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吸血鬼の眠り姫  作者: 金狐銀狼
2/4

1,絆の始まりは


「どうしよう、この子………」


 私は毛布で包んでベッドに寝かせた男の子を前に、悩んでいた。


 ボロボロだけど、私は触ったことのない、高そうな服に身を包んだ男の子。

 狐さんを追いかけた先で見つけた彼は、川に身体を浸けていたせいで酷く身体が冷え切っていた。そのままでは危ないから、私の家に背負って帰って、今に至る。


「んっ………」


 ぴくりと男の子のまぶたが一度震え、ゆっくりと開いた。やや焦点の合わない瞳が私を捉えた。


「おはよう。気分はどう?」


 怖がらせないよう、しゃがんで笑いかけたけど。


「ヒッ、吸血鬼(ヴァンパイア)………!!」


 返ってきたのは強い恐怖と拒絶だった。


 …………ああ、そうだよね。それが、気になるよね。

 私の種族は吸血鬼(ヴァンパイア)。人間ではない。人間より長い犬歯と少し尖った耳がそのことを示している。


「確かに私は吸血鬼(ヴァンパイア)だけど、血は飲まないよ」

「……………」


 ジッとこちらを疑いと警戒の眼差しで見つめる男の子を、私もジッと見返した。


 漆黒の髪に、(すみれ)色の瞳。目鼻立ちの整った顔は、親譲りなのか。


「貴方は綺麗だね」

「っ!?」


 思わず言葉にすると、男の子は驚いたように目を真ん丸にした。


「あ、名乗ってなかったね」


 落ちてきた横髪を耳に掛けながら、名前を言った。


「私はアリスティア。吸血鬼(ヴァンパイア)よ。貴方は?」

「僕は…………………」


 男の子は口を開きかけて、そのまま黙ってしまった。


「嫌なら言わなくてもいいよ」

「………え?」

「私、無理やり何かをさせるってあんまり好きじゃないの。他人(ひと)に強要させられるのは、私は嫌いだから、他人(ひと)にもしないようにしてるの」

「そうなんだ………」


 少し警戒が薄れたのか、さっきより柔らかい表情(かお)でこっちを見る男の子のお腹が唐突にキュウーと鳴いた。


「っ!」

「ぷっ、あっははははは!」


 恥ずかしそうに頬を染め、慌ててお腹を抑える男の子が可愛くて、可笑しくて、笑ってしまった。むう、と頬を膨らませてこっちを見てくるけど、笑いを止められなかった。


「………そんなに笑うことないと思うんだけど」

「ごっ、ごめんね……つい……ふふっ」


 笑いすぎて涙目になりながら、男の子に話しかけた。


「お肉は無いけど、果物なら外に実ってるの。食べる?」

「…………食べる」


 こくりと頷いた彼に「ちょっと待っててね」と言い、裏口から外へ出る。

 たわわに実っている葡萄(ぶどう)林檎(りんご)を摘み、急いで中へ戻った。


「はい、どうぞ」

「うわぁ、すご………」


 ジッと手の中にある林檎を見つめた後、パクリとかぶりついた。その瞬間、男の子の目が見開かれ、更に頬張り始めた。

 一個のリンゴを食べ終え、彼は葡萄にも手を伸ばした。


「あ、その葡萄は皮も食べられるの。種に気をつけて食べてみてね」

「え、皮も………?」


 恐る恐る一粒口に含む。そして再び目を見開き、頬張る。

 …………何だか、小動物みたい。


 ベッドサイドに置いてあった椅子に座り、男の子が食べているのを見守る。


「………………あなたは、食べないの?」

「ん? 私? 大丈夫だよ、食べなくても。吸血鬼(ヴァンパイア)だからね」

「………………………吸血鬼(ヴァンパイア)って、何? どうして、血を吸うの?」


 じっと見てくる男の子の瞳は澄んでいて、綺麗だった。


「知ろうとしてくれるのは嬉しい。けど、まずは身体を休めよう? あなたが元気になったら、知りたいことは私が知っている限り、全部話すから」

「ほんと? 約束、だよ?」


 だんだんと目がとろんとしていく。用意しておいた濡らした布で口周りに付いた果汁を拭き取り、そっとささやいた。


「おやすみなさい。良い夢を」


 そっと布団に寝かせ、タオルケットを掛けた。


「さて。人間の男の子かぁ………何か食べれそうなもの、準備しておいたほうがいいよね……」


 キッチンに立ち、何があるかを確認する。

 塩、砂糖、各種ハーブ、香辛料。小麦粉にふくらし粉。


「あ〜、どうしよ…………作るしかないよね。パンは要るだろうし」


 ブツブツと呟き、レシピ本を見ながら今有るもので作れそうなものをリストアップしていく。


「ジャムは森や庭にある果物を使って………チーズとかバターは、材料を動物さんたちに分けてもらえるよう、頼みに行こう」


 指折り数えて、気合いを入れる。幸い、まだ日は高い。次に男の子が起きた時には、パンとジャムくらいは作れているはず。


「よし、頑張るぞ〜」



 ✟ ✟ ✟ ✟ ✟



「んぅ、ふぁ………」

「あ、起きた? おはよう」

「んーー…………え、何でパンの匂いがするの?」


 開口一番、パンにツッコまれる。と同時に、ぐううぅぅと正直なお腹の虫が鳴いた。


「2回目だね………果物だけじゃ足りなかったみたいだね」

「んぐぅ………」


 またもムスッとした顔を作ったけれど、食欲には勝てないらしくゴクリと喉を鳴らしていた。


「食べる? あ、でも歩ける?」

「……………………」


 沈黙が歩けないことを示していた。ので、触ってもいいか聞くと、コクリと頷きが返ってきた。


「じゃあ、ちょっと我慢してね」

「え? ………うわっ!?」


 男の子を横抱きで椅子まで運ぶ。急に身体が浮いたことに驚いていた彼だけど、椅子の前の机に焼き立てのパンと果物のジャムを並べると、わかりやすく目が輝いた。


「どうぞ、召し上がれ。初めて作ったから、変な味したら言ってね」


 どうぞ、と言った瞬間にお皿の上からパンが消え、男の子の口に突っ込まれていた。早っ。

 何の変哲もない、ただのパンを無言で咀嚼(そしゃく)する彼の目から、じわじわと涙が溢れていく。

 何か不味かったのかと、慌てていると、口内のパンを飲み込んだ彼が必死に首を振った。


「ごめっ違っ、えっと、こんなに、美味しくて、あったかいものを食べたの、初めてで………なんでか、勝手に涙が………」


 しゃくりあげながら語る男の子。その話の内容から私がわかるのは、あまりない。けど、今強く思ったことが1つだけあった。


『寂しい思いをさせちゃいけない』


 冷えたご飯は、寂しいから───


「えっと………?」

「!」


 男の子の声で我に返った。私、今、何を思ったんだろ………?


「どうかした? ええと………」

「…………ウィル」

「え?」

「ウィルって呼んで」

「!!」


 名前を教えてくれた。それは、少しは心を許してくれたことを表していて。それが何故か、すごく嬉しくて。


「良い名ね、ウィル!」

「よろしく、アリスティア?」

「アリスでいいわよ。長いでしょ?」

「…………アリス」


 名を呼ばれることが、すごく嬉しくて。



 何故嬉しかったのか、その時の私は分からなかった。けれど、確かに。

 私たちは、絆を育み始めた。

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