南西1
「悔しいが本当に便利だな」
緩やかな牧草地帯や、なだらかな山ばかりだった王国東側とは違い、南西側は山あり谷ありの山岳地帯となります。
我々の馬は山には入らず、迂回して山岳地帯を抜けた王国の西側中央辺りで落ち合う予定です。すなわち、そこまで徒歩です。
「アロン様は買えただけよかったではありませんか。フィデルなんで一文無しで買えなかったんですよ?」
「すっごい高かったけどな!しかもリチャードには安くしただろ?!」
アロン様は王子のくせにケチですね。
「しかたないですよ?僕は重い物持てないですし。アロン様や騎士の小汚いおっさんと違って可愛いから」
「お前も騎士だろぉ」
私たちの荷物はジャイアントアントが運んでいます。蟻同士を沢山ある宰相の紐で結び、隊列を組んで我々の横を歩いています。昔、冒険小説でラクダと呼ばれる動物と隊列を組み、厳しい冒険の旅をするお話にドキドキしました。今、正に私が主役になってしまいました。これぞ青春。青春と言えば冒険ですよね。
「先頭はハート君です。皆しっかり歩いて下さいね」
「何だその名前は?」
「ここですよ。おでことお尻にハート模様があるでしょ?可愛いし、他の蟻より一回り大きくて沢山荷物が運べます」
「ああ多分このジャイアントアントは兵隊アリではありませんかな?」
フィデル曰く、ジャイアントアントは小さめが労働アントで、大きいのは兵隊アントらしいです。ハートは先日倒した地下帝国にいた兵隊アントの中でもひと際大きいそうで、兵隊長では?と言います。
「勇者サンドリン。先ほど可愛い猫を拾ったのですよ。これをあげますから私にもジャイアントアント下さいな」
「猫ちゃん⋯⋯ありですね。アリだけに。ちょうど羽化した子がいますから差し上げましょう」
地下帝国で羽化寸前の蛹を回収しました。こんな事もあろうかと。元手ゼロで左団扇。自分の先読みの才能に震えます。
「可愛いシマシマニャンニャンですね~『サンドリン!』ぷくぷくお腹がかわいいですね『木の上!!』もう、何ですか?」
「「「「木の上にヤバいのがいる!!」」」」
「あらら?」
木の上に動物がいますね。地元にいる虎みたいですけれど、ピカピカしてますね。雷のような⋯⋯これは「俺にはあの子だけ輝いて見えるんだ」とか「彼の周りだけ輝いて見えるの」といった現象でしょうか。そうだとするのなら⋯⋯
「恋?」
「ウーガウガウ!!」
私の下にいる森狼が吠えます。ち、ちょっと待ってください。これは「お前誰だよ?」「お前こそ彼女の何だよ?」ではありませんか?
「三角関係?痴情のもつれ?」
「シューーーー!!!」
光が飛んできました。胸がピリピリします。これぞ恋の痛み。
「大きいニャンニャンおいで~!私たち運命だよね?」
「シャーウウゥゥゥ――シャ」
「どこへ行くのニャン――!!」
あぁ行ってしまいました。別れとは突然訪れるもの。
「雷落ちてたけど大丈夫か?サンドリン」
「雷を扱う虎ですか。驚きましたな。勇者サンドリンには効果無しですが」
「僕はフィデル隊長が悪いと思うよ!だってこの子猫さっきの虎と同じ模様じゃん。親子だよ。隊長が子虎盗んだから追ってきたんだって。酷いおっさんだよー」
⋯⋯本当ですね。
「人の恋心で遊びましたね。やっぱりフィデルにアリはあげません」
「そんなのアリですか?!」
――魔獣達の噂――
「こらお前たち遠くへ行っちゃダメだよ。最近怖い噂を聞くからね」
私、雷虎には産まれてそれほど経たない三つの子がいる。
「怖いの?」「噂ってなあに?」
「最近魔王が復活したとか、瘴気が漂うとか噂があるんだよ」
魔王が本当に存在するのかはわからないが、瘴気は吸い込むと自我が保てなくなり、自分の意志と関係なく狂暴化したり仲間を攻撃したりしてしまうらしい。
子供を攻撃したり、されたりしたら堪らない。子を持つ親ならひと際気を付けなければならない。
「おい、お前たち、ミルはどこへ行った?」
いつも二匹の後ろに隠れている一回り小さな子、ミルがいない。
「知らないよ」「さっき、あっちにいたよ」
「探してくるから巣穴に戻ってなさい。いいね?」
私は探しに出かけた。何事もなければと思いながら。
森の中に沢山の気配がある。人間だろうか。ミルは大丈夫だろうか。私は木の上から探すことにした。
「シャー」
「勇者サンドリン。先ほど可愛い猫を拾ったのですよ。これをあげますから私にもジャイアントアント下さいな」
ミルの声だ!だが人間に捕まっている。人間など弱いが数が多い。どうすれば⋯⋯
人間の周りを見渡すと大蟻が何匹かいる。首と首とを繋がれ、囚われて労働をさせられているようだ。その内の大きいヤツがこちらに気づいた。
「ギギ⋯⋯(ダメだ)ギギギ⋯⋯(来てはいけない)」
大蟻は濁った目で訴えて来た。でも私には囚われた子がいるんだ。お前らのそんな目を見たら余計ミルを助けなければと焦る。
「可愛いシマシマニャンニャンですね~『サンドリン!』ぷくぷくお腹がかわいいですね『木の上!!』もう、何ですか?」
ミルが小さな人間の手に渡った今がチャンスだ。狙いを定めて一気に⋯⋯
「「「「木の上にヤバいのがいる!!」」」」
「あらら?」
チッ見つかった。だがもう引けない。
「ウーガウガウ!!(ヤメロ!逃げろ!!)」
「!?」
小さな人間の下に森狼がいる?森狼の上に人間が乗ってるのか?!誇り高いあいつらに何が?!奇怪な輪を首に着けられ、この辺りから邪悪な気配がする。一刻も早くミルを助けねば!
「シューーーー!!!(お前は避けろよ!)」
すかさず雷を小さい人間へ飛ばす。が、全然効いてない。ありえない。
「大きいニャンニャンおいで~!私たち運命だよね?」
ヒィ!この小さい人間から邪悪な気配がする。これは本能がヤバい逃げろと言っている。ミルは大事だが私には二匹の子が待っているのだ。悔しいがこれが生命の選択だ。
「シャーウウゥゥゥ――シャ(ミル生きてくれ!生きていればまた会える)」
「どこへ行くのニャン――!!」
ミルは邪悪な鬼畜に捕まってしまった。さらばだミル⋯⋯
――その夜――
「また生き物増やして!誰が面倒みると思ってるんだよ」
「アロン様はおかん属性もあるんですね。蟻にはこの卵をあげましょうよ?」
「これ大蟻の卵だろ?!共食いになっちゃうぞ!」
「でも私何度も見たんです。蟻が蟻の卵咥えてるの」
「え、マジ?鬼畜!」
「ギギギ⋯⋯(それ移動だ)ギギギ⋯⋯(鬼畜はお前らだ)ギ――!!!」
あら?持っていた卵がハート目掛けて飛んで行ってしまいました。
「何してるんだよ。ほら蟻共、今日も良く働いたな。飯のパンとお菓子だぞ」
「「「「ギギギ ギギギ ギギギ(ゴハンゴハン パンパン オカシオカシ)」」」」
「この子猫ちゃんは何を食べますかね?」
「小さいからミルクじゃない?でも母虎いないし、どうしょう?」
「まぁリチャードは物知りで可愛いですね。でもさすがにミルクは無いですね」
「あー俺の愛馬サムがここにいればなぁ。」
「ほう、サムがいたら何です?」
「フィデルは知らなかったか?サムはミルクが出るんだよ。多分」
「「「は?」」」
サムはバリバリの常時発情馬です。ミルク?何を言っているのでしょうか?私もリチャードもフィデルも理解出来ていません。
「サムの足と足の間にあるだろ?あそこから『ガッガッガッ』痛!!!」
「変態王子!」「最低!」「さすがに引きます」
「え?!あそこから出るんだろ?白い液『ゴン』⋯⋯」
あの馬に、この飼い主在り。今宵は早めに退場していただきました。
「森狼とニャンは一緒に大きいスネーク食べましょうね」
「「⋯⋯(赤髪助けて)」」