そして記憶に残る
2019年 空港で搭乗を待っていた時のお話
チェックインと手荷物検査を済ませ搭乗口ロビーで搭乗時間を待つ。飛行機に搭乗する人々はその多くが旅行を終え手荷物とお土産を持ち、楽しい旅の思い出話を語っている。搭乗口に近い椅子はほとんどが埋まっており、私と妻はソフトクリームを食べながら搭乗時間が来るのを待った。
搭乗時間が近づくと、人々は席を離れ搭乗口に集まりだす。ようやく席が空いてきたので妻と共に椅子に座る。搭乗まではまだしばらくあるのだ。ゆっくりすれば良い。
「あれ、忘れ物じゃない?」
妻が指差す先には、誰もいない席に紙袋が置かれていた。
「トイレにでも行ってるんじゃないの?」
だって搭乗までまだ時間がある。忘れものだったとしても気付くだろう。
しかし小市民の私は妻に言われると気になってしょうがない。既に妻の話が耳に入らなくなっている。
そうこうするうちに搭乗の案内が始まった。おいおい、早く戻ってこいよ、もうすぐ搭乗が始まるぞ。近くに行ってそれとなく紙袋の中を覗く。紙袋には地域の名産品がいくつか詰め込まれていた。明らかにお土産だ。
再度搭乗案内があり、ファーストクラスの搭乗が始まろうとしていた。もう駄目だ、限界だ、きっとこのお土産は忘れられてしまうのだろう。妻が何か喋りかけていたが構わず私はお土産の紙袋を高く掲げた。
「どなたかお土産忘れてませんかー!」
私が大声を張り上げると、空港のロビーは一瞬シンとなる。私に注目が集まり、、、そして数秒後、人々は思い思いの行動に戻っていった。誰も名乗り出なかったがこれで良い、私ができることはやった。心残りは無い。
紙袋を椅子に戻し振り返ると、妻が両手で口を押さえて目を丸くしていた。
「かっこいい、、、」
妻よ、心の声が漏れてるから。そしてそんなポーズ、マンガでしか見たことないぞ。でも、ありがとう。
しばらくの後、一人の男が紙袋を取りに来た。言葉は交わさなかったが目であいさつをされた。よかった。私の言葉は届いていたのだ。
こうして忘れられない旅の思い出がまた一つ増えた。妻が「かっこいい」と言ってくれなかったら、何でもない日常のヒトコマとして忘れ去っていたことだろう。妻の一言により、このことは私の中で特別な思い出として燦然と輝くことになった。
妻よ、今日も一緒にいてくれてありがとう。しかし落とし物を見つけるたび、キラキラした目でこっちを見るのはやめてくれ。