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出立の香  作者: ふあ
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 ソファーで目を覚まし、ぼんやりと視線を巡らせると、開けっ放しの窓の向こうには既に日が昇っていた。半身を起こすと、折りたたみのテーブルには二つのグラス。片方にはビール、もう片方には麦茶が少しずつ残っている。独り身の部屋には、誰の姿もない。

 朝っぱらから蝉がわめきたて、身体はじっとりと汗ばんでいる。クーラーを点けっぱなしであることに気づき、窓を閉めてテレビのリモコンを手にした。電源ボタンを押す。

「昨夜未明、山中で遺体が発見されました。警察の発表によりますと、遺体の特徴は、付近で先日から行方不明となっている杉浦祐樹くんのものと一致しており、現在身元確認が急がれています」

 低い山を、上空から写した画面。そして、見慣れた彼の顔写真と名前の表示。

 手からリモコンが滑り落ちた。


 肝試しに訪れた若者たちが、少年の遺体を見つけたらしい。そしてほぼ同時刻に、彼の両親のアリバイ作りに加担していた一人が、罪悪感に耐え切れず出頭した。夫婦は近所のバーを訪れ、自分たちと酒を飲んでいたと嘘の証言をしていたのだ。実際、夫婦はその時刻、息子を山に埋めている最中だった。

 周囲の証言から彼への虐待が追及され、やがて両親は自供した。二時間に及ぶ暴行の末、彼がぐったりして動かなくなったので、怖くなり山に埋めた。少年の身体には百を超える数の痣があったが、死因は頭部打撲による脳挫傷とされた。それでもすぐに処置を施せば命は助かったかもしれないと、専門家は語った。死してなお遺棄された少年の不幸を誰もが嘆き、当然両親は逮捕された。


 一部始終を知った女の元に、あれから少年は姿を現していない。それでも、彼の月命日には、コップ一杯のビールをテーブルの上に置いている。彼と出会うことはないが、ソファーベッドで眠り朝を迎えるころには、一口分だけ量が減っている。頑張って飲んでも、未だにこれ以上は無理なようだ。苦いと言って舌を出していた顔を思い出すと、笑ってしまう。

 窓の鍵がかかっているのを確かめ、部屋を出る。荷物は、トランクが一つだけ。今日はこれから、旅程のない長い旅に行く。ぶらぶらとあちこちを巡るつもりだ。それでも、最初に海に向かうことは確定している。

 帰ってきたら、もう少しやりがいのある仕事を探そう。少なくとも、生きている実感を持てる日常を送らなければならない。それはきっと、楽しいことだ。

 トランクを手に、ドアの鍵をかける。

「そんなら、行こか」

 りんごの甘い香りが、鼻先をくすぐった。

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