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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

傷心教師の俺が何故かスパダリ生徒会長と両想いになった件

作者: もなな



「時山ちゃんばいばーい」

「またねー」

「おー、気をつけてなー」

「せんせーさよならー」

「こら、歩きスマホするなー。ぶつかったりこけたりしたら危ないだろー?」

「先生じゃないんだからこけないよー」

「この前階段踏み外してたの、俺ら見てたから」

「えっ!み、見てたの…いやでも駄目なもんは駄目だって。ひとに迷惑がかかるかもしれないでしょ!」

「はーい」


4月からこの高校に赴任し、早3ヶ月。季節は移り、既に夏らしい暑さに襲われ始めている。

生徒会室へ向かう為に廊下を歩きながら、俺時山一也は本当にこの学校に来られて良かったとしみじみ感じていた。

俺が去年まで働いていたのは、全国的にも名を馳せる某難関エリート校だった。当然生徒のレベルも高い。それは単に成績だけに収まらず、様々な意味でだ。

まず金持ちが多い、家柄も良いのが多い、そして最悪なのが、プライドも富士山並みに高い奴ばかりで、何故採用されたのかもさっぱり分からないごく普通の教師だった俺は、胃を痛める日々を過ごしていた。

今なら分かる。競争が激しく、生徒もまた過酷なストレスに晒されるあの学校では、俺のような表立って見下していい存在が必要だったのだと。サンドバックとはよくいったもので、俺は教師ではなく、その為にあそこにいた。

数年前から訴えていた心身の不調を認められ、転任が許されたのがようやく去年だったわけだ。

ここは確かにあのエリート校に比べれば、レベルは格段に落ちる。文武両道を謳うものの、学問と部活どちらかに偏る生徒も多いし、両方苦手な生徒だっている。

校舎の設備も古く、ちまちまと改装工事が行われているせいで常にどこかの教室やトイレが使えない状況で、寄付金があればなあなんて愚痴を、教頭がぽつりと零したりもする。

それでも真面目に授業を聞いてくれて、寝不足で無精髭を剃る暇がないときだって誰も笑わない、というか外見を馬鹿にされることもなく、こんな風に笑顔を向けてくれたり、ちゃんと返事や挨拶を返してくれたりと、教師を通り越してまともに1人の人間として扱ってくれる場所に俺は救われていた。

そして、何よりも俺を癒やしてくれた彼がここにはいる。俺はいい年をして妙に弾んでしまう胸を自覚しながら、その部屋の扉を開けた。


「先生。お疲れ様です」

「う、うん。ごめんね、遅くなっちゃって」

「いえ、こっちは先生の無理のない範囲で大丈夫ですから。…僕は先生に会えた方が嬉しいですけど」


そんな、とても高校生とは思えないキザなことを俺のような相手に言ってしまう彼は、星野奏という名の生徒会長様だった。

星野は正直、俺なんぞが教える教科なんてもうなくねえか?と思ってしまうくらいの優秀な生徒で、ここよりも俺を病ませてくれたあの高校に通っている方がぶっちゃけ似合う。

そして星野が何より凄いのはその見た目だ。背も高いし、地毛だという仄かに茶色い髪はさらさらで、風が吹くと糸のように流れる。単に顔がいいというだけでは言い表せない、何だかキラキラとしたオーラがある。

実際スカウトされる場面を見かけた奴もいるらしい。この見た目なら、モデルだろうが俳優だろうが何だっていけるんじゃないかとは俺も思う。

そんな星野が俺を見つめる目に、僅かな甘さを感じ始めたのは少し前からだった。どう考えても勘違いでしかないとは思うのだが、こんな風に会えて嬉しいとの意味に近いことをさらりと告げて来るから、俺の勘違いには拍車がかかって仕方ない。


「ま、また星野はそんなこと言ってえ、俺みたいなおっさんをからかうのは良くないんだからな?」

「大丈夫ですよ、冗談ではないので」

「だっ、だから、そういうことじゃなくてその…っ、と、ところで今日も体育祭のこと?」

「はい。一通りどんな競技がいいかのアンケートが取れたのでそれの集計をしてました」

「俺も手伝うね」

「ありがとうございます」


机の上に広がる紙の束は整頓されていて、星野の几帳面さがよく分かる。徒競走、障害物競争などのよくあるものから、コスプレ大会や告白タイムという、体育祭でやらなくていいだろといった個性溢れる意見も多かった。

前の赴任先は運動をする暇があるなら勉強という方針で、体育祭はなかったし、そもそも授業として体育が割り当てられている時間がとても少なかった。だから、俺としても久しぶりの学校行事である。何だかわくわくする。


「でもさあ、集計なんて会長がやるもんじゃなくない??」

「むしろ今日は集計だけで終わらせるつもりですから、そんなに人手はいらないかなと思いまして」

「偉いなあ、星野は…こんな雑用も自分からやっちゃうんだもんね。やめてよね、俺教師なのに、何も敵わないじゃん」

「いえ、そんな…」

「しかしここは、体育祭や文化祭は生徒の自主性を重んじるとは聞いてたけど、なかなか面白いねえ。これなに?告白タイムって」

「一応、数年前から人気の競技です。競技というか、そのまま好きな相手に告白するんですが、体育祭だけあって保護者も多いので時折娘はやらん!なんて言う父親がいたりして面白いんです」

「な、なかなかカオスだね…でも、自分の子がふられるとこを見ちゃうとそれはそれで複雑な感じになりそうな気がするから、付き合えるだけいいよね…」

「その視点はありませんでした。確かに親御さんはどちらにせよ大変ですね」

「でもさあ、星野とかめちゃくちゃ告白されるんじゃない?大丈夫なの?」

「いえ、僕は…好きな人がいるので」

「え゛っ!!そうなの!?…そうなんだ」


どうして胸が痛いのだろう。俺と星野はそもそも住む世界が違う。アラサー教師の俺と、ピカピカの高校生である星野。その辺にいるモブキャラの俺と、キラッキラに輝く主人公な星野。本来比べることすら烏滸がましい2人だと、自分でも分かっている。

だけどまだ生徒への不信感と恐怖が消えない俺に、


『新任の先生なんですね。僕も今年から会長なんです。一緒に頑張らせて下さい』


と笑顔を向けてくれた。

早く学校に馴染むようにと、半ば強制的に生徒会担当教諭にされた俺を、


『先生がいてくれるなら僕も安心です』


と歓迎し、ミスをして恐怖したときには


『これくらい大丈夫ですよ。先生はまだ学校に慣れていないんですから、あまり気を落とさないで下さい』


と励まし、


『先生が来てから、もっと学校が楽しくなりました』


と、いつも優しい言葉をかけてくれる星野。彼がいたから、俺はすんなりと学校に馴染めた。

星野に好きな人がいるというのなら応援してあげたいし、しなければならない立場だ。でも素直にそう思えない。どうしても私情を挟んでしまう俺は、やっぱり教師には向いていないのかも知れない。

星野以外がいなくて良かった。動揺を知られずに済むだろうから。


「…じゃあ、もうすぐ夏休みだしデートも出来そうで良かったねえ。本当、生徒会長って毎日忙しくて彼女も不満なんじゃない?」

「いえ、僕の片想いなので」

「えっ!そうなの!?いやー…、こんなこと俺が言っていいのか分からないけど、星野が告白すれば誰も断らないでしょ。勿体無い」

「……本当にそう思いますか?」

「うん。星野格好良いし、頭良いし優しいし完璧…あ、でもあれだな、世の中にはむしろ駄目な奴が好きって子もいるからなあ。そういう子には興味持たれないだろうね」

「先生はどうです?」

「へ?俺?」

「完璧な人間と駄目な人間、どちらがお好みですか」


星野はにこやかな笑みを浮かべているけれど、不思議と目が笑っていない。妙なプレッシャーを感じるが、それは案外星野の方も同じかも知れない。

先程までは穏やかに過ごしていたのに、どこかぴりぴりとした緊張感を感じてしまうのは、俺のせいじゃなく星野がそれを発しているからだ。その緊張が俺にまで移ったのだろうか。ちょっと喉が渇く。


「そ、そうだねえ、俺は自分が駄目人間だからさぁ。どちらかと言うと、完璧な人に引っ張ってってもらいたいかもなあ」


しばらく鬱々としていたけれど、本来俺は適当でゆるい性格をしている。生徒のことは大切だけれど、のんべんだらりと生きて行けたら最高だなんて夢見ている。

冗談めかした言葉ならば、本音を紛れさせてもバレないと思った。俺にとって完璧な人間、つまり星野だ。この程度の告白ならば、教師の俺にも許されるだろうか。


「先生は全然駄目なんかじゃありませんよ」

「はは、ありがとねえ。そんなこと言ってくれるの星野だけだよ~♡」

「………先生」

「は、はい」

「これを見てもらえますか」

「?何かな、これ?」


星野は遂に笑顔を捨て、真剣な表情でポケットから何やら紙を取り出した。丁寧に折られたそれはどの教科もほぼ満点に近く、順位が1と書かれた成績表だった。


「こ、これは?」

「僕が通っている塾は、期末試験に合わせて似たような模試を行うんです。その結果です」

「えええ!?塾で1番だったの!?あれ、でも星野が通ってるのって、めちゃくちゃレベル高くて有名なとこじゃなかったっけ?凄いなあ星野、頑張ったんだね!」


思わず頭を撫でてしまい慌てる。しまった、これは子供扱いではないかと。そしてそれ以上に、思いがけず星野に触れてしまったと。

初めて触れた星野の髪は、サラサラに見えて案外猫毛っぽくもあった。ふわふわとした感触が、手に絡んで気持ち良い。

勿論星野の成績が嬉しい気持ちと、それと相反する、この髪を堂々と触れられる人がこの先彼に現れるのだろうという悲しみが交わり、視界がぼやけていく。

だけど星野は予想に反して、本当に嬉しそうにその手を受け入れていて、


「……僕が通う塾には海皇の生徒も結構いるんです」

「……っ」


未だにその名を聞くと身体が硬直してしまう。寒気を覚えるような、冷や汗が滲むような緊張も。

海皇。それは俺が去年まで働いていた、あの牢獄のような学校だ。


「ちょっと大変だったと言っていたでしょう?普段愚痴などを言わない先生がそう言うくらいなのだから、何かがあったのは分かっていました。ここに来た当時の先生は、どこか怯えたような様子もありましたし…。…やり返したかったんです」

「え…な、何で…星野がそんなこと…」

「僕は別に聖人じゃないですし。好きな人を苦しめた奴がいるなら、憎く思うのは当然です」

「は…、す、好き、って…っ?」


どうして星野が、俺なんかを好きになるのか分からない。顔も中身も至って普通で、生徒にすら見下されてきた過去もある。

だけどその理由は分からなくても、ひとつだけ分かるのは、星野はこんな嘘は絶対につかないということだ。ありがちな、罰ゲームといった類のものでもないはずだ。何より嘘だったら、こんな切ない顔にはきっとならない。

言葉を失う俺を見つめながら、星野の語りは続く。


「だけど僕には、戦う術がない─1人や2人ならともかく、学校全体を相手にするのも現実的ではない。だから学生の本分で勝負しようと思ったんです。先生を傷付けた奴らを、正々堂々と負かしてやろうと。─自己満足ですよね。分かってます。でも許せなかったんです」

「な、何で星野がそこまでしてくれんの…?」

「言いましたよね。好きだからです。…だけどもうひとつ、自分で決めていたことがある」


星野の手が俺の頬に伸びる。ゆっくりとした動作は、逃げようと思えば簡単に逃げられたはずだ。なのに硬直してしまった身体は動かないし、視線はそもそも少し前から星野しか見えていない。

彼のこの、ほんのり灰色の混じったような黒目から逃れられる人間など、きっとこの世にはいないんじゃないか。そんな気がする。

いよいよ手が肌に触れたその瞬間、止まっていた時間がようやく再び動き始める。アラサーで、まあ最低限そういった経験もある俺は、彼が何を望んで、今から何をされるのかの察しもついた。それこそ止めなければいけない。告白だけならまだ若気の至りで済むけれど、触れてしまってはもう。


「……海皇の奴らに勝てたときには、先生に告白しようって…」

「ま、まって、だ…」


駄目だと言おうとした唇は、星野に奪われた。ただでさえ俺は教師で、相手は完全無欠の生徒会長様で、しかも校内でこんないつ誰が入ってくるかも分からない教室で。いけないことのオンパレード。

だけど潜り込む舌に応えてしまう俺は、やっぱり虐げられて当然の駄目教師なのかもしれない。


「先生、可愛い…」

「や…、ん、んぅ…」


ただでさえ憧れの存在であった星野がキスしてくれたのに、ここで拒絶なんてしたら嫌われてしまうかも知れない。それが何より恐怖だった。

俺は好きだなんて一言も口にしていない。だけどきっと言葉にしなくても、星野には伝わってしまっていた。唇が離れた瞬間俺が呟いたのは、愛の言葉なんて甘いものではなかった。


「おれ…せんせいじゃなくなっちゃうかも…」


けれどそれは冷静になって考えると、これからも星野とこういうことをしたいと言っているも同然だった。教師という職を失う羽目になっても、星野といたい。それが俺の本心だ。


「大丈夫ですよ先生。僕が養うので」


まだ高校生の癖にそう自信有りげに宣言する星野は、俺の表面で見ていた優しいだけの男とは違った。

そんな強引な彼にも胸が高鳴ってしまう俺はもう、自分のすべてを彼に委ねても構わないとすら思った。






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