2歳の誕生日
凍えるような空気に包まれた朝だった。窓の外には霜が降り、木々は白く霞んでいる。クラウドが目を覚ましたとき、布団の中はほんのりと温かく、遠くからパンの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
「クラウド、お誕生日おめでとう」
寝台の脇にしゃがみ込んで、ミリィが頬を寄せる。頬にキスされると、クラウドは思わず照れたように布団の端をかぶった。
(もう二歳、か……)
数えでは三歳。だが魂の中ではとうに40を超えている自分が、柔らかな布団の中で「誕生日」に照れているというのも、妙な話だとクラウドは内心で苦笑した。
朝食を終えると、家の中は少しずつにぎやかさを増していった。今日は親しい友人やご近所の子どもたちを招いた、小さな誕生日会が開かれるのだ。
鍛冶場で火の準備を終えたガランドが、上着を脱ぎながら部屋に戻ってきた。広間の壁には、ミリィがこっそり用意していた色紙の飾りが吊るされている。
「ほら、クラウド。今日は主役なんだぞ」
ガランドがそう言って頭をくしゃりと撫でると、クラウドはふっと笑って立ち上がった。服も新しいものが用意されていた。柔らかなウールの上着に、茶の刺繍が入った小さなベスト。ミリィの手によるものだ。
「似合ってるわよ」
鏡の前で襟を直す母の顔は、どこか誇らしげだった。
昼前になると、招待客がぽつりぽつりと集まり始めた。最初に姿を見せたのはレインツ一家だった。フィーネは冬用の白いケープに身を包み、手には花柄の包みを抱えていた。
「クラウド、おたんじょうび……おめでと」
少しだけはっきりした口調で、フィーネがそう言った。彼女の母カルラが隣で優しく頷いている。
クラウドは軽く頭を下げた。プレゼントを受け取ると、その包みには彼女の手による小さな押し花の飾りがついていた。
「ありがと」
そう返したのは、表面的には子どもらしい反応だったが、クラウドの心の中には微かにざわつくものがあった。フィーネのまなざしは、あの日と変わらない。「知っている」者の目だ。
やがて他の子どもたちも集まり、部屋は笑い声で満ちていった。果実のケーキにろうそくが立てられ、皆の声で歌が歌われる。クラウドは手を叩き微笑みながらも、その輪の中にいる自分を少し離れた目で眺めているような気がした。
(ああ、こうして祝われることに……慣れてないな)
妻を失ったあとの自分の誕生日など、かつてはただ仕事に追われ過ぎていくだけの日だった。けれど今、この世界では、目の前の人々が本気で自分の存在を祝ってくれている。
ケーキの後、子どもたちは裏庭に出て遊び始めた。庭の端にある小さな斜面は、雪がうっすらと積もっていて、子どもたちは手を繋いで滑ったり、雪をすくったりしている。
「クラウド!」
フィーネが呼んだ。彼女の手には、色糸で作られた小さな糸玉があった。投げると、それが風に乗って転がり、クラウドの足元に転がってきた。
彼はそれを拾い、思わず軽く浮かせて返した――ほんの数センチだけの浮遊。しかしフィーネの目はそれを見逃さない。
「とんだ……!」
フィーネが声を上げる。だが、その声には驚きよりも、どこか嬉しさが混じっていた。
クラウドはぎょっとしたが、フィーネは微笑むだけで何も言わなかった。やがて遊び疲れた子どもたちが再び家に戻り、お開きの時間が近づく。
「今日は、いい日だったね」
最後にそう言ったのはミリィだった。誰もいなくなった部屋の片隅で、クラウドを膝に乗せながら、そっと囁くように言った。
クラウドは小さく頷いた。その胸の内には、言葉にならないあたたかさが残っていた。