年初の魔法訓練
新しい年が明け、ファーラントの町は静かに白雪に包まれていた。元日に家族の祝いを終えたクラウドは、父母やリィンの笑顔に背を押されるように、年明け早々に旧公会堂の庭へと向かった。
そこにはすでにフィーネとケイトが待っていた。ケイトは今日、初めてルディウスの付き添いなしで一人でやって来ており、目に見えて張り切った瞳を弾ませている。
「今日からはもう、わたしも、ひとりで大丈夫ですの」
誇らしげに胸を張るその姿に、クラウドとフィーネは顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。
新年最初の魔法訓練が始まる。吐く息が白く揺れる冬空の下、クラウドは二人に真剣な眼差しを向けた。
「……今日は、ケイトに新しい魔法を教えたいんだ」
不意に告げられ、ケイトは小首を傾げる。フィーネは少し驚いたように目を見開いた。
「火とか水とか、属性に頼らない魔法だよ。魔力そのものを“力”として表す術、仮の名付けだけど――“念動力”っていうんだ」
「念動力……?」
ケイトは初めて聞く言葉に小さく呟いた。クラウドは頷き、手のひらを軽く掲げる。その瞬間、そばに置いてあった木の枝がふわりと浮き上がり、雪の舞う空へと持ち上がる。風も炎も介さず、純粋に魔力だけが枝を動かしているのだ。
「これを身につければ、魔力の流れをもっとはっきりと感じられる。体の中を通る“道”も、地面を流れる地脈も、万物に宿る魔力も。……全部、掴めるようになるんだ」
クラウドは自分の中で確信していた。限界まで魔力を使い果たしたあの日、自分はその感覚を一度、確かに掴んでいたのだ。
「もちろん、今すぐ全部できるわけじゃない。ぼくだってまだ道半ばだし、フィーネもそこまでは……」
言いかけると、フィーネは小さく頷いた。
「うん……でも、クラウドと一緒にやって、少しずつ掴めてきてる気はするよ」
ケイトは二人のやり取りを目を輝かせて見つめ、やがて真剣な声で言った。
「わたしにも……できるようになりますか?」
「もちろん。ケイトなら絶対できる。……やってみようか」
クラウドの声に、ケイトは大きく頷いた。
こうして、年明け最初の魔法訓練は「念動力の一歩目」を踏み出すことになったのだった。
まずクラウドは、庭一面に薄く降り積もった雪を溶かして行く。雪から一気に水蒸気にするその手並みは見事で、もしルディウスがこの場にいたら、またしても唖然としていたことだろう。
クラウドはケイトを、庭の片隅に連れて行き小石を指さした。
「まずはあれを動かしてみよう。火を灯すみたいに派手なことじゃない。……魔力の“流れ”を小石にそっと重ねるだけだよ」
ケイトは真剣な表情で頷く。薄い唇をきゅっと結び、クラウドの横顔を見上げた。
「でも……どうすれば“重ねる”なんてできるのですの?」
「火魔法を初めてぼくと練習した時みたいに……体の中を流れる魔力を感じてみて」
クラウドはケイトの小さな手に、自分の手を重ねた。指先から温かな魔力の感覚が伝わっていく。
「身体の中心にある魔力が、血が流れてるみたいに、力が巡ってるのを感じるだろう?」
「……あ……」
ケイトの肩がわずかに震えた。
「……胸の奥から腕へ……流れている……気がしますわ」
「そう、それだ。属性や熱とかも無い真っさらな魔力だよ。じゃあ次は、その流れを少しだけ外に――あの小石に触れるように意識してみて」
ケイトは深く息を吸い、空気の冷たさも忘れるほど集中した。
フィーネがそばで両手を胸に合わせ、「ケイトならできるよ」と囁いた。
――かすかに、小石が揺れた。
「っ……!」
ケイトの瞳が大きく見開かれる。小石はすぐに動きを止めたが、確かに震えたのだ。
「……動きました、よね……!」
「うん、間違いなく」
クラウドは微笑み、彼女の手をそっと離した。
「初めてでここまでできるなんて、大したもんだよ」
ケイトは頬を紅潮させ、胸の前で拳を握りしめた。
「……わたしも……! 火魔法だけじゃなくても……こうして力になれるのですね」
クラウドとフィーネは顔を見合わせ、同時に微笑んだ。
新年の冷たい空気の中で、三人の心だけは確かに温かく繋がっていた。
ケイトの指先が震えながらも、小石がふわりと宙に浮かび上がった。
その瞬間、雪明りを反射して、小石は淡い光を帯びたように見えた。
だが次の瞬間、彼女の眉がぴくりと寄り、糸が切れたように落ちる。
「……はあ、はあっ……毎日、魔力を消費してわたし、魔力量がだいぶ増えたと思っていたのに。…どうして、こんなに疲れますの……?」
ケイトは息を切らし、胸元に手を当てた。額にはうっすらと汗が浮かび、頬も上気している。
クラウドは小石を拾い上げ、静かに言った。
「いまのケイトは、魔力を流す“感覚”はちゃんと掴んでる。でも……流す量が多すぎるんだ。コップ一杯の水でいいのに手桶一杯の水を流してる感じだね。必要以上に流れちゃってるんだよ」
ケイトは驚いたように瞬きをした。
「……そんなつもりは、ないのですけれど」
「念動力っていうのは、魔力の“操作の繊細さ”を鍛えるのにすごく役立つ。小石ひとつ浮かべるのに、少しの力で十分なんだ。けど慣れてないと、どうしても魔力を余分に使っちゃう」
クラウドの言葉に、フィーネが頷いた。
「……わたしも、初めて念動力で水を操ったとき、同じだったよ。すぐに魔力がなくなって、もう立っていられなくなるくらいだった。でも……繰り返すうちに、ちょっとずつ長く保てるようになったんだ」
その言葉に、ケイトの紫の瞳が大きく開かれた。
「……だから、フィーネの水は、あんなに細く長く……踊るみたいに、きれいだったのですわね」
魔力操作の重要性を認識したケイトは、視線を伏せ小石を握りしめる。
「わたしも……そうなりたい。魔力を無駄にせず、もっと上手に……」
決意を込めた声に、クラウドは少し笑みを浮かべた。
「その気持ちがあれば、絶対できるよ。今日の疲れは無駄じゃない。むしろ、その“魔力のロス”を自分で感じたことが一番の収穫だ」
ケイトは深呼吸し、小石を再び雪の上に置いた。
「……もう一度、やってみますわ」
淡い冬空の下、彼女の背筋は先ほどよりもまっすぐに伸びていた。




