ゆく年くる年
空の色が深まり、朝の空気がほのかに白くなるころ。町のあちこちで、冬支度の薪割りや干し野菜の準備が見られるようになってきた。
十一月三十日。クラウドとガランドは、手作りの小箱を手に、レインツ商会を訪れていた。
「フィーネ、お誕生日おめでとう」
案内されたクラウドが小さな声でそう告げると、フィーネが弾けるように笑って出迎えた。金色に輝く髪にはミリィが贈った髪飾りが揺れ、鮮やかなピンクのワンピースと相まって、フィーネの可愛らしさを一層引き立たせていた。
「クラウド、きてくれたー! うれしい!」
小箱の中には、クラウドが土魔法で丁寧に形を整えた、丸みのある手のひらサイズの石が入っている。ピンクの花崗岩に魔力を込めて研磨したものだ。中央には小さな花弁をあしらった赤い魔石が嵌め込まれている。
赤い魔石部分にほんの少し魔力を与えると石が温かくなる懐炉だ。花崗岩に代表される火成岩は蓄熱性が高く、魔石と組み合わせることで懐炉に最適だ。どちらも材料は加工後の端材を利用しているのでほぼタダで作れた。素材はもらったがガランドの手は借りず、クラウド一人で完成させた自信作だった。
カルラは目を丸くしてそれを見つめ、「これは……本当にあなたが作ったの?」と静かに尋ねた。クラウドは少しはにかみながら、うなずく。
「すごい……あたたかい石ね。手のひらで、ぽかぽかしてるわ」
「もらったー!」とフィーネが抱きついてきて、クラウドはちょっと困った顔になるが、嫌ではなさそうだった。
その日は、カルラ服飾店の奥でこぢんまりとした誕生会が開かれた。家族や近しい友人が集まり、フィーネの好物がテーブルに並ぶ。クラウドは少し照れながらも皆に混じり、にぎやかな空気の中で、心のなかに小さな灯がともるのを感じていた。
そしてそれからあっという間の年末。大晦日の夜には町の広場に灯りがともり、人々がゆるやかに集まりはじめた。
「今年も良い年だったなぁ」
ガランドが、クラウドを肩車して屋台の並ぶ通りを歩く。ミリィは、ふっくらと膨らんだお腹を撫でながらゆっくりと後をついていく。
クラウドは空を見上げ、まばらに降る粉雪の向こうに、鐘楼の鐘の姿を見つけた。
町の年越しには、家々の屋根に飾られた松の枝とともに、真夜中の鐘が鳴り響く。新しい年を迎える合図だ。
「ねえお父さん、鐘、鳴らしてもいい?」
「……お、やるか? もう少し大きくなってからじゃないと届かないんが、父さん抱っこしてやるからな」
町の人たちが代わる代わる、家族と一緒に鐘をつく。その列に並び、ガランドに持ち上げられながら、クラウドは両手で綱を引いた。
ガラーン――ゴローンーーー。
低く重い音が、空に吸い込まれるように響いていく。
「今年も、いい年になりますように」
皆でそうお祈りしながら、クラウドは雪が降り積もる町並みを見下ろした。
年が明け、一月三十一日が訪れる。今日はクラウド三歳の誕生日だ。
けれどその朝、家の中は少し静かだった。ミリィはもう臨月を迎えており、朝から布団に横になっている。クラウドはその様子をそっと見に行き、彼女の手を握った。
「……大丈夫?」
「うん、大丈夫よ。今日は……クラウドの、大事な日だもの」
「お母さん、無理しないで」
ミリィは目を細めて、クラウドの頬に手を伸ばす。
「本当にクラウドは……優しくて、良い子に育ってくれて……ありがとうね」
ガランドが手作りの簡単なケーキを用意してくれていた。ナッツと干し果実の入った素朴なもので、クラウドはその一切れを両親の前で丁寧にいただいた。
「三歳、おめでとう。すごいな、あっという間だった」
「……でも、まだまだだよ。これから、もっと強くなるんだ」
ガランドが思わず噴き出す。
「三歳児のセリフじゃねえな、それは」
笑い合う二人のそばで、ミリィは穏やかなまなざしを向ける。
お昼近くには、町の人々が次々と短い訪問に訪れた。干し果物や手作りの布小物を持った隣家の夫婦、穏やかな笑みの若い母たちが「無理なさらずに」と声をかける。
レインツ一家も現れ、フィーネは自分で選んだという小さな花の刺繍があしらわれた手提げ袋を差し出した。「おでかけのとき、つかってね」と言うフィーネに、クラウドははにかみながら礼を述べる。皆、臨月のミリィを気遣い、長居せず穏やかな祝福を残して帰っていった。
暖炉の薪が小さく爆ぜる音が、冬の静けさを包むように暖かく聞こえていた。
三歳のクラウドの歩みは、まだ小さく、しかし確かに未来へと続いている。




