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一年

 窓辺に霜が降り、薪のはぜる音が響く冬の昼下がり。季節はまだ真冬、だがこの家の中には柔らかな暖かさが満ちていた。


 一月三十一日――クラウドの一歳の誕生日。


 母ミリィは朝からそわそわと忙しく、手際よくスープを煮込み、小麦粉に干し果物と卵を練り込んだ素朴な焼き菓子を用意していた。刺繍を施した麻布の飾りには、銀糸で「1」の数字がきらりと光る。これはすべて、彼女の手仕事だった。


 「おめでとう、クラウド」


 ミリィは息子をそっと抱き上げ、小さな額に口づけを落とした。クラウドはきょとんとした顔を返し、やがてにこりと笑った。もうしっかりと自分の足で歩ける。最近は、ときに小走りさえ見せるようになり、その成長は目を見張るばかりだった。


 午後になると、ぽつぽつと近所の人々が祝いの品を持って訪れ始めた。ガランドと親しい鍛冶屋仲間、ミリィの得意先の奥方たち。赤ん坊を抱いた母親たちも数人おり、彼女たちの腕の中には、クラウドと同年代の子どもたちが収まっていた。


 「あらまあ、走ってる!」

 「うちの子なんて、まだ立ち上がるのがやっとなのに……」

 「丈夫そうで何よりねえ」


 感嘆と驚きが次々に漏れ、ミリィは「本当に、ありがたいことです」と照れくさそうに微笑んだ。


 家の中には、温かなスープの香りと人々の笑い声が満ちていた。暖炉の前では子どもたちが木の玩具を握りしめて遊び、奥方たちは裁縫や育児の話で花を咲かせている。雪のちらつく外とは対照的に、この家の中には確かに“春”の兆しがあった。


 やがて、玄関の扉がひときわ重い音を立てて開いた。


 入ってきたのは、きらびやかな装いをした夫妻だった。高級な毛皮の襟巻きをまとった夫人と、銀細工のボタンがついたロングコートを着た紳士。町一番のアパレルメーカーと高級服飾店で名の知れたレインツ商会の主人とその妻である。


 「ごきげんよう、ミリィさん。お祝いに、とびきりの品を持ってまいりましたの」

 「やあ、ガランド。お前の息子の顔を拝みにな」


 金持ち特有の余裕と、どこか誇示の混じった物腰。周囲の空気が少し緊張する。しかしミリィとガランドは落ち着いて対応した。レインツ夫妻とは長い付き合いだ。とりわけ夫人はミリィの刺繍技術を高く評価しており、上客でもある。


 「まあ、なんて繊細なステッチ……この飾り、あなたが?」

 「はい、クラウドのために昨晩、夜なべで」

 「すばらしいわ。やはり、あなたにしかできない仕事ね」


 その言葉には、たしかに敬意が宿っていた。


 夫人の裾の陰から、ひとりの少女が顔をのぞかせた。柔らかな金色の巻き髪にリボンを結んだ女の子。レインツ夫妻の娘、フィーネだった。


 彼女はクラウドより二ヶ月早く生まれたと聞いている。抱かれることを嫌い、自分の足でしっかり立つその姿に、クラウドは自然と歩み寄った。


 二人はしばらく、じっと見つめ合った。

 やがて、クラウドが微笑んで小さく手を差し出す。

 フィーネもまた、黙ってその手を取った。


 「まあまあ、仲良しさんねえ」

 「気が合いそうだな。今後が楽しみだ」


 大人たちは微笑ましく見守る。フィーネの母も、ふと目を細めた。見せつけるような態度が多い彼女だが、この時ばかりは自然な笑みだった。


 宴は和やかに続いた。ガランドが淹れた温かい蜂蜜酒を飲みながら、大人たちは談笑し、子どもたちは部屋の中をあちこち動き回っていた。


 クラウドは誰に抱かれてもぐずらず、よく微笑んだ。フィーネの相手をしたり、時には別の赤子におもちゃを渡したり。目立つが、不思議と嫌味がない。


 「よく寝てくれるんだよ、こいつ。昼も夜も」

 そう言うガランドに、何人もの親が羨望の眼差しを向けた。


 「なんでかしらね」

 ミリィも首をかしげる。

 ――もちろん、クラウドが毎晩、人知れず“魔力”を放出していることなど、誰も知らない。


 日も傾き、レインツ夫妻が最後に残った。フィーネはミリィの膝にちょこんと座り、飾りの布を指でなぞっている。ミリィはその様子を見て、「今度あなたにも、似合う髪飾りを作ってあげようか」と微笑んだ。


 夫人は喜びに目を見開き、やがてほんのわずか、頭を下げた。彼女に似つかわしくないほど、静かな敬意がその仕草にはあった。


 やがて人々が帰っていき、家の中が静けさを取り戻す。


 眠りについたクラウドをガランドが毛布に包み、ミリィがろうそくの火をひとつずつ消していく。いつもの夜が、ゆっくりと戻ってきた。


 温もりの残るその部屋で、運命の魂が息づいている。まだ言葉も発せぬその子が自分の力を高めながら、まだ見ぬ世界に向けて静かに歩み始めていることを――

 誰も、まだ知らなかった。

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