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折りたたみのテーブルをソファーの前に置き、盆を乗せた。それに、缶ビール一つとグラスを二つ。一つには、麦茶を注いで。
背もたれを倒せばベッドになるソファーに腰掛け、正面のテレビを点けた頃、彼は戻ってきた。白いTシャツと紺色のハーフパンツ姿。殺風景な部屋に裸足を踏み入れる彼を、手招きして隣へ座らせた。
「焦ったらあかん。ほら、髪乾かしたるから、横向き」
無表情な彼に背を向かせ、洗面所からドライヤーを取ってくる。ついでに手にした小瓶を開け、中身を一滴二滴、手のひらに乗せる。
「なに、それ」
オレンジ色の洒落た小瓶を横目に、少年が問いかける。
「せっかくやしな。ええもんつけたる」
小瓶をテーブルに置き、少し粘つくヘアオイルを両手に伸ばすと、彼の髪に触れた。指で梳くようにして、全体に馴染ませる。
「変なにおい」
「ええにおいやん。あんたまだ土くさいで。ちゃんと洗ったんか」
「洗った」
ほんのりと、甘いりんごの香りが漂う。「あんたも、もうちょっと気い遣いや。こういうとこから色気づいてくもんやで。いきなりすっとばし過ぎや」
ドライヤーのコンセントを挿し、湿った髪を乾かす。自分よりも短い彼の髪を左手で梳きながら「熱熱ない?」と問いかける。彼の頭が一度だけこくりと動く。
ずっとはようにあいつと出会っとったら、こんぐらいの子どもがおったんやろか。女はそんなことをぼんやりと考え、子どもがいなくて良かったと改めて思った。そのうち、なんて言いながら、作ってしまわなくて良かった。選択を誤っていれば、あいつと別れることも出来なかった。子どもの為といいながら、不倫男と何十年も名ばかりの夫婦でいるなんて、耐えられる気がしない。
それでも今は、いつまでも彼の髪を乾かしていたい気分になる。
「ほら、綺麗になったやろ」
乾いた髪をコームで梳いて問いかけた。艶の現れた髪に触れ、「わかんないよ」と少年は呟いた。
慰謝料と引っ越し代を手に、この町に流れたのは冬だった。生きるために、つまらないパートタイムの仕事をこなすだけの日々。吐き気のする日常を、更に寒空の下でアルコールによる吐き気で上書きする。彼に公園で初めて会った時も酔っていた。寒さに震える彼に、からかい半分でコンビニのおでんをおごった。残り半分の心は、どことなく自分と似た者を見つける嗅覚にあった。からかい気分がゼロになった頃、この部屋で夕食を共にした。
スギウラユウキ。その名の漢字さえ知らないが、「ええ名前やな」と褒めると、彼は「うん」と頷いた。「親の愛やな」そんなことを言って久しぶりにからかうと、彼は何も言わなかった。その夜は、眠れないほど後悔した。彼が翌日もアパートの二階の部屋を訪れたのに、心底安堵した。
もう誰にも近づくまいと思っていたのに、縁とは不思議なものだ。求めれば逃げるし、諦めれば近づいてくる。