洞穴内の小休止
ひとしきり笑ったあとに、サリウはいま一度斃れた石工蟻を見渡して、腰に手を当てた。
「……いや。まだまだ膨大な量だ……」
“この少年にとっては”魔物の死骸も、宝石も、金も、鎧も、全部、同じ“素材”なのだと。
その事実に、背筋に冷たいものが流れる。同時に、純真なクラウドの姿が目に眩しい。
クラウドは困ったように笑って、指先を宙へ向けた。
「じゃあ、残りは分解しないで……回収しやすいようにまとめますね」
その言い方がまた、掃除の段取りを変えるような軽さだった。
そして次の瞬間、死骸の山が――“動いた”。
クラウドの念動力で、石工蟻の死骸が一体ずつ、規則正しく引き寄せられていく。
まるで見えない手が整列させるように。
洞穴の奥へ続いていた“黒い海”が、ゆっくりと打ち寄せる波のように向かってくる。洞穴の入り口周辺が、整然とした“資材置き場”へ変わっていく。
誰も声を出せなかった。
魔物討伐の場が、一瞬で、物流と加工の現場に変わったのだから。
レオニダスは、低く呟く。
「……戦争の形を変えるのは、剣ではない。こういう者だ」
その言葉に誰も返せないまま、洞穴の闇だけが、静かに深呼吸するように湿った息を吐いていた。
石工蟻の死骸は、もはや“戦果”ではなく――整然とした資材の山になっていた。
どれもこれも、まるで倉庫に運び込まれた木箱のように、形よく積まれている。
「さて……蟻は全て回収できました。先へ進みましょう」
クラウドはそう言って、UFO型照明を少し前へ滑らせ、自分も歩き出した。
その背に――低い声がかかる。
「少年。少し待ってくれぬか」
レオニダスだった。
歩みを止めたクラウドが振り返ると、公爵は珍しく眉間に皺を寄せ、どこか苦笑いの混じった顔で言った。
「……小休止を挟まないか。ミーティングがてら、だ」
バルグも、ソリスも、ジルも。
そしてサリウとルディウスまでもが、無言で頷いていた。
レオニダスは、遠慮なく続ける。
「恥ずかしい話だが……正直、混乱している」
洞穴の冷気に、彼の息が白く浮いた。
「まだ始まったばかりだが……。君の力が凄すぎてな。少し落ち着きたい……。それが本音だ」
“軍を率いる者”が吐く言葉としては弱い。
だが、それを口にするほど――今この場は常識の外側に放り出されていた。
クラウドは、わずかに首を傾げる。
訝しげに、だが拒まない。
「……疲れてはいませんが。休憩というなら、従いましょう」
そして彼は、さらりと両手を地面へ向けた。
「座る場所、いりますよね」
次の瞬間。
湿った岩肌が、ぶるりと震えた。
洞穴の床面が、まるで柔らかな土であるかのように盛り上がり、
四角い板状の台がせり出す。
続いて、背もたれのない長椅子が、二つ、三つ――整然と並んでいく。
即席のテーブルとベンチ。
仕上げに表面がなめらかに均され、角まできっちり落とされる。
土というより、石細工に近い精度だった。
誰もが、言葉を失った。
休憩を提案した側が、休憩所が整えられるのを見て、さらに精神を削られる。
レオニダスは片手で顔を覆い、指の隙間からクラウドを見た。
そして、首を横に振りながら――やれやれ、とでも言いたげに笑う。
「……少年。君は土魔法も使えるのだな」
クラウドは素直に頷く。
「はい。少しだけですけど」
「少し、ね……」
レオニダスは乾いた息を吐く。
「これで、全属性だな。風、水、火、土……それによくわからない物を動かす力。君は……神話から抜け出てきたような…そんな風にしか思えんな」
石テーブルを撫でながら、ジルが小さく呟く。
「少し、ではありません。四属性揃った上で……精度も規模も異常です」
ソリスが、クラウドが作ったベンチを指で叩き、硬さを確かめる。
コン、と澄んだ音がした。
「……石だな。柔らかい土ではない。加工精度も高い」
ルディウスが、半ば呆れた声で言う。
「“少しだけ”と言う割に、完成度が高すぎますね」
サリウは眉を下げ、クラウドを見つめた。
「クラウド……君は一体……どこまで行くんだ」
クラウドは、皆の視線を受けながら、少し困ったように笑う。
「……どこまで、と言われても。…本当はあまり広めたくないんです…それは今も同じ気持ちです。ただ、今はやれることをやってるだけです」
バルグが鼻を鳴らした。
「その“やれること”の基準が、俺らと違いすぎるんだよ」
その言葉に、クラウドは肩をすくめる。
「…フフ。魔法の鍛錬はずっと怠っていません、その自負はありますが……まずは座りましょう。肌寒いので、ここの周りだけ温かくしますよ」
そう言ってクラウドは、ごく小規模な領域魔法を使った。テーブルとイスを囲むように、暖かな空間が出来上がった。
ここだけ空気も石も、春の陽だまりのように様変わりする。息を呑む面々、その中でレオニダスが口を開く。
「……すごいな。洞穴の中にいるのを忘れるようだ」
驚きつつレオニダスは全員が座るのを待ってから、テーブルに肘をつき、指を組む。
指揮官の顔に戻った。
「よし。では整理しよう。はっきり言って想定していたよりも、洞穴の魔物は規模が強大だ。ここから先――撤退判断も含めて話そう」
だが彼の目は、洞穴の奥ではなく、少年に向いていた。
「少年。君の魔力はどれほど持つ? 先ほど蝙蝠猿を凍結したとき、三%ほどと言ったな。いまの石工蟻に使った魔法はどうなんだ?」
クラウドは即答する。
「これもニ〜三%くらいですね」
レオニダスは額を押さえたまま続けた。
「……“三%で洞穴の空気を凍らせる”魔道士など、この世に存在しない。君が存在していることが、すでに矛盾だ」
クラウドは悪びれず、少し考えるように目を泳がせる。
「……魔力が濃い場所なので。勝手に回復するんですよね、ここ。もう全快ですよ」
ジルの顔色が変わった。
「……全快?」
「はい。呼吸するみたいに」
その言い方が、あまりに自然で。
洞穴そのものが“生きている”ことを示すようで。
皆が、寒さとは別の冷えを背中に感じた。
レオニダスはゆっくり顔を上げる。
「……君の力は、普通ではない」
静かに言う。
「自然災害に近い。いや――コントロールして局所的に発生させる様は、自然災害以上の脅威だ」
洞穴の奥で、どこかの水滴が落ちる音がした。
その小さな音だけが、今はやけに大きく響いた。
そして、クラウドはベンチに座ったまま、首をかしげる。
「……それ、褒めてます?」
「褒めている。だが同時に恐れている」
レオニダスは笑った。
恐怖を笑いで飼い慣らす、軍人の顔だった。
「君が敵でなくて、本当に良かった」
誰も否定せずに、じっとクラウドを見つめてくる。
クラウドはありえないと、微笑み返そうと努力したが、苦笑いするのが精一杯だった。




