第八十七話『寄与』
ユーラがあのような事を考えていたとは……
分かっていなかったはずがないのだが、あそこまで大きな想いを抱えていたとは思えなかった。
急に我儘を言わなくなったのも、なにかと手伝おうと言って来るのも……
全部が全部、自分の為ではなく自身の為かもしれない。
でも構わなかった。ユーラの泣き顔を見るくらいなら、理由はそれだけで必要十分だ。
「――ゼント。ねえ、ゼント?」
今朝の出来事に思いを巡らせていると、横から聞きなれた声がする。
ゼントが声の主に視線だけを送ると、そこにはライラが覗き込むように見ていた。
二人は今、依頼の場所へと向かう途中だ。
協会前からずっと沈黙を守っていたのだが、とうとう静寂が我慢できなくなったらしい。
「なんだ?なにか用か?」
「用件なら特に無い。ぼーっとしてるから、名前を呼んでみただけ」
そう言うと、含み笑いをしながら彼女の顔は遠ざかっていく。
昨日の醜い発言は気にしていないようで安心した。
だが思考を妨げられたことに若干うんざりしながら、ため息を吐く。
万が一凶悪な魔獣と戦闘になったら、頼りにはなる存在であるのだが、
一緒に居ると、心配でどうにも気が休まらない。
行動や思考は読めず、人との付き合い方を知らない。
瞳や肌などの見た目は改善しているが、相変わらず物体のように無機質。
出会う回数を重ねる度に、驚愕が増えていく。
まさに今朝会った際も、恰好を見て驚いた。
ライラは初めての実習教育、また昨日会った時と同様、丸腰ともいえる状態だったからだ。
外見を見るに武器などは持ち合わせておらず、真っ黒なコートに身を包んでいる。
得物も無しにどうやって魔獣共を倒すのだろうか。
ただし、技術も実力も劣るゼントが口を出す権限はない。
弱き者が指摘する改善案は、説得力がなく愚行でしかないからだ。
そういえば、彼女が戦っている姿は真面に見たことが無かった。
実はコートの下に、即効性の猛毒を塗った暗器が揃えられているのかもしれない。
投げナイフのように遠距離から道具を使えれば、少女という小さな体でも竜を仕留めることも可能だろう。
妄想に近い想像で、意味のない考察を深めていく。
立ち回りや技を見て自分の物にできれば、少し強い魔獣相手でも太刀打ちできると思ったのだ。
それがもしできたのならば、とっくの昔に彼は一流の冒険者のはずだった。
しかし、今回の依頼では戦闘の光景を見ることは叶わない。
今回の依頼では事前にカイロス達が魔獣を掃討してあるので、遭遇することはまずない。
また、以前剣の扱いを教えたことがあった。
慣れない武器の使い方を無理やり教えたり、狩りに使わせたりして、彼女は迷惑でしかなかっただろう。
剣の扱いは誰しもが通る道程なので、戦闘経験が無いのだと早とちりしてしまった。
良かれと思って施したことだが、完全に裏目に出ていた。
結局は全部、自己満足だったのかもしれない。
そう考えたら、先輩風を吹かしていたみたいで恥ずかしくなってくる。
振り返ってみると、失敗ばかりの人生を送ってきた。
人は生きていれば誰しもあるが、自分に限っては特に多い。
謙虚に過ごそうと思っていても、感情が先にでてきてしまい、そんな時に限ってミスを犯す。
もっと自分に遠慮して、あるいは感情を押さえて理性的に、
性格はそう簡単に変えられないが、注意深く行動ならできるはずだ。
それでも人間である限り、欲望や感情にまみれる機会は必ずある。
そういった点で語るのであれば、黒髪の少女は人間らしさが感じられない。
昨日の感情的な声色や、先程の無意味な問いかけを除けばだが……
表に出さないだけなのか、どこかで発散しているのか。
「ゼント、聞いていい?」
「また呼んでみただけ、とか言うなよ?」
「違う。今日は何すればいいの?」
「……概要だけでも聞いてなかったのか?」
「難しい話はゼントに任してある。だから何をすればいいかだけ私に教えて?何でも、言ってくれればすぐにでも終わらせるから」
「……昨日も言ったが、他人に依存しすぎるのは良くない。どうすればいいのか、自分で考えられるようになる事は大切だ」
その言葉は全部自身に返ってきているのだが、ゼントは気づかない。
もちろんライラがその隙を見逃すはずがなかった。
「でも適材適所っていう言葉があるでしょ?得意な分野でお互いに分担した方が、とても効率的。細かい事を考えるのが苦手なの、だから私にはゼントが“必要”。指示を貰って動くだけの方が楽でいい」
「楽だからって、お前……」
全くもって正論であり、他を寄せ付けない説得力があった。
確かに目的が同じである以上、また得意分野が違うからには、役割は変えた方が良い。
二人とも同じ技術を持つのは二度手間だ。
――役割分担、適材適所
“恋人”に出会ってすぐの頃にも同じようなことを言われた。でも彼女は全てにおいて完璧だ。
ゼントが如何なる分野をも、どんなに得意になろうと、彼女は追い越せない。
本来ならば、食事の用意や事務的な事も、彼女が行った方が時間も質も効率的だった。
あくまで手間になる作業を代わり、機械のようにこなしていただけ。
これが恋人の為に役に立つことだとは分かって動いても、何故か心は満たされない。
だから納得のできる理由で『必要』だと言われたことは、ゼントにとって心の底からの救いだ。




