第2話 レッツメイクホカホカゴハン
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。夢いっぱいの十四歳。見習い錬金術師です。
今日も今日とて、朝早くから張り切って魔道具を作りまくりです。
「いつまで続くんだこのパン祭りは?」
「年中無休フェスティバルです」
祭典は長ければ長いほど良いと考えます。そう答えれば、ジーン先生はいつもに増して虚無顔になりました。
「そろそろパン以外のものを食いたい」
「朝はパン、昼もパン、夜もパンパパンです」
「リズミカルに言うな」
「嫌なら先生は無理して食べなくて良いんですよ」
「これが一人で消費しきれる量か?」
ジーン先生が食べているのはドラゴンベーグル。攻撃力と防御力をアップさせる効果があります。食べると突然ムキムキになるので、びっくりしますね。
「なるほど、はい、そうですね。パン以外、ですか……」
簡単に小娘を捻り潰せそうな筋肉量への畏怖に免じてではありませんが、少し考えてみることにします。
さて、素材採取に出かけて行ったジーン先生を見送り、参考書を読み漁ってみますが、これがなかなかサッパリ。
こういう時は素直に──
「人に聞きましょう、賢い人に!」
***
そんなわけで、やって参りました、ブライグランド王国王宮冒険者ギルド。手土産は先日から錬金所の商品に加わった新作魔道具。突撃、ギルドのお昼ご飯。
「ふっふっふ、これで胃袋をばっちりと掴めばアマリさんも……」
ここに超絶イケメ……、いえ、頼れる人物がいらっしゃるのです。
お目当ての人物アマリさんは、ジーン先生の元相棒で、安心と信頼の眼鏡イケメン錬金術師です。現在は錬金所を退職され、王宮冒険者ギルドの職員でいらっしゃいます。
今更ですが、冒険者とは、魔物の討伐を中心に人々からの様々な依頼をこなす職業を指します。凶悪な巨大ドラゴンを倒したり、世界中を旅して珍しい採取物を集めたり、前人未到の地下迷宮の謎を解き明かしたりと、ロマン溢れるお仕事。
ブライグランド王国、子供のなりたい職業ランキング、五年連続堂々第一位。
と、話が逸れました。受付のベルを鳴らします。
「こんにちは、本日はどういったご用件で……あ!」
「こ、こんにちは、アマリさん!」
「こんにちは、エマ。今日は何のお使いかな? 偉いね」
アマリさんはそんな冒険者の監督や依頼の仲介を行うお役人。
ちょうどご本人にお出迎えいただき、私は舞い上がりました。
「はい! 何かと口実をつけて会いに来ました!」
「真面目にね、可愛い見習いさん」
蜂蜜色の柔らかな髪に、大きな蒼玉の瞳。儚げな少年のような透き通る雰囲気を纏いながら、意外に天然で人懐っこい笑顔。
いつだって親切で誰にでも優しく、しかし時折集中して周りが見えなくなってしまう研究者気質。
ああ、今日もなんて素敵なんでしょう。
ぐりぐりと頭を撫でられます。子供扱いされて甘やかされている。このために来たと言っても過言ではありません。
白い襟付きのシャツに、黒のスラックス、青の魔道士のローブを羽織り、しゃんと背筋を伸ばしたお姿が今日もお美しい。
何を隠しましょう、アマリさんは私の憧れの錬金術師であり、憧れの人。
もしも私が主人公の物語があるのなら、ヒーローでありヒロイン。
そう、──推しなのです。
「で、ジーンくんがなんて?」
「あ、違うんです、今日は私がアマリさんにご相談がありまして」
「相談?」
首を傾げる仕草までどこか気品があります。袖から伸びる細い手首も魅惑的。
まるで少女ロマンス物語に登場する真面目で優しく誠実な男性──白系王子のようです。
……まあ、女性なのですがね。
「錬金術のご助言をいただきたくて。ついでにうちに引き抜けないかという下心もありまして」
「堂々と言うんじゃありません」
少々呆れたご様子でズレた眼鏡をかけ直す仕草も素敵。キュンとくる眼鏡男子仕草ですよね。
……まあ、女性なのですがね。
「本当にもう戻ってくる気はないんですか?」
「うん。決めたことだからね」
「そうですか……」
アンニュイな表情も堪らなく乙女の心を鷲掴みにします。みんな大好き、影のあるイケメン。
……まあ、女性なのですがね。
「……趣味として錬金術は続けているよ。だから昼休憩に一緒に遊ぼうか。どんな魔道具を作りたいの?」
「は、はい!」
と、そんな私を察してか、素敵なご提案をいただきます。
思わず本題を忘れてメロメロになってしまいそうです。さすがは正統派イケメン。最近のモテのトレンドは気遣いの出来る男性です。
……まあ、女性なのですがね。
***
さてさて、アマリさんを連れ、ブレストフォード西錬金所に戻ります。
「かくかくしかじかもっちり食パンです」
「各々がどこまでも自由だね、君たち」
──バキャ。
道中、お礼に渡したオリハルコンパンに齧り付き、即座に試食を断念したアマリさんは、口元に手を当てうずくまりました。
既視感のある光景ですが、その仕草も様になります。細くしなやかな指の一本一本がお美しい。
可愛らしい。初めこそ男性と勘違いしていたため衝撃を受けましたが、今では女性なのがまた良いという境地に至りました。
「さてと、それじゃあ、エン麦とワイトライスに共通して含まれているエレメントを挙げてみよう」
錬金所に辿り着きましたので、そろそろ真面目にやります。
「ええと、固きエレメント、水のエレメント、空のエレメント、塞ぐエレメント、炎のエレメント……」
復習になりますが、素材に含まれる様々なエレメントを取り出し、組み合わせ、新たな物質を生み出す。それが錬金術です。
「うん。良いね。それぞれのエレメントをイメージして。それから?」
アマリさんがワイトライスを錬金鍋に入れました。
ワイトライスの奥にあるエレメントたちは、どんな魔道具に生まれ変わりたがっているでしょうか。
素材の声に耳を傾けてこそ、一流の錬金術師です。
「それから、塞ぐエレメント、炎のエレメントです」
「大正解。よく勉強しているね。それじゃあ、完成した魔道具にはどんな効果を持たせたい?」
「魔法効果アップの力を持たせたいです」
「なるほど。ワイトライスを使うとどんな効果が期待できるかな」
「水属性の魔法の効果アップが期待できます」
「うん、良いね。あとはイメージの問題だ。完成品を想像して、相性の良い素材を追加してみよう」
黄金卵を追加します。ミルクも追加。
「それじゃあ、調合だね」
「はい!」
ぐるりぐるりと鍋をかき混ぜます。
「キルンイ デケイ ラシン ジャン ヤスパハ スンウッソ ダイカ!」
さあ、いったいどんな魔道具との出会いが待っているのでしょうか。
「水魔法攻撃威力アップ! ご飯派のあなたも今日からパン派に! ワイトライス粉パン!」
あれ?
ほぼほぼ上手くいっていたのですが、唯一、完成魔道具のイメージが暴走していたようです。
「なんかごめんね?」
謝られました。いえ、アマリさんは何も悪くありません。いや本当に。パンという食物が魅力的すぎるのが悪い。
出来上がったワイトライス粉パンを頬張ります。エン麦で作るのとは一味違う、生地の風味の不思議な素朴さが癖になります。
「やっぱりうちで働きましょうよ」
「この結果に対する感想それ?」
「ぜひ弊社の常勤職員に! 給金アップ! 有給爆増! アットホームな職場! レッツ転職!」
「誘い文句が怪しすぎるよ」
最後の一口をごくりと飲み込んだその時、うーんと考え込んでいたアマリさんの様子がふっと変わります。
「そうだな……。じゃあ、報酬に、賢者の石をくれたら良いよ」
「え」
油断をしていたところに、とんでもない提案がなされました。
「賢者の……石……?」
それは、どんな願い事でも叶えてくれるとされる、伝説の石。
すべての錬金術師がその調合を目指し、未だに誰にも成し遂げられていない、伝説の魔道具です。そんなものがここにあるわけもなく、けれど──
「最近の君の成長ぶりには目を見張るものがある。だから、ね」
アマリさんの目は真剣そのものでした。
ぽんと頭に置かれた手のひらに、いつもと違う重みがあります。
「もし君が賢者の石を作れたなら……、良いよ、君の後輩になろう」
恐ろしく、けれど、間違いなく、温かく、熱い、期待。その重みを、しかと受け止めました。
「……分かりました」
真っ直ぐにアマリさんの目を見ます。
「私、必ず作ってみせますから。賢者の石──もとい賢者のパンを」
「もとい賢者のパンを!?」
私の錬金術師ライフに、新たな風が吹き始める予感です。