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さくらのてまりうた

作者: 七瀬みる
掲載日:2025/12/07

※本作品中にわらべうた・てまりうたの引用がありますが、

・「まりと殿さま」は作詞者(西條八十)没後70年以上経過しているため、現在は、パブリックドメインとして自由に利用可能とのこと。

・「いちばんはじめは」は作詞者不詳の伝承歌なので、特定の著作権者は存在しません。



 1


 入院なんて、つまりません。

 痛くて、つらくて、苦しくて。

 そのうえ、おかあさんにも、会えないなんて。

 カンセンタイサクだからしかたないんだって、お医者さんも、看護師さんも、おかあさんまで、そういいます。

「五類」なんて、えらいひとが名前をつけたからって、それでウイルスが消えてなくなるわけじゃない。だから、対策はつづけないといけない。そういうのです。

 まして、病院は、病気やけがで、抵抗力のよわった人が集まるところなのだから、なおさら、厳重な注意がひつようなんだって、いうのです。

 さくらもそう。いまの病気だけでもたいへんなのに、そのうえウイルスにまでヤラレてしまったらもっとたいへん。だから油断してはいけないっていうのです。

 なるほど。

 よくわかりました。

 でも、だからといって、さみしいのが、なくなるわけではありません。

 痛くて、つらくて、苦しいのだから、なおさら、おかあさんに会いたいのです。うんとちいさかったころみたいに、甘えんぼになって、ぎゅーっ、と、だっこしてほしいときだってあるのです。

 友だちとだって、会いたいのです。おしゃべりしたり、あそんだり、したいのです。

 でも、できるのは、週に一回、リモート面会だけ。タブレットのちいさな画面で、15分。親族限定、二人まで。たった、それっぽっち。

 あとは、ときどき、おかあさんが、おみまいをとどけてくれます。でも、それも、おかあさんが直接もってきてくれるのではなくて、看護師さんが、窓口であずかって、もってきてくれるだけなのです。

 おみまいのなかには、マスクやお茶や、そのほか身のまわりのものといっしょに、友だちからの手紙や、写真なんかが入っていることもあります。

 いちどなんか、クラスのみんなでつくったっていう千羽鶴と、寄せ書きをもらったこともありました。

 でも、それも、最初のころだけでした。

 今はめったに何もとどきません。誰も会いにもきてくれません(きてくれたって、どうせ、会えません)。

 もう、このまま、ずっと、ひとりぼっちなのかしら?

 ずっと誰にも会えないまま、顔も、声も、わすれてしまうのかしら?

 そして、わすれられてしまうのかしら?

 そう思うと、ひとりぼっちで、夜中に泣いてしまったりもするのでした。


 病室には、テレビがあります。

 すこし気分がいいときは、看護師さんが、カードを挿して、つけてくれます。

 アニメとかドラマには、ときどき、病院がでてくることもあります。

 おはなしの中では、入院している患者さんのところにも、いろんな人が、ふつうに出入りしています。

 リモートじゃなくて、じかに面会して、おしゃべりして、手をにぎったりなんかまでしています。しかも、マスクさえつけないで。

 さくらは、なんども「ずるい」って思いました。うそばっかりって思いました。

 だからテレビもあんまり見なくなりました。

 気分がいいときは、おかあさんがもってきてくれた本をひらいてみたり、写真をながめてみたり。

 でも、体調のせいでしょうか、お気に入りの本も、内容がうまくあたまに入ってきてくれません。

 写真だって、同じです。いいえ、かえって、悪いくらい。クラスのみんなのたのしそうな顔なんかみていると、自分はそこに入れないんだって、みじめになることさえあるのです。

 けっきょく、ほとんどの時間を、ぼーっとしてすごしました。

 気分がいいといっても、全身がだるくて、痛くて、しんどいのは、かわりませんから、そうしてぼーっとしているのが、いちばん楽なのでした。

 そうして、起きているような、寝ているような、よくわからない時間が、すぎていくのでした。


 2


 でも、ときどき、すーっと、ふしぎなくらい、楽になるときがあります。

 そんなときには、入院するまえとかわらないくらい、元気になって、寝てなんかいられない気がするのです。

 ベッドをとびだして、走りまわりたい気がするのです。

 いいえ、ほんとうに、走りだしてしまいます。

 だって、あの子が、呼んでいるのです。

「さーくらちゃん、あそびましょー」

 なんて、声がきこえて、そうすると、急にからだがかるくなって、わくわく、うずうず、してくるのです。じっとなんて、していられなくなるのです。

 さくらはベッドをとびだして、その子をさがして、走ります。

 走ったって、疲れもしません。息があがったりもしません。どこまでも、いつまでも、走っていける気がします。

 そんなときは、いつも、病院は、とってもしずかで、がらんとしています。

 いつもはたくさんのひとが寝ている病室も、看護師さんのつめ所も、注射で血をぬく検査室も、お医者さんがいる診察室も、誰もいない、からっぽです。

 ぴかぴかの白い床が、日の光にかがやいています。声はそのまぶしさのなかから聞こえてくるみたい。

「さーくらちゃん、あそびましょー」

 さくらは階段をいちだん抜かしにかけおりて、誰もいない外来を横目にみて、そうして、病院の中庭にでるのです。

 いつもは、何人かの患者さんが、車いすや歩行器をつかったり、看護師さんやPTさんにつきそってもらったりして、リハビリやお散歩をしているその中庭も、そんなときには、やっぱり、誰もいないのです。

 でも、ひとりだけ。

 中庭のまんなかに植えられた、おおきな木の下で、いつも、その子は、待っているのでした。

 ちいさな女の子です。さくらより、ひとつか、ふたつ、年下なのではないかしら?

 おかっぱの髪に、洋服じゃなくって、着物をきて、手にはまりをもっています。ボールじゃありません。かるい芯に、布や糸をまいた「てまり」です。

 てんてんてんまり、っていう歌の、あのてまりです。

 さくらも、写真や何かを見たことはあったかもしれません。でも、ホンモノにさわって、あそんだのは、はじめてです。

 それだけでも、かわった、ふしぎな女の子でした。

 この子も入院しているのかしら?

 この時代劇みたいなかっこうは、パジャマなのかしら?

 でも、そんなのはどうでもいいことです。

 きれいな木綿糸の模様でつつまれたまりは、つるつるの印刷のゴムボールとはぜんぜんちがって、なんだかとってもいい手ざわり。

 さくらとその子は、そのおおきな木の下で、そのてまりをついてあそぶのです。

 その子は、たくさんのてまりうたを知っていました。

 さいしょはひとりで歌って……歌いながら、さくらにも教えてくれるのです。

 そうしてさくらがおぼえてしまうと、いっしょに歌って、あそぶのです。

 それは、ときには「いちかけにかけて」だったり、「いちばんはじめは」だったりしましたし、ときには、やっぱり「てんてんてんまり」だったり、するのでした。


  てんてんてんまり てんてまり

  てんてんてまりの手がそれて

  どこからどこまで飛んでった


 そうして歌っていると、そのうち、ふわーっと浮かんで、かるくなって、飛んでってしまうのは、まりじゃなくって、さくらたちのほうなのでした。

 ぽん、ぽん、まりをついているうちに、やがて、とびばこに手をついたみたいな手ごたえがあって、ぽん、ぽん、ぽーーん――さくらたちのほうが、浮かびあがってしまうのです。

「うわー、飛んでるねぇ」

 さっきまで見上げていた、おおきな木が、足の下でさわさわと葉っぱをゆらしています。

 ウイルスなんかふきとばしてしまいそうな、きもちのいい風が吹いてきます。

 そうして、もっと、上がって、上がって――中庭だけじゃなくて、病院ぜんぶが下になって――それからもっとずっと上がっていくと、そのうちには、さくらの家や、学校まで、下のほうに見えるようになってくるのでした。

 もう、いますぐにも、ひとっとびで、おかあさんにも、友だちにも、会いにいけるような気がするのでした。


  垣根をこえて 屋根こえて

  おもての通りへ 飛んでった

  飛んでった


 さくらとその子は、もう、どんどん、ずんずん、高く高くのぼっていって、真っ青な空にうかんで、両手をつないで輪になって、くるくる、くるくる、回ってみたりするのでした。

 足下には、ちいさな地図みたいになった町。

 遠くには、山が見えて、そのもっとむこうには、きらきら、海が光っているのでした。


 3


 ……でも、そうしてその女の子とあそんだあとは、きまって、また病院のベッドの上で目がさめるのでした。

 そのベッドは、元どおりふだんの病室におかれていることもありましたし、ときには、別の部屋にうつされていることもありました。

 どっちにしても、そんなときのさくらのからだは、いろいろなくだやコードにつながれていて、枕もとの画面が、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、音をたてています。

 まりつきって、思った以上に、疲れるあそびなのでしょうか。それとも、空なんて飛んだのが、いけなかったのでしょうか。

 あの子とあそぶまえは、いつもあんなに元気で気分がいいのに、あそんだあとは、きまって、いつもよりずっと、痛く、苦しく、しんどくなっているのでした。

 のどがゴロゴロして、胸のなかが熱くて、息が苦しくて、鼻や口につっこまれたチューブがきもちわるいのです。手足が重くて、あっちこっちが、ギシギシ、ぴきぴき、痛いのです。

 さくらは泣いて、おかあさんを呼ぶのです。

 でも、鼻や口のくだがじゃまで、うまく声がだせないのです。

 むりをするとすぐにゴボッて咳がでて、痰があふれて、看護師さんが、掃除機みたいな機械で吸いとるのです。

 その機械のチューブが、のどの奥にはりついて、また、痛いのです。

 さくらは声にならない声でうめきながら、こころのなかだけで、おかあさんを呼ぶのです。

 そうして、いくら呼んでも、おかあさんは、いないのです。


 それでも、あの子に呼ばれると、からだが楽になって――からだが楽になると、やっぱり、ベッドをとびださずにはいられません。

 そして、いっしょに歌って、たのしくあそんで――そのあいだは、そのあとのことなんて、考えもしないのです。

 あの子は誰? どこの子? それだって――あとになると気になるのに――あそんでいるあいだは、きこうとも思わないのです。

 最初のうち、あの子がくるのは、ほんのときどきでした。

 それがいつのまにか、三日に一回くらいになりました。

 いまでは、ほとんど、毎日です。

 あそぶ時間だって、長くなりました。

 いまでは、ベッドですごす時間より、まりをついている時間のほうが、長いくらいかもしれません。

 てまりうたも、ずいぶん、おぼえました。

 まりつきだって、上達しました。

 そんなたのしい時間を、いつもしずかに見まもってくれているのが、中庭のまんなかにヌシみたいにそびえている、あの木でした。

 ほんとうに、おおきな木でした。

 そして、いまも、おおきくなりつづけています。

 最初は、二階の窓くらいだったのが、いつのまにか三階の窓をこえ、いまでは病院の屋根もこえています。

 まるで、あそぶのに夢中になって、気づかないでいるうちに、何年も、何十年もたっていたとでもいうみたい。

 こんなにおおきいのなら、さくらの部屋からだって、見えてよさそうなものだって、なんども思いました。

 でも、病室で寝ているときには、窓からその木が見えたことは一度もありません。

 角度がわるいのでしょうか?

 ある日、看護師さんにきいてみました。

 看護師さんは、びっくりして、

「中庭に、そんなおおきな木なんて、ないわよ」

 さくらは目をぱちぱちさせました。

 意味がわかりません。

 だって、あんなにおおきな、りっぱな木なのに。

 なんども、あの木の下であそんだのに。

 それが「ない」なんて、そんなこと、あるでしょうか?

 さくらがじっとだまっていると、看護師さんは、ああ、と、あらためて思いあたったような顔をしました。

「そっか、誰かにきいたのね。そう……あったんだってね、昔は。わたしがこの病院にきたときには、もう、なくなってしまっていたけれど」

 そうして、午後の点滴を片づけながら、はなしてくれたのでした。


 それはそれは、おおきな、りっぱな木だったそうよ――看護師さんは、いいました。

 この病院ができて、まだちいさかったときから、ずっとそこにあって、お医者さんや患者さんを、みまもってくれていたんだって。

 だから、病院がおおきくなったときも、その木だけは、切らずに、残しておいたのね。

 でも、何年かまえに、かみなりがおちて、焼けてしまったんだって。

 風がびゅーびゅー吹いて、ぶあつい雲がまっ黒に空をおおって、すぐにもあらしになりそうな、そんな夜。突然、ピシャンッて、まっ白いイナヅマが直撃して、あっというまに、燃えだしたんだそうよ。

 おっきなこずえが、ゆっさ、ゆっさ、風にゆれて。ゆれながら、ごうごう、ぼうぼう、特大のかがり火みたいに、燃えたんだって。

 それはそれは古い木だったから、中が乾燥していたのかもね。そのうち雨もふりだしたけれど、ちっとも消えずに、燃えつづけて……そのうち、病院にも燃えうつるんじゃないかって、おおさわぎだったそうよ。

 高いところには消火器もとどかないし、だんだんあらしもひどくなって、消防車の到着が遅れてね。

 でも、やっぱり雨のおかげかしら。さいわい燃えうつることはなくて、中庭のまんなかで、その木だけが、キャンプファイヤーみたいに、燃えつづけたんだって。

 そうして、燃えているあいだにも、まだ、なんどか、かみなりが――まるで狙い撃ちみたいに――その木にばかりおちたんだって。

 ああ、きっとこれは、この木が避雷針になって、病院をまもってくれているんだって……思った人もいたみたい。

 でも、そうして身代わりになって、かみなりにうたれつづけた木は、やっと到着した消防車が火を消しとめたときには、もうすっかり、まっ黒に、焼け焦げてしまっていたんだって。

 そのまま放っておいたら、もろくなったところが、くずれて、折れて、最悪、たおれてしまうかもしれなかったの。

「だから、切ってしまったんだって」

 いまでは、中庭のまんなかに、おおきな、切り株だけが残っている。看護師さんは、そういって、話をしめくくりました。

 さくらは、なんだか、夢みたいな気がしました。

 あの木がいまでも立派にそびえたっている、あの中庭が夢なのか。切り株だけになってしまったっていう、看護師さんのおはなしのほうが、夢なのか。

 どっちがどっちなのか、わからなくなっていきました。

 ほんとうのさくらは、いまもあの木の下であの子とあそんでいて、こんなふうに、病院のベッドで看護師さんとおはなししているさくらのほうが、夢なのではないかしら?

 だって、痛くて苦しくて、意識がモーロ―とする病院の毎日なんかより、あの木の下で、あの子とあそんでいる、中庭での時間のほうが、よっぽど輪郭があざやかで、だんぜんホンモノっぽいのだもの。

 ほんとうに、そうだったら、どんなにか、いいだろう。

 そう思うのでした。

 すると、なんだか、急にまぶたが重くなってきて……

 眠くてたまらなくなって、すうっと意識が遠くなって……

 はっと目がさめると、その瞬間、さくらは、ほんとうに、あの木の下にいるのでした。


 中庭はいつもどおり、おだやかな陽ざしのなか。

 やさしい風がふいて、あの木が、さわさわとこずえをゆらしています。

 さくらはあそびつかれて、その木の下に寝っころがって、そうして、いつのまにか、うとうとしてしまったのでした。

 うとうとして、夢をみていたのでした。

 あたりを見まわしても、看護師さんなんか、どこにもいません。

 かわりに、さくらのそばには、いつものあの子がいて、いつものように歌いながら、ひとりで、まりをついているのでした。

 あー、やっぱり、こっちがほんとうなんだ。さっきから、ずっと、この子と、あそんでたんだ。看護師さんのほうが、夢なんだ――さくらは、ほっとして、そう思うのでした。

 そして、からだをおこすと、その子の歌っている歌を、途中から、またいっしょに、歌うのでした。


  とまりとまりで 日がくれて

  一年たっても 戻りゃせぬ

  三年たっても 戻りゃせぬ


 ふりかえった女の子が、にっこりしました。

 血相をかえた看護師さんの声が、まだどこからか聞こえる気も、少しだけしたけれど――

『さくらちゃん? どうしたの? だいじょうぶ? しっかりして!』

 それもすぐに遠のいていくのでした。


 4


 その日のてまりあそびは、ほんとうに、いつまでもつづきました。

 もう「てんてんてんまり」は何度も歌いました。

「いちかけにかけて」も歌いました。

「ひとつとせ」も「いちじくにんじん」も、「あんたがたどこさ」だって、歌いました。

 それでも、まだ、おわりません。

 そうして、すこしも、疲れません。飽きません。

 時間をわすれて、歌いました。あそびました。

 そして気がつくと、いつのまにか日が暮れていたのでした。

 そんな時間になるまであそんでいたのは、はじめてのことでした。

 いつもはどんなに長くあそんでいたって、おひさまの高さはちっともかわらなくて、この中庭では、ずっとずーっとお昼のままで、夕方にも、夜にも、なったことはなかったのに。

 今日にかぎって、いつのまにか、あたりはぼんやり暗くなっているのでした。

 パッと、あかりが、ともりました。 

 中庭の上のほうから、まぶしい光がさしてきて、あたりを照らしだしています。

 街灯でしょうか?

 それにしては、ずいぶん赤い光です。

 それに、なんだか、熱いのです。

 さくらは上を見てみました。

 そして、びっくりして、息をのんでしまいました。

 明るいのは――街灯なんかじゃなくて――あの木でした。

 おおきな木のこずえに、火がついて、ぼうぼう、パチパチ、煙をあげ、火の粉をふきながら、燃えているのでした。

「たいへん、火事よ!」

 さくらは叫んで、ふりかえりました。

 でも、さっきまですぐ隣りでまりをついていた、あの子のすがたが、いまはどこにも、見あたりません。

「どこ? どこいったの?」

 さくらはさがしました。きょろきょろ、見まわしました。

 すがたは見えないのに、声だけは、聞こえました。

 あの子は、まだ、歌っているのでした。


  いちばんはじめは一の宮

  ふたつ富士山せんげん大社

  さんは讃岐のコンピラさん


 声は上からきこえました。

 さくらは目をこらしました。そしてまたびっくりしました。

 あの子は、あのおおきな木のてっぺんで、まりをついているのでした。

 木綿の色もあざやかな、きれいなまりが、宙に浮いたあの子の手から、木のてっぺんに、あたって、はねて、あたって、はねて――そのたびに、ピカッ! ピカッ! 青白い閃光が木のぜんたいに走って、幹や枝のどこかしらから、あたらしい炎がふきだすのでした。

「ちょっと、なにやってるの、あぶないわよ!」

 さくらは叫んで、かけよろうとしました。

 けれど、その瞬間、上から、燃えさかる木の枝がおちてきて、さくらの行くてをはばみました。

 枝は、地面におちて、ものすごい熱と、火の粉をふきだして……あっというまもなく、さくらにおそいかかってくるのでした。

 ものすごい熱と、煙と、光で、何もみえません。息もできません。ゴホッゴホッ。咳がでて、肺がアツくて、苦しくて――ベッドの上で、くだやコードにつながれているときみたいに、苦しくて――こわくて、足がすくんで、うごけません。

「おかあさん! おかあさん!」

 さくらは夢中で叫びました。

 気がつくと、そこはもう中庭ではありませんでした。

 まるで映画かテレビか――それか、夢みたいに――いつのまにか場面が切りかわっているのでした。

 さくらがいるのは病院の廊下でした。

 壁も、床も、天井も、燃えています。

 充まんする熱と煙のなかで、さくらは迷子みたいに泣きながら、おかあさんを呼んでいるのでした。

 おかあさんは、いました。

 燃えさかる廊下のつきあたりに、たしかに、おかあさんの姿が、みえました。

 けれど、ぶあつい炎の壁にはばまれて、近づくことが、できません。

 さくらは、ただ、必死に、おかあさんを呼びつづけました。

「おかあさん、おかあさん、おかあさん!」

 でも、おかあさんは、こたえることが、できません。

 だって、いまは、さくらのかわりに、おかあさんが、病院のベッドの上にいるのです。銀色の金具のついたベッドに横になって、おしりを上げ、ひざを曲げ、おおきく足をひろげて、ハアッ、ハアッ、あああっ、と、あらい呼吸をくりかえし、何度も悲鳴をあげながら、苦しんでいるのです。

「がんばって」

「もうすこしですよ」

 お医者さんと看護師さんが、おかあさんを、はげましています。

 いったい、なにが起きているのでしょう。

 おかあさんは、どうしてしまったのでしょう。

 さくらにはわかりません。

 そのうちに、炎はさくらのいる廊下も、おかあさんのいる処置室も、ぜんぶ、のみ込んでしまいました。

 病院の壁も床も天井も、看護師さんもお医者さんも、おかあさんも、何もかもが、あっというまに炎のなかに見えなくなって……

 さくらのからだもその同じ火につつまれて、手も、足も、顔も、体も、燃えて、燃えつくして――もうなんにもなくなってしまうのでした。

 目も、耳も、すっかり焼けおちてしまって、もう、なんにも見えないし、聞こえません。

 なのに、どうしてでしょう?

 そのなんにもないはずの暗やみのなかから、ふいに、おとこの人の声が、聞こえてきたのでした。


「この子のなまえ、さくら、ってどうかな?」


 その瞬間、視界がひらけました。

 目も、耳も、からだだって、ぜんぶ燃えつきてしまったはずなのに――さくらは、ゆうれいみたいな、意識だけの存在になって――その景色を、見ているのでした。聞いているのでした。

 それは、どこかの病室でした。

 窓から、おだやかな陽ざしが、さしこんでいます。

 ベッドには、ねまき姿のおかあさんがいます。

 その隣りには、もうひとつ、ちいさな、プラスチックのかごみたいなベッドが、おいてあります。

 そして、そのそばに――さっきの声のぬしでしょうか――さくらの知らない、背広姿のおとこの人が、立っているのでした。

「昨日の夜、かみなりが落ちてね、中庭の、ほら、あのおおきな木が、燃えたんだって。なんども、狙い撃ちみたいに、あの木にばかり、かみなりが落ちたそうだよ。まるで避雷針みたいだねって……さっき看護師さんたちともはなしていたんだ。病棟におちないように、守ってくれたんじゃないかなあ、ってね。ちょうど君が分娩室に入っていたときだよ。そのはなしをきいてさ、窓から、焦げたあの木をみているうちに、思ったんだ。この子のなまえ、あの木のなまえを、もらったら、どうかなって……」

 いいながら、そのおとこの人は、ちいさなベッドのなかに寝ているなにかを、ちょん、ちょん――つっついたみたいでした。

 とたんに、火がついたような赤ちゃんの泣き声が、部屋じゅうにひびきわたりました。

 ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ!

 おとこの人がオロオロして、おかあさんが笑って……それをみているだけで、なぜでしょう、さくらまで、うれしい、あったかい気持になっていくのでした。

 あったかくて、ぽわぽわして、眠くなっていくのでした。

 そうして、うとうとした寝入りばなのあたたかさのなかに、夢のように、うつつのように、てまりうたのつづきが、すべりこんでくるのでした。


  よっつ吉野の蔵王堂

  いつつ出雲のおおやしろ

  むっつ村々鎮守さま

  ななつ成田のお不動さん


 うららかな陽の光にてらされた、病院のベッドの上で、ちいさなさくらをだっこしたおかあさんが、おっぱいをふくませながら、歌ってくれているような気もしました。

 でも、やっぱり、歌っているのは、時代劇みたいな着物をきて、中庭のおおきな木の下でまりをついている、あのちいさな女の子のような気もしました。

 それから、また、いつもの担当の看護師さんの声も、同時に、どこからか聞こえる気がするのでした。

「さくらちゃん、おきたの? まだ眠っていていいのよ。がんばったわね。もう、だいじょうぶだからね。安心して、いいのよ」

 そうすると、ここは、やっぱり、いつもの病院のベッドの上なのでしょうか?

 ねむくて、なんだか、わかりません。

 ただ、歌がきこえます。


  やっつ八幡の八幡宮

  ここのつ高野の三昧堂

  とおは東京招魂社

 

 おかあさんが、だっこしたさくらをゆらすような――

 あの子が、ゆっくり、まりをつくような――

 ピッ、ピッ、ピッ、と、コードでつながった機械が鳴らす、安定した、いのちの鼓動のような――

 ここちよいリズムにつつまれて、さくらはこんどこそ、安心して眠りにおちていくのでした。


  これだけ心願かけたなら

  さくらのやまいも癒えるだろう

  ぼうぼうぼうと燃える木は

  さくらとサクヤの火の産屋


 5


 その日から、さくらの病気は、どんどん、よくなっていきました。

 その日から、あの女の子は、ぱったり、会いにこなくなりました。

 もう、呼ぶ声もきこえません。

 てまりうたも、きこえません。


 でも、そのかわり――


 明日は退院っていう、その前の日に、さくらは、看護師さんにたのんで、中庭につれていってもらいました。

 おだやかな、春の陽ざしが、ふりそそいでいました。

 さくらのほかにも、何人かの患者さんが、看護師さんや、PTさん、OTさんにつきそわれて、散歩したり、ベンチに腰かけたりしていました。

 その中庭のまんなかに、その切り株は、ありました。

 おおきな、ひとかかえもあるような、どっしりした、りっぱな切り株でした。

 その切り株から――ひこばえっていうのでしょうか――あたらしい芽が、何本か生えだしていました。

 中にはもうだいぶ大きくなって――ちょっとヒョロヒョロした、たよりない感じではありましたが――それなりにちゃんとした「木」と呼べそうなくらいにまで、育っているものも、あるのでした。

「まあ」

 と、看護師さんがいいました。

 見て、と、指さした、そのさきをみて、さくらも目をみはりました。

 細くてたよりない枝のとちゅうに、一輪だけ、五弁の花が咲いていました。

 看護師さんが、にっこりしました。

「去年まで、いちども、咲いたことはなかったわ。枝をのばして、葉っぱをつけるだけで、せいいっぱいだったのね。でも、やっと、今年、それも今日になって、咲くだなんて……なんだか、退院おめでとうって、お祝いしてくれてるみたいじゃない?」

 さくらは花をみつめました。

 ちいさな、貧弱な花でした。

 それでも、可憐な花でした。

 そうして、かすかな風に、細い枝がゆれた、そのときでした。


『さーくらちゃん、あそびましょー』


 なつかしい声が、きこえた気がしたのでした。



※本作品中にわらべうた・てまりうたの引用がありますが、

・「まりと殿さま」は作詞者(西條八十)没後70年以上経過しているため、現在は、パブリックドメインとして自由に利用可能とのこと。

・「いちばんはじめは」は作詞者不詳の伝承歌なので、特定の著作権者は存在しません。


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