↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/225

退院の日の朝

 朝の光が差し込む病室は、昨日までの湿った寒さが嘘のように柔らかかった。窓の外には晩秋の空が広がり、木々の枝先に朝露がきらめいている。


 クラウドは半身を起こし、深く息を吸った。医師のリリアが最後の確認をするように、クラウドの頭から胸を触診する。胸の奥に残っていた鈍い痛みも、もうほとんど感じない。


「クラウド!」


 軽やかな声とともに、扉が開く。先を争うように駆け寄ってきたのはフィーネとケイトだった。その後ろから、ガランドとリィンを抱いたミリィ。

 続いてフィーネの母カルラに、クラウドの師ラグス、そしてサリウ伯爵夫妻とその長男カイルが続く。


「顔色がだいぶ良くなったな」


 ガランドが安堵の笑みを浮かべる。ミリィはリィンを腕に抱えたまま、そっとクラウドの手を握った。


「熱もすっかり下がったし……よかった」


 その声はほっとするように柔らかく、診療所の白い壁に溶けていく。


 ラグスが頷きながら「今日で退院できると聞いて、皆でぞろぞろと押しかけたんだ」と言うと、フィーネが嬉しそうに身を乗り出した。


「これでまた一緒に練習できるね!」


 ケイトもフィーネに負けじと、笑顔でクラウドの手をとった。


「クラウドに教えてもらいませんと、わたし上達しないですの」


 二人の押し出しの強い明るさに、クラウドは嬉しそうに苦笑した。全身を動かすにはまだ力が足りないが、こうして心配してくれる仲間や家族の顔を見ると、不思議と体が温まる。


 やがて話が一段落したところで、クラウドは少し真剣な表情になった。


「……昨日、ここから外を見たんだ」


 皆が彼を見る。


「北通りを、馬に乗った一団が進んでいった。あの時の夜……俺を捕まえた人、レオニダス公爵がその先頭にいた」


 フィーネが小さく息を呑む。サリウ伯爵も目を細めた。


「やはり、レオニダス公爵に拘束されていたのか……」


 クラウドは頷く。


「昨日見たあの人たち、レオニダス公爵は町を出たのかな……」


 クラウドの呟くような声に、カイルが「昨日そのまま町を出たよ。東の領地、城塞都市イシュグランに帰ったんだ」と穏やかな声で返す。


「そっか…」


 ――クラウドは思い返すように語り始めた。

 あの日、カイルから公爵軍の出兵を聞いた日の夕方、地脈の乱れが弱まるどころか強まっていた。気配をたどれば北北東――黒樹の森の奥。日は落ちかけ、宵闇が迫る。迷いはなかった。


 風魔法で夜空を切り裂くように飛び、辿り着いた先では、公爵軍が巨大な魔力汲み上げ機を囲み押さえ込もうとしていた。しかし、魔力機構はすでに臨界寸前。

 ――間に合わない。

 考えるより先に、クラウドは魔力を叩きつけるように注ぎ込み、暴発を押しとどめた。視界が白く霞み、体の力が抜け気を失った。


「……どこから突っ込んでいいのかよくわからんが……無茶苦茶しよって。風魔法で空を飛ぶなんて、制御できるもんなのか?」


 ラグスが呆れた顔で聞いてくるが、クラウドは曖昧に笑うだけだった。念動力のこともあって、あまり詳しく聞いてほしくない。


「それで……どうなったんだ?」


 サリウが先を促す。

 クラウドは首を振る。


「そこからはよく覚えてない。気づいたら暗いテントの中で……手首も足首も動かせなくて、何かで拘束されてたんだと思う。それを外す時に…ちょっとだけ無理しちゃって、手と足に怪我したんだけど…空に逃げて森を抜けた。……冷たい雨が降り出して寒かったのは覚えてる。たまたま…メッツァ村だと思うけど、村を見つけて家に転がり込んだ……そこから先は……」


 ミリィがリィンを抱き直しながら、涙を目に浮かべて言う。


「クラウド……もう…何て言ったらいいか…わかんないよ」


 ミリィの目から、涙がポロポロ零れ落ちる。クラウドが診療所に運び込まれた時、今のあっさりした話からはかけ離れた酷い容態だった。心配に思わないように色々と伏せて話したのだと、誰もが感じた。

 クラウドは「心配かけてごめんなさい」とミリィに素直に謝った。それを見て、フィーネもケイトも泣いてしまった。カルラはミリィの背に、そっと手を添えて支えた。


「……クラウド、父さんと母さんはな。前からお前がすごい力を持っていることはわかっていた。子ども離れした……いや大人たちよりもっと。頭も良いし、魔法もすごい。いずれこの子は、どっか遠くに行っちまうんだろうな…とは思ってる」


 ガランドが真剣な眼差しでクラウドに言った。クラウドも父を見つめ返す。


「ぼく…どこにも行かないよ」


「そうじゃない、そういうことじゃないんだ。…クラウドはやりたいこと、もっとやっていいんだ。行きたいところにも行っていい。…ただ、忘れてほしくないのは、父さんと母さんは絶対にお前の味方だってことだ。……何かやりたいこととか困ったことがあったら、父さんも母さんも力になるから、その時はちゃんと話してくれ」


「うん…父さん、ごめんなさい…」


 父と母の大きな温もりを感じた。とても心配してくれたんだろう。不安にさせてしまったんだろう。それでも、こんなぼくを大切に思ってくれている。申し訳ない気持ちに、クラウドは胸が苦しくなって泣いてしまった。ガランドはしっかりと息子を抱きしめて、ミリィもリィンごとクラウドに覆い被さった。

 部屋にいる皆がその光景に、安堵して胸を撫で下ろしたのだった。


 部屋の空気は次第に落ち着きを取り戻す。退院の手続きやこれからの養生の話題に移り、皆の表情にも柔らかい笑みが戻った。


 クラウドの胸の奥には、あの夜の冷たい雨と、レオニダス公爵の眼差しがまだ残っていた。

 それがどんな感情なのか――答えは出ないまま、朝の光だけが静かに彼を包み込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。