二人の悩ましい日
太陽が傾き沈む頃、プレゼントを一人考えるのに煮詰まったケイトは、藁にもすがる思いで兄カイルの部屋を訪れていた。
部屋の窓から差す残照に、銀糸を黄金色に染めたケイトが立っている。夕陽と影が作り出す、金と黒のコントラストは、ケイトの面影を必要以上にシリアスに演出していた。
「ねえ、カイル兄様。……男の子って、どんなものを欲しがるのかしら」
愛妹の真剣で静かな問いに、カイルは目を瞬いた。
「男の子って……? 急にどうしたのさ」
ケイトは唇をきゅっと結び、少し頬を染めて答える。
「……クラウドに、誕生日の贈り物をしたいの。けど、何をあげたら喜んでくれるのかわからなくて」
カイルは「ふうん」と面白そうに口元を緩めた。
「クラウド君なら……そうだな。剣とか道具とか、実用的なものを喜びそうだけど、鍛冶屋の息子だから色々家にありそうだよね。何か毎日役に立つものがいいんじゃない?」
「剣……」ケイトは考え込んだが、すぐに首を横に振った。
「わたしが剣を贈っても、父さまや母さまが心配なさるでしょうし、クラウドの家のものには敵わないわ」
「おいおいケイト、当たり前だよ。剣は冗談だよ、わかるだろう?」
笑い出してカイルは言った。
「わかりませんわ」
頰を膨らませてそっぽを向くケイト。
「僕の経験上、あまり高価な物や大仰な物は贈らない方がいい。相手が金額に引いてしまう」
「そうなのですね……って兄様、そんな方がおりましたの?」
「……! いや、いないいない。物の例えだよ」
「けれど今、"僕の経験上"と…」
「違う!!」
カイルの大きな声に、ケイトはビクッと縮こまった。
「ご、ごめんよケイト。大きな声が出ちゃった。フ、フッ、違うんだよ、…友達の話。そう、友達がそう言っていたのを、聞いたんだ」
苦しげな愛想笑いを浮かべつつ早口になる兄に、ケイトも引き攣った愛想笑いで返事をするのが精一杯だった。
「そ、そう…でしたか…」
気を持ち直したカイルは、少しだけ顎に手をあて、真剣な表情になった。
「じゃあ、本とかは? クラウド君は図書館でよく本を読んでたよね。知識を深められるものなら喜ぶんじゃないか」
「本……」ケイトの瞳が一瞬明るくなったが、また曇る。
「でも、本って……わたしの気持ちがあまり伝わらない気がするの。特別なものを渡したいのです」
カイルは肩をすくめて笑った。
「難しいことを考えるんだな。男の子は単純だよ。『特別』って気持ちがこもってれば、きっと何でも嬉しいと思うけど」
ケイトは小さく息をつき、窓の外を眺めた。
「……だからこそ、悩んでしまうのですよ。わたしだけにできるもの……クラウドが笑顔で受け取ってくれるものを、見つけたいんですの」
その真剣な横顔に、カイルは少し驚きつつも、妹が成長しているのを感じて胸の奥がくすぐったくなった。
ケイトはカイルとやり取りを続けるうちに、ふとひらめいたように顔を上げた。
「……そうだわ、本。普通の本じゃなくて、もっと特別なもの」
カイルが首を傾げる。
「特別な本?」
「クラウドはいつも図書館に通っているでしょう? なら、彼の手元に置けるような“知識の宝物”を贈りたいの。例えば……旅人の地図帳や、珍しい鉱石や草花の図鑑、史書に残る人物が書かれていたり。学校の学びや、鍛冶屋の仕事や魔法の研究にもきっと役立つはず」
自分の案に熱を帯びていくケイトのヴァイオレットの瞳は、冬の残光を受けていっそう鮮やかに輝いた。
カイルは腕を組み、しばらく考えてから頷く。
「なるほどな……色々な事柄が載った本か。そういう物があれば、クラウド君なら喜ぶと思う。知識は彼にとって武器になるし、ずっと使える。僕らが遊んでるときでも、彼は本を開いてることがあるもんな」
ケイトは胸に手を当て、小さく息を整えた。
「ええ……わたしにしか贈れない“特別”を届けたいの。クラウドが未来に進むときの助けになるような、そんな贈り物を」
その声音には、ただ友人への思いやりだけでなく、淡い恋心が滲んでいた。
————
その夜、フィーネは寝台の上で布団を胸まで引き寄せ、瞳をらんらんと揺らしていた。
――クラウドに贈る、心のこもった手作りのもの。そう思うのに、どうしても形が定まらない。
思い浮かぶのは衣服だった。だが、クラウドの母ミリィが仕立てるものはどれも見事で、町の誰もが舌を巻くほどの出来映えだ。自分の拙い針目で縫った身に纏うものなど、並べたら恥ずかしくて顔を上げられない。
「……でも、クラウドなら、きっと笑顔で“ありがとう”って言ってくれるんだよね」
そんな未来を思い描いては、胸が熱くなり、同時に枕に顔を埋めて足をばたばたさせる。必要のないものを、見劣りするものを――それでも受け取ってくれるだろう彼の姿を想像するほどに、嬉しさと恥ずかしさが入り混じってどうしようもなかった。
「どうすればいいの、わたし……」
声にならない呟きが漏れる。心の中に、もやもやとした焦りが広がる。クラウドはいつも前を見て歩いていて、自分はその隣で立ち止まっている気がする。だからこそ、ちゃんと彼に“自分だけのもの”を渡したいのに。
ふと、明日、伯爵邸へ行ってケイトに進捗を尋ねてみようかと、思った。ケイトは贈るものが決まっただろうか……勝負しようと言ってから一日も経たずに、そんなことできない……ケイトだって同じように悩んでいるのだろうと思うと、胸がちくりとした。
結局、答えは出なかった。
フィーネは深く息を吐き、いつものように念動力を使って体の魔力を丁寧に流しきった。ほんの小さな物を動かすだけの練習でも、魔力を完全に枯渇させれば、不思議と心が落ち着くのだ。
「……明日は、考えがまとまりますように」
そう願いながら、フィーネはようやく瞼を閉じた。窓の外には、冬の月が静かに白光を落としていた。