第5話 レッツメイクモサモサクッキー ②
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。期待の新人十四歳。見習い錬金術師です。
「お前宛に来た依頼をこなしてもらう」
「依頼、ですか？ 新米の私に？」
無事に素材採取を終え、ブレストフォード西錬金所へと帰宅しました。
「基礎調合剤からエン麦粉を作る」
そういえばそんなことを言っていましたね。
基礎調合剤から調合を行う場合は、エレメント計算が何よりも重要になります。
エン麦粉の中に含まれるエレメントは、固きエレメント、水のエレメント、空のエレメント、炎のエレメント、その他諸々。
まず、エン麦粉に含まれる各種エレメントの単位比率を計算します。そこから、エン麦素一単位あたりの重量を導き出し、完成品に求めるエン麦粉の重量から逆算して、必要なエン麦素の単位数を決めます。さらにそこから、各エレメント一単位あたりの重量をもとに今回の調合に必要な各エレメントの重量を計算します。さらにそこから、実際に材料として使用する各種基礎調合剤の体積を計算します。さらにそこから、各種魔力量の総和を求め、魔力調整剤の量を決めます。さらにそこから、薬でもキメてます？
余程の錬金術マニアでなければ、まずやろうとは思わない調合です。
だって買えば良いですからねエン麦粉。工場で大量に生産されてますからね。自分で作るにしても普通にエン麦から作ればいいですし、錬金術使わなくても挽いて作ればいいですしね。エン麦はその辺で売ってますし、種を蒔き育て収穫しまた種を蒔き世界に増やしまくっても良いですからね。
中略します。
「スンウッソ ダイカ！」
完成したものがこちらになります。
「わくわくドキドキ白い粉！ 食べればあなたもハッピーに！ 縁を紡ぐよエン麦粉！」
もうこの白い粉をキメなければやってられません。
「成功だな。良い品質だ」
「……このまま吸って良いですか？」
「何がお前をそうまでさせるんだよ」
疲労のあまり危うく外道に走るところでした。
でもその言葉、エレメントについてそっくりそのままお返ししたい。
「パンが……パンが食べたいんです……」
「普通に買えば良いだろ」
その言葉、たった今調合したエン麦粉についてそっくりそのままお返ししたい。
＊＊＊
普通に買いました。
「自炊も良いけど、たまには外食も良いものですね」
正確には買い与えられました。
街角に新しく出来たパン屋さんで、ジーン先生にベーコンチーズブールを買ってもらいました。
外はパリッと、中はもちっとした噛みごたえのある、石窯焼きのブール。ブロックベーコンのほど良い塩気によく合う、三種のチーズのまろやかさと、アクセントのぴりりとした黒胡椒。奇跡の一品です。
「ところでこれ、どこへ向かってるんですか？」
「王宮冒険者ギルド。納品するまでが仕事だ」
王宮へ続く大通り、原義通りの王道は様々な店が周囲に立ち並び華やかで、歩くだけで楽しい気分になります。
さて、ギルドへとやって来ました。
案内された応接室。ふかふかのソファに座り待っていると、そこに現れたのは──
「なんで！ いつもいつも！ 護衛もなしに！ 素材採取に行くかな！？」
ばちばちにキレた憧れの人、アマリさんでした。でも怒っても全然迫力がないなこの人。
「人間関係が面倒で」
「我慢しなさい！」
火に油を注いだジーン先生に当然お怒りのアマリさんでした。なんか師匠がすみません。
「次からは必ず護衛をつけること！ 少なくともエマを連れて行く時は必ず！ 約束しなさい！」
やんややんやと怒られ気まずそうに目を逸らすジーン先生でした。錬金術師が護衛なしで採取に出かけるの、客観的に見るとそんなにイカれてるんですね。
「なんかすみません」
「いや、エマは何も悪くないから。……大きな声を出して驚かせてしまったね。初めての依頼お疲れ様」
私が声をかけた途端に、アマリさんはパッと大人らしい対応に切り替わります。嬉しいような、ちょっぴり不服なような。
「あ、そういえば……」
「それじゃあ私の依頼の品をいただこうかな」
なんと、憧れの人、まさかの初めての依頼人。
「依頼の品ってなんなんです？」
「エン麦粉」
「なるほどついに目覚めましたか？」
「何に？」
どうやら今回の一連のゴールはこれだったようです。汗と涙の結晶たるエン麦粉をお渡しします。
「それじゃあ、完成品を確かめさせてもらうよ」
突然、アマリさんの目が職人のそれになります。エン麦粉を手に取り、細やかに調べられます。
私は緊張でごくりと唾を呑みました。
「……うん、良い品質だね」
「やったぁ！」
ほっと胸を撫で下ろしました。溢してくれたその笑顔と一言。それだけで一晩で何トンもエン麦粉調合できちゃいますよ。
「ありがとう。謝礼は2000Gと、このエン麦粉を使って一緒に魔道具作りをすることだったね」
いつの間にそんな契約が。私がこなした依頼だからと、ジーン先生は報酬を受け取らず、私が受け取らせていただくこととなりました。
つまりそれって──
「え？ え？ い、良いんですか？」
「複数の師から学ぶ方が知識に偏りがなくなる。ただし多忙なギルド職員を困らせない程度のものにすることだ」
「……はい！ もちろん！」
「それにアマリの方が俺より圧倒的に調合も教えるのも上手いからよく言うことを聞くんだぞ」
「そこは師匠として頑張って？」
まあ、それでは改めて。
「アマリさん、よろしくお願いします！」
「うん、何を作りたい？」
アマリさんはにっこりと笑いました。可愛い弟子を見る目です。
粋なチュートリアルクエストでした。
アマリさんも、ジーン先生も、温かい目で見守ってくれています。甘やかしを栄養にして、すくすくと育ちますよ私は。
「はい！ クッキーを作りたいです！」
「うん、良い……クッキー！？」
「は！？ クッキー！？」
二人してそんなに驚かなくても。クッキーも好きなんですよ。
