第3話 レッツメイクツルツルパスタ
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。パンが大好き十四歳。見習い錬金術師です。
「賢者の石を? アマリが欲しがってる?」
「はい!」
「……それは婉曲的に復職を断られたんじゃないのか?」
「そんな夢のないことを言わないでくださいよ」
最近の私には、賢者のパンを作るという目標ができました。
「まあ良い。とにかく今日という今日こそは俺は麺類を食べるからな。お前のパンの在庫のことは知らん」
それはさておき、師匠であるジーン先生は無表情でびしりと私を指差して、そう言ってのけます。
「では今晩は焼きそばパンですね」
「柔軟なのか頑固なのかどっちだよ」
さて、目標への道も一歩から。今日も今日とて、調合、調合。
などと張り切った途端。
オリハルコンパン、サラマンダーの鱗、龍の胃袋、ルベラ鉱石、エン麦粉、易化効果剤を投入してかき混ぜていた鍋が爆発しました。
「けほっ……、こほっ……」
張り切りすぎてしまったようです。高等な素材を入れすぎて成功率が下がり、失敗してしまいました。
そして、失敗すると黒い煙とともに出来上がるのがこちらになります。
真っ黒な石。
「やっちゃった! 愚かな証! 愚者の石!」
何の効果も持たない様々なエレメントの塊です。様々な魔力の不協和音。なんと勿体ない。
というわけで……。
「今回はこの愚者の石を使ってパンを作っていこうと思います」
鍋に愚者の石とエン麦粉とミルクと黄金卵を投入し、ぐるぐるとかき混ぜます。自棄です。
「出来るわけないだろ」
と、短時間料理番組風の独り言にツッコミが入りました。ジーン先生です。
「じ、ジーン先生!? いえ、素材採取に行かれたはずじゃ……!?」
「切り上げてきた」
どうせこの時間帯は一人だからと好き放題に独り言を言いながら暴れているのがバレて、非常に気まずい心地です。
「パ、パンへの愛が暴走してすみません! でも好きなんです! 愛してるんです! ちゃんと焼きそばパンにしますから!」
「もう一度基礎から教える必要がありそうだな」
「お、怒っていらっしゃる!?」
お言葉から察するにお怒りのご様子です。
突然ですが、ここで再びジーン先生のことをご紹介しましょう。年齢は二十歳。少々老け……、いえ、落ち着いた雰囲気ゆえに実年齢より上に見られがち。素材採取の際に魔物との戦闘もこなすため、大きな剣を装備しています。短く切られた硬い黒髪に、じとりとした真紅の瞳の三白眼。煌びやかではありませんが、クールな無表情の映える精悍なお顔立ちをしています。そういう人の怒り顔って怖いって言いますよね。
なんて、どこかの誰かにご紹介するかのごとく他ごとを考えて気を紛らわすのはやめましょう。
こういう時は内心どう思っていようが速攻で土下座に限ります。
「すみません! 命の糧たるエン麦粉を無駄にしてしまったことは、私自身非常に遺憾で!」
「怒ってない。普通に復習した方が良いと思っただけだ」
本当でしょうか?
いかんせん表情の読みにくいお方ですので、疑念は晴れません。いずれにせよ、今日は大人しく教えを乞うておくべきだと直感で分かりました。
「そ、それじゃあ、お願いします……。お、お手柔らかに……」
そして、ここからが何故私が前回ジーン先生でなくアマリさんに頼ったのかが分かる伏線回収となります。
「愚者の石を素材にして調合を行う場合は、まずは基礎調合剤を調合する」
さて、ジーン先生の錬金術講座、開幕です。
「⚪︎▲□×……で、⚪︎▲□×……、と、いうわけだ」
即座に私の脳内は閉幕です。
ジーン先生の説明は、小難しいというか、堅苦しいというか、遊びがないというか、ええと。
はい、要するに、この愚者の石を再利用するためには、ひとつひとつのエレメントに分離する必要があります。
「……はい」
そんなこと、参考書などで知ってはいるのです。知っているのに、何故やらないかと言えば──
「一見面倒に見えるが、結局のところこれが最適な方法だ」
「……はあい」
単純でありながら非常に面倒だからです。しかし今回はジーン先生の直接の監視下なので逃げようもありません。愚者の石を鍋に入れ、溶解剤を加え、煮込みます。
「ヒトメント エレ ツノ カーボ」
呪文を唱えると、ひとつのエレメントのみが液体として取り出されます。これが基礎調合剤。
「かちかち固きエレメント! 黒色1号基礎調合剤!」
そして、鍋の中に残ったエレメントから副産物的に新たな愚者の石が出来上がります。
さて、ここからです。
ニュー愚者の石を鍋に入れ、溶解剤を加え煮込みます。
「ヒトメント エレ ツノ ハイド」
呪文を唱え、次のエレメントを取り出します。
「すいすい水のエレメント! 青色2号基礎調合剤!」
繰り返します。
ニュー愚者の石を鍋に入れ、溶解剤を加え煮込みます。
「ヒトメント エレ ツノ オキシ」
呪文を唱え、次のエレメントを取り出します。
「ぷかぷか空のエレメント! 白色3号基礎調合剤!」
繰り返します。
ニュー愚者の石を鍋に入れ、溶解剤を加え煮込みます。
「ヒトメント エレ ツノ ニトロ」
呪文を唱え、次のエレメントを取り出します。
「ふさがる塞ぐエレメント! 橙色4号基礎調合剤!」
繰り返します。
ニュー愚者の石を鍋に入れ、溶解剤を加え煮込みます。
「ヒトメント エレ ツノ スルファ」
呪文を唱え、次のエレメントを取り出します。
「めらめら炎のエレメント! 黄色5号基礎調合剤!」
繰り返します。
気が狂います。
誤植? 乱丁でしょうか? いいえ、反復です。地道な単純作業の気の遠くなるような反復。
終了の御慈悲を求め、ジーン先生に視線をやります。
「無理ですよこれ!! さすがに飽きますってこれ!!」
しかし、私の叫びに、ジーン先生は無慈悲に首を傾げます。
「……こんなに美しいエレメント単剤の数々を前にしてもそう思うのか?」
「思いますが!?」
「そうか」
ジーン先生はエレメントマニアなのです。三度のご飯よりエレメントの収集がお好き。理解に苦しみます。
「まあ良い。基礎を蔑ろにするな。単純抽出調合は錬金術師としての経験値も上がりやすい」
無慈悲でした。妙なところでこだわりが強く、妙なところで厳しいお方です。
「だからって無理! 無理ですよこれ!」
「難度の高い魔道具を作りたいのなら、経験値を積んで術者成功率を上げるべきだ。素材成功率ばかりに頼るな」
解説です。魔道具の調合が成功するか否かの推定値である調合成功率は、エン麦粉や易化硬化剤などの素材によって決まる素材成功率と、術者の能力の高さによって決まる術者成功率の積に比例します。
いやそんなこと言ってる場合ではありません。
「もう嫌! いつまでやるんですか!」
「全てのエレメントを取り出すまでだ」
「無理!!」
修行って辛いです。
「……まあ、こんなところか」
散々単純抽出調合をさせられ、様々な色の基礎調合剤がズラリと棚に並びます。圧巻です。ロマンがありますね。私には理解困難なロマンが。
「休憩だ。夕飯は作っておいた」
やっぱり私は三度のご飯の方が好きです。いつの間にやら用意してくれていたらしい食卓を見ると、そこには。
あら素敵、クリームパスタが。
「一度そうと決めると譲らない!!」
「明日は素材採取に同行してもらう」
ジーン先生はしばしばこだわりが強く面倒臭いお方です。
「えぇ? 明日こそ調合パンを……」
「それが終わったら基礎調合剤からエン麦粉を調合する」
なんて嘘嘘。
素敵な大人です。