魔力の器
昨晩の睡眠は、これまでにないほどにぐっすりと眠れ、そして満たされたものだった。
ガランドが鍛冶場で槌を振い、ミリィが裁縫仕事に忙しくする頃、クラウドは、またあの“内に溜まる感覚”を意識してみた。――体の内側に、何かが“溜まって”きている。
それはまるで、重さというより、充満。
全身の奥からふつふつと、湧き水のように熱が生まれ、それが溜まるのを感じる。
(また魔力が、溜まってる?)
思わず、ふらりと手を持ち上げた。
そして指先に意識を集中する。
すると、ふっと手のひらの奥が軽くなった。
(今……流れた)
確かに“出した”。
意識を集中し、呼吸を整えることで、魔力を外に送り出すルートが、少しずつ感覚として掴めてきていた。
まだ体の内側に溜まっている魔力を感じたクラウドは、放出する感覚を確かめるように二度三度と繰り返す。
驚いたのはその直後だった。
まるでサウナで深くととのった後のように、体の芯がゆるみ、心がほどけていく。
魔力が流れ出た瞬間、眠気が全身を包み込んだのだ。
それは、ただの疲労ではない。
心地よい、温泉につかった直後のような深いリラックス感。
静かで、満ち足りていて、そして——眠りへと誘われる。
それに逆らわず、クラウドは午睡にまどろむのだった。
数日が経つころには、クラウドは自分の魔力の“容量”が、確実に増しているのを感じ取れるようになっていた。
最初は小さな器にしか感じなかった魔力の“泉”が、今ではすこしだけ深く、広くなっている。
(わかった…!この感覚を繰り返せば……)
魔力を流し、眠ることで、身体が少しずつそれに“慣れ”、受け止められる量が増えていく。
その日から、クラウドは毎日、魔力の放出と昼寝を“日課”とするようになった。
呼吸を整え、集中して魔力を流し、ゆるんだ心身で眠る——
まるでサウナの「ととのい」を再現するかのように、それは自然な習慣となった。
そして、深い眠りへと落ちていった。
光のような、音のような魔力の流れが、赤子の身体を優しく包んでいた。
その小さな命が、少しずつ、確かに“育って”いることを、この家の空気もまた、静かに見守っていた。
石造りの家の奥、木漏れ日の差す寝室。
クラウドは毛布の上に寝かされ、いつものようにゆるやかに手を上げていた。
昼下がり、母ミリィの姿が見えなくなると、クラウドは毛布の上で小さく息を吸い込んだ。
両親に気づかれぬように魔力を放出するのが、いつしか日課になっていた。
(心配は、かけたくない)
何となくだが二人は自分のことを、魔力が強い変わった子だと思っているだろうことは知っている。
ミリィやガランドが自分にそうした異常をあまりに見出せば、不安を抱くに違いない。
だから、放出はひとりきりの時だけ。
そしてそれは、静かに、目立たぬように。
指先から、ゆるやかに力を抜くように魔力を流す。
それだけで、身体の内側が軽くなり、心がほぐれていく。
最近では、魔力の“器”が明らかに広がっているのを感じていた。
それはかつての「ただ満ちている」感覚から、「波打つ水面」のような動きに変わりつつあった。
(……これに、向きを持たせることはできないか?)
クラウドは試みる。
魔力を流す直前に、視線をある一点に向け、気持ちを集中させる。
すると、ごくわずかだが、空気がそこだけふるえたような感覚があった。
魔力に“指向性”を持たせる。
それはすなわち、この力を「ただのエネルギー」から「現象」へと変える第一歩だ。
一方、クラウドがよく眠ることを、ミリィは気にかけていた。
「あの子、本当によく寝るわ。……夢でも見てるのかしら」
そう呟く声が、扉の向こうからかすかに聞こえた。
クラウドは気づかぬふりをして、今日もまた、目立たぬように静かに、魔力を手放した。