2,封印と眠り
ウィルが目覚めてから、数週間が経った。
最初の数日は衰弱が酷くて、ベッドから動けなかった彼だけど、沢山食べて休むことを繰り返していたら、すぐに家の中を移動出来るまでに回復した。
その回復の早さに驚いたのだけれど、それは内緒だ。
ウィルが動けなかったとき、昼間にはウィルのご飯を、夜中にはウィルの服を作っていた。
幸いにも布は沢山あったから、足りないものはすべて手作業で作った。食器は多めにあっても、男の子が着れる服はなかったから。服を縫っていたら、ついつい面白くなって、色んな物をこんもりと小山が出来るくらい作ってしまった。なにしてんの、と言いたげにウィルに見られて、思わず謝罪が口を衝いて出てたのも、良い思い出。
たった数週間。けれど、その短い間に私たちは沢山の思い出をつくった。
「アリスー、これって食べれるのかー?」
籠を抱えたウィルが、茸を指差す。籠の中は茸だけでなく野苺や木の実がいっぱいに入っていた。
「ええとね、その茸は大丈夫。食べれるよ。でも、籠の中がいっぱいだし、今日はこのくらいにして帰ろっか」
「わかった」
手を差し出せば、ぎゅっと握られる。
そのまま、家までの道を歩いていく。
「ねぇ、アリス。訊きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「アリスは何で、ここに住んでるの?」
単純で、当たり前な疑問。けど、私はその疑問の答えは持っていない。
「さあ。わからない。気付いたら、この森に倒れてたから」
「倒れてた?」
「そう。家の前で、倒れてた。目が覚めて、『ここはどこ?』って。アリスティアっていう名前だけは覚えてたんだけど、それ以外は何も分からなくって」
とりあえず、目の前にあった家に入ってみたら、ダイニングテーブルの上に1枚だけ紙が置いてあって、『好きに使って良いぞ』とだけ書かれていたのを覚えている。
「それから、ずっとここで暮らしてる」
「…………どれくらい前から?」
「えぇと…………結構前だった気がするけど…………」
記憶を探っていると、おかしな気配を感じた。
「…………人間の気配?」
「っ!?」
ビクッとウィルの肩が跳ねた。俯く彼の前にしゃがみ、目線を合わせた。
「どうする? 敵意は感じないけど」
「…………………………………………………………………………アリスも、ついてきてくれる?」
不安げに見つめてくるウィルは、すっごく可愛い。こんな可愛いお願いを断るなんて選択肢、有るはずがない。
頷けば、ありがとう!と抱きついてきたので、くすくすと笑いながら受け止めた。
出会ってまだたった数週間だけど、こんなに懐いてくれたウィルのことを、私は〝家族〟と思っていた。
ザクザクと音を立て歩くのは、騎士服を着た5人の男たちだった。彼らに見覚えがあったのか、ウィルが小さく声を上げた。
「知ってるの?」
「……………………兄上に使えている者達だ。多分味方。僕はあいつら嫌いだけど」
珍しく眉間に皺を寄せて話すウィルの頭を苦笑しながら撫でる。
「味方なら、いいじゃない」
「そうだけど」
「! 誰だ!!」
声が聴こえたのか、男たちの内の一人が鋭く叫ぶ。ウィルが嫌々隠れていた木の陰から姿を現すのを私はじっと見ていた。
「僕だ」
「! 殿下!! ご無事でしたか!」
「ああ。親切な者に助けられた」
───〝殿下〟?
言葉が、理解出来ない。どういうこと?
混乱していた私は、頭が回っていなかった。だから、普段は絶対にしない行動を、してしまった。
「ウィル? 殿下って、どういうこと?」
あろうことか、無防備に姿を表してしまった。
人間が、吸血鬼をどれほど嫌い、憎んでいたのを知っていたのに。
「!? ゔ、吸血鬼だ!! くそ、そんなところに潜んでいたのか。殿下、お下がりください!!」
「! 待て! 何をするつもりだ!? 彼女は、僕の命の恩人だ!!」
「殿下の恩人であろうとも、吸血鬼を生かしておくことは出来ません!!」
必死に叫ぶウィルの制止声を聞かず、数人の騎士が私を囲んだ。
「日中に活動出来るほどの実力かっ………魔法陣、展開つ!」
ヴン、と足元に魔法陣が展開した。同時に身体の力が抜けて、その場に崩れ落ちた。
私は、これを知っている。強大な力を持つ吸血鬼を《封印》するための魔法。
呼吸が浅くなり、視界が揺れる。目の前に、ふっと影が落ちた。
「邪悪な吸血鬼め。《封印》!!」
目の前の騎士が光で出来た十字架を振りかぶり、そして振り下ろされるのが、スローモーションのように見えた。
騎士越しに、ウィルが何かを叫んでいるのが見える。私のところへ行こうとして自分を拘束している騎士を振り払おうと暴れている。
けど、子供の力では抗うことなんて出来ず。それでも必死に私の方へ手を伸ばしていた。
─────ああ、私はここで封印されてしまうのか。ウィルを、置いて。
ふらりと手だけをウィルへ向けて。でも、届かなくって。
「ごめんね、ウィル。幸せに、なってね」
それを最後に。
私の意識は、闇へと呑まれた。