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春の気配

 冬の寒さがまだ色濃く残る二月の終わり、ファーラントの空はどこか霞がかかったように柔らかく、けれど冷たかった。土の中では春が確かに息づいているのだろうが、地上ではまだ凛とした冷気が町を支配していた。


「よーし、いよいよ今日のテーマは『空気から作った水を変質する』だ!」


 クラウドの号令とともに、裏庭に敷いた布の上で、フィーネは両手を胸の前でそっと合わせた。クラウドの家の裏庭は、ふたりの訓練の場になって久しい。もう雪も溶け、霜柱は朝には消えてしまう。


「水、水……ある、ある、ある……」


 目を閉じて、小さく呟くフィーネ。息を吸い、吐き、静かに空気の中の水の粒に意識を向ける。クラウドに教わった通り、焦って力を込めるのではなく、穏やかに、導くように。


 フィーネの掌の間に、うっすらと光が宿り、小さな水滴が浮かび上がった。やがて水滴はゆっくりと集まり、赤子の拳大の水玉へと成長する。


「できたー!」


「よし!そのままそのまま。それじゃあ、それを氷にしてみて!」


 クラウドの声に、フィーネは小さく頷いた。息を止めて意識を水に向け、魔力に冷たさを与える。水の中の小さな一粒一粒の組成を意識して水玉は一瞬揺れたかと思うと、すっとその表面に霜が浮かび、最後には透き通った氷玉になった。


「うーん……うまいぞ」


 クラウドは感心したように唸った。フィーネの成長は著しい。もちろん、まだ彼女は氷と蒸気の変化を安定して行えるわけではないが、魔力の扱いに対する感覚は日々鋭くなっている。


「ステイステイ‥‥まだだよー、そのままそのまま。次は水に戻すよー、浮かせたままね」


 息を止めたまま集中した顔のフィーネが息が続かなくなったか「ぶふぅっ」と、息を漏らしてしまった。バシャッと水の塊は解けて落ちてしまった‥‥。


「‥‥残念。でもすごく良かったよ」


「もうっ!でもクラウドのほうが、もっとすごいでしょ。お手本、見せてよ」


 そう言われてクラウドは肩をすくめ、手をかざす。瞬間、空気中の水分が集まり、彼の手のひらの上に頭部大の水球が現れる。それをくるりと回転させ、次の瞬間にはその水を螺旋状にして宙に浮かべた。


「くう……ずるい!なんでそんなに簡単にできるのっ」


「ハッハッハ。水風呂を思い出せば、だいたい水の気持ちがわかるんだよ」


「それ、なに?」


「秘密」


 笑うクラウドに、フィーネは頬を膨らませたが、すぐに一緒に笑いだした。ふたりの訓練はいつもこんな風に、穏やかで温かい。


その日の午後、ラグスの家を訪ねると、ラグスはすでに次の課題を用意していた。


「今日は癒しの水についての発展を教える。フィーネ、お前の水は“動かす”だけではなく“整える”力もある。癒しというのは、乱れたものを元に戻す力だ」


 ラグスは机の上に乾燥させた薬草をいくつか並べる。


「これらの草は、身体の傷や熱を取る力を持っている。水と薬草の相性は良い。だが人を癒す本質は、“どこがどう悪いか”を知ることだ。診断だな」


 ラグスの言葉に、クラウドが補足するように言った。


「だから、まずは人体の構造を学ぶんだよ。血が流れてる場所、筋肉や神経の仕組み、魔力が通る道。癒しの魔法は、それを“思い描く”ことで働く」


 フィーネは目を丸くしながらも、真剣に耳を傾けた。クラウドは図に描きながら、指で示しつつ説明した。


「たとえば腕に切り傷ができたとする。そこに水を集めるだけじゃダメなんだ。細胞の再生、炎症の鎮静、それを促す“流れ”をイメージして、魔力を水に込めるんだ」


 クラウドは指の先に小さな水の粒を作り、それを自分の手首にそっと這わせた。


「これが、癒しの水。フィーネの水魔法には癒しの魔力がだいぶ含まれているけど、これはもっと濃度が高い」


 フィーネは息を飲んだ。さっきまで何の変哲もない水だったのに、いまはどこか温かく、淡く青い光を帯びているように見える。


「やってみる」


 フィーネは深呼吸をして、手のひらに水を作る。クラウドが教えてくれたように、頭の中で傷をイメージし、癒す力を込める。水はわずかに揺れ、青い光を帯びた……かと思ったが、すぐに萎んで消えてしまった。


「うー……難しい」


「うん。でも、もうちょっとでできそうだよ」


 ラグスは目を細めて笑った。


「薬草と人体について学べば、もっと癒しのイメージを強く持てる。そのイメージを持って、いまの感覚を続けるんだ。水は気まぐれで、素直だ。お前の心が正直であれば、必ず応えてくれる」


その帰り道、ふたりは夜の道を歩いた。クラウドが手を振ると、水の粒が空に浮かび、星明かりを映して光った。


「ねえクラウド。私、もっと頑張る。いっぱい練習する」


「うん、きっとフィーネならできる」


空は高く、冬の終わりを告げる風が頬を撫でていった。


春はもうすぐそこだった。

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