冬の訪れ
年の瀬が近づいてきて、寒さもいよいよ厳しくなってきたある日。カルラ服飾店の奥、午後のやわらかな光が差し込む暖かなサロンでは、カルラとレインツ、娘のフィーネが紅茶の香りを楽しんでいる。
そこでカルラはとても大事なもののように手元の銀製の小さな箱を開く。中には、微細な刺繍が施されたリボンと、可憐な金色の花細工がついた髪飾りが丁寧に収められている。ミリィからもらった品――フィーネへの誕生日プレゼントだった。
「これね、ミリィさんにいただいたのよ」
カルラがそう言うと、向かいに座る夫のレインツが驚いたように眉を上げた。
「ミリィさんが?この細工、職人顔負けじゃないか」
飾り結びの芯に絹糸を巻き、中心にはピンクの宝石のようなガラス玉。周囲には淡く白い羽毛が花弁のように散らしてある。子供用とはいえ、服飾店のショーケースに並べても遜色ない出来栄えだった。
「フィーネ、大事にしなきゃね」
カルラはそう言って、そばに座る娘の髪をそっと撫でた。フィーネはにっこりと微笑み、差し出された髪飾りを両手で受け取ると、宝物でも扱うように胸に抱えた。
「……ありがと、クラウドの、ママ……」
まだ舌足らずな言葉だったが、それでもカルラは娘の成長を感じ取り、静かに微笑んだ。
ミリィが訪れた際にもこの応接室を使ったのだが、彼女は決して長居せず、ひとときだけの挨拶と贈り物だけで店を後にしていた。もっと裁縫技術の話に切り込めればと考えていたのだが‥‥。カルラは、できれば彼女をレインツ商会に取り込みたいと思っていた。
「気が利いてるだけじゃないのよね、あの人……」
カルラはつぶやくように言った。
「ああ。あの落ち着き方は、ただ者じゃない」
レインツが相槌を打つ。
ふと、フィーネが飾りを手にしたまま立ち上がり、窓の外を指さした。
「クラウド、いた!」
ガラス窓の向こう――ちょうど商会の前の通りを、ミリィに手を引かれたクラウドが通り過ぎていくところだった。防寒着が着膨れしていたが、冬の風に乗ってふわりと浮かび上がりそうな軽やかさを感じさせる足取り。フィーネはじっとその背を見つめ、ふいに言った。
「……クラウド、つよいの」
「え?」
カルラが振り返る。
だがフィーネは、にこりと笑うだけだった。
子どもたちにしかわからない、感覚のようなもの。言葉にできない何かが、その笑顔ににじんでいた。
「もっと仲良くなれるといいわね」
カルラはそう言って、娘の肩をそっと抱いた。
外では鐘の音が遠く響き、日が傾きはじめていた。冬本番の寒さが近づいている。
その日、ミリィはクラウドの手を引き、町の中心通りへと足を運んでいた。空気はすっかり冷たくなり、通りを歩く人々も厚手のマントやケープを羽織っている。クラウドも新しく仕立てたばかりのウールの上着を着ていた。少し袖が長く、歩くたびに手の甲に布が触れる。それをクラウドは無言で直しながら、街路樹に揺れる枯葉を目で追っていた。
今日の目的は、母の注文していた糸とボタンを受け取りに、織物屋へ行くことだった。日頃から衣服の仕立てを受け持っているミリィは、特定の素材を求めて町の各所とやり取りしている。レインツ商会の品も仕入れに利用しているが、この日は別の店――中心通りからやや北通りよりの個人経営の店が相手だった。
中心通りに差し掛かると、赤煉瓦の建物が視界に入った。見覚えのある看板が目に入る――カルラ服飾店だ。先日訪れたばかりの場所。フィーネの顔が、クラウドの記憶に浮かぶ。
(あの子……何か、感づいていたかもな)
クラウドがちょっとした気まぐれで使った浮遊の魔力。その微細な魔力の波を彼女は感じとったのかもしれない。まだ言葉にならない直感で何かを掴みかけている――そんな目を、フィーネはしていた。
「クラウド、あの角を左に曲がったらお店よ」
ミリィはそう言いながら、ふと足を止めた。ちょうどその時、風に乗ってどこかから甘い菓子の香りが漂ってきた。屋台か、通りのパン屋だろう。クラウドの鼻がひくりと動く。
「……あとで一つだけね」
ミリィが微笑み、歩き出す。クラウドは頷いたふうに見せながら、心のなかでは「いずれ家で作れるか試してみよう」と思案していた。
二人はそのまま煉瓦の建物を通り過ぎていった。空は高く、冷たい陽光が通りを照らしていた。