火は微笑む
朝の日射しは青みがかり、井戸の石縁が冷たく光っていた。
石畳に揺れる影が二つ。エレナとリィン、二人の大きな影と小さな影が重なっている。
「よーしリィン!今日も“火と遊ぶ”わよ!」
「うん!せんせーせんせー、すかーっとでぼぶる?やってー!」
「……スカーレットリヴォルヴね?」
「それ〜!」
「…そうね、良いわよ!とくとご覧なさいな」
サウナを体験したエレナは、自身の魔力の高まりと魔法との一体感を、強く感じるようになっていた。ラグスの火魔法の繊細な制御、サウナで感じた炎の息吹。
(今の私が思い描く炎は以前とは違う)
「紅蓮旋舞……百華!」
エレナが、大きく開いた両腕を、胸の前で交差させるように振った。
瞬く間に裏庭一面に広がる、背丈程の高さの炎の薔薇。視界いっぱいの炎のその密度は、身動きが出来ないほどだ。
「すごーい!きれーい!」
リィンの言葉どおり、咲き誇る炎の薔薇は以前よりもより明瞭に薔薇の輪郭を形づくっていた。ラグスとサウナが、エレナの火魔法を大きく変えていた。
深い火の理解が精緻なコントロールを可能にしている。今ならば、魔獣の群れが迫り来ようとも、その個々の気道を焼いてやる。
エレナは、全身でテンションを跳ね上げながら、両手を高く掲げローズガーデンを消し去った。
「さ!お次はリィンの番よ!頑張りましょう!」
「うんっ!」
リィンもエレナに倣い、小さな掌を空へ大きく突き上げる。
「いい?今日は“火を出す”んじゃなくて、火と手を繋ぐのよ」
エレナは指先にそっと魔力を灯し、リィンの手のひらを包み込んだ。
炎はまだ生まれていない。ただ、空気が熱を帯び、揺らぎが集まっていく。
「てをつなぐ……」
リィンは目を閉じ、胸の前で両手をそっと合わせた。
呼吸が深くなる。
草が風もなく微かに揺れた。
――ぱち、ぱちぱち。
裂け目から零れる火の種子のような光。
それらが渦巻きながら一つに集まり、柔らかな炎の球となる。
「よーし……ここまでは上手よ。でも、ここからが——」
エレナが言いかけた瞬間。
炎の球が輪郭を持ち始める。
丸い頭。頬。目元。
炎でできた口が、小さく開閉している。やがて、胴と腕と脚が生え、赤子ほどの“火の精霊”が立ち上がった。
炎なのに影を落とし、光なのに孤独ではない姿。幼いフォルムだが、揺らめきはどこか意志を持っているようだった。
「……っ、リィン……これは……!」
エレナは息を呑んだまま後ずさる。
学者としての声が震える。
「火が……自律……?構造維持してる……?誰の魔力核にも繋がってない……?まさか、固有精霊……?」
その火の子は、リィンの足元まで歩き、小さな体を傾けた。高さは膝ほど。
表情が変わる顔、揺れる腕、ふらふらした脚。それは、子どもが描いたような、幼い火の精霊。
だが⸻
「……喋ってる……?」
精霊はリィンの周りを回りながら、弾む炎音で鳴いた。リィンの指に、自分の手を触れさせる。
「……あったかいね、って言ってるよ」
「き、聞こえるの!?」
「うん。やさしいって。おててあったかいって」
エレナは震える唇を押さえた。
「精霊が……“言語”を……!?それ、古文書でしか見たことない……!契約じゃない、自発的な……存在……!」
エレナは頭を抱えてぐるぐる回る。
「ちょ、ちょっと待ってリィン!精霊と意思疎通できる魔法使いなんて歴史に数人、しかも子ども!しかも火属性!?あなた何者!?」
「りぃんだよ?」
「天才の返答は概してシンプルゥゥ!!」
精霊がふよふよと浮き、エレナの前まで来る。そして彼女の周りを一周して、再びリィンの肩へ。
「……観察……?私を“見て”……?」
その瞬間、エレナの目が涙で滲んだ。
「すごい……すごいすごいすごい……!リィン!あなた……ただの火使いじゃないわ……!火に選ばれた子よ!」
「えへへ、ラグスじいじもそういってたよ。せんせいにもほめられると、あったかくなる!」
エレナはもう我慢できず、リィンを抱きしめた。火の精霊も巻き込んで、三つの光が渦になる。リィンも精霊もぐるぐる回され、楽しそうに笑う。
「私、生きてて良かった……!こんな光景を目にできるなんて……研究者冥利に尽きる……!」
「せんせい、ないてるの?」
「泣いてるわ!頭抱えて泣いてるわ!認めざるを得ない!あなたは火の奇跡!!」
そこへ裏庭の扉が開き、
「リィーン、遊びに来……って、なにこれ!?」
ケイトが声を上げ、フィーネも目を丸くする。
「……すごい。火なのに、生きてる……?」
そこへ、洗濯と掃除を終え水球を消したばかりの手を拭いながら、クラウドも勝手口の横に姿を現した。
リィンは誇らしげに腕を広げた。
「にーに!わたし、火のおともだちできたの!」
クラウドは柔らかく笑った。
「すごいね!リィン。仲良くしてあげるんだよ?火はリィンの心を反映して形を変えるからね」
「うん!やさしくする!」
エレナがクラウドの肩を掴んで揺さぶる。
「あなたの妹、歴史的レベルの天才なんだけど!?」
「僕は昔からそう思ってましたけど……?」
「軽ッッ!!」
リィンの精霊の存在が刺激になったのか、フィーネとケイト、二人の心にも火がついたように魔法が動き出す。
フィーネが「よーし!負けてられないね」と、両の手のひらをパチンと合わせると、地面から泥が盛り上がり、人間大の泥人形が二体せり上がる。
「今日はちゃんと歩かせてみる……よいしょっ」
人形はぎこちなく歩き、やがて滑らかな動きに変わる。
エレナが腕を組み感心して唸る。
「んーっ、なんてことっ!水と土……その繊細な制御と同調は感性ね!人型を作るなんて凄い才能だわ!」
フィーネに負けじと、ケイトが息を整え右手を突き出す。
「私も!いきますわよ——紅蓮旋舞!」
轟、と空気が巻き上がり、
炎の竜巻が三本同時に形成される。
「ええっ!それ私の必殺技!?……いやっ、違う。火と……風っ!?ちょっと待って私のより凄くない!?」
エレナが驚愕する横で、ケイトは滲む汗をハンカチーフで押さえて微笑んだ。
「…ウフフ、真似っこですわ。エレナ先生の技みたいに、薔薇とか絶対できないけど……」
エレナは真剣な顔でケイトの魔法を見つめる。
「……いいえ!…形なんて…些細な問題よ……あなた、火力の強さと持続の桁が違うわ。私より圧倒的に“燃料”が多い!」
「……そう、かしら?」
「貴方たち!!凄すぎるわ!!何なの!?ここ精霊にダブルにどうなっているの!?」
エレナの驚愕する声が裏庭に響き渡り「ウォン!ウォンッ!!アオーーン!」近所の犬が遠吠えした。




