奇妙な一行
朝の靄がまだ草原を低く漂う中、西門を出た一行は、馬蹄の音を揃えて街道へ踏み出した。
季節は早春、風はまだ冷たいが、その奥にほのかな湿り気を孕んでいる。
隊列の先頭に立つのはサリウ伯爵。
その前鞍にはクラウドが乗せられていた。
小柄な身体が揺れるたび、伯爵の腕が自然と支えになる。
「少し窮屈だろうが、すまないねクラウド。シキジ村までは馬の方が早い」
「大丈夫です。もう慣れました」
クラウドは素直に答えたが、胸の奥は少しだけ高鳴っていた。
伯爵の馬に同乗するという状況が、ほんの少しだけ“特別”に思えたからだ。
そのすぐ後ろを馬で並走するのは、ファーラント伯家の魔法指南役――
ルディウス・ノルト。
黒髪を後ろで束ね、騎士の鎧の上に深緑のマント。
穏やかな表情だが、鞍上の姿勢に揺るぎがない。
すでにサウナ経験済みのルディウスは、今日は完全に“案内役”の顔だ。
「クラウド殿、今日の泉はきっと最高だろう。陽気が変わる直前が、一番水が冴えるからな」
その言葉にサリウが苦笑した。
「ルディウス、君は本当にサウナに魅了されたな」
「否定できませんな、しかしそれは閣下も同じでしょう」
「フフ、その通りだ」
軽やかな笑いが馬上に弾む。
サリウはクラウドの肩をしっかり支えながら「すぐ着くから安心しなさい」と静かに声を掛ける。
ルディウスは、今日の目的を「ととのいの確認」と認識しているのか、どこか楽しげな余裕を漂わせていた。
そして、それより後方に続く三騎。
いずれもレオニダスが厳選した精鋭である。
部隊長バルグ・ハイマル。巨躯。
全身に纏う筋肉の気配が馬をも萎縮させるような男。
しかし、声は低く落ち着いており、常に全体を俯瞰する統率者の視線を持つ。
部隊長ソリス・フェン。細身の槍騎兵。
浅黒い肌と緩やかな黒髪、鋭い目つきの奥には計算高さと静かな狂気が見え隠れする。
魔力感知に長けた男として知られている。
そして──フードを深く被る影。名は 「ジル」、公爵の直参魔法士。
黒いローブが馬上で一切揺れず、風の抵抗を受けていないかのように静かな存在。
その足元の地面だけ、妙に影が濃い。
クラウドは何度か視線を向けたが、フードの奥は闇そのもので何も読み取れない。
⸻
草原を抜けたころ、レオニダス公爵が前へ声を投げかけた。
「サリウ、子どもは前に乗せるのが正しい。落とすなよ?」
「しかと心得ています、公爵。クラウドは……我が国の“未来”ですので」
その言葉に、バルグが大きく頷いた。
「伯爵殿が未来と言うなら、間違いはありますまい」
ソリスは逆に不気味な笑みを浮かべる。
「しかし……少年とは思えぬ気配ですね。魔力の流れが異常だ。正直、私の皮膚がざわつきますよ」
クラウドは苦笑して言う。
「そんな大したものじゃありませんよ……」
その瞬間、フードの奥から微かに声が落ちた。
「……落ち着いた流れ……だが深い……底が見えない……」
ジルだった。
初めて彼の声を聞いたサリウは、わずかに身を震わせた。
人の声というより、“洞窟の奥から響く音”のようだったからだ。
レオニダスが豪快に笑って言う。
「ジルが言葉を発したな、珍しいぞ。こいつは興味のある者にしか反応せん」
「興味……というより、観察……」
ジルが呟く。
「この少年……核を持つ“揺らぎを生む者”……」
その言葉に、サリウもルディウスも息を呑んだ。レオニダスは快活に笑い「そうだろうとも」と応える。
クラウドだけは意味を理解できず、曖昧に微笑むしかなかった。
⸻
シキジ村へ続く坂を越え、木立の隙間から白い別荘が姿を現す。別宅へ続く小径に入ると、空気は一気に澄んだ。山際で鳥が鳴き、せせらぎの音が小さく響く。
サウナを前にだいぶ心が浮き立つのか、ルディウスがクラウドに向かって柔和な笑みを見せた。
「クラウド殿。また皆で入るサウナ……楽しみだな」
「はい。前より温度も湿度も調整してみたので、きっともっと“ととのう”と思います」
サリウが苦笑する。
「フフフ、それは楽しみなことだ。クラウド。君のおかげで、このところのリリア医師とルディウスの“変化”は目覚ましいぞ」
それを聞いていたレオニダスが鼻を鳴らした。
「ふん……クラウド少年。して、そのサウナとやらはどれほどのものなのだ?サリウの魔法は儂も見たが、あの変わりようはいまだ信じられん。本当に魔法力が上がるものなのか?」
レオニダスは至って普通なのだが、クラウドは妙な威圧感を感じながら畏まって答える。
「…サリウ伯爵も、僕も、冗談で公爵様をこんなところまでお連れしませんよ」
「……閣下ほどの鍛えられた肉体なら、より深い変化が訪れるでしょう」
サリウもそう言ってから、馬の腹を軽く蹴って速度を上げた。
そうして目的地である──「サウナの箱庭」に着いた一行は、別宅の佇まいを眺める。
家はクラウドの魔法で修繕され、まるで新築のような佇まい。
レオニダスはその姿を見て思わず呟く。
「……これが少年の所有物か。“隠れ家”まで持っているとはな」
「隠れ家という訳ではないのですが…」
少し照れくさそうに答えるクラウド。
バルグが「立派な家だな、少年。大したものだ」と、クラウドの背を叩いて誉めそやし、ソリスは「土地と建物から並々ならぬ魔力を感じます。これは少年が?」と、鋭くクラウドに視線を投げかける。
ジルが小さく息を吸う。
「ソリスが感じとるまでもない。夥しい魔力残滓……この家……生きているようだ……」
ソリスが鼻で笑う。
「ハッ!ジルが珍しく饒舌だ。興味津々というわけか」
サリウはクラウドを降ろしながら言う。
「さあ、クラウド。案内を頼む。まずは……サウナだ」
レオニダスが胸を張って言う。
「よし、見せてもらおう!世界の革新“ととのい”とやらを!」
レオニダスの言葉に目を丸くするクラウド。
「……どんな説明をしたんですか?」
「もちろん、世界も自分も生まれ変わるような体験だ、と力説したよ」
サリウの言葉とレオニダスの勢いに、クラウドは苦笑しつつ扉を開けた。
――こうして、鋼鉄の獅子・影・精鋭騎士という異様な一行による、前代未聞のサウナ体験が幕を開けるのであった。




