時だったそうで、なんだか俺たちは似たもの同士だなと照れ笑いを交わしたものだ。思い出すと体がむずむずしてつい身を捩ってしまう甘酸っぱい思い出だ。
そんなこんなで、家同士が結んだ婚約ではあったものの、俺たちは二人の時間を重ね、想いを重ね合ってきた。
つまり、まあ、お互い好き同士ってわけだ。改めて言葉にすると、照れるけど。幸せなことだと思う。
シーラは年々凛々しく、気高く成長していった。言葉遣いも父親や兄の影響を強く受けている。
その辺の男よりも格好良くて勇ましいシーラだけれど、俺にとってはずっと、可愛くて美しい女の子なのだ。
困ったことといえば、まあ、あれだ。
何でもかんでもど直球ストレートに想いをぶつけてくるものだから、つい照れてしまう俺はタジタジになってしまうってこと。男なのだから、ドンと構えて笑って受けとめたいんだけど、照れるもんは照れる!
だって、俺を見るシーラの目がさ、俺のことが好きって疑いようのない柔らかい目をしてるもんだからさあ! ああ、もう、好きぃ! ってなるじゃん。ねえ?
気高く美しいシーラの婚約者として、隣に立って恥ずかしくないように、俺もひっそり鍛錬を積んでいるのだが、なかなかどうしてうまくいかない。子供の頃からマルクス家の兄弟たちに混じって鍛えられてきたんだけど、これがまた、彼らにはサッパリ敵わない。成長期でぐんぐん背が伸びているから、まだまだ伸び代はあるってことで日々頑張っているところだ。
目を惹く銀髪に紫苑色の瞳を持つシーラに対して、俺はごく一般的な赤茶色の髪に、濃い琥珀色の瞳。目鼻立ちがくっきりしているわけでもなく、キリッと凛々しいわけでもない。どちらかといえば少し垂れ目だ。
特徴らしい特徴はないけれど、それでもシーラが俺のことを魅力的だと称してくれるから、彼女の評価に見合う男になろうと鋭意努力中なのである。
◇
季節は秋。無事に最終学年への進級を決めた俺たちは、進級を祝う学園のパーティ準備を進めている。
俺たちは今年十七歳になり、来年卒業と共に籍を入れる予定だ。
今日はパーティ用のドレスが出来上がったので、直接シーラに届けにきていた。
嬉しそうに箱を受け取り、ドレスを取り出したシーラは、懐かしそうに目を細めた。
「夕方と夜が溶け合う色、だな」
「……そうです」
シーラはスラッと背が高く、日々の鍛錬により程よく引き締まった身体付きをしていて、つまるところ抜群にプロポーションがいい。彼女のスタイルを活かすにはマーメードラインのドレスがいいだろうと母や侍女たちにも相談に乗ってもらって選んだのだが、ドレスの色は俺が一人で選んで決めた。
紫苑色に銀糸が織り込まれ、ところどころにパールをあしらったドレスは、「君の瞳の色だよ」と言い訳がきくものにしたつもりだった。だが実際は、俺たちがお互いに恋心を自覚した幼き日を想起させる色を選んだのだ。
淡い恋心を抱いた瞬間を切り取ったようなドレスに身を包むシーラが見たかった。
ただそれだけだったのだけれど、やはりと言うべきか、シーラはそんな俺の魂胆まで丸っとお見通しだ。
「ありがとう。嬉しい。私は今また君に恋に落ちたよ」
「うぐっ」
シーラは今日も今日とて豪速球の言葉を俺にくれる。全部見透かされて居た堪れないところに追い打ちをかけるとは、なんて酷い女なんだ。そういうところもたまらなく好きだがな!
「サイズの最終調整をしてもらうために試着をして欲しいんだけど」
「ああ、喜んで。すぐに着替えよう」
部屋を出て行ったシーラの足が少し弾んでいた。シーラは姿勢もいいし歩き方も綺麗なので、きっと他の人には分からないほどのステップだけど、俺には分かる。なんていったって、俺はシーラの婚約者だからな! 喜んでもらえたようで何よりだ。
間も無く着替えを終えて俺が待つ応接室に戻ってきたシーラはとんでもなく美しく、俺は思わず頭を抱えた。
「俺の婚約者が綺麗すぎる……!」
「ありがとう」
ヘアセットをしていなくてこの破壊力! 俺はパーティ当日うまく彼女をエスコートできるのか。ダンスを踊れるのか。いや、やってやる。やってみせるぞ! 今日から猛特訓だ!
可憐にドレスを着こなすシーラが細かく気になるポイントを俺が連れてきたデザイナーに指示している間も、俺は「可愛いな〜」「綺麗だな〜」「好きぃ〜」と思いながら……いや、時々実際に声に出してしまいながら見守っていた。
最終調整を終えたシーラに、ああ、そうだと最後の贈り物を取り出した。
「シーラ、よかったらこの靴を合わせて欲しい」
「……」
ドレスに合わせて用意していた靴は、少々ヒールが高いが、きっとシーラによく似合う。
つるりとした光沢が美しい薄紫色の靴。
いつもだったら喜んですぐ手に取ってくれるのに、どういうわけかシーラは固まって動かない。
「シーラ?」
不思議に思って覗き込めば、シーラの頬がじんわり赤みを帯びていて、目が合うと息を呑むほど美しく微笑んだ。
「私は背が高いから、こんなに高いヒールを履いてしまうとアーサーとのバランスが悪くならないか?」
「え? ああ、そんなことを気にしていたの? 俺は背が高くてもシャンと背筋を伸ばして堂々としているシーラが好きなんだよ。それに、視線が近くなれば話だってしやすいし。きっとこの靴を履いた君は素敵だろうなって思って選んだんだけど……配慮に欠けていたかな」
確かにシーラの言う通り、同級生の男たちは小柄で愛らしい女性を可愛い可愛いとよく言っている。小柄で華奢な女の子と並べば、自分が男らしく見えるから、と。
なんて馬鹿馬鹿しい。
俺はシーラが彼女らしく美しく着飾った姿をパートナーという特等席からたっぷり堪能したい。彼女が輝くなら、高いヒールを履いたって気にならない。むしろ距離が近くなってドキドキします!
とはいえ、女心を分かっていなかったかな、としゅんと背を丸めていると、シーラがプッと小さく吹き出したので顔を上げ――息を呑む。
甘い蜂蜜をさらに煮込んだような、そんな熱っぽい視線を真正面から浴びてしまったからだ。
「いや、嬉しいよ。ありのままの私を愛してくれる君がいるから、私は胸を張って私らしくいられるんだ」
シーラは靴を受け取り、早速履いて見せてくれた。
「ああ、やっぱり綺麗だ。ドレスにもよく合ってる。歩きにくくはない?」
「問題ない。やわな鍛え方をしていないし、これぐらい平気だよ」
自分の見立てに間違いはなかったなあとうっとりしていると、シーラに手招きされた。
素直に従って隣に立てば、シーラの頭は俺の肩から出るぐらいに位置していた。
「うん、やっぱり近くて話しやすい」
「そんなことを言うのはきっと君ぐらいだぞ」
「そうかな」
今日のシーラはいつにも増してご機嫌だ。ああ、可愛いなあ。なんて見惚れていると。
「好きだよ、アーサー。大好きな君にエスコートしてもらえるなんて、私は幸せ者だ」
はにかむように目を細めたシーラを前に、俺は両手で顔を覆って蹲った。
ほんとそういうところ! いつもよりも顔が近かったから耐えられなかった。いつもなら耐えられた。多分、ギリギリだけど。いや、無理だったかも。
そのあとはシーラが選んでくれた俺の衣装の調整をして、余裕を持ってパーティの準備を終えることができた。
それから少し時間が余ったので、俺たちはマクルス家のサロンで優雅にティータイムを楽しむことにした。
進級パーティといえば、去年は婚約破棄騒動があって大変だったんだけど、今年は平穏に終わるといいな。こういうのって、口にしたらフラグになるから言えないけどさ。
「進級パーティといえば、去年は婚約破棄騒動があって大変だったな。今年は平穏に終わるといいな」
「ぶっ」
お嬢さん、盛大にフラグを立てましたね。
「去年の顛末を見ていれば、婚約破棄騒動を起こそうなんて馬鹿はいないだろう」
「確かにそうだな」
去年は侯爵令息が婚約者の伯爵令嬢を蔑ろにして男爵令嬢を引き連れてパーティに参加して騒ぎになった。
有る事無い事あげつらい、婚約者である伯爵令嬢を陥れようとした馬鹿な男は、正義感の強い俺の婚約者殿にその全てを論破された挙句に殴りかかろうとして逆に投げ飛ばされた。俺は不測の事態に呆気に取られて何もできなかった。
伝統あるパーティを台無しにした侯爵令息は即刻捕えられ、怒り狂った侯爵から勘当されて廃嫡。男爵令嬢も何人もの男と関係を持っていたことがバレて居心地が悪くなったのか学園を自主退学。その後彼女の姿を見たものはいない。婚約破棄された伯爵令嬢は心機一転留学した先の隣国で運命の出会いを果たしてそのまま嫁ぐことが決まったらしい。なかなかの大騒動だったのだ。
まあとにかく、平穏にパーティが終わることを祈るしかないか。
◇
「ヴィクトリア! お前との婚約を破棄し、俺はリリーベルと婚約をする!」
ほーれ見たことか。
いたよ。祝いの席でテンションが上がってタガが外れた馬鹿が。
「え、なにあいつ。去年のこと知らないの?」
「確か、病欠していた男がいたが、もしかすると……」
「あー……マジか」
確かに去年の出来事は学園の汚点として口外禁止になったんだった。参加者しか知る由もなく、去年不参加だったあの男――なんだっけ、えーっと、レイモンドだっけ。確か伯爵家の出だったはず――が知らなくても無理はない、のかもしれない。
で、リリーベルと呼ばれた子は確か、最近編入してきた子爵令嬢か。元は平民で養子になったんだっけか。ということはこの子も去年のあれそれを知らないと。ああー……。
レイモンドって確か、第二王子の取り巻きの一人だったっけ。まあ、それも今日までだなー。
第二王子、めっちゃくちゃいい笑顔でレイモンドのこと見てるし。目は笑ってないけど。「やってくれたな」って目が語ってる。睨まれるより怖いわ。王子の側近になりたければ常に冷静沈着でいなくちゃいけないだろうに、自分でそうじゃないって証明しちゃってるもんなあ。
その上、情報収集力の低さな。口外禁止になったとはいえ、この学園に通っていて去年のことを知らないとはなー。ないわー。
ヴィクトリアって子爵家のご令嬢だったはずだけど、成績も優秀で真面目だし、いつもクールで表情は読めないけど、薄紫色の髪が綺麗ないい子なのに。
「ヴィクトリアはいつも無愛想で、俺を馬鹿にしたような澄ました態度が気に入らなかったんだ。それに引き換えリリーベルはか弱く愛らしく、俺のことが好きだと頬を染めて訴えてくる姿は庇護欲をそそる」
いやいや、婚約者がいる男に言い寄る時点で無しだろ。
婚約破棄騒動経験者の群衆はみんな「勘弁してくれ」って顔してるのに気がつかないのもヤバい。
そろそろ自分が置かれた立場を理解してくれないと――
「先ほどから黙って聞いていれば、随分と身勝手なことを言うではないか」
あああ、ですよね!!
正義感に溢れる我が愛しの婚約者様が黙ってませんよねえ!!
くそっ、今年もかよ! と思いながらも、俺も勇足でレイモンドの馬鹿の元へと向かう。去年は呆然として動けなかったからな。今年は俺がシーラを守る。
「ふんっ、貴様はマルクス伯爵家の……貴様もヴィクトリア同様、いつもツンケンした澄ました態度が気に食わないと思っていたんだ」
独壇場を邪魔されたのが気に食わなかったのか、レイモンドはシーラを一瞥すると侮蔑するように口の端を歪めた。
は? は? なんて?
「なんだ、先の剣術大会で痛めつけられたことを根に持っているのか? 貴殿は基礎となる筋力が足りん。剣を振るう前にまずは筋力と体力を付けるところから始めるといいだろう。婚約者を大切にするどころか浮気にかまける貴殿にはたくさん時間があるとお見受けするが」
ああ、シーラさんの正論パンチがクリーンヒットだ。
レイモンドは口をパクパクさせながら顔を真っ赤にして震えている。
「き、貴様……!! 女のくせに生意気な!! 馬鹿にした態度を取りやがって!! どうせ貴様もそこに突っ立っている婚約者に相手にされないから、剣ばかり振っているのだろう?」
はあ〜〜〜〜〜???
ビキッと青筋が浮かぶが、シーラが視線で「落ち着け」と訴えてくるので我慢する。え? 我慢する必要ある?
俺が自問自答している間にも、ありがたいご口上は続く。
「俺とヴィクトリアは政略的な婚約者だった。愛なんて始めからあるはずもない。俺はリリーベルに出会って、真実の愛を知ったんだ……! 愛する人と一緒になりたいという気持ちは尊ばれるべきだろう? だから、俺はヴィクトリアと婚約破棄をして今この時よりリリーベルを婚約者とする!」
「レイモンド様ぁ」
「おお、可愛いリリーベル……お前たちだって家同士が決めた婚約者なんだろう? 愛のない相手と一緒になることに抵抗はないのか? まあ、政略結婚でもなければ貴様のような男勝りで可愛げのない女、誰にも相手に――」
「黙れよ。それ以上シーラを悪く言うなら手が出るぞ」
ペラペラと薄っぺらい言葉を述べ続けていたレイモンドがビクッと肩を揺らして口をつぐんだ。
自分でもびっくりするぐらい低い声が出たからな。
俺の隣でシーラがやれやれと額を押さえながら首を左右に振っている。サラサラと銀髪が揺れて綺麗だ。
「アーサー、私は気にしていないぞ」
「ダメだ。俺が気にする。俺の大切な婚約者を侮辱されたんだ。逆の立場になって考えてみろ、どう思う?」
「足腰が立たなくなるほどボコボコに痛めつけてやりたくなるな」
「だろう? 言葉より先に手が出なかったことを褒めて欲しいよ」
「よしよし」
少し腰を落として頭を差し出したら、シーラが撫でてくれた。やった。
「な、なにを見せられているんだ俺たちは……」
あ、頭を撫でてもらえた喜びでバカモンドのこと忘れるところだったわ。
俺はこほんとひとつ咳払いをして一歩前に出た。
「で、なんだっけ? 真実の愛? 君たち出会って何日? 十日? 十週? 十ヶ月? こちとら十年想い合っているんだわ。確かに家同士が決めた婚約者だよ。だけど、だからって気持ちが伴っていないとは限らないだろ。俺たちはお互いを知る努力をしたし、きちんと気持ちを伝え合って、二人の時間を重ねてきた。俺はシーラを心から愛していて結婚したいと思っているし、シーラも俺のことを愛してくれている。真実の愛を知った? はあ? 俺たちの方がよっぽど真実の愛ってやつだと思うんだけど」
一気に捲し立ててやると、レイモンドはポカンと呆けたまま固まってしまった。
どうしてか周囲からは「おお……」という感嘆の声と共にどこからか拍手が起こっている。なんでだ。
「……君の方がよほど直球だと思うが」
「え、なに? ごめん、聞こえなかった」
シーラはおかしそうに肩を震わせながら口元に拳を当てていた。くそう、拍手に気を取られて聞き取れなかった。
シーラの耳が、心なしかほんのりと赤い。ん? 俺、何か変なこと言ったかな? 事実しか言ってないんだけどなあ。
「まあとにかく、祝いの場で騒ぎを起こしたんだから、きっちりと絞られてくるといいさ。ほら、教師陣が鬼の形相でこっち見てるぞ。そのうち警備隊も駆け付けてくるだろ。ちなみに君たち知らないみたいだけど、去年も婚約破棄騒動があったんだよね。騒動を起こした男は廃嫡、女は自主退学になったんだけど、知らなかった? 君たちの処遇がどうなるか楽しみだね」
顔を真っ青にしたレイモンドと、「うそ! 退学なんてしないわよ私!? ねえ、レイモンド様!?」とキャンキャン喚くリリーベル嬢を置いて、俺はずっとシャンと背筋を伸ばして状況を見守っていたヴィクトリア嬢の元へと向かった。もちろんシーラと一緒にね。
「ヴィクトリア嬢、婚約解消おめでとう。あんな馬鹿と結婚せずに済んでよかったな」
心からの言葉を述べれば、「正直すぎだ、馬鹿」とシーラが横で笑った。
目を瞬いたヴィクトリア嬢もまた、一呼吸置いてプッと吹き出した。
「ええ、そうね。あなたたちのおかげでせいせいしたわ。ありがとう」
「いえいえ、俺はシーラを侮辱されたのが許せなかっただけだし」
「……あなたたちは心から愛し合っているのね。私ももっと歩み寄るべきだったのかしら」
「うーん、どうだろうね」
優秀なヴィクトリア嬢に対し、文武共にパッとしない上に努力を知らないレイモンド。良き関係を築くためには、ヴィクトリア嬢だけではなく、レイモンドにも歩み寄りの姿勢がなければならない。
結局どこかで彼の劣等感が爆発していたんじゃないかと思うんだけど、まあ違う未来もあったのかもしれないな。
「さあ、これから少し騒がしくなるだろう。別室で休んでいるといい。私が一緒に――いや、その必要はなさそうだ」
シーラの視線の先には、緊張した面持ちの男が一人立っていた。
「リクト……」
「知り合い?」
「えと、幼馴染よ」
リクトと呼ばれた男に見覚えはないが、正装をして参加しているということは、この学園の生徒なのだろう。
彼はぺこりと俺たちに頭を下げてから、ヴィクトリア嬢に手を差し伸べた。
「ヴィクトリア、婚約者がいたから君のことを諦めようと思っていたけど、僕は諦めが悪いみたい。ねえ、婚約は解消するんだろう? 僕にチャンスをくれるなら、この手を取ってほしい」
ヴィクトリア嬢はしばらく呆けたように目を瞬いていたけれど、次第に頬が桃色に染まっていった。そして瞳を伏せながらおずおずと手を差し出し、リクトの手に重ねた。
「収まるところに収まりそうだな」
「そうだな」
俺たちは初々しい二人の後ろ姿を見送ってから、警備兵が駆け込んできて騒がしくなってきた会場からしばし離れるべく中庭へと向かった。
会場の喧騒が遠くなり、途端に俺たち二人だけが世界から切り出されたかのように錯覚する。
「うちの粗野な兄弟と幼い頃から遊んできたからか、アーサーは感情的になると少々言葉が荒くなるな」
「う……気をつけます」
ベンチに腰掛け一息ついたところでシーラに指摘され、俺はキュッと身を縮ませた。自覚はあるんだけどね。
「いいさ。私だって貴族令嬢らしくない口調だが、君は何も言わないじゃないか」
「口調もひっくるめて全部好きだからね」
「そういうことだよ」
つまりシーラもそうだってことだよな。なんだかむず痒くて少し身を捩ってしまう。
「それにしても、今年は暴力沙汰にならなくてよかった。レイモンドが掴みかかってきたら今度は俺が投げ飛ばすつもりではいたけどさ」
「そうならなくてよかったよ。万一にでもアーサーが怪我をしたら私はきっと冷静ではいられないだろうからね」
「まあ、多分大丈夫だよ」
それなりに鍛えているからさ。という言葉は男の秘密だから舌の上で転がして飲み込む。
シーラはそんな俺を楽しそうに見つめながら微笑んだ。
「知っているよ。君が隠れて鍛錬を積んでいるということは」
「えっ!」
うそっ!? なんで!!
「手を握れば分かるさ。剣ダコができている。身体付きだって随分と引き締まってきたじゃないか。いつも見ているんだ、君の変化に気づかないわけがないだろう? ふふ、詰めの甘いところもまた愛おしい」
シーラには全部お見通しってことか……俺はきっとこの先ずっとシーラに隠し事をすることはできないんだろうなあ。
「はあ……やっぱりシーラの前じゃ格好がつかないな」
「そんなことはないよ。いじらしくて、愛おしくて、心底格好いい男だよ、君は。私の心を掴んで離さないほどにはね」
「最高の褒め言葉だ」
顔を見合わせ、笑い合う。素敵な婚約者を持って、俺は本当に幸せ者だなあ。
「さっきの言葉、嬉しかったよ」
「さっきの言葉? ああ、レイモンドに言ったあれか」
真実の愛なんて大仰なことを宣ってしまったけれど、シーラの胸には響いたらしい。
「彼の言う通り、男より強い女なんて、可愛げがないだろう? けれど、君はそんな私を邪険にするどころか、隣に立つに相応しい男になろうと努力をしてくれる。これほど嬉しく、心揺さぶられることはないさ」
私の方こそ、どんどん魅力的な男になるアーサーの隣に立つために必死なのに。
「え?」
小さな声で落とされた言葉は、風に攫われて俺の耳に届かなかった。
キョトンとしていると、シーラは困ったように眉を下げた。
「やれやれ、君はもっと自分の魅力を自覚した方がいい」
そう言いながら細長くて綺麗な手を伸ばして俺の頬を撫でてくれる。指先から、愛おしくて仕方がないという愛情を注ぎ込まれているようで、嬉しいけど照れてしまう。
おずおずとシーラの手に頬をすり寄せると、シーラはくつくつと喉を鳴らしながらご機嫌に肩を揺らす。
「君のことは私が生涯をかけて守り抜き、幸せにすると誓う。だから君も、生涯をかけて私を守り、幸せにしてほしい」
……俺の婚約者殿が男前すぎて困るな。
「うん、絶対に幸せにする。一生愛し続けるよ」
二人でコツンと額を合わせ、照れ笑いを交わす。こうして俺たちは今日も、二人の時間と気持ちを重ね合う。
「ああ、そうだ。シーラは自分のことを可愛げがないって言うけどさ、それは違うよ」
「え?」
至近距離で、シーラの紫苑色の瞳がまんまるに見開かれた。
今日のドレスと同じ色。俺が恋を自覚した大好きな色だ。
そっとシーラの手を取り、親指で彼女の手の甲を優しく撫でながら色んなシーラの姿を思い返す。
「実は小さくて可愛いものが大好きなところも」
「!?」
「動物が好きなのにどうしてか警戒されちゃって落ち込んでしまうところも」
「!!?」
「不器用でお裁縫が苦手なところも、全部好きだよ」
「…………君は本当に私のことをよく見ているのだな」
「? 当たり前だろう? 大好きな人なんだから」
「………………本当に、そういうところだぞ」
「え、なにが!」
ついさっきまで額をくっつけてほのぼのしていたのに、シーラがパッと身体を離してしまったので途端に寂しい気持ちになる。なんでかそっぽを向いてしまったし。なんで。
そうこうしている間に、再び緩やかな音楽が奏でられ始めた。どうやらお邪魔虫の排除は済み、パーティが再開されたのだろう。
「そろそろ中に戻ろうか」
「いや、今はダメだ。もう少し涼みたい」
「え? 暑かった?」
シーラ、そんなに暑がりだったっけ?
「何か飲み物もらってこようか?」
「いや、隣にいてほしい」
「え、なに、可愛い。好き」
「ばか」
そっぽを向いていたシーラは、肩越しに少し振り向いてじとりとした視線を投げてきた。ちょっぴり頬が膨らんでいてめっちゃ可愛いんですけど何その顔。
小さく溜息をついたシーラは、観念したようにコテンと俺の肩にもたれてきた。
「アーサー、愛しているよ。早く君と結婚したいな」
「くうっ!」
今日もまた、ど直球ストレートな言葉を浴びた俺は胸を押さえて身を捩る。
くそう、俺ばっかり翻弄されていて悔しいな。いつか俺だって、シーラのことをタジタジにしてやるんだからな!
未だに手の甲を頬に当てて遠くを見つめるシーラの横顔を眺めながら、俺は密かにそう誓ったのだった。
もう少しヘタレなヒーローが頑張る話になる予定だったけど、シーラからの愛を受け続けたアーサーは無自覚に自己肯定感爆高男だったねタジタジなのはお互い様だったねって話( ˘ω˘ )
パーティがきっかけで第二王子に気に入られて話しかけられることが増えたアーサーは(なんか最近めっちゃ絡んでくるな……)と思いながらも側近に加わるつもりもないのでシーラ第一で行動するよね
卒業前にきちんとプロポーズするアーサーもいるし、迎えた初夜で「好き」「大好き」「可愛い」「綺麗だよ」「幸せ」「ほんと好き」「結婚して」「あ、結婚したんだった」「幸せすぎる」って息を吐くように囁くから限界になったシーラが「ほんとそういうところだぞ!!」と顔を真っ赤にして布団を頭からかぶって籠城して出てこなくなって「え、なにが!?ごめん!?」ってアタフタするアーサーもいるし、「続き、いいですか……?」としょもしょもするから(くそ、可愛いな)って結局許しちゃうシーラもいる
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