第八十八話『調査』
ゼントは頑固とも言える程、私に依存してくれない。
反抗期の子どものように、何でもかんでも自分でやろうとする。
あなたはここに居るだけでいいのに、居場所を与えないと離れてしまいそうだ。
あなたの為に完璧になったのに、全部できるように努力したのに、
相手が何でも無造作にできてしまうから、逆に自身には見合わないと拒絶してしまうんだ。
人知れず努力が報われない。何故、完全とはこれほど無慈悲を私に与えるの?
今からあどけない少女を演出しても、きっと受け入れてくれることはないだろう。
あなたがどんなにできない人間でも、私が尽くしてあげるのに、
それでも君は少しでも上を目指そうとするんだね。
ごめんなさい。私は手伝うことができない。
教えても無駄だって事を理解してしまっているから。
それどころか、あなたの研鑽に嫌悪感すら覚えてしまう。
◇◆◇◆
「――とにかくだ。苦手なことがあったとしても、克服する努力はするべきだ」
「でも、ゼント……」
依頼に向かう道中、低くたなびく朝霧がようやく薄くなり始めた頃、
黒い二人は立ち止まってまで、互いの意見で問答しあっていた。
一見、ライラの主張に軍配が上がりそうだが、
それでもゼントはできることはなるべく一人で、
もう一方は、役割を分担すべきと言って引かない。
しかし、ある意味彼らしい考え方ともいえた。
相方が完全過ぎたからこそ、己に特筆すべき能力がないからこそ、
そして、自分がずっとそのように頑張ってきたからこそ。
両者の意見はどちらも間違ってはいない。
だが、それは両者の実力差が無い場合に限る。
「分かった。じゃあ、今はゼントに従う。でも、次は討伐の依頼にして私の案を受け入れて」
「……どちらが正しいかの話をしているわけじゃないんだが……まあいい」
割といつもは大人しくいう事を聞くライラだったが、今回は全て譲歩してくれるわけではないようだ。
次の依頼の内容を先に決められても困るのだが……
その時は、なるべく危険が少ないものを選びたいところだ。
「じゃあ、今日やることを説明するから、しっかり聞いておくんだ」
「うんっ」
……朗らかな返事が聞こえた後、ゼントはライラに依頼と調査指南書の説明を始めた。
時間がもったいないので、例の大洞窟に向かいながら、
未だ冊子に書いてある文字は未だに読めない。
しかし、昨晩ユーラとの猛特訓の末、見なくても説明できるほどに内容は暗記できている。
ライラも字が読めるのだから、彼女に読んでもらえばよかったのかもしれない。
だが、あんなことを言った手前、読み上げてくれと頼むのはなんとなく気に障った。
「…………俺たちがするべきことはこれで以上だ。っと、ちょうど入り口に着いたな。質問が無ければ、このまま中に入ろうと思うが……」
「問題ない」
仕事の内容は、いたって単純、
竜に遭遇した付近の探索、そして痕跡の発見。
どこから来たのかが分かれば、今後の対応策が分かる。
カイロスらが残した報告書は見せてもらえない。
過去に再調査といいつつ、前回と全く同じ文章を送り付ける輩がいたからだ。
故にゼントとカイロスの知見に食い違いが無いかも、後で確認する必要がある。
二人は竜が姿を現した崖上に行きつく。
地下空洞内にはまだ角ウサギの姿も見られる。以前来た時と変化は感じられない。
ただ一つ、死んだ竜の形跡を除いて、
死体は骨すら残さず回収されている。
地面が吸い上げた血の跡で、倒れていた場所が分かる程度。
血肉は食料というよりも、怪しげな儀式や薬の媒介になるらしい。
それよりも高く売れるのは、金属より堅い骨や鱗だ。
高質な武器にも防具にもなる。希少価値も価格も高くつくが、
竜一体とはいえ町の商人は多分に潤っただろう。
ライラにも売り上げの一部が先払いされているはずだ。
説明はさておき、作業を開始する。地面や草の影に落ちている竜の体の一部を探し、辿るのだ。
とはいっても、時間が経ちすぎて新たに見つかる物証は基本ない。
ひたすら地味で、簡単な動作の連続。無言だと余計に退屈になるので、腕と一緒に口も動き始める。
「しかしどこから竜が現れたのか、未だに分からないなんて不思議でしょうがない」
「…………」
「実際にあいつと戦ったのはお前だ。その時に気になった点はないか?まあ、何回も同じ竜と戦っていない限り、違いなんて――」
「――動きがかなり鈍かった。多分だけど脚に怪我かなんかしてたんだと思う」
「……そ、そうか。吹っ飛ばされて気絶するくらいなのに、あれで鈍いのか……」
仕事の途中だというのに、ゼントは自信を失い押し黙ってしまった。
対称的に、ライラは何故か熱心に辺りを探し回っている。
案外、仕事に対しては真面目な性格なのかもしれない。
実は過去にゼントも竜を見たことがあった。
しかし、罠を仕掛けただけの上に遠目で“彼女”の戦いを見ていただけだ。
更に言えば、戦いは近接戦で完封に近かったので、竜の動きを学ぶ機会が無かったのだ。
――何はともあれ、彼らの仕事はまだ始まったばかりだった。




