紅茶とビスケット
朝の光が窓から柔らかく差し込む頃、クラウドは驚くほど爽快に目覚めた。昨日ダイヤモンドを作って気絶してから、いま目覚めるまでずっと寝ていたようだ。寝過ぎたせいか、体の芯はまだ少し重いようにも感じたが、頭まわりは澄み切っている。昨日の実験で魔力を使い切ったことで、疲労は不快ではなく、どこか心地よい透明感に変わっていた。
ベッドから立ち上がると、机の上に拳大のダイヤモンドが、無造作に転がっている。手に取り眺める。これを見てダイヤモンドだと思う者はいないだろう……。ちょうど良い魔力消費方法ができた。
ダイヤモンドをまた机の上に放って、習慣になっている朝の手伝いをしに、階下へと足を向けた。鍛冶場からは、ガランドが金床の前で鉄を叩く音が静かに響いている。鉄の匂いと重厚な打ち音が、クラウドを日常へと引き戻した。
庭の掃除と水汲みをして台所に戻ると、ミリィが朝の支度を整えていた。スープパンの中には温かい野菜の香りが満ち、リィンは小さな椅子に座って笑いながら「あさごはん!」と元気に声をかける。クラウドは「おはよう」と応えると、慣れた手つきで野菜を皿に盛り、スープをすくった。
ひとくち頬張ると、体がぽっと温かくなり、心まで満たされるようだった。スープには染み入るような優しさがあった。ミリィとリィンの笑顔を見つめながら、クラウドは声にならない安堵を覚えた。
朝の手伝いが全部終わってしばらくして、チャイムが軽やかに鳴る。フィーネとカルラが、遊びに来てくれたのだ。フィーネは「もうだいぶ元気そうだねえ」と、目を輝かせながらクラウドに近づく。カルラは白磁のティーポットを抱え、「紅茶、淹れてくるわね」と優しい声で立ち上がった。
キッチンテーブルに座ると、カルラが紅茶を静かに注ぎ、フィーネが大好きなお菓子蜂蜜ビスケットを皿に並べた。リィンは大きな目を輝かせて、クラウドとフィーネに「はいどうぞ!」と笑顔でお菓子を差し出す。ミリィもほのかな笑顔で受け取り、「ありがとうね」と感謝を返す。
ティーカップの縁に口をつけながら、クラウドは周囲の景色に視線を泳がせた。
「ねえ、フィーネ。もうすぐで五歳だよね」
「うん、あと少しでだね」
フィーネはにこりと頷いた。
「そのひと月後にはケイトが五歳。そのまたひと月後にはクラウド」
「そのまたひと月後にはリィンが三歳になるのよね」とカルラが穏やかに続ける。
そうして、季節が巡るたびに、子どもたちも成長していく。カルラがやさしく笑って言った。
「早いものねえ…」
カルラの話題は、ファーラントの学び舎へと移った。
「北通りにある国立ファーラント校はね、毎年九月に入学なの。そこで五歳になっている子が入学対象なんだけど」
カルラが説明する。
「学問に魔法、武芸に美術、音楽――本当に幅広く学べるの」
「でも基本的には伯爵家の文武官の子や、北通りにある家柄の良い家庭の子の学校だよね」
ミリィがカルラの説明に付け加える。
「北通りの貴族たちは、世襲でほとんど入学するわ。でも一般の子には門戸が狭いの。裕福な商家の子でも、かなりの入学金を積むか、推薦や試験が必要になるわ」
カルラの話に、クラウドは思わず茶をすすった。
「ケイトは伯爵家だから、確実に入学するわよね」
ミリィがそう言うと、クラウドもうなずいた。カルラは少し誇らしげに言う。
「それで私もレインツも、フィーネを学校に通わせたいと思ってるの」
その瞬間、フィーネが真剣な表情で口を開いた。
「……クラウドが入れないなら、わたしは行きたくない」
クラウドは黙って聞いていた。自分にとって学校は、特に必要なものではなかった。魔法も読み書きも、すでに独自に学べているし、鍛冶屋の手伝いを通じて身につくことも多い。内心では「行かなくても全く困らない」と思っていた。
けれど、フィーネは違った。彼女はクラウドの顔をじっと見つめ、少し震える声で言った。
「……クラウドが行けないなら、わたし、本当に行きたくないの」
その言葉には、子どもらしい駄々ではない切実さがにじんでいた。クラウドは一瞬言葉を失った。
彼にとって学校は必要ではなくても、フィーネにとっては「クラウドと一緒にいること」が何より大事なのだと伝わってくる。
「フィーネ……」
ただ名前を呼ぶしかできない。
「まだ行けるも行けないも決まったことじゃないわ。あまり深刻になるのはやめましょう」
カルラが明るく微笑みながらそう言うと、ミリィも肩をすくめる。けれどリィンだけは無邪気に「おにいちゃんといっしょがいいの!」と賛同して笑った。
クラウドは苦笑しながらも、胸の奥に温かいものが広がるのを感じていた。
思いが詰まった一言に、クラウドも胸がじん、とした。
ミリィがお菓子をクラウドに手渡しながら、病み上がりの息子を気遣う。
「クラウド、甘いのは体にいいわよ。ほら、紅茶にお砂糖を入れて飲んでごらん。まだ本調子じゃないんだから」
クラウドは小さくうなずき、スプーンでかき混ぜながら答えた。
「うん……。なんか甘いのが、身体にすっと染みてく感じがする」
その様子にカルラは優しく目を細める。
「病のあとというのは、体が自然に必要なものを欲しがるものなのよ。たくさん食べなさい」
すると、フィーネがクラウドの顔をじっと覗き込み、少し照れながら口を開く。
「じゃあ……もし食べすぎちゃいそうなら、わたしが半分もらってあげるからね」
「それって、ただ食べたいだけでしょ」
クラウドが思わず笑って返すと、カルラもミリィも声を立てて笑った。
「ほんとに仲が良いのね」
カルラが嬉しそうに言うと、フィーネは頬を赤らめ、蜂蜜ビスケットをかじる。
その横で、リィンは椅子の上で足をぶらぶらさせながら「もっと!」とお菓子をねだり、ミリィが「あらあら」と慌てて皿を持ち上げて笑いを誘った。




