運命の魂
季節がゆっくりと移ろっていく。陽は長くなり、暖炉の薪も少しずつ減らなくなった。
赤子であるクラウドの体も少しずつしっかりしてきて、首も座り手足を動かす力がついてきた。
目もはっきりと見え、耳は遠くの音を拾うようになり、表情のバリエーションも増えた。
ただの成長ではない。
クラウドには、内なる力が確実に育っている感覚があった。
ある日の午後、珍しく出掛けていた父ガランドが、何かを手にして部屋へ入ってきた。
「ただいまミリィ。クラウドにちょいとお土産だ。初めてのおもちゃってことでな」
そう言って差し出されたのは、小さな木製の人形。
丸く削られた胴体に球を繋げた手足、大きな球にはにこやかな顔が彫られている。
そして胴体の中心には、指先ほどの丸い魔石が嵌め込まれていた。鈍く光る透明の石だ。
「これは“共鳴石”ね」
人形を手に持ってミリィが言った。
共鳴石は魔石の一種で魔力を帯びた者が触れると、属性の力と相性によって光り方が変わるらしい。
「バカね、いい値段だったでしょうに」
笑ってそれに応えガランドはワクワクした顔をして人形をクラウドの前に置くと、小さなクラウドの手がふらふらと伸び、魔石に触れた。
次の瞬間——
**キィーン……**と、耳鳴りのような音が空間に響いた。
石が、ふわりと輝きを増す。
まるで波紋のように、クラウドの手から光が広がり、それが魔石に吸い込まれていく。
魔石の内側が青く、まるで深海のように揺らぎ始めた。と思った次の瞬間、青から赤へ、黄色、緑と瞬く間に魔石は色を変えていく。
「…………!」
ミリィが息を呑み、ガランドが目を瞠る。
クラウドは、自分の手のひらの奥で“熱”が走るのを感じていた。
それは痛みではなく、むしろ優しく流れる川のようなもの。
心を静めれば、その流れがどこから生まれ、どこへ向かっているのかが、なんとなく分かる。
(魔力は、押し出すものじゃない。呼吸と同じで、内から外へ“開く”ように流すんだ)
思考ではなく、感覚がそう告げていた。
ととのいの後の心地よい解放感と、今この魔力の流れは、きっと同じ源にある。
その日の夜、クラウドが寝静まったあと。
ミリィとガランドは暖炉の前で静かに話をしていた。
「……やっぱりあの子、普通の子じゃなかった。……共鳴石があんなに強く反応するなんて」
「……ああ。しかも、赤も青も黄色も緑もだ……。見たことねぇ……。」
「……ねえ、昔読んだ書物にあったの。『運命の魂を持って生まれた子』の話」
「“運命の魂”か……確か、強い魔力を持っていて、強い運命を引き寄せるって伝承だったな」
「ええ。そして、“運命の魂”は時代の節目に必ず現れて絶対に避けられない困難に立ち向かうって」
「つまり……クラウドはこの先、普通の人生を送ることができないってわけか……っ!」
ガランドは深く項垂れ、ミリィの肩を抱いた。
「……俺はな、それがどうとか、特別な運命がどうとかより、ただクラウドに元気でいてほしいんだ……」
「……私もよ」
二人はしばらく黙って、揺れる火の灯を見つめていた。
翌朝、クラウドはいつもよりぐっすりと眠っていた。
その手の中には、昨日贈られた小さな人形が握られていて、魔石はほんのりと金色に光を放っていた。
彼の内に宿る魔力は、まだ穏やかで、だが確かに——満ちていた。