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早春の遠足

 クラウドは中心通りの御者詰所で、一台の大きめの馬車を貸し切った。

 車輪が石畳を軽やかに鳴らし、冬の名残を残す町並みを抜けていく。

 道端にはまだ忘れ雪があるが、畑の端ではもう小さな芽が顔を出していた。

 風はやわらかく、春の匂いを運んでいる。


「空気が違うわね……冷たいのに、なんか軽い」


 窓の外を眺めながらエレナが呟いた。


「冬の魔力が弱まって、春の循環が戻ってきているんです。この季節は、土と水の魔法が特に伸びる時期ですよ」


 クラウドの言葉に、エレナは思わず微笑んだ。


「なるほどね。だから心も浮き立つわけだ」


 リィンはクラウドの膝の上で、外を指差しながらはしゃいでいた。


「にーに、あれ!みどりがでてきてる!」

「うん、もう春だね。リィンの誕生日は、春の訪れを告げる日でもあるんだよ。リィンの名前も、そこから決まったんだ」

「そうなんだ!リィンははるなんだね」


 御者台で手綱を握るラグスが、ちらりと後ろを振り向いた。


「ええのう。こうして春の空気を感じながら行くサウナは格別じゃ」

「まだ“サウナ”って何かわかってないんですけど!」


 エレナが頬を膨らませる。

 ラグスは鼻で笑った。


「なら、体で覚えるんじゃな。火を操る者なら、きっと虜になるぞ」

「ふん、上等。火に関しては誰にも負けないんだから」

「ほっ!さっき泣いたカラスが何とやらじゃな」

「な、何をー!」

「……また火花が散ってる」

 クラウドは苦笑しながら呟いた。


⸻—


 やがて、馬車は山裾の道を抜け、シキジ村の別邸に辿り着いた。

 白い石壁に木枠の窓が映える、素朴ながら気品のある建物。

 庭の木々には蕾が膨らみ、川沿いには雪解け水がきらめいていた。


「……嘘でしょ。これ、クラウド君の家なの?」


 馬車から降りたエレナが、目を丸くした。


「はい。元は村の空き家だったんですが、少し手を入れて使ってます」

「“少し”って……これ、新築じゃない!」


 扉を開けると、内部の床も壁も磨き上げられ、空気は清らかだった。

 天井の梁に至るまで塵一つない。


「魔法で掃除と修繕をしました」

「……掃除ってレベルじゃないわね。建築魔法クラスよ、これ」


 エレナが呆れたように見回している間に、ラグスは暖炉に向かった。

 薪を整え、指先から小さな火を灯す。

 ボッと柔らかい炎が立ち上り、竈門の奥を照らした。


「これで湯の準備もすぐじゃな」

「ありがとうございます、師匠。僕はサウナ室の炉を起こしてきます」


 クラウドが言うと、ラグスは満足そうに頷いた。

 フィーネとケイトは荷物を下ろすと、さっそく台所に立った。


「私、野菜を切るね」

「じゃあ、スープの味つけもお願い。汗もかくから、少し濃いめの方がいいかしら」


 互いに息の合った動きで、慣れた手つきで昼食の準備を始める。


「ねえ、あの子たち……手際良すぎない?」


 エレナがクラウドの方を見ながら小声で言う。


「そうですね、料理も魔法も二人はどんどん上達しますね」

「……ふーん。誰かを想って、取り組んでいるからかしらね」


 半ば呆れつつも、エレナの口元には笑みが浮かんでいた。

 クラウドは、この静かな温もりに包まれる家が、少しずつ“居場所”のように感じられてきていた。


 昼食は、フィーネとケイトが作った素朴で優しい味のメニューだった。

 あたたかいスープに野菜をたっぷり使ったサンド、香草を利かせたグリル。

 窓から射し込む春の陽ざしの中、一同は笑顔で食卓を囲んだ。


「ごちそうさま!すっごく美味しかったわ!」


 エレナが椅子を押しやりながら感嘆の声を上げる。


「ありがとう、喜んでくれて嬉しいですわ。クラウドの家は、料理できる人ばっかりだから」ケイトが少し誇らしげに髪を揺らす。「ねー?プレッシャーなんだよー」それにフィーネが応じる。


「ふふん、わたしもスープのあじみしたよ!」


 リィンが胸を張り、みんなを笑わせた。


 食器を片づけ、賑やかな笑い声が残るリビングでクラウドが手を叩いて言った。


「よし、そろそろサウナに入ろっか」


 その一言で、空気がパッと華やぐ。


「来たっ!ついに初サウナね!」


 エレナが拳を握り、まるで冒険前の勇者のように燃え上がる。


「そんなに気合い入れるものではないんだけど……じゃあ、みんな水着に着替えよう!」


 皆それぞれ、空き部屋に分かれて着替えを終えると、エレナは真っ赤な髪をまとめ、橙色の水着を纏いサウナハットを被って出てきた。


「……似合う?似合う!?どう、似合うでしょう!?」

「うん、似合いますよエレナ先生」

「せんせい、ひーちゃんみたい」


 リィンの言葉に、エレナは胸に手を当てて感動した。

 フィーネとケイトもポンチョ姿でくるくる回る。


「クラウド。改めて思うんだけど、これ結構かわいいよね?」

「うん、似合ってる。二人ともね」


 その一言で二人の頬がぱっと赤く染まり、エレナは後ろで「青春だわぁ〜!」と勝手にはしゃいでいた。その後も、ポンチョを纏ったエレナは子どものように、リィンを追いかけ回している。


「クラウド、エレナさんはいつもこんな感じですの?」


 ケイトが吹き出しそうになりながらクラウドに耳打ちすると、クラウドは「うん、調子が戻ってきたみたい。エレナ先生らしいかな」と肩をすくめた。


 サウナ小屋へ向かう道が、遠足のように楽しい。


「あ!見て見て、湯気出てる!」


 エレナが楽しそうに声を上げ、リィンが四阿横の岩風呂の方へ駆けだした。


 その後ろを、フィーネとケイトが「おーい、走ったら危ないよー」と、追いかけていく。


「よしよし、炉はもう十分に温まっとるぞ。あとは水を用意するだけじゃ」


 ラグスがサウナ室を確認して言った。


「私はリィンちゃんと、お風呂で遊んでるよ。クラウドは、初めてのエレナさんにレクチャーするでしょ」


 フィーネがそう申し出ると「私も二回目に入るから、クラウドたちお先にどうぞ」と、ケイトも笑顔で言った。


 一方のエレナは――


「何この建物!?レンガの積み方、火の回り方……あっ!この排煙口の形!ねえラグスさん、これ完全に“火が生きてる建築”よ!?天才の仕事だわ!」

「落ち着け……これはクラウドが設計したんじゃ」

「クラウド君!?火魔法じゃなくて建築も天才なの!?どうなってるのこの子!?」


 サウナ小屋の前でひとり、完全にテンションが違う。


 ケイトとフィーネは顔を見合わせ、こっそり笑った。


「……ねぇケイト。あの人、嫌いじゃないかも」

「わたくしも。ちょっと勢いが怖いけど、悪い人じゃなさそうです」


 岩風呂に腰掛けた二人は、眩しくエレナを眺めるのだった。


「オッケー、さあ入りましょう」


 クラウドが小屋の扉に手をかける。


 熱気がふわりと流れ出し、木の香りと煉瓦の温かさが混じる。

 エレナの目が輝いた。


「……はぁぁぁ……なんて美しい熱の流れ……ッ!これが“サウナ”…!」

「騒がしいのう」

「え、まだ入ってないのに?熱気を見て興奮できるなんて……本物ですね、先生」


 クラウドが呆れながら笑う。


「さ、行きましょう行きましょう!さぞや熱いんでしょう?私は準備万端よ!!」


 その勢いに押され、クラウド、エレナ、ラグスの三人は賑やかにサウナ室へ消えていった。


 まるで遠足の続きを歩いてるように。

 胸の奥がくすぐったくなるような、温かい気持ちで。

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