上司が〇〇だっだら 仲町商店街 路地裏
初めまして。楽しんでいただけたらありがたく思います。
よろしくお願いいたします。
「 上司が〇〇だったら 」 仲町商店街 ❘ 路地裏
飯田 カイロ
「えっ?バイト?」
それは1学期最後のホームルーム中に隣の席の佐々木が持ち掛けた話だった。
俺の声に慌てた佐々木は担任の方を確認しながら
「し~」っと口に人差し指を当て頭を低くした。
「お前、声デカすぎ!」擦れた小声で口を大きくパクパクした。
うちの高校はバイト禁止って今さっき担任が言ったばかりなのに、コイツときたらバイトの勧誘をし始めた。
「お前さぁ、あれ見えてないの?」
それは黒板にデカデカと、(ダメ!ゼッタイ‼バイト禁止‼)担任が大好きな赤と黄色のチョークを使って綺麗にせっせと書く姿を指さした。
「えっ、あれ、何かの撲滅コピーじゃ??まぁいいや」
いきなりこっちを見るとニッっと歯を見せて、大丈夫!と繰り返した。
「事情さえあればバイトはオッケーなんだって!だって悪いことじゃないだろ?家計の為に働こうってさ。勉強するためにはお金が必要!」
佐々木は最もらしいことを言いながら、名刺を俺にカッコつけて投げ、うまい具合に俺の組んでた腕へと入った。
それは何の変哲もない名刺。店名・代表取締役、電話番号、メールアドレスが書いてあるだけだった。
シンプル過ぎて何をやっている会社なのか?わからない。
「えっ、なに…これ?菅原商店…え?」
「実はさ、高校入ってから、たまに手伝ってるんだよ。」
「いやいや、そうじゃなくって何屋なの?ここ?」
「ん。乾物屋。」普通過ぎる表情に「は?」と口が開いた。
「乾物って…」
「昆布とか鰹節とかそういうやつ。」
「乾物くらい分かるって、そうじゃなくって、なんか、渋いなっておもった。」
「えぇ?嫌い?かつお節?俺、おかかのおにぎり好きよ!そう言えば最近見かけないなぁ」
「いや、嫌いとかじゃなくって、おしゃれなカフェとかじゃないんだ?ってね」
「あー。えっ?近所にそんなのあるぅ?カフェって…甘味処とか?」
悪気はないのだが、なんか、いつも、どこか?ちがっているところがある。
「まぁ、いいゃ、で、その乾物屋さんって?」
あぁそうそうそう!とおばちゃんのように肩をポンポン叩くと
「母さんがさ、そこの社長と知り合いで、近所だし、俺のバイトが開いてる時だけど、店番してくれってたのまれちゃって。店番だから特にスキルも必要ないしね。」
「んーっで。」
「夏休み手伝ってもらえるか?って社長に言われてさ、ちょうど短期のバイトが終わったとこだったから大丈夫ですって言ったんだけど…」
「なんだよ?他のバイト入ってたみたいな?」
「いんや……」
佐々木は机につけた顎を左右にグラグラさせながら前髪にフウッと息を吹きかけた。
「田舎の叔父さんから一昨日電話がきて、婆ちゃん具合悪いらしくってさ、叔父さんと二人暮らしなんだけど、叔父さん、明日から来週末まで出張で…ばあちゃんの事が心配だって言うんだ。母さんも今すぐでも飛んで行ってやりたいんだろうけど、ほら、俺の母さん看護師だろ?おいそれと病院休めないし、唯でさえ人手不足らしくてさ、うちに帰って来るなり飯も食わずに倒れるように寝てるからね。俺が何かしないとって思ってさ……叔父さんが出張から戻って来るまで、ばあちゃんのとこに居ようかなって…まぁ俺、一応、家事は一通りできるから。俺なんかでも少しは役に立つかな?なんてさ。」
佐々木はそう言うと、なんだかちょっと恥ずかしげにチラッと俺の顔を見た。
「お願い!頼みます‼五日だけ、いや三日だけでも‼俺の代わりに店番やってくれないか!頼む。頼みます!田舎のお土産付けるからさ~」
佐々木は片目をつぶり、お願いお願いとちょうだいをする犬のように手を回して見せた。
俺が小学生の頃から知っている限り、佐々木の家は母子家庭で、おばさんが夜勤なんかもあるから、自分の食事や洗濯など家事全般をコイツがやっている事はわかっていた。運動会の時も、校外学習の時も、大きくて不格好なおにぎりを3個だけ持って来たこと。俺の弁当のおかずを横取りしたこと。よく靴下が片方違う色だったことも、俺は知っていた。
俺は両親も居るし、うるさい一つ年下の妹もいて、何一つ家の事を手伝うでもなく、小遣いも毎回ではないが必要な時にもらえて、不自由なく生きてきている。
こいつがバイトをしているのだって、おばさんを少しでも楽させてあげたいと始めたことなんだと思う。それにくらべて…
「そっか、おばあさん何の病気?入院しなくて大丈夫なのか?」
「あぁ、心臓が悪くてね。去年ちょっと無理して入院して…手術はしなくて済んだんだけど、それから通院はしてる。無理するなって医者に言われているんだけどさ、頑張り屋なのよぉ、ばあちゃん。家の横に大きな畑があってさ、一人じゃ世話できない程の野菜育てちゃってさ、ご近所さんや俺んちとか配るために世話しちゃってんだよ~」困り眉をしながら、こめかみをポリポリと掻いた。
「優しい人なんだな、おばあさん。」
「野菜送ってくれるのは嬉しいだけど、無理しちゃダメだってって母さんが電話で話しているんだけどさ、聞いてくれないのよぉ~。うちの野菜はオーガニックだから安心していっぱい食べろとか言っちゃって話を逸らすんだよ…」
(ん~。お前の気持ちは分かった。と言い出したかったがこの先を自分の心の中に向けた。
とは言え、校則を破るわけですよ?成績も一般的で、大学受験に関してもあまり率先的に考えていないし、専門学校って考えても特に思いつくやりたいことが無い。だから塾にも通っていない。できればカッコつけて変な冒険をして周りに迷惑をかけたくはない。元々、コイツと違って目立たない方だし、クラスの奴らとだって、ろくに話したことも無いし、俺の名前だって知らないかも…しかも妹は絶賛高校受験生だし、この大事な時に俺が問題起こして家の中がガタガタしたら…父さん心配するだろうなぁ~あーぁグルグルしてきたぁー)それもしつこく
「おーい、聞いてる?」佐々木は俺の視界を右手で邪魔をした。それも、しつこく
「あぁ、ん。ちょっ、ウザっそれ!おま、そろそろ前、見た方がいいぞ…」
言い終わる間に後藤の「私語を慎めぇ~‼」と腹から出る声が轟いた。
本人は、やった!きまった‼って顔で目を閉じているが、後ろの黒板にはホントどうでもいい夏休みの過ごし方なる事を長々と書いていたようだ。小学生の遠足か?って言う内容だ。
「すいません。先生の大事なホームルーム中だとわかっているのですが、腹が痛くって保健室に行った方が良いかを相談してました。ごめんなさい。」
佐々木は大袈裟にガタっと立ち上がり申し訳なさそうな顔を後藤に向けた。
「なんだぁそんなことか?早く言ってくれて構わないぞ!こんな、どうでもいいことより、生徒の健康の方が大事だ!大丈夫か?無理しないで保健室行ってこい!」
あーあ自分で言っちゃったよ…ってクラスの全員が思ったことは他でもない。
「はい、ありがとうございます。なんだか収まってきたみたいなんでダイジョブそうです。」
「そうか?無理するな?この時期、食中毒が流行っているからな!食べるものには気を付けろ!後も言う少しで終わりだ!頑張れ‼」後楽園で僕と握手並みのガッツポーズで笑った。
体育教師で熱血と言うのもあるが、どうやら好きなアニメキャラに成りきっているようで、セリフや態度などを真似し自己陶酔している。
ストイックと言えばカッコいいのだが、何事もやりすぎで勘違いが多く、キャラに近づけるために髪を伸ばし、さすがに奇抜な色にすることはなかったが、それでも後ろ髪をちょこんと結べるまでは頑張った…努力は儚く清潔感がないと校長に怒られていたのは話に若い。
「はい、ありがとうございます。後藤(誤答)先生。」
「うむ!」
この変なファン意識のせいで、一部の気の弱い生徒にどれだけ素晴らしい漫画か!推しか!を強制的に植え付け、持久走の早朝練習時に生徒たちが「呼吸だ、呼吸。」とブツブツ言いながら学校の周りを走ったため、ご近所の住人の方々から気持ちが悪いと苦情が入った。
もちろん、また校長室に呼び出されたのはこれまた話に若い。
後藤が背を向けると肩をすくめて静かに着席をしつつ、こっちを見ながらちょうだい犬のポーズをしながら下手くそなウインクをした。
「うげっ、きもっ、やめろって!今注意されたばっかだろ!わかったから、やめろ‼」
ウインクと一緒に左唇が釣られて開いているのが更に気持ち悪い
「ん⁉いま、わかったって…」
「ちがっ」
素早くも修正の言葉と同時に
「ありがとう!やっぱり持つべき者は近くの友人だな‼ん?なんか、まっいっか。」
しまった!ウインクをやめろって言ったつもりだったのに、了承したと勘違いされた。
「ごめん、やっぱ、無理」と言いたかったかが、コイツの満面の笑みと訳の分からない語録を聞いてハハと愛想笑いしか出せなかった。
「じゃ、早速で悪いんだけど、今日、社長と顔合わせしてくんないか?」
「はぁあ?えっ、今日⁉」佐々木はし~っと人差し指を口に当てて頭を低くした。
声を気にした後藤は(だるまさんが転んだ)ばりに何度も振り返っているが、席替えをくじ引きにした為、俺の前の席の巨漢石崎がいるおかげでどうやら見えてないようだ。
「お前さあ?今日の今日って普通ないだろう?」
「えっ、ビックリ⁉お前、なんか予定あんの?」
鳩が豆鉄砲を食ったようとは、こう言う顔をするんだなって表情で口をあけてた。
「いや、俺の予定とか、少しは考えないのかよ?」
じとっとした目で俺を上から下まで確認すると、呆れ気味に
「お前の予定ってさ、どうせクーラーの効いたとこで素麺なんか食っちゃってゴロゴロして宿題でもやりますか?とか、なんとかしてるだけだろう?毎年恒例のルーティンってやつか?」
ぐうの音も出ない…図星だ…なんだろ、あれ?春休みも同じようなこと言われたような?
あっ、なんかむかつく。
「あーやっぱやめようかな?校則違反だし。」
「なになに~、校則違反を気にしてんの?気にすんな、大丈夫だって!俺のバイト、先生公認だし、親が学校から承諾書もらってくれてるしで、何の問題もないのよ。とりあえず三日間、おぬしは何も考えず余の影武者してくれるだけでいいのじゃ!」
「お前は公認なんだろうけどさ俺は、ってなんだよ影武者って」
笑いながら自分の頭頂部に拳を置くと舌をコッと鳴らした。
「バカ殿かよ」
「影武者は殿と一心同体じゃ!」
「嫌だよ~オレ、バカ殿」
「冗談、冗談。気を悪くしたんだったら謝る。宜しく頼みますよぉ~。先生が来ることも無いし、店番って言っても、ほとんどお客さん来ないし、デスクに座ってパソコンで簡単な打ち込みするだけだから」
相変わらず頭を低くした姿勢のまま目力だけ凄みを効かせて鼻の穴を広げた。
「ぷっ、やめろよ、その顔。お客さんが来ないってどういうこと、暇なの?」
佐々木はノンノンっと人差し指を左右にふりながら続けた。
「午前中に配絶だのの下準備は社長が全部済ませて、それが終わったら配達しに行っちゃうわけ。ルートサービスは社長がやってくれるから、俺なんかは梱包だの事務補助的な事をちんたらやっているのね。」
「え、社長さんって世に言うワンオペ?」
「んな、いくらなんでも一人じゃ回らないよ。いつもは社長・奥さん・従妹の庄司さんの三人でお店を切り盛りしていたんだけど、奥さん妊婦さんでさぁ、予定日過ぎてどうのこうのって、俺よくわかんないけど入院しなくちゃで、社長と庄司さんの二人体制でやってるんだよ。」
「まぁ、二人になっちゃうよね…。大変そうだな。土日休み?」
「いゃいゃこれが、年中無休なのょ。そこは個人商店だから大変なトコみたいよ。だから交代休み取ってるらしいんだけど、二人とも同じ日に用事があったり、先輩が連休取りたかったりすると、どうにもならん訳だ…。奥さんの親友ってのが、俺の母さんと言う事で、俺が推薦されてしまったと……俺も他のバイトあるから、いきなり言われても無理なんだけど。バイトのつなぎとか、予定の空いている時間だけでもいいから頼むって言われて。」
「引き受けたらこんなって感じねー。心中お察しいたします。」
俺は目を閉じ両手を合わせて拝んだ。
横目で見るなり髪の毛をぐしゃぐしゃっと、搔きむしって、ダハァ~と息を漏らした。
「それで、俺がお前の代わりにバイトに入ってその先輩に連休が取れるようにって?」
「そ、それ、その通り、そう言う事!」忙しなく人に向かって指さすとウンウン頷いた。
「ところで、その先輩って言うのは?」
「あぁ、従妹の庄司さん。社長が先輩って呼べって言うから…」
「ふーん、そうなんだ。お前は元々そこの人達と知合いだろ?俺とお前で勝手に決めるのはどうなの?社長さんだっていきなりどこの誰だかわかんないヤツ連れてこられてもってなるんじゃない?普通さぁそんな…」
「大丈夫!もうお前の事ははなしてある。」シッシシっと腹立たしい顔で笑い、話を続けた
「そりゃね、確かに、俺がこんなことになったから友達に代わってもらうって言ったら最初は苦笑いしてたけど、本当にいい奴だからって押したのもあって、じゃあ、お願いしようかなって。その前にいきなりも可哀想だから面接と言う形で会いたいなって言ってたからさ。」
「お前、勝手に……俺に予定があって手伝えないって言ってたらどうしたんだよ?」
「いや、ない!お前は絶対に予定なんかない!やるって言う筈って俺の予想!」
佐々木はフンと鼻息を思いっきり出して俺を指差した。
「なんだ、その予想⁉」
「えーだってさぁ、家電に電話するでしょ?出るよね?いつも。万年美白を俺は見ているわけですよ。海だの山だのプールだのなんて想像つかないし。バイトまでして買いたい物があるほどの物欲もないじゃん?彼女もいないだろ?大体が頼まれると断れない性格じゃん!」
ぐう……けなされているのはわかる、色々と腑に落ちない。でも、超、事実。
「なんだよ!まるで人をヒキコみたいに言いやがって。」
「あらやだ!何言ってんの‼ほぼ引きこもりですよ、あーた!」
どっかのおばさんみたいに手をヒラヒラさせて煽ってきた。
「あー良いですよ。何とでも言ってください。どうせ万年色白ですよー。」
「そんな⁉オレはお前の色白をディスったりはしてないよ?おぃおぃ~心配すんなっ、室内バイトだから毎年恒例の美白も軽く更新できちゃうんだから!」
「うるせぇ」
「冗談、冗談ですぜ、宜しく頼みますよ、井上の旦那。旦那が頼みの綱なんですから~。」
擦り手をしながらゲスイ表情でヒヒッっと笑った。
「きもっ、ホント、酷いよその顔。てか、此処どのへんよ?」
「商店街のちょっと裏道。小さな稲荷が祭られっているとこ知ってる?」
「知らない。おれ商店街行かないから」
「出た。ヒキコ体質。買い物くらい手伝ってやれよ!」
「心外!俺だって近くのスーパーくらいは行ってるよ。」
こいつ!俺が、ヒキコで色白でお使いさえできないと思っていやがる!
「スーパーがどうかしたか?」
腹から声出せ週間の後藤先生が、石崎の肩のあたりから遠近法でひょこっと顔を出した。
(うげっ、めんどくさい)そう思った瞬間、授業終わりを告げるチャイムが鳴り、それをかき消すように「うぉおー休みだぁ‼」とさっきまで静かだった教室に男共の声が響き渡った。
誰かが言った「起立、礼、一学期ありがとうございました。」
後藤が何かを必死に言っているが生徒の「ありがとうございました!」とキーキーガタガタと机の軋む音が掻き消した。
「おい、こら!休みだからって浮つくなよ!部活を休むなよ!こらまだ、終わってないぞ!」
先生のありがたい忠告など聞く気もなく、真面目な奴以外はクラスさっさと出て行った。
高校生にもなって、はしゃいでいるように見えるが、夏休みと言っても、信じられない程の部活がある奴がいたり、補習組は宿題以外にも課題を与えられ悶絶したり、特に何もない奴もランダムで色々と学校の雑用を手伝わされたりと、一か月のうちゆっくり休めるのは、たかがしれている。それでも毎日のおっくうな授業が無いだけ、天国すぎてイエーイと叫びたくもなるのだ。俺はと言うと両親が地元生まれなため里帰りすることもなく、毎年エアコンの効いた部屋でゴロゴロして、たまに中学の時の友達と会ってコンビニの前でアイス食べてと、グウたらした夏休みを過ごしている。今年は溜まりに溜まったラスボス寸前データの古いRPGを片付けようと思っていたが、人生初めてのバイトと言うちょっとしたイベントが出来て本心ビビりまくっているのだが、その気持ちはコイツには悟られないようにしておこう。
「じゃ、俺たちも行きますか?」
騒がしい廊下を見ながらゆっくり静かに席を立つと少ない荷物のバックを肩にかけた。
「えっ、なんか軽そう。」
「ほれ、バイト先に案内しなきゃって思っていたから、昨日のうちに全部持って帰ったよ。このクソ熱いのに、重たい教科書持って歩くのヤダから。」
当然のように話しているが、これから行くのなんて聞いてないのだが…
「えっと、それはいつ決めたのですか?」俺はすっ呆けた顔で聞いた。
「もちろん一昨日から決めてました。テヘっ!そんで荷造りもしてあるから、このまま店まで案内する感じでいいよな?電車の時間あるし、ゆっくりしてられないからさ。そうしたら俺は家帰って荷物取ってそのまま電車でGO!てな訳です。今日なら自由席もスッカスカですし!」
「テヘっじゃねえよ。なんだよ、電車でゴーって」
3階の踊り場からなだれるように降りて行った、浮かれ生徒に巻き込まれることも無く、安全にトントントンと調子よく階段を降りると、蝉の鳴き声が薄暗い下駄箱に反響していた。
「うわー今日もアッチイなぁ~」
佐々木はからだ全体で伸びをするとニッと笑って「お土産期待してろよ!」と指さした。
「あっはぃ、期待しないでおきまーす。」
昔、北海道のお土産と言って小瓶に入ったマリモを貰って、しばし動きが止まったことがあった。もちろん今も俺の机の上にある。
校庭に出ると容赦ない日差しと、焼けたアスファルトの熱量が靴底から上がってくる。
俺と佐々木はこの高校に這ってでも来れる圏内に住んでいて、俺は近所だからと安易に受験。こいつは定期代の掛からない近所の高校を探して受験。小学校からの付き合いだが、一見チャラ男な外見とは違い、中身はしっかりとした几帳面な親孝行男子である。
こうして歩いていても花屋の店員さん、郵便局のお兄さんと、挨拶をしてくる人が沢山いる。
スズメでさえ挨拶に来る始末。
「可愛いよなぁ~毎朝米あげてたらさ、なんか、なついちゃったみたいで、顔割れてるらしくって色んな所で米の請求に来るの」と満更でもない顔でへへへと笑った。
どっか天然でネジがぶっ飛んでいる気がする事もたまに、いや、結構あるのだが、臆する事のない性格と真面目に物事と向き合う姿勢は同い年だが尊敬できるところである。
「ん、なに?なんか顔に付いてる?」
「いや、ところで店番の話なんだけど…大変?」さっきから気になっていた事を切り出した。
「全然。お客さんは商店街の飲食店の人が多いかな?多いって言っても数人だし、ご贔屓さんって感じかな?パソコン入力も難しくないし…まぁ心配ないよ。先輩が電話対応とか伝票の見方とか教えてくれるから」
「仕事はその先輩…庄司さん…だっけ?その人から教わる感じ?」
「おっ、話が早いね!そっ、庄司さんに色々聞きまくちゃって!たまにキレるけど」
「えっ」
「マジちょー変なトコにスイッチがあってさぁ、いきなりつまんないことでキレるんだよ!」
「スイッチ?」
「そう、なんかカチッと入っちゃうんだろうなぁ…俺、なんか悪いこと言ったかなって思うんだよ。伝票打ってたら「そうじゃない!」とか言って手の甲をペチッて。痛くはないよ。でも、ペチッって叩いてくるんだ。」子供のような顔で訴えた。
「ペチッて、ねぇ…」
「発注伝票に関してはメチャクチャ怖いから気を付けて!こないだも…まっ、オレが悪いんだけど、かつお節のキロ数間違えて発注しかけて……あっ、お前さぁ、かつお節10キロってどれくらいかわかる?」
目を忙しなくパチパチしながら聞いてきた。
「えっ、知らないけど10キロは、10キロだろ?」
「そー‼10キロなんだよ!すっげえ量になるんだよ!かつお節だから‼」
体中を使ってバタバタとかつお節の量を表現している。
「おぉ、10キロなっ!」俺はすれ違う人の視線を気にした。
「そんで、先輩がさ、、こんなせっまい通路にこんなもん何箱も来られたらって」
「ペチられたの?」
「いや、靴紐ほどかれたよ。」
「はっ⁉靴ひも⁉」
「そっ!ネットでカッコいい結び方検索して、頑張ってきっちり結んでたのにさぁ」
えっそこ?っと俺は思ったが、どんだけ頑張って結んだかの話を聞かされるのは嫌だったので
「変わった人だな。」と言った。
「ほんとマジで変わってる!社長の従妹らしいんだけど、先輩って…まぁ一応バイト先の先輩だけと、全然学校違うし、俺、不定期にバイト入っているんだからさぁ、普通に庄司さんでよくない?過去にバイトと何かあったんだろうか?ん…謎!」
「オマエも中々変わっているけどね…呼ばれたことないんじゃない?〝先輩〟って」
「変わってねーよ俺!超普通~。あーそう言えば、社長言ってた事あったなぁ冗談まじりだったけど「すーぐ引き籠っちゃうんだからぁ~」ってアレ本当だったのかな?お前!庄司さんと仲良くなれるんじゃね?ヒキコつながりで‼」
「誰がヒキコだ!お前は!天然だ!そっ、天然。」
「いやいやいや、貴方様には負けますわ!」と言い、ガハハハッと背中を逸らせて笑った。
学校から駅前通りに出て、ひたすら真っ直ぐの道を15分程度歩くと道路の反対側に見えてくる、
ようこそ仲町商店街の古めかしいアーチ。
俺の家はこのまま駅前通りを更に真っ直ぐ行き、スーパーの先を反対側に入ったところにある。
だから買い物と言えばスーパーだし、信号を渡ってまで商店街に行く用が全くない。
俺だって、引きこもり体質と言われちゃっていますが(ただ家が好きなだけ)たまに母親に頼まれてスーパーに牛乳とか醤油とか重いものを買いに行かされる。
信号が青に変わって下校の小学生達数人とすれ違う、朝顔の鉢を鬱陶しそうに持って、両腕からずり落ちてくる手提げには一学期に作った作品などが沢山入っている。
「お前、覚えてる?小学生の時マーチングバンドでこの商店街通ったこと?」
「そりゃ、覚えていますよ。終始、人の足を踏むヤツがいて、持ってたバリトンを吹くことができなくって、後ろの女子から真面目にやって!って俺が怒られた思い出が今も蘇ってきます。」
「あれってさぁ、歩きながら管楽器吹けってむずいよな!」
「いゃ、そうじゃないだろ?バランス感覚養えよ!つま先、死ぬかと思ったんだぞ!」
「ハハハ。マーチングコスチュームのせいで靴がローファーだったからね。」
「そうじゃないだろ、あやまれって、あん時も謝ってもらってないんだぞ!」
「はいはぃ、すーんませんでしたぁー。ほれ、ここの駄菓子屋覚えてる?」
「おま……俺、覚えてないし、知らない。タバコ屋じゃないの?」
「あれ、駄菓子食べない派?大人にはタバコ屋、子供には駄菓子屋だよ。あんま見かけないよな駄菓子屋って。なんか懐かしい。俺、たまにあんこ玉食べたくなったりする」
「ふーん。俺んち買い食いしたくても、母さんがおやつ用意してたからできなかったよ。あんこ玉って言われてもイメージわかない。あっ、へぇ~、こっちは銭湯だっけ?俺んちの裏の方にも銭湯あってさ、何年か前に辞めちゃった。いいねぇ銭湯。」
「じゃ今度行きますか?ひとっ風呂!」
「んーでもやめとく。」
「えっ?」
「銭湯ってお湯熱いじゃない?水で薄めると怒られたこともあるし…俺、丁度いいのに浸かる方が良いんだよね。」
「いま、いいね銭湯って言ったよね?」
「あぁ、銭湯の好きな所は、小さな縁側みたいなとこで牛乳飲むのが好きなんだよね」
「あっそれ、わかる。あのガラス戸の小さな庭みたいな。俺はフルーツ牛乳だな!」
「俺、コーヒー牛乳。コーヒー飲めないけど。」
「なんじゃそれ。」
銭湯の並びに老舗の風格の和菓子屋がある。透明度の高いガラス戸から見える立派な古時計を見ると「あっ、やべっ」とあわてて目的地に向かって走り出した。
「ここのほら、あれ」
玉砂利の道の突き当りに小さなお稲荷さんが祭られていて、佐々木の指さす先に、磨りガラスのアルミサッシに「菅原商店」と書いたシールが張り付けてある。
ここにもまたそれ以外の看板が無く、知る人ぞ知るとか言うお店なのだろうか?
「とりあえず、今日の三時ね!大丈夫、お前なら問題ない!先輩ともうまくやれる!」
佐々木はそう言うと、していない腕時計を指さして
「じゃ、わりぃ、マジ時間ヤバいから!あとは宜しく!向こう着いたらメールする!」
何回か振り返りながらダッシュで帰って行った。
「おい。三時だって、今聞いたし…」
電車の時間があると言っていたが、ギリギリだったなら、べつに自分で探したのに…
それより、何時か先に言えよ…そう言うところが……しみじみ思うと軽く鼻から息を吸った。
狭く暗い路地裏にポツンと立って、上を見上げると屋根と屋根の間から差しこむ日差しが、ちょうど店の屋号と隣の今にも壊れそうな廃墟の入り口を照らしていた。
廃墟の木戸は斜めに傾き内側に倒れていて、少しだけ中を覗き込むことができるが、割れたガラスや木自体が苔むしていて、ちょっと力を入れただけで崩壊しそうな感じがする。
(夏にはいいスポットなのかも?入れればだけど)
そんな只でさえ物静かな商店街の路地裏に、こんな店があるとは誰が知っているのだろうか?って言うか、一見で入ってくるお客さんはいないだろうなぁ。
なんだかんだ3日間御厄介になる場所だ、ちゃんと間違えないように道覚えておかないとな。
とりあえず三時まではまだ時間があるから少し足早で家に帰った。
人生初のバイトに関して身内の反応は様々だった。
「お帰り~兄上!成績どうだった?」
ピンポンが鳴り響く前に一早く玄関を開けてくれたのは妹だった。
「あぁ、良くもなく悪くもない無難な成績です。」落着いた声に不満だったのか?
「張り合いないの!」とプンプンしながらキッチンへと走って行った。
キッチンの方から母さんの声が聞こえる。
「お兄ちゃんお帰り!いつもどおり素麵で良い?アハ、聞く必要ないか?」
「ただいま。良いよ、俺、素麺好きだから」
お中元で頂いた品が、開けども開けども素麺だったのは我が家史上最高記録更新だ。
「母さん。良いかな…話があるんだけど」
寸胴にお水を貼りながらガスレンジにチチチチチッボッっと火がともった
「ん、なに?改まって、おこずかい?たまには胡麻風味にする?トマト味もあるよ?」
「いや、普通で。バイトの話なんだけど…」
「ええ!兄上バイトするの!良いなぁ私もしたい!」
ハチャハチャと母の腕を掴んでブンブンとする妹に
「貴女は受験生でしょ!高校生になるまで我慢しなさい!」
母に言われ、妹は俺の方を見て恨めし気に「ウー」と低くうなった。
「佐々木ん家のおばあちゃんが具合悪いらしくてさぁ…」
そこから俺は佐々木に聞いたまま母さんに説明した。
隣で「ウーウー」唸っている小型犬も友達の代わりと聞いたら唸るのをやめた。
「へぇー、裏に乾物屋なんてあるんだ?母さんも知らなかったわ、地元なのにね。結構知らないことばっかりだわ。あそこの商店街、看板のない喫茶店もあるらしいわよ。占いしてくれるって聞いたことある。どこかは謎だけど。それで母さんは学校への連絡はしなくていいの?」
ちょっと面白そうって言う目をしながら母は俺を覗き込んだ。
「あぁ大丈夫だと思う。先生達の来るような場所じゃないし、三日間だし。」
とか言いながら、校則がどうのとかも多少は関係しているが、何より人間関係での不安が人一倍大きいのだ。俺自身コミュ障ではないが勘違いされやすい。アイツはいつもどんな人に対しても親切だし臆することもない。その点俺は知らない人に話しかけられると一瞬硬直する。っで、次の瞬間その人をマジマジと観察する。目つきが怖い→逃げられると言った流れで、道を聞いてきた自ら逃げていくといった変な体質を持っている。だからと言って笑顔の練習なんて考えただけでも不自然で体中にサブいぼが立ってしまう。妹に兄上って瞬きしないの?って聞かれたこともあったっけ??あれはなんだったんだろう?いや、待てよ、こんな俺がアイツの代わりが務まるのだろうか?よく考えてみれば、安請け合いもいいところなのではないだろうか?母さんがニタニタしながら用意した素麺のつゆの上に不安に歪む自分の顔があった。あーもぅ!考えても仕方がない!とっとと昼飯を流し込んで立ち向かうのみ!ズオオオオオオと音を立て勢いよく素麺を飲み込むと、ピロピローンとダメ目なメール音が鳴った。
「あっ、佐々木君だぁ」と妹が勝手に俺の携帯をチェックしていた。
そば猪口と口とを素麺で繋がれたまま目を見開き「ぐんん‼」と睨んで見せた。フンっと不服そうに俺の前に携帯を置くとリビングのソファに寝っ転がった。最近、妹は受験勉強のストレスを携帯ゲームではらしているようで、自分の携帯だけでは物足りず、人の携帯を使ってゲームをしたりするから、知らない人からゲーム招待など届いたりしてすっごく迷惑している。
「ごめん。予定が変わって社長がお店に戻るの少し遅れるらしいから、それまでは先輩と交流を深めて下さい(ヒキコ同士www)後は頼んだぞ影武者‼」
アイツ…まだバカ殿引っ張っていたのか。俺の後ろで母親が嬉しそうに声をかけてきた。
「お兄ちゃんにはいい経験よね?校則違反とは言え、友の為になんて、走れメロスみたいじゃない!バイトなんて、自分からするつもりなかっただろうし、お母さんは味方よ。ちょっとした社会勉強ね!もし何かあっても母さんが学校へはちゃんと説明するから頑張ってやり切りなさいよ!佐々木君のためにも‼」と言いうと両肩をトントンと優しく叩いた。
日ごろから、色々と流され気味の俺の心配を一番してくれているのは母さんだから、きっとこんな小さな変化でも嬉しいんだろうな。ですが、走れメロスって…俺、アイツに無理やり押し付けられている感じなんですけど(余の為に走るのじゃ)って顔がちらつく。俺が結構ビビッていたりすることは伝わっていないんだろうな…ポーカーフェイスって得なのか損なのかわからないものだ。
1.5人前の素麺を流し込むと不思議と気持ちの入れ替えができた気がした。
そう言えば、あれ?面接ってさぁ……
――まだまだカンカン照りの14時50分。遅刻しないように家を出れば、商店街がなにやら騒がしく、奥の方に消防車や救急車が見えた。そのせいだろう、曲がったら店がある付近に沢山の野次馬がいて通り抜けるのもやっとだ。こんな密集した住宅で火事だろうか?堪ったもんじゃないなと思いながら人を搔き分けて玉砂利の路地でまで来た。
言われたとおり着たが、面接とは、どんな格好をしてくれば良いのか?わからず、夏服のまま来てしまった。学生だからって甘えてんじゃないか?とか、舐めんなよ乾物屋!とか言われたりして…ぶつぶつと独り言を言いながらジャジャと小石を踏みしめ店の前まで来た。廃墟の前に沢山のダンボールが束ねられていて店のサッシに寄りかけてあった。それを退けると?5センチくらいドアが開いている。代替えのバイトが来るからと開けておいてくれたのか?俺は恐る恐るサッシを引き「ごめんください。」と、か細い声で言った。
・・・・誰も返事をしない。なかに一歩入り、今度はさっきよりも少し大きい声で
「ごめんください~」と声をかけた。・・・また無言である。
玄関から間横一列に高く山積みになった段ボールの先に事務所であろう蛍光灯の光がある。とりあえずそこに顔出せば大丈夫だろう?少し斜めになりながら歩き
「すいません~面接できました井上です。」と
不審者と勘違いされないよう声を出しながら進んでみた。
事務所であろう入口に付くとまぶしいくらいの蛍光灯と作業やりっ放しのデスクが数台放置されていた。ブーンとパソコンが音を出している以外なんの音もせずただシーンと静まり返った事務所がそこにあるだけだった。えええ?三時って言ってたよな?誰もいないって…いや待てよ、その奥の扉…トイレか?そこに庄司さんがいるんじゃないだろうか?えっ、どうしよう?用足してるところにいきなりじゃ…でも、トイレから出てきて、知らないやつが目の間にいきなりいるのも怖いだろうし、一応、失礼覚悟で声をかけてみよう!考え出すとエンドレスにブツブツが止まらなくなってしまう性格は、時に友の目に映り「怖ぇよ」と言われることがある。
「あのー。今日からお世話になる井上と申します。よろしくお願いします‼」
ちょっと頑張って扉の前で大きな声を出しては見たが、なんの声も音もしない。ノックを軽くしてドアを引けば確かにトイレではあったが、誰もいない。再びシーンとする事務所の中、とりあえずどっかに座って待った方が良いのか?このまま誰か来るまでボーっと突っ立って待っているのか…どうでもいいことしか思いつかない俺は本当に無力である。はぁとため息と同時にガサガサっと段ボールの積まれた通路で音がした。やっと誰か来たとホッとしたがガサガサ音がするだけでこっちに来る気配がない。
「あのー」と恐る恐る通路に顔を出したが、そこに誰も居なかった。仕方ない、とりあえず庄司さんが来るまで座って待とうとデスクの椅子に腰を掛けると斜め前のデスクから視線を感じた。
「えっ?」
そこには書類の上に綺麗なラムネ色の目をした猫が座っていた。
「えっ、いつから?」
誰に話しかけるでもなし、独り言にしては大きい声が出てしまった。猫はじーっと俺を見つめ、何とも言えない表情で吊り下げられている時計の方に鼻を向けた。3時ちょうど…もう五分も経っていたのか…猫は視線を俺に戻すと綺麗な流し目をしながらゆっくりと複合機の上に移動した。
「お前、ここの飼い猫なのか?どこ行っちゃったんだろうね?」
話しかける俺を無視するように大きなあくびをしながら顔を洗って見せた。ザザザザーっと複合機から紙が数枚出てきた。猫はこっちをじーっと煙たげな眼で見つめてくる。ベース色が灰色だけど白と焦げ茶の混じった何とも言えない良い色である。
「えっここ?俺、じゃま?」
よくわからないが、なんでそこ座ってんだ的な目で見られている気がした。
「いや、俺も勝手に座っちゃ悪いと思っているよ、そんな目をすることないでしょ?だけどさ時間になっても誰も来ないしっ…てか、肝心な庄司さんがいないじゃない?」と誰も居ない部屋で猫に話しかけてしまっている俺。
「ニャァーん」っと初めて猫が鳴いた。
「あれ?言い訳するなってこと?」猫は複合機の上でまた俺を見ている。
「なに?どいた方が良いの?」
俺が椅子から立ち上がると、猫は前足で届いたばかりの書類を床に落とした。
「あっ、ダメだよ、落としちゃ」
とっさに散らばった書類を取り重ねると注文書や納品書と書いてある。
猫は自由にもさっきまで俺の座っていたデスクの上へ移動し、何かを探している。
飲みかけだったら困るコーヒーカップや、梱包をあけるハサミやカッターが刃が出たまま置かれている。それにまたチョイチョイとその小さな手で落とされても…そう思った俺は猫の側に素早く寄った。
猫は俺の行動に一瞬ビクッとしたが、取り直した顔をしてキーボードの上にゴロンと横になった。
「こらこら、だめだめ。」
カップを反対側のデスクに置くと猫を膝の上に乗せて椅子に座った。
時計を見ればさらに五分が経過している。いつまでも番猫と話しているわけにもいかない
「参ったな…アイツ、本当に三時って決めたのかなぁ…庄司さん居ないし…」
「ニャァーん」猫はこっちを見て鳴く。
俺は猫の頭をなでながら「誰も帰ってこないね。庄司さん、どこ行っちゃったんだろうね?」
「ニャァーん」また猫は鳴く。
「お前、何言ってるかわかるの?偉いね。」
「・・・・・」猫はただじっと俺の顔を見ている。
「お前が庄司さんだったりして。ハハ」
「ニャァーん、ニャァ~ん」今度は俺の手を小さな前足でガシッと掴みながら二度鳴いた。
「えっ」
いや、まて、冷静になろう…猫な訳ないだろう?お前熱中症なんだよ…自分に言い聞かせてみた。高校生にもなって猫と話して恥ずかしくないのか?あぁまた俺の自問自答が始まってしまった。額を抑える俺の膝からヒョっとデスクに移るとまた何かを探しだした。
「ほらダメだよ。刃物もあるし、仕事の道具ばっかだから?危ないよ。」俺は一体なにしているんだ?
こんなところ妹に見られてみろ「兄上!猫と話す!」とか言いながら、色んなSNSにアップされてしまったりするんだろう……やばすぎる。本当に熱が出そう。
猫は隣で悶絶する俺を無視し、無造作に置かれた新聞の下からマウスを見つけ、足でチョンチョンと手前に寄せた。
「ぷっ、それはねネズミじゃないからね」
落とされないようマウスに手を伸ばすと結構強めの猫パンチを二回とシャーと威嚇された。
「いっ、たくない………ダメでしょうそういうことしちゃ」
猫は俺の方は見ず、片足をマウスに乗せカチカチっと音を立てると発注確認書の画面が開いた
。在庫管理と一緒になっているようで個数を打ち込んでいくと勝手に計算される仕組みだ。
「こら、これはオモチャじゃないよ」俺の言葉が気に食わなかったのか?また、シャーと言いながら俺の方に向いた。俺の方と言うより俺が持っている書類を見ているようだ。
「あっこれ?」さっきFAXで流れてきた注文書を見ると、どうやらこのパソコンの画面に描かれた商品名と段ボールのナンバー全てが繋がっているようだ。俺がパソコンの画面と書類を照らし合わせているのを見るとダンボールの通路にササっと移動した。入ってきた時と同じようにガザガザと通路から聞こえてくる「あれ、どこいった?」通路を覗くと一番上に積まれたダンボールがガサガサと揺れ、中からS字型の発泡スチロールが溢れてきた。
「えっちょっと!」揺れはいっそうと激しくなると、棚からずれ、落下しそうになった。
「おいおいおい!」必死に抑えると思った以上に軽く、ゆっくりと足元に降ろすと、もちろん箱の中には猫と商品が入っていた。猫は満足げな顔をして、スタッと箱から飛び出した。中には個包装された海藻が入っているようで、ダンボールの大きさの割りには6袋から7袋と少ない。
何か高価な海藻なのだろうか?猫はダンボールに体をこすりつけると、俺が見ているか確認して軽く箱を叩いて見せた。
「えっダメでしょ?そんなことしちゃ?」
叩いた場所には商品番号と商品名が書いてあり、猫は俺の持つ書類に気づけよと言わんばかりに尻尾で叩いた。さっきからこの猫は俺に仕事をさせようとしているのではないか?いやいやいや、お前は今熱中症気味だ!冷静になれ!確かに声をかければ返事をするし、なんだか俺を誘導しているようにも思える…でもこれは人じゃなく猫だ!しっかりしろ俺!
「すいませんーヤマネコサービスでーす。」
うわぁまた猫!いや、配達屋だ‼どうしよう?会社の人、誰も居ないぞ⁉ん?普通に出ればいいか?いや、見たことない怪しい男と思われないだろうか?あー今日はなんだか余計な事しか浮かばない…頭を抱え立ち竦む俺の横を猫は颯爽に玄関まで走って行った。
「おっ毎度!今日は二箱届いてますけど、いつもの場所で良いですか?あっそこね。了解でーす。サインはこっちでしときまーす!」
ガラガラピシャンとサッシの閉まる音がした。
俺は恐る恐る廊下に顔を出すと、やはりそこにいるのは猫一匹。あの配達屋はこの猫に話しかけていたってことになる。毎度って言っていたぞ。顔なじみなんだな。じーっと見つめる俺の視線を気にせず、猫の庄司さんは今届いたばかりのダンボールの周りをチェックしていた。一つはここに積まれているのと同じロゴの大きな物で、もう一つはティッシュばこ程度の小さいダンボール。何を思ったか小さな箱をペシペシっと大きな箱から落とすとこっちを見てニャーんと鳴いた。
「えっ今度はなに?」
大きな箱から落とされた箱を手に取ってみた。ん?サロン大塚って書いてある。
その時、ザザッとせわしく小道を走る音とともに引き戸が開いた。
「すいません。あっれ?新しいバイトさんですか?さっきの荷物…あっそれ、間違えて渡しちゃって、本当にすいません。こちらが菅原商店さんのです。」
配達屋は深くお辞儀をしながら同じような大きさのダンボールを差し出した。
「あっ、ありがとうございます。」
持っていた荷物を交換すると「すいませんでした!」と大きな声でまた深くお辞儀を俺と猫にして、ニッコリ笑うとザザザと走り去って行った。
渡された箱に視線をやると菅原商店様と書いてある。
「……すごいな、文字も読めるの?」話しかけた口をポカンと開けたままの俺に、猫は後ろ足で頭をカシカシと掻きながらムニャムニャなにかを言った。
なんなんだこの猫は、いや、待て、本当に庄司さんなんじゃないか?配達屋が「毎度!」なんて話していくなんて、どう考えてもあり得ないだろう?あれか?俺はパラレルトリップでもしているのか?えぇ、まさか!社長も猫ってことがあるのだろうか⁉いや、いや、いや、何の心配をしているんだ俺‼しっかりしろ俺‼頭の中での独り言が動画の弾幕張りに流れている中、またしても先輩は何かを口にくわえて事務所にササっと移動した。
「あっ、えっ、ちょっと待って」とりあえず新たに預かった小包をさっきの大きなダンボールに乗せて、急いで事務所へ移動すると、さっきのパソコンの横で顔を洗っていた。
俺は椅子に腰かけ視線に合わせると先輩は足下の書類をペイと蹴った。
「あっさっきの納品書。」
配達屋から荷物を交換する際に隣のダンボールに乗せたんだっけ…先輩の視線は冷たく忌々し気に俺に向けられていた。
「ごめん。うっかり……わす」
あれ?なんで俺、猫に謝っているんだ?いやもう俺の中でこの猫はすっかり先輩として認識されてしまっているのか?あーもう何やってんだ俺。猫はいきなりピーンと耳を立てを遠い目をすると、玄関へ走って行った。「えっちょっと今度はなに?」玄関の通路へ出るとシーンとしている。また上の方のダンボールに入っているんじゃないか?上を見ながらおーいと一列ずつこえをかけながら移動していると勢いよく背中でサッシが開いた。目の前には、がっちりした体型で優しそうな感じの男性が、さっきサッシを開けるためにどけたダンボールを持って立っていた。互いにきょとんとした表情になった。
「あの…」何か言わなくっちゃ
「あれ?えっと井上君かな?」
「あっそうです。井上と申します。佐々木の紹介の…」紹介じゃないけど
「悪いね遅くなって…とりあえず奥に行こうか?この通路、狭くて出るか奥に行くかしかないから」ハハっと優しく笑った。
俺はカニ歩きで事務所に戻るとさっきのデスクの前に立った。
「あれ?アイツは?もしかして一人でいた?」
「あっはい。」いやいや、猫がいましたが、飼い猫ですか?って聞くんだろうが?
「アイツ、ちゃんと話聞いてなかったからなぁ」
どこにでもそう言うヤツはいますよ。(佐々木の顔が過る)
「また菓子でも買いに行って世間話でもしてんだろうよ。ごめんね。」そう言うと社長は俺の手に持っている書類に目をやった。「それ履歴書?」
「いや、僕が来た時に送られてきた注文書です。あっ…床に落ちちゃって」
「悪いね。なんか用紙止めが壊れてたまに床に落ちたりするんだよ。ありがとうね。」
いや、お宅の猫がバラまいたんですよとは、言えないと思いつつ注文書を社長に渡した。
「佐々木君の事情は聴いているけど、君は、大丈夫かい?なんだか巻き込まれちゃっているみたいで、ごめんね。うちの奥さんのお腹に赤ちゃんがいてね。予定日を過ぎても生まれてくる様子が見られなくって大事を取って入院しているんだよ。ほんと、最近まで働いていたから体に負担をかけさせてしまったかも知れない…」
肩を落とした社長のため息を遮るように少し大きな声で
「おめでとうございます。赤ちゃん楽しみですね。どっちか?知っているんですか?」
「あ、ああ、ありがとう!まだ、知らないんだ。生まれてからのお楽しみって。」
社長の目は少し潤んでいて、いきなり大きな声出すからびっくりしたよと言って腕で拭った。
「病院も近所だし毎日行っているんで問題はないし、僕は休みなくったってこの通り元気なんだけどね。社員は休みなしって訳にはいかないからね。それで君にお願いしたくって今日着てもらったんだけど、肝心の本人がいないと言う…ちょっと電話してみるね。」
社長は鞄からスマホを出し、奥のデスクに腰かけ発注伝票に目を通した。
「出ない。電源切ってやがる。アイツどこで何やってんだ?」
「午前中は、庄司さんいらっしゃったんですか?」
「あぁ、そっ。佐々木君から名前聞いてるんだ?俺が配達に出る時も、行ってらっしゃいって玄関先でダンボールから商品出してくれてたんだけど…今日は結構出さなきゃいけない商品が沢山あって、あの通路じゃ出せないから外の小道を使わせてもらったんだよ」
普通の人だ俺の熱中症はどこまで本当なんだ?変人と思われてもいい勇気を出して聞いてみよう!
「社長!あの、庄司さんって⁉ねっ、」慌てた俺の声は
「あーもしもし、はいはい。すいませんね。連絡くれってFAXにあるのに電話できませんで…」
社長のスマホにかき消された。それからしばらく社長はお客さんに何かの説明をしながら頭を下げ、俺の方を見ながら、ごめんごめんと拝んでいた。
俺は大丈夫ですよと小声で言いながら、あの猫の心配をしていた。
昨日は中々電話が終わらず、明日11時に来てくれたらありがたいと言うメモ帳を渡され、ペコリと挨拶をして帰ってきた。そして今、遅い朝食を食べながら昨夜佐々木に出したメールの返信を待っている。昨日帰ってきてから、何度か電話をしたのだが、佐々木は全然出てくれず仕方ないから箇条書きでメールをした。
「お店に行っても庄司さんがいなかったよ。社長に合うことができたから良いけど、ちょっと聞きたいことがあるから手が空いたら電話して。」
もちろん聞きたいのはあの猫の話だ。キツネにつままれた?猫に噛まれた?なんだ、俺は佐々木か?偶然にしてもだ…人間がすることを近くで見て同じようにできるものなのだろうか?うちは昔おばあちゃんがポメラニアンを飼っていたけど、いつも目が合うと威嚇されたり、おばあちゃんの部屋の前を通ると、いきなり出てきてアキレス腱を噛まれたりと、いい思い出はない。だからと言っておバカさんでもなく、一通りの芸はできていたなぁ?ご飯やおやつの時はお手と言っても噛みつかなかったし。今思えば犬は家族のランク付けをするって聞いたことあるから、俺が一番下だったんだろうな。いや、うちの犬の話はどうでもいい。いまは佐々木の返信が無いことが気になる。豆にスマホをチェックするアイツがなぜ一晩経っても連絡がないのか?電話できないにしろメールの返信くらいはできるだろう?まさか、おばあさんに何かあったのか…テーブルの上のロールパンをくわえたまま、スマホと睨めっこしている俺を妹が横から覗き込んだ。「兄上、なんかあったの?瞬きしてないよ。」パチパチと瞬きをしてきた。
「あぁ、ちょっとね。あれ、今日は部活行かないの?なんだっけ?盆栽部。」
「わざとでしょ?園芸部。今日は私は水やり当番じゃありませーん。」
「当番じゃなくっても行ってるじゃん。何育ててんの?」
「えっ、花壇のお花とかだよ。」あからさまに目をそらした。
「ふーん。それを利用して野菜とか育ててたりして?」
「えっ!んなわけないじゃん!」あやしい。
「野菜育てたからって怒られないだろ?えっまさか法に触れるような…」
「なわけないでしょ!キャベツだよ、キャベツ!」
「えっ、お前校庭でキャベツ育ててんの⁉」
「花壇のはしっこでね!なによ!ただの実験よ。花壇でキャベツが育つかっていう…」
小学生の時も花壇を使って内緒でニンジンを育てていたが、こいつは成長していないのか?
「大きなキャベツがなると良いな!俺はお前の見方だよ。あれ?そう言えば母さんは?」
「カルチャースクールのボランティアとかで駅前の清掃に行ってる。あっ、そうだ。お母さんが兄上にお弁当作ってたって言ってた。野菜室に入っているからね。」
「カルチャースクール…何それ?」
「商店街の真ん中に生涯学習センターがあるでしょ?そこで色々な教室があって、今お母さん油絵だかアクリルだかの教室に通ってんの」
「へぇ。母さんって絵心あるんだ?」
「見る。母さんの書いたポストカード?」
「えっ?あんの?」
ガサガサと茶箪笥の引き出しを漁るとスッとテーブルに置いた。
「こっ、これは…ピカソ?」様々な奇抜な色が禍々しく渦をなす、大スペクタクルな絵だ!
「……はい。観覧おしまい。さっ、観てないことにしてね。意見もなしね。」妹は何もなかったかのような涼しい顔をしながら絵をもとの場所にそっとしまった。数秒、俺たちは無言になったのは他でもない。
「………あいつ。連絡くらいよこせよ」ボソッと出た。
「佐々木君の連絡待ってたんだ?佐々木君どこ行ったんだっけ?」
「あぁ………」そう言えば聞いてない!田舎のばあちゃんしかわからない!
「知らないんだ…兄上っていつもどっか…抜けてるよね。私、友達と図書館で勉強するんで出るね」
リュックを肩にかけると玄関へ向かった。
「あっ、ちょっ、あのさ、猫ってパソコン使える?」
「あれ?兄上、まだ、寝ぼけてる?熱でもあるんじゃない?行ってきまーす。」バタン!
「そりゃそうだよな…」独り言をいいながら玄関の鍵を閉めキッチンへ戻った。
冷蔵庫の野菜室を開けると、可愛いナプキンでごっつい弁当箱がリボン結びされてあった。
きっと弁当は母さんで。この嫌がらせみたいなのは妹だろうな…バイトのお金が入ったらみんなにケーキでも買おうかな………あれ?時給っていくらだ?またもや、妹の抜けてるって言葉が聞こえてきそうだった。
バイト一日目
さて今日もカンカン照りの太陽の下。少しヒヤッとする小道に俺は立っている。
今日は余裕で通って来れたが、ここに来る途中、必ず目の前を通る生涯学習センターを見つめ、複雑な気持ちで母の笑顔が浮かんだ言うまでもない。母の作ってくれた弁当はそばに置いてあった手提げバックの中に入れて持ってきた。玄関サッシは全開で中から社長の声が聞こえてきた。
「おはようございます。」大きな声で言いながらダンボール通路を抜けると、封の開いたと大小様々なダンボールが無造作に散乱しており、足の踏み場もないところで社長は通話をしていた。片手をあげてオィースっとジェスチャしつつ、何だか引きつった顔で愛想笑いをしていた。もしや昨日の続きの方ではと、不安がよぎったが、通話が終わるのを待っているわけにはいかないので、とりあえず散らばったクッション材と大量に開けられたダンボールを畳むことにした。おかげさまでカッターがある場所を知っているので淡々と作業ができる…できるが狭い、狭すぎる!こんな大きなダンボールをここで重ねて、ひとまとめにするには無理がある。ダンボールは後回しにして、棚にあった45リットルのごみ袋に、大量に散らばったクッション材を入れていくことにした。いままでクッション材なんて特に何とも思っていなかったが、こんなに色んな種類があり、確かにクッションと言われるほど衝撃など吸収してくれそうだ……そして思いのほか、か、かさばる……。シートタイプ、プチプチタイプ、発泡スチロールタイプ、一番厄介な正方形の空気の入った小袋タイプ。この小袋の為に45リットルがすぐいっぱいになってしまう。ごみって片付けるだけで大変なんだな…しみじみと一種類ずつ分別することにした。重ねて丸めて袋に入れられそうなのは入口に積んで、発泡はどうにもならないんでそのままゴミ袋へ、小袋タイプはカッターで傷付け一旦新しいごみ袋に入れて、かさの様子を見よう!ところで社長はと奥を見ると値上がりがどうのこうのと話している。商談か何かが拗れている感じが伝わってくる。俺は作業に戻り、つるっと手から逃げてく小袋に苦戦しながら串刺しに傷を入れあっという間に小袋は片付いた。じゃシートタイプをと入口に目をやると、きれいに積んだ筈がバラバラに倒れている。「あーぁ」玄関が前回なのを忘れていた。風で倒れちゃったんだな。畳んだダンボールを出す手前いま玄関は閉められない。もう一度シートタイプを重ねることにした。「ん?」明らかにプチプチが足りない。うちの家族はストレス解消にプチプチしたりするうち、これをイクラちゃんと呼ぶようになった。俺は逆にプチプチするのはストレスが溜まるので雑巾を絞る様にブギブギブギっと音をさせて捨てるが、プチプチと呼んでいる。
「あれ?すごいきれいになったね。昨日はすまなかったね。」俺の上から社長が顔を出した。「おはようございます。今日から三日間宜しくお願いします。」お手本になるようなおじぎをした。
「あぁ、かたっ苦しいのは辞めてよ。こちらこそよろしくね。ごめん、散らかしちゃって。お客さんとこの商品がどっかにいっちゃって探すのが大変でさ。苦情の電話が着てたんだよ。」
それで何度も同じこと言っていてのか…
「あいつが商品を管理してんだけどさ、電話しても留守電になっちゃって。連絡も来ないし参っちゃってね…ははっ」
困った困ったとすぐそばのパソコンの画面をチェックした。
「社長、今日は配達には行かないんですか?」
「ん。行かなきゃなんだけどね…アイツが来ないと井上君一人になっちゃうでしょ?」
「あっ僕なら大丈夫です。弁当も持ってきたし。ごみを片付けたり電話がかかってきたら要件をメモしておきます。」あれ、うそ、何言ってんの俺、全然大丈夫じゃないです。超緊張してます。
「そうかい?頼もしいね。今日はそんなに配達量はないからね。なるべく早く戻って来れると思うよ。そこの電話の短縮一番が僕の携帯だから何かあったら電話してね。」
社長の横に積み上げてるダンボールを四箱ひょいと持ち上げると俺の方に持ってきた
「手伝ってもらっていいかな?これを入口の台車に乗せてほしいんだけど、台車畳んで隙間に押し込んであるから。」
「はい」速足で入口に付近を見ると端のダンボールと壁に間に青い台車が立てかけてあった。
「これだ。ん?」その奥の方にプチプチが一枚挟まっている。ここまで風に飛ばされたのか?てことは、この前の通りにもいっぱい落ちてるんじゃ?焦って小道に出てみた。
「おーい在ったかい?」社長が事務所からひょこっと顔をだけ出した。
「ありました。今広げますね。」取ってを持って足で台車を広げた。
社長は中から二箱持ってきて俺に渡すとまた中に入ってと何度か繰り返した。
「狭いからさぁ一遍に行けないのよ…しかもこの玉砂利道でしょ台車も中々進まなくって…」
「これは全部商品なんですか?」
「あぁ商品でもあるし、在庫置き場でもある。」
「ダンボールの整理したら。何したらいいですか?」
「そうだな。僕の座っていたところに在庫伝票があるから、ここの上の箱の中に同じものがあるか探してくれないか?あれば良いなってな感じだから。」
「分かりました。気を付けて行ってきてくださいね。」
「ありがとう。じゃ行ってくね。」ガタガタとおさまりの悪い道を
「あっ、わっ、わっと」平らな道に出るまで背中を見送った。
さっダンボールの纏めてしまおう。そう思い一旦砂利道に全部出して、梱包紐で縛ったら狭いけど廊下に置いておこう。頭の中で段取りを立てて事務所の中に入った。
あれ、事務所の入口に重ねたシートタイプがまた崩れている。社長が持っている荷物で足元のクッション材が見えなかったんだな。怪我しなくて良かった。俺は急いでシートを拾い集めまとめるための紐を探した。複合機の下のラックにガムテープやコピー用紙が置いているのが見える、しゃがんで覗いてみると麻でできた紐玉があった。ああこれこれと手を伸ばし立ち上がると複合機の上にこないだの猫が座っていた。からだにS字発泡スチロールをいっぱいつけて。
「うわっ。びっくりするでしょ?なに、そんなにいっぱい体中に付けちゃって…」あっ、嫌な予感。ゆっくりゴミ袋の方を見ると溢れかえった発泡スチロールが散らばっていた。
「……ダメでしょ!ゴミ袋で遊んじゃ!」散らかされて怒るよりも、内心、あぁやっぱり普通の猫だった。俺、やっぱり熱中症だったんだ。別に誰も知りえない状況があっても、暑さからの疲労とかで片が付いて本当に良かった❘とホッとしていた。
猫は不機嫌な顔をして、静電気で付いたであろう発泡スチロールを、払っては前足に付き、払っては背中に付きと相当イライラしている様子だ。
「ほら取ってあげるからじっとして。」猫の背中に付いた5個ほどの発泡スチロールを取った。
「もうゴミにダイブしちゃダメだよ」ごみ袋の口を縛ると、入口に置いた大きいダンボールを折りたたむために小道へ出た。体重をかけたり重ねたりしていると、どこからか視線を感じた。「えっ」最初は猫が付いてきて積み上げられた荷の上から見ているのかと思った。ダンボールをくくりながら入口を見ると、そこにないもいない。だが視線が向けられている感じはやむことが無い
「……」ゆっくりと隣の壊れそうな木戸に目線をやると、中から音がした………やめてぇ…昼間だけど、ここ涼しいからメチャクチャ怖くなっちゃうでしょうが……緊張しまくっていると、ピロピローンと尻ポケットに入れてたスマホが鳴った。「うわっ。」驚いた弾みでバランスを崩し尻もちをつき、木戸と平行に体が倒れた。壊れた木戸の奥の散らばった床から何かがこっちを見つめている。同時に上の方からピシッと音がし、一瞬、何か?赤い二つの光が見えたが、シュっと居なくなった。「ひぃぃいいいい」急いでダンボールを持つと店の中に入りサッシをしっかりと閉めた。なんだあれは?目?大っきくなぃ?…ひと?しかも目が赤かった。ヤバい、ヤバいぞ‼俺はそう言うの…まったくのアレだ!いまここにいるのだって正直怖くなってしまった。妹も母さんも夏の会談特集とかリビングで見ながらゲラゲラ笑っているけど、俺と父さんは見たくないものだからオセロとかして胡麻化している。あっ、もしかしてあの猫?ダンボールを置き、奥へ向かうとカシャカシャと発泡スチロールの入ったごみ袋で遊んでいる。
「あぁこらこら穴が開いちゃうだろ?」ってことはこいつじゃ無いんだ…何だったんだろう?ゴミ袋を複合機の横に置くと制服のズボンに土がついていた。転んじゃったから肘にも軽くついている。あっそう言えばあのだらしないメール音!急いでスマホを取り出した。
佐々木からだ。電話しろって言ったのにメールって何があったんだ?メールを開いてみると添付された写真と長文があった。「連絡するって言ったのに、できなくってごめん。こっち思った以上に田舎だったw。携帯の電波はあるんだけど使えないみたい。婆ちゃん家のは東京に電話すると高くなっちゃうから使えないしで…ごめんな。今、市内の病院へ婆ちゃんと来たら電話使えそうだったから急いでメールしてる。メール見たよ。庄司さん居ないなんて珍しいな。お前なら大丈夫だよ。聞きたいことって何だった?一応メールしといてくれよ。どっかのタイミングで見れるかも。じゃ。」
添付されている写真には燦燦とした大きな畑でトウモロコシを持ってまぶしくって目を細くした麦わら帽子の佐々木だった。電波問題ですか…まっ、でも、何にもなくて良かった。て言うかなんだ?この充実した笑顔は?こっちはビビりながらゴミ片付けてるのに……あれ?この写真の奥に鎌を持ったおじさんが走ってきている様に見えてるのは……これ、本当にお前んちのトウモロコシなのか⁉まっ良いかっとスマホをしまいズボンに付いた土を払った。ところでこの猫なんだが、発泡スチロール入っていたゴミ袋が寄りかけてあったデスクを上がったり下がったりしている。このデスクからダイブするのが好きなのだろうか?上がっては壁に頭を擦り付け、降りては、壁との間を「ぐるぅ~ニャん」と鳴いて前足でチョンチョンと机を叩く。「なんだ?そこにおやつでもあるのか?」あっ時計を見れば確かにもう昼だ。こいつもお腹が空いたんだろう「そこにご飯が入っているのか?」デスクの引き出しはカギが閉まっていて開かない…こういうカギは一番上の引き出しに…こっちも鍵がかかっている…これじゃどうにもならないな。それでも猫は辞めずに「ぐるぅ~ニャん」と小さな手で机を叩く。「ん~ドライバーとかで開くタイプだったら良いんだけどね」俺はしゃがんで鍵穴を見てみた。「ん?」壁とデスクのギリギリ手が入るか入らないかの隙間に何かが落ちているのが見えた。キーケースじゃない?周りを探して定規で手前に押し出した。黒いおじさんが持ってそうなキーケースが出てきた。開ければ鍵が三本ぶら下がっていて、二つは普通の家の鍵、あとの一つは小さな……きっとこの引き出しの鍵だ。ハッっと猫を見ると俺の後ろでお利口に座っていた。「お前わかってて俺に取らせたの?」猫は大きなあくびをして後ろ足で頭を掻いた。「……」猫の気にしていた一番下の引き出しを開けると、猫は俺より先に中を伺った。引き出しの中には中国語で書かれた箱や、なんか豪華な箱などが入っていた。「残念。お前のご飯じゃなかったね。」猫の頭をなでると、社長のデスクにテンポよく飛び乗り書類の上に座った。「在庫伝票。まさか?この引き出しの中のやつ?」猫はスタっと地面に降りると俺の手提げ袋に顔を入れ「ぐるぅ~ニャん」と鳴いた。「そうだな昼だしな」おれは弁当を開けると猫の庄司さんと鮭弁をシェアして食べた。
「ところで先輩。この番号ばっかの伝票もらっても、流石に今日来た新人にはわからないと思いませんか?」猫の庄司さんはお客様用湯のみ茶碗でお水を頂いている。「引き出しの商品にはナンバー付いてないし、この伝票は商品名書かれてないし…お手上げなんですけど。」わかっている。俺が話しかけているのは猫の庄司さんだ。いや、猫だ。いくら多重なる偶然が続いても、人間の泣き言なんかに耳を傾ける?耳を立てる?ことなんかはある訳ないのだ。猫は毛繕いをはじめ大きくあくびをして、のび~っと長くなった。良いな猫って見てるだけで癒されるな…頭をなでると、避けるように入口横のデスクに飛び乗り、ドンとキーボードの上に横になった。「あっカッターが…」慌てて先輩の側へ行くとパソコンに発注確認書・在庫管理の画面になっていた。どうやってキーボードに身体を当てると、この画面が開くのは謎だが、マウスに片足を乗せている余裕のその姿は神々しいです。本当にそのマウスがネズミに見えてきます。いや、そんなことよりこの番号をどこに打てばいいんだ?空欄のどこで検索をかけるのか、サッパリわからない。「さすがに先輩でもシステムまではわからないだろう?」きょっとんと可愛らしい顔してクンクンと小さな鼻を動かすと在庫の通路へ走った。「先輩。どうしたの?」追いかけようと椅子から立つとサッシの開いた音がした。
「ただいまぁ。ホント~今日は道が空いてて早く帰れたよ~」社長は嬉しそうに買い物袋をデスクに置くと「ごはん食べた?美味しいって人気のパン屋でいっぱい美味しそうなの買ってきたから食べないかい?」と後ろを振り返ると一点を見つめ開きっぱなしの引き出しへ小走りで近寄った。
「えっ、これどうやって開けたの?」猫がここ掘れニャンニャン教えてくれましたとは言えない。
「壁と机の隙間にキーケースが落ちてて、もしかしたらと思って勝手に開けてしまいました。すいません」まるで盗人のような行動を不審がられるとおもいきや「お手柄だよ井上君!これこれ‼」
と言うと高級そうなパッケージの箱を引き出しから持ち上げた。「井上君はツバメの巣って聞いたことあるかな?」
「あぁ、聞いたことなら」
「高級食材でね。乾物かと言われると微妙な位置付けなんだけど、たまに取引があるんだ。白・赤・金とあってね。これは金色で、その中でもかなりの値段のものなんだ。こないだ届いたばかりなんだけど…どうしようかと思っていたんだ。良かったよぉ~」社長は俺に走り寄りクロワッサンを渡すとハグをした。
「新進気鋭のて言うの?フレンチのシェフがコレをご所望で、知り合いの、また知り合い流れで面倒な案件だったんだ。断るのも辛いし、受けるのは倍辛いみたいな?それで物はあるのに庄司いないでしょ?いやーホント良かった。あと一日遅いと色んな信用消えてたよ。」
「でも、僕、勝手に開けてしまって。」
「いや、えっ、なんで?謝らないでよ。あっちこっち探してくれたんでしょ?通路のダンボール上の方全部開いてたし。しかも。そこ、一番怪しいでしょ?鍵掛かってんだから」
通路のダンボール?開けてないぞ?
「とりあえずお客さんに電話しなきゃ。パンでも食べて休憩してて」所長はルンルンで鼻歌を歌いながら自身のデスクへ戻った。俺は通路へ出て上を見上げた。確かにゴミ袋が乗っているやつ以外ぜんぶ開けられた形跡がある。いくらなんでも、先輩が爪でダンボールを開けるなんて事はできないだろう…あの猫の事、隣の廃墟の事、少し社長に聞いておかないといけないかも知れないな。
もらったクロワッサンを食べながら社長が電話を終えるのを待った。
バイト二日目
今日もいい天気だ空は快晴。玉砂利の小道は今日もヒヤッとする。昨日は電話の後、社長はツバメの巣を届けに行くことになりバイトは早上がりとなった。無論、猫の事も、俺が今見ないようにしている廃墟の事も聞いていない。俺は隣の廃墟の入り口に視線を取られないように、がんばってサッシだけを開けた。事務所の奥の方からガタガタ音を立てながら社長が「これと、これと、これがイズミヤさんので…」と言いながらパタパタと走っているのが聞こえた。
「おはようございます。」
「あっ来た来た来た!待ってたんだよ~」
「どうしたんですか?」
「あのね、うちの奥さんの陣痛が産まれそうなんだよ~」落ち着きなく足踏みをした。
「あの、社長?落ち着いてください」社長は深呼吸をすると逸る気持ちを落ち着けた。
「あっ、うん、うん、ごめんね。いま、病院から電話があってね。軽いけど陣痛が始まったらしくて、このままなら今日産まれそうなんだ!うちの赤ちゃん!」
「良かったじゃないですか!社長は奥さんの側に居てあげないで良いんですか?」
「そっ、そうなの。今日は配達はないんだけど、配送準備はあるんだ。ここにリストがあるんだけど午後一でヤマネコサービスが取りに来ちゃうんだよ。」
「あっ」こないだ先輩がペイって散らばした書類と一緒だ。
「ん?このヤマネコ専用のダンボールがそこにあるんだけど、これを組み立てて、このリストの商品をここに入れてガムテープで封するだけ。…できるかな?」
「もちろん出来ますよ」どこに何があるのかも知らないくせに張ったりだけは一人前だ…
「ホント井上君は頼もしいな!」あー期待されちゃったぁ~
「大体の商品は通路にあって、大袋とかの商品はここの引き戸をあけると…」
「えっ引き戸?」
社長のデスクの横の壁に掛けてあるサイケな柄のタペストリーを手繰るとガラス製の引き戸があり、開けるとそこにはショーケースと大きなダンボールが置かれていた。
「うわ、お店だったんですか?」
「昔はね。商店街の側はシャッターを閉めたままでいるからわからないだろうけど。今は祭りの時以外は、大きいもの専門の倉庫にしてる。秘密基地みたいで面白いだろ?」
ふふんっと得意げになったが、ふと我に返って
「じゃない!えっと、、ここに大袋の商品があるから、こっから取ってね。あと宛名印刷はここのプリンターで……」まるで早送りの映画みたいにダダ―ッと説明したら、あのキーケースを俺にわたして「じゃ後は宜しく!切りのいいとこで上がってね」と速足で店を後にした。
これはお店のカギだったんだ。リストを確認すると目が出た!
「16件!午後一って言ってたよね⁉ヤバっ!」ありがたいことにリストは商品名が書いてあるから昨日の品番のみとかじゃなくって良かった。俺は専用ダンボールを作ることにした。特大・大・中・小・紙袋とある…しまった。商品名だけじゃ箱の大きさがわからない…ぁぁぁもちろん出来ますよってどっから出る自信???ほんと適当すぎやしない?いい人に見られたい褒められたい意識が高すぎてこんな風になっちゃったりして………あいつ、店番はスキル入らないって言ってたよな!メチャクチャ色々あるじゃないか⁉指導者は突然居ないし!飼い猫の世話をさせられるし、隣の廃墟は怖いし!そう言えば昨夜送ったメールあいつ見てくれたんだろうか?持ってきたリュックの中からスマホを出した。どうやら移動中にメールが来ていたみたいだ開けば短い文章とまたしても写真が添付されている。「ん?先輩は庄司さんだけど?チュールって人間も食えるの?お前ちゃんと水分摂って、飯食って、早く寝ろよ!」と言う文章と、昨日の写真の後ろに写ってた鎌おやじと一緒に畑を耕してる…いや、耕させられている写真が付いていた。「……畑泥棒。罰受ける。って感じだろうか?」それにしても何だ?このアンサーは?あいつちゃんと文章呼んだんだろうか?
カシャカシャカシャとサッシを引っ搔く音がする。急いでサッシへ迎えば気配に気づいたのか
「ニャァ~ん」と鳴いた。そっと戸を引くとするっと先輩は入ってきて俺の足に頭をこすった。「おはよう」その言葉に猫も「ニャァ~ん」と答える。よく見れば細い首輪が付けられている。やっぱりここの飼い猫なんだな。じゃ無ければどこに何が入っているとか、わかるわけないよな?俺は猫を踏まないように通路にある商品を上から降ろした。「えっと、一本釣り粗削り10パック入り…あっこれね。えっと、それが、ええっと…」16件もあるから何個勘定がさっぱり追いつかない。このリストに載っている同じ商品を事務所に運んで個別に分けて行くしかないようだ。じゃ、この商品を2箱、あの商品を3箱、これをそれをと運んで事務所は大変な数のダンボールで敷き詰められた。しまった専用ダンボールが置けない…頭を働かせようとしたが容量が悪い。一番上から順番に作ることにした。4つこれは中くらいの箱、これも中くらいの箱かな?これは…商品が4つ以上特大商品がとかなるとサッパリわからない…あああああと苦しむ俺の足元で猫がじっと俺を見ていた。「なに?今は遊んであげられないよ…」と声をかけると猫は下を向いたかと思うとフンと靴紐をほどいた!「えっ、ちょっと何するの!」咄嗟に結ぼうとしゃがむと、もう片っぽもスンと解かれた。「こら。」俺はまたしても尻もちをついた。猫は座った俺を振り返りながらガラス戸の方へ走って行った。「あっ、ダメだってそっちは危ないから」急いで靴紐を縛りダンボールで転びそうになりながら、店の方へ行くと猫は大袋のかつおぶしの入ったダンボールを、とち狂ったように叩きまくっていた。「こらこら、やめなさい。お前の爪で中の商品に穴が開いたらどうするの?」かつお節になんか恨みでもあるのか?あっそっか、この大袋の商品を先に用意して、そこに足していけば完成するんだ……俺は大きな箱の上にチョコンと座っている、このラムネ色の目をじーっと見つめ合った。なんだかゆっくり逸らしたような気がしたが、相変わらず違う箱をとち狂ったように叩き続けていた。
先輩のおかげで商品の仕分けと梱包も終わり、住所ラベルをすべて貼り終えると13時近くになった。
ところでこの箱たちをどうやって玄関まで持って行こう…特に特大の箱はバンザイしてもあの通路を通ることはできない。参った。そんなことも考えずに梱包した自分を呪う…リュックから水の入った水筒を出して湯のみ茶碗に入れると二人で一息ついた。
「毎度~さのやでぇ~す。いつもの取りにきましたぁ~」なんか来た。俺と猫は目を合わせた。
玄関を見ると和装のようなカッコのお兄さんが立っていた。
「ちわっす。あれ?新しいバイト君?毎度。社長さんは?」なんかチャラいな。
「社長は奥さんの病院へ行っていて居ませんが。」
「あっそっか、言ってた言ってた、入院したって。じゃいつもの用意してある?」
何?いつものって?全然聞いてないよ?
「あれ?昨日電話で話しておいたんだけど…忘れちゃったのかな?」
「どうでしょうか?電話して聞きますか?」
「いや、大丈夫。きっと用意してあるから持ってきてよ。」
「えっ今ですか?」
「当たり前でしょ?あれないと仕事できないから!鯖節二袋!」
なんだ?鯖節って?かつお節の親戚?かつお節みたいに鯖一本をシュシュって削ぐの?
「早くお願いね。」そう言うとチャラいのお客様はスマホでゲームを始めた。
事務所の手前のデスクに座ると鯖節と検索に入れた。出た…三種類…えっ、どれ?どこ?
猫は通路に出ていき、すぐに事務所に戻った。パソコンで商品の検索とパッケージを見ていると猫は勢いよくデスクに飛び乗り、俺の顔を除いた。「なに?先輩。お腹空いた?いま、鯖節探してるからご飯はもうちょっと待ってね。」マウスを握る俺の手に瞬足の猫パンチ三連打を浴びせた。「いっ、たくない?」穴が空きそうなくらい早さだったが…「ニャァ~ん」とこっちを見ながらガラス戸の方へ走った。またとち狂ったようにダンボールを叩くのか?猫の後を付いていくと、やっぱり猫パンチ乱れ打ちをダンボールにしていた。ただ、さっきの大きなダンボールではなく中くらいの大きさの箱を叩きまくっている。「こらこら、やめなさいって」猫を抱き寄せ箱を見ると金華さば厚削りと書いてある。「お前って本当に…」先輩を肩に背負い鯖節を二袋持って行くとチャラいお客様は「あーそれそれ。なんだぁ~わかってんじゃん~」と言って買い出し籠の中に入れて帰って行った。デスクに戻って「はぁ…」とため息をついたらまたサッシが開いた。
「お世話になっております。ヤマネコサービスでーす。」
「あっ来た。」しまった一番でかいヤツ出すこと考えてなかった……よっコラショと立ち上がると俺より先に先輩が出迎えていた。「おっお疲れ様です。今日も仕事ですか?働き者ですね。」と玄関から聞こえる。急いで玄関へ向かうと、顔を洗う猫と、それに笑顔で話しかけるヤマネコサービスさんの奇妙なツーショットがあった。「お疲れ様です。いま荷物持って来るんで、少し待ってもらえますか?」「あれ今日は大口の日でしたよね?大丈夫ですか?ここで?」
ん?何を言っているんだ?確かに特大・大・中と様々なサイズがあり16件と言う個数ですよ。猫は顔を洗い終えると「ぐるぅ~ニャん」と鳴いて事務所の中に走った。ヤマネコサービスさんはそれを見て「あ、はい了解です。」と言ってサッシを閉めた。「???えっなに?」瞬きをどれくらいしたかわからないけど、第三者が見たら、かなりの鬱陶しい顔をしていたと思う。足元に違和感を感じ見てみると、すごい勢いでスニーカーに猫パンチを繰り出している。「なになに、何なの?」ちょっと怒っているみたいでシャーァと2回ほど威嚇された。猫は三歩歩くと振り返って、付いてきてるか確認するとまたガラス戸の方へ入って行った。あぁなるほど。商店街側のシャッターを開けて、そこからあの大きな荷物を出すのか…急いで追いかけると猫は自動ボタンの前に座っていた。
「これを押すとシャッターが開くの?」猫は俺が来るとシャッターの方を向いた。
ボタンを押すキーキーと少し軋む音をしながら、ゆっくりとシャッターが上がっている。シャッターの前に台車と男の人の足が見えた。俺は一番大きな荷物を取りに事務所へ入った。
バイト三日目
あぁ今日で最後だ!空も俺と同じように晴れわたっている。店番は簡単だと言ってた畑泥棒の刑罰は10年以下の懲役または50万以下の罰金と書いてあったなぁ……畑を耕すだけで許してくれた鎌おやじに感謝した方が良い!あと俺にもね。昨日はヤマネコサービスさんに手伝ってもらって荷物を積んでいるうちに先輩はどっかに遊びに出かけてしまい、三時まで待ったが帰って来なかった。
今日も玉砂利の道は涼しい。そう言えば奥にお稲荷様が祭られていたっけ。神様のいる所は涼しいからここもそうなのだろうか?いや、待て。隣の廃墟はどう考えても幽霊スポットだ!神様効力ではなく幽霊効果なのではないだろうか?さっ今日もそっちを見ないで店に入ろう。サッシに鍵を入れようとすると、もう開いているようだった。
「おはようございます。」シーンと静まり返った事務所を覗くとデスクにかじりつく社長がいた。「社長。おはようございます。」
びっくりしたようで椅子から少し飛び跳ねた。
「おはよう。昨日はありがとうね!さのやの鯖節伝えるの忘れちゃったねぇ~電話かかってきたよ若旦那から。よくわかったね?どこに置いてたっけ?あれイレギュラーな商品でさ、それでも使ってみたいって言われたから取ったヤツなんだけどさ、届いたら小さくってびっくりしたよ!」
ハハハと楽しそうに笑った後
「あっ違う違う!無事産まれたんだよぉ~男の子!」
「おめでとうございます!男の子か楽しみですね。」
「今ねっ!一生懸命名前考えてたのょ~」
「そうですよね…名前かぁ…悩みまくりですね?」
「ホント‼良いなって思ったら画数悪いとかさ!もう悩みまくりだよ‼」
「幸せな痛みですね」
「おっ以外ポエマーだね」
「あは。ところで今日は配達は行かなくっても良いんですか?」
「昨日、今日は元々配達がなくって配送のみなんだ。だからバイト君を頼んで、ゆっくり休みを取ろうって考えだったんだけど、あいつ、どっか行っちゃったもんだから…電話にも出ないし家にもいないんだ。」猫の庄司さんは毎日来てますけどね。
「心配ですね。」
「あぁ。ちょっとね、昔からぽっちゃとしてるくせに虚弱でね。熱出したりしやすくってね。すぐ寝込むんだよ。メンタルも弱いし、学生時代ダブりそうになったこともあったんだ」
佐々木め!引きこもりじゃなくって虚弱体質じゃないか!
「社長。僕、三日って佐々木から聞いているんですが、あいつ明日から出て来るんですか?」
「明後日じゃないかな?佐々木君のお母さんがね、仕事場に休みを出しているらしくて、入れ違いで帰ってくるみたいだよ」
「そうですか。アイツも連絡取れなくって。電波状態良くないみたいで」
「あー、んん。色々あった場所だから…電波基地が少ないのかもね」
「そうだったんですか。僕、田舎がどこなのかも知らないくって。」
「あるよね。そう言う事。大丈夫。俺も知らないことだらけ」知らないという言葉で、ふと思い出した。
「あの…社長。ちょっと聞きたいことが…あるんですが……良いですか?」
「ん?なに、なに?改まって?」
「ちょっと気になっちゃって…つまらないことなんですけど…隣の廃墟は誰かいるんですか?」
「えっ?ん~~あれに誰か住んでるように見える?」
「いや、見えないんですけど。俺、あっ、僕。見たんですよ」
「なに?やだな、俺で良いよ!っで、……何を見たの?」
「ダンボールを縛っている時バランス崩して倒れちゃって、その時、壊れた木戸の奥に目を見たんです。少なくても二人分地べたと上の方に…」
「えぇ~またぁ~。俺は長いこと、ここで育ってきて二代目で商売やっているけど、お化けの類は見たことないなぁ~それってさぁ猫じゃあ」俺は社長の言葉を遮るように
「それも!聞きたかったんです。ここって猫を」社長がゆっくり俺の言葉を遮って
「今、君の隣に座っている猫?」
「えっ?」横を見ると先輩が背を伸ばしてきれいに座っている。
「うん。あのさ、最初に君が来た時、なんか猫の影を見たような気がしたんだ」
「えっ社長の猫じゃないんですか?」
「えっ?何言って、君の猫じゃないの?」
俺と社長は「えっ?」言ったまま猫に視線を向けた。
プルルルル会社の電話が鳴った。
社長は猫を見たまま受話器を取った。
「はい、もしもし菅原商店です。………あっ!お前どこで何してんだ!うん。この馬鹿!どこの病院だ。ん、引き出し、うん、分かった、今行く。」どうやら本物の庄司さんのようだ。
「あいつ、あの日、熱中症で倒れたらしくて救急車で運ばれて二日間寝たっきりだったらしい。デスクに財布が入っているから持ってきてくれって…」
「あっ、あの!沢山の野次馬!」庄司さんを乗せた救急車だったんだ、、、
「あいつ……財布…引き出しって、あれ、鍵が…」社長にキーケースを渡した。
小さな鍵で開けるとそこには
「…これって」
猫まっしぐらなカリカリとか、チュールなど猫用のおやつなどが沢山入っていた。
「あぁ、だから庄司さんって言うと」
「ニャァ~ん」猫の庄司さんは鳴いた。本当に庄司さんだったんだ。
「何言っての井上君?あいつ~、店で猫飼ってたのか~かつぶしとかあんのにぃ~」
「あぁ、部外者の俺が言うのもなんですが、この猫は優秀です。仕事を教えてくれたり、俺を助けてくれたのは、この猫の庄司さんです。」社長は、しばし俺を見て眉垂らして
「……井上君。ちゃんと水分は摂らないとアイツみたいに倒れちゃうよ?とりあえずアイツを病院に引き取りに行ってくるから、それまで店番宜しくね。」社長はずっと「まったくアイツめ!」とブツブツ言いながら自分のバックに庄司さんの財布を入れると小走りで出て行った。
「熱中症じゃないんだけどな…」俺は先輩を膝に乗せて自分のリュックからチュールを出した。「先輩。三日間ありがとうございました。」チュールを開けると嬉しそうに食べている。あぁ猫だ。かなりの番猫だし、人間と(ヤマネコサービスさん)だって話ができる。どう言う飼い方をしたら、こんな猫になるのだろうか?おばあちゃんも猫を飼ってくれれば良かったのに。アキレス腱を噛んでくる犬より、靴紐解いてくる猫の方がよっぽど可愛いよ。
あれ?佐々木の言ってた先輩も靴紐解くっていってたよな?手をぺちるとも…飼い主の庄司さんにそれも教わったのかな?それも凄いな。
ピピピ、ピピピ、ピピと母さんの着信音が鳴った。
「バイト中ごめんね。いまね、佐々木君からすごい沢山の野菜が届いたの‼お礼を言ってくれない?それと、ちゃんと届いたこと教えてあげてね。それと、うちに遊びにいらっしゃいって、あと、」きりがない。
「あーーはぃ。連絡しておきまーす」無理やり電話を切った。
お土産っておばあさんの野菜だったんだ……おばあさんの畑のだよな?
少し引っかかったが、バイトが終わってからでもメールしよう。
「ニャァ~ん」よほどチュールは美味しいのか?絞ってももうなかった。
先輩はいきなり耳をピーンと立て玄関へ走るとサッシをガリガリと引っ掻いた。
「だめだめ、引っ掻いちゃダメだよ。」ゆっくりとサッシを開けてあげると凄い勢いで隣に入った。「えっダメだよ!割れたガラスあるから!怪我しちゃうよ」中から「グぅ~ギャウニャグぅ~」と猫パンチ炸裂な声が聞こえてきた。ガラン・ゴン・ガシャンと凄い音が聞こえてくるが全然中が見えない。向かいのおばあさんが出てきて「何かいるのかい?」と聞いてきた。
「えぇ。猫が中に入って行って、なんだか喧嘩しているような音が聞こえるんです。」
「あぁそれは」おばあさんが指を指しながら説明しようとこっちに来ようとした時、
廃墟の木戸から俺の足元を黒い何かが通った。
「ほれ、ネズミだよ」
「いやぁっぁぁぁー」俺の中からなんか変な悲鳴が出てきた。
同じく凄いスピードで先輩が俺の足元を走る!ネズミを追いかける猫!めっちゃ普通‼通りの家の壁にぶつかって祠の裏の方へ抜けって行った。
「あれ、突き当りじゃないんですか?」
おばあさんはケロっと「あんた、ここの人じゃないのかい?あの祠の裏は私道でね。まぁ良い人だから通っても何も言わないのさ。それで、そこを出た先に小さな公園があるんだよ。ここいらの人はそこでだべったりするもんさ。」
「はぁ、そうなんですか。公園が。袋小路だと思ってました。」
「確かにそう見えなくもないね。ところであんた、拝んだかい?お稲荷様」
「いや、拝んでないですね」
「拝んだ方が良いよ。とてもご利益のあるお稲荷様だからね。良いことあるよ。じゃあね。」
そう言うとおばあさんは買い物袋を持って祠の前で手を合わせると裏へと消えていった。
先輩も公園へ行ったのだろうか?
こないだ俺が見た目って言うのはネズミの目っだったのかな?
上にいたのは赤かったけどあれは何だったんだろう?先輩の目はラムネ色だし…
それこそノラ猫とかだったのか?
「井上君何やってるの?」
「あっ社長お帰りなさい。」社長の後ろに色白で、少しモチャットした男性が立っていた。
「ほら、挨拶!」
「初めまして庄司です。迷惑かけちゃってすいません。」
「迷惑だなんて。もうお身体大丈夫なんですか?」
「お恥ずかしいばかりで…ここでダンボールを束ねていたら何だかクラクラしてきて、商店街の自販機で飲み物を買おうとしたまでは覚えているんですけど…」
「まったくお前は!さっ入れ。話がある。井上君も良いかい?」
「あっはい。」
社長はさっさと前を行くと庄司さんのデスクの前にいた。
「お前の引き出しなんだけど…これは何だ?」
「ん~なんでしょう?」
「しらばっくれるなよ?もう、わかってんだからな!」
「ん~。社長?何のことかわからないんですけど?」
「これはなんだ?」チュールを見せてプルプルさせた。
「誰のなんですか?」
「すっとぼけやがって!猫の餌だろう‼」
「いや、知らないですよ。僕、猫アレルギーですし。」
「え⁉」社長と俺の声が重なった。
「えっ庄司さんの猫じゃなかったんですか?」
「僕、猫とか犬とかダメなんですよ。呼吸困難になっちゃうから触れないし…」
「それは…すまなかった。てっきりお前の引き出しに猫の餌が入っているから…」
「それで…猫がどうしたんですか?」
「いや、何でもない。知らないなら良いんだ。すまなかった。」
社長は素直に謝ると自分のデスクに座っておいでおいでと俺を読んだ。
「どう思う」
「えっ、呼吸困難って危ないレベルじゃないですか?」
「じゃ、あの猫の餌は何なんだ?」
「誰でしょう……佐々木とか?」
「えっ?佐々木君?」
「アイツ無類の動物好きなんですよ。でもバイト先にかつお節とかあるのに猫を…あっ」
「なに?あ、って何?」
「あの猫、店の方で大きなダンボールとかを、とち狂ったように叩きまくってたんですよ…かつお節が好きだったら叩いたりするのかなって」
「えっ?どのダンボール?」社長はガラス戸を開けると店に置かれた大きなダンボールの側に行った。「それです」
「ん~傷ひとつ無いないけどね…もしかして?この辺り」
「ああ、そうかもしれません。」
「原因はこれかな?」
「え?」透かし彫り風のエンブレムで兎印と書いてあるが、どう見てもネズミに見える絵である。
「そりゃあ、もう、凄い猫パンチで!」
「ぷっ。俺たち狐につままれた感じだね。」
「そうですね。」なんか平和な空気が流れた。
「まあいいや。ネズミから守ってくれたんだろうってことで気を付けることにするよ。庄司も戻ったことだし。お疲れ様。これ、少ないけどお給料と味付け海苔。ご家族でお召し上がり下さい。」
社長はペコリと頭を下げた。
「わぁ、嬉しです。ありがとうございます。みんなで大切に頂きます。」俺も深々と礼をした。
庄司さんに挨拶をして。サッシを閉めるとお稲荷さんの方を見た。先輩に会えなかったけど、大丈夫かな?怪我してないかな?あっ、そうだ、佐々木にメールしないと…とりあえず家に帰ることにした。
「兄上お帰り~」トウモロコシを食べながら小型犬がお迎えにきた。
「ただいまぁ。こら、座って食べなさい。」
「すっごい甘いよ~佐々木くんちのトウモロコシ」それ、鎌おやじの大事なトウモロコシかも知れません。キッチンへ行くとすごい量の野菜があった。
「なんだこれ?全部送ってきたの?」
「そうよ!だから連絡してって言ったのに~まだ連絡してないの?」
「家帰ってからでいいかなって…はいコレ。社長からお疲れって貰ったんだ。」
「あらぁ~やだ、味付け海苔のセット!嬉しい‼」
「佐々木に連絡する。」
「お願いねぇ」
どうやってこんな量送ってきたんだ?送料だって結構かかったはずだ。
こけしやマリモも違った意味で困るが、お金かけすぎるのも困るよ。
「野菜ありがとう。いつ帰ってくんの?連絡くれろ。」淡白なメールを流した。
三日のバイトが終わり、何だか謎だけ残った。あの猫は一体何だったんだろう?
佐々木なら何か知っているのか?それとも…
ピロピローンと奴のメール音が鳴った。
「お疲れ~。今日の夜にそっちに着くよ。明日の朝連絡する。」この短い文と、車窓と俺って題の写真が送られてきた。ローカルな電車から見えるきれいな畑と全開の鼻の穴の佐々木。
「元気そうで何よりで」
俺は湯気の立つ、佐々木のおばあさんのトウモロコシにかじりついた。
佐々木帰還
ピピピピピッピローン、ピピピピピッピローン、ピピピピピッピローン、奴の着信音が鳴る。
時刻は5時55分。
「はい……って………早くね。」頭が動かない
「おう!まだ寝てんの?」元気過ぎだろう?
「まだ5時台だよ?」
「えっラジオ体操はじまるよ?」
「小学生か!」
「お前も来いよ~いい天気だよ~」
「嫌だ。」
「色白更新中か?シシシッじゃあさ飯食って色々して9時駅前でどう?」
「りょ」
「じゃ、あとでな、バイ!」
ラジオ体操って……スタンプとか押してもらってたりして…含み笑いをして俺は二度寝をした。
…………「あー‼」気が付けば8時45分。久しぶりに深夜までラスボス戦に手こずってたもんだから、うっかり寝すぎてしまった。急いで着替えて駅に向かった。
「おはよう!寝坊助君!」相変わらず元気な佐々木の姿があった。
「おはよ。野菜ありがとうな。母さんめちゃくちゃ喜んでた。うちに遊びに来てって伝えろって。すごい量だったけど…どうした?」
「あぁ、おじさん帰って来たんだよ。会社の上の人がダメだ、そんなの早く帰れって言ってくれて一週間のとこ、二日で帰ってこれたんだ。送料はおじさんが出してくれた。俺の代わりにバイト行ってくれてる友達がいるって言ったら、こんなもので良かったらって、あの量。」
「そうだったんだ。なんだか悪いな。」
「婆ちゃんと叔父さんからの気持ちだから受け取って置いて」
「ありがとう。ってか、あの釜持ったおじさん」
「あぁ、ちょ~ビビったよ!後ろに鎌持った爺さん走ってくるから持ってたトマト投げつけてやったら俺んちのトマト~!って加速して…死ぬかと思った。」…やっぱり
「隣の畑だってわからないで採ってたら畑泥棒と勘違いされたみたいで…すごく怒られた。採ったものはもう戻せないからって」
「で、罪滅ぼしに畑を耕していたわけだ。」
「いや。キャベツ飢えるの手伝ったら許してやるって言われて。キャベツ植えてきた。顔は怖いけど良い人だった。」
「うちにもキャベツ研究家がいるから、今度作り方教えてあげて」佐々木は「?」って顔をした。
「ところで、あのメール?庄司さん何食べる?とかチュールがとか?あれ何だったの?」
「あぁ…」てんぱってんな俺、そんな文送ったっけ?
「いやね。実はさ…てかコーヒーでも飲むか?俺飲めないけど」
「なんじゃそれ」俺たちは駅前の広場の公園のベンチに腰掛けた。
「謎が多くてさ…」俺はこの三日間起こった事を佐々木に話した。
「ん~先輩は入院してたのね?で仕事は庄司さんから…」
「猫の庄司さん」
「えーっと…めんどくさいよ!猫は猫で!」
「庄司さんは入院。お前に仕事教えてくれたのは猫。隣の廃墟には、ねずみと赤い目の何か?そんな感じのことがあったと」
「そ」
「で、謎はその猫と猫の餌と赤い目ってことね」
「そ」
「名探偵佐々木からすれば」
「誰が?名探偵」
「黙って聞け。名探偵佐々木からすれば、こんな謎ちょちょいのちょいですよ!」
名探偵って二回言った…
「名探偵佐々木の見解は?」
「奥さんだな」
「えっ?」
「机の鍵なんて一つしかないわけないだろ?スペアがどっかにあるはず。それを奥さんが持っていたってこと」
「うん。確かに一つってことはないだろう。で奥さんが猫の餌を入れたってこと?」
「それしかないだろ?俺は入れてないし、猫なんて見たことない。」
「そっか。確かに奥さんは入院していて居なかったし、一見、容疑者から外れるよね。」
「何の容疑だよ?猫に餌やるのそんなにいけない事?」
「お前さぁ乾物屋だよ?かつお節とかさぁ猫が喜ぶものいっぱいあるじゃん」
「ん~本人に聞いてみれば?そんなに気になるなら?お見舞いがてら、どう?」
「それは辞めよう。悪いし、お産で疲れているだろうし。」
「じゃ社長に聞いてもらおうよ!おっ、それで決まり!」
佐々木は勝手に決めると「行くよ」と言って信号を渡った。
「ここの中にねぇ?」廃墟の木戸の中をみつめる。
「やめろよ。ネズミの巣になってたらまた出て来るぞ!」
「あれ?ネズミ怖いの?」
「いや、突然飛び出してきたからびっくりしただけだ!ハムスターは平気だ!」
「なんだそれ。」そう言うとサッシを開けた。
「おはようございま~す。」慣れた感じでひょいひょいと狭い通路を進むとニコッと笑った。
「お疲れ様です。先輩、入院してたそうじゃないですか?もう大丈夫なんですか?」
庄司さんは少し引きつった顔で「大丈夫だよ。ちょっと近いって」と言って椅子を引いた。
「あれ社長は?」
「生涯学習センターでやってるバザーに出店中だよ。」パソコンの画面を見ながら言った。
「バザーか…行ってみるか?」佐々木は持っていたカバンからレジ袋に入ったトウモロコシを先輩の机に置いて「お土産っす。チンして食べてね」と言うと下手くそなウインクをして事務所を出た。
生涯学習センターは目と鼻の先で商店街に出ると日曜日と言う事もあってか人が多く出ていた。
廃校の後を再利用しているので校庭があり、商店街の人が出見世などを作って陽気な雰囲気になっている。学習センターのフリマも出ており、手作りの品がいっぱい売られている。
「あっあそこに社長がいる。」奥の方の真ん中に和菓子屋と肉屋に挟まれていた。
「おはようございます。」声をそろえて近寄った。
「おはよ!帰って来たんだ。あれ?手伝いにきたの?」へへっと冗談交じりに言う。
「いいっすよ。トイレ休憩とか必要でしょ?」
「大丈夫だよ。庄司と交代でやることになってるから。」
「大丈夫ですか?庄司さん?今日も暑くなりますよ?」
「あぁ…うん。そうだったね。甘えちゃおうかな?いや、悪いから良いよ」
「それに、奥さんのとこ行かないんですか?赤ちゃんに会いに?」
「あっ、それ!そうそう!昨日ね。あの猫の話奥さんにしたら、どうやら、うちの奥さんが餌付けしていたみたいなんだよ」
佐々木はどうだ!と鼻の穴を広げ俺の方を見た。
「あの餌も試供品を煮干し会社から頂いたらしくて、うっかりうちの商品に入ったらヤバイって言うんで野良猫に毎日あげてたら、なついちゃったみたいよ。置く場所に困って庄司の引き出しが空いてたんで入れちゃったって言ってた。心配かけてごめんねって。一件落着だよ井上君!」
「そうだったんですね。そっか。」俺は微妙な気持ちになった。
「なんだよそんな顔して?解決してよかっただろ?もうスッキリじゃん!」ドンドンと俺の背中を叩く。
「ごめん。悪いんだけどさ、この箱の商品間違えて持ってきちゃって、事務所に持って行ってくれないかな?これ、高温ダメな商品だから」
「いいっすよ。他に持ってくるものないすっか?」
「大袋のかつぶしを3つくらいかな?頼める?」
「了解です~。」
入口が入場者でごった返しているので俺たちは裏口から出た。
佐々木は俺の顔を覗き込むと
「なに~今度はなんなの?謎は解けたというのにその顔はぁ~」と言った。
「奥さんが餌付けをして。今は入院していなくて、退院してもしばらくは餌あげられないだろ?庄司さんは猫アレルギーで社長は猫が好きとは言えない……先輩が…」
「先輩じゃなくって、猫な!」
「かわいそうじゃないか。」
「じゃあ、どうすればいいんだよ。今ある餌をお前が毎日あげに来るか?」
商店街に出る手間に掲示板に迷い猫のポスターが貼られている。
「もしかして、コイツか?」
貼られた写真の猫は茶色でモフモフのタヌキのような猫だった。
「ちがう。もっと品がある猫だよ。先輩は。」
「猫な!あっこれ。」
その隣に保護猫シェルター里親募集と書いてある。
「ここに連絡して連れてってもらえばいいんじゃない?ちゃんと世話してもらえるし!」
パァっと佐々木の顔が明るくなった。
「ほら、もう解決!さっすが名探偵ササッキーに不可能は無い!」
「推理じゃないし、ササッキーって改名されてるし。」
俺も少し気が楽になった。
事務所に入ると庄司さんが大袋のかつお節を用意していてくれて、引き換えに箱を渡した。佐々木は「あっすいません」と庄司さんをのけると事務所の奥へ入って手には試供品のカリカリを持って出てきた。「奥さんってさぁ、コレどこであげてたんだろう?店の中じゃないなら外だよな」
「確かに」
周りを見ても玉砂利しかない。「えい。いいや、ここにバラバラって」佐々木は廃墟側のサッシ横に山にするようにカリカリを撒いた。
「お前さ。猫じゃなくってネズミ出てきたらどうするんだよ!」
「おまえ、本当にネズミ嫌いね?」
廃墟の中からミシミシと言う音がして何かが、どざっと落ちる音がした。
「えっなに?なんの音?」
「佐々木!その戸から離れろ!危ないぞ‼」俺と佐々木は反対の家の玄関まで下がると息をのんだ。
足元の瓦礫がパキパキと鳴り下の方からのそっと茶色い毛玉が出てきてカリカリを食べた。
「・・・・・・・・タヌキ?」
佐々木はゆっくりと近づき警戒しながらもカリカリを食べる猫の頭をいい子だ良い子だと撫でた。
「うん。これはさっきの迷い猫だな!それにしても、でっかいなぁコイツ」
俺からかつお節の入っている袋を持つと
「俺、これ届けたら、さっきのポスターに電話するから、お前この猫見張ってて」良い事するぞ的な笑顔で佐々木は社長のとこへ行った。
「お前だったんだ目があったのは?」
木戸の奥をスマホのライトで照らすと、壊れた家具があってそれの上に乗っていたのかもしれない。そう考えるとあの位置で目が赤く見えたのかもしれない。俺はリュックのチュールを出し、猫に与えた。お腹を空かしていたんだろうすごい勢いで食べている。迷い猫を見つけてあげられてよかった。それはある。でも、先輩ではない。ザッザッっと玉砂利の道を入口の方からヤマネコサービスのお兄さんが来た。「いつもお世話になってますヤマネコサービスです。おっこれは、これは、大きな猫ですね。ヨシヨシ良い子だ。」そうだ、この人俺と一緒に先輩を見ている!ネームプレートには柊さんと書いてある。
「お疲れ様です。集荷ですか?ちょっと待って下さいね。」
事務所の中にすぐそばに小さな箱が重ねてあった。
「これですね」ピピピとバーコードを読み取ると「ありがとうございました。」と言って榊さんは
通りの隅に止めてあった軽自動車に戻っていこうとした。
「柊さん!待って下さい。こないだのあの猫。どこの猫か知ってますか?」
「えっ?」と最初何のことかわからないような顔をしたあと。ニコッと笑って
「あぁ、あれは、ほらそこ?」俺を指さし「ねっ」と言うと
端から出てきた佐々木と挨拶をしてササっと車で走って行ってしまった。
「?」俺は何だか理解できなかった。
「そいつの飼い主、いま来るってさ。捕まえておいてくれって」
俺は二本目のチュールを佐々木に渡し周りを確認した。
住宅が密集していてネズミ一匹通れる隙間はない。残るとしたら公園に抜けられる道。
佐々木にタヌキを任せて、袋小路と思われた道を通ってみようと思った。
近くまで行くと祠に左右の赤いカーテンのようなものが掛かっている。
祠の前を通るとき、あのおばあさんは手を合わせていた。俺も真似して祠に手を合わせた。
「……」
「おーい、まだ、チュール持ってる?」
「あと一本あるよ」佐々木とタヌキの方へ戻った。
「なに?なんかいい事あったの?嬉しそうじゃない?」
「いや、そう言う事もあるんだって、知っただけだよ。」
「………?」
俺はそう言うのは大の苦手で、すっごいビビりだけど…
細い首飾りを付けた綺麗なラムネ色の目の上品な狐が祭られていた。
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