第八十五話『厚意』
――何はともあれ、
今日中に終わらせなければならないことを、ゼントは一つずつ着実に処理していった。
目的のために町中を歩き回ることになるのだが、あまり人目に付きたくないのでフード付きの外套を羽織ってゆく。
まずは協会に赴く。
受付からカイロスを呼び出して、明日調査に発つ事を伝えた。
基本ではあるが、こういった報告も安全面の配慮からだ。冒険者が行方不明になった際に、捜索の範囲をかなり絞れる。
次はユーラが購入した家物件の売却。賃貸ではなくわざわざ購入していたようだ。
ゼントが危うく監禁されかけたというよりされた、例の家具もない空き家。
勝手に売ったりしていいのかと疑問になるが、現状は必要と考えられない。
記憶が欠けている状態で聞いても気休めにしかならないが、彼女から許可をもらった。
全部お兄ちゃんの物なんだから、好きなようにしていいとのこと。
どう反応すればいいか困ったものだが、もし何らかの問題があれば対応しようと思っている。
何故ここを購入しようと思ったのかは憶測の域を出ない。今は考えるだけ無駄だ。
結果から言うと想定した金額を大きく下回る。元の金額の二割にも満たなかった。
相対した管理人曰く、赤い化け物がここに現れた為、他に買い手が付かないから、らしい。
抗議はしたのだが、取り付く島もない。少し返ってきただけでもありがたいと思うことにした。
それでも精神的な衝撃は大きく、教会への借金を返せると思っていただけに、気分が大きく落ち込んだ。
神官長は、返済するくらいならユーラの為に使ってください、と言ってくれたが……
将来的にゆっくりと返していこう。そのためにも、まずは目の前の仕事を無事に終わらせねばと自らを奮い立たせた。
そしてユーラの私物の回収。これも一応本人と周囲からの了承を得ている。
以前泊っていたはずの宿へ赴いた。宿とは言っても長期契約の宿舎という表現が近い。
部屋に入ってまず目に入るのは、ぬいぐるみ人形やお洒落な柄の洋服。
きちんと整頓されながらも、ところどころに少女らしいものが沢山ある。
また、タンスや机、椅子など、ゼントの家でも使えそうなものもあった。
どうせなら処分するのではなく、持ち帰って利用すべきだろう。
ユーラが仕事でよく使っていた短弓や防具も部屋に置かれている。
使えるかとも思うが、ゼントは弓の扱いは初心者、慣れない装備は返って危険になる。
また防具は体の大きさが合わない上、防御という点では薄く前衛剣士の防具としては使えない。
売るにしても愛着がある品の可能性が十二分にあるので、一先ず持ち帰ることにした。
大家には話をつけ、あまりいい顔をされなかったが客用の手押し荷車を貸してくれた。
雑貨や小物、寝台など元々宿に備え付けられた備品を除いて、全て車に詰め込む。
家の前に降ろし、帰ってから中に運び入れることにした。
因みにフォモスとハイスは、隣のやや広い部屋を共同で使っているようだ。
挨拶しようと思ったのだが、仕事に行っているのか部屋には居なかった。
次の件も家具関係なのだが、
町に唯一の工房があり、昨日のうちにライラを使って依頼をしておいた。だがあくまで簡単なものだ。
今日は大きさなどの詳細な内容と、宿から得た分注文の取りやめを伝えた。
ここまでで、日はもう斜めに傾いている。
そして最後に、明日の為の武具の購入。
これが一番の出費ではあるが、万が一の時、命には代えられない。
しかし、僅かながらの金を持って店に入ろうとした時、その人物は唐突に現れた。
「――ゼント」
振り返ると何でもないように彼女が立って居た。しかし、よくよく考えれば驚くべき光景だった。
ゼントはいつもと違う服装。フードも深くかぶり彼と分かる要素はほとんどないはず。
にも拘らず、人ごみの中から確信をもって、しかも後ろから声を掛けられるというのは、相当に侮れない。
「どうした?俺に何か用か?」
「そこに入る必要はない。お金がもったいないから」
こいつならありえない話ではないと、ゼントはいつも通りに接する。
親し気というわけではない言い草に対し、膝裏まである長い黒髪を不自然に垂らした彼女――ライラは真剣な表情で一方的に告げてきた。
しかし発する単語は少なく、何が言いたいのかがさっぱり読み取れない。
出会ったばかりの頃は、もう少し馴れ馴れしく話しかけてきたものだが、
最近ではよくも悪くも、口調がかなり無口で大人しくなってしまっている。
これでは以前の方がずっと良かったかもしれない。
「明日はもう仕事があると伝えただろう。外で魔獣に出くわす可能性もある。俺に武器を持たせないでどう生き残れっていうんだ?」
「私が全部やる。敵が出てきたらすぐに倒すし、ゼントに危険が及ぶなら全力で守る」
そう言われて、ゼントはかなり腹が立つ。
まるで自分が守られるだけの存在で、必要ないと指を差されている気分だ。
事実であるが故に余計に……だから、卑下と自嘲を織り交ぜて、自分でもいやになるほどの嫌味を言ってしまった。
「ああ、そうかい。足手まといに武器を持たせたところで、戦力は変わらないって言うのか。いいよな、お前は全部一人でできるんだから」
「――っ!!そんな事言ってないでしょ!!私はただ……!」
ライラの態度は豹変する。声色は怒りに、表情は悲しみに、
珍しく感情的になっている。というよりもおそらく初めて見た光景だった。
当然ゼントも少し言い過ぎたと反省する。だが出した言葉は取り消せない。
予期せぬまま静寂かつ気まずい空気になってしまった。
この通りは人目に付くようで、何名かチラチラと二人の様子を窺っている。
「なんでゼントは努力するの?無駄だって自分でも気づいているんでしょ?全部私に任せてくれればいいのに。全然迷惑じゃないよ。むしろ頼ってくれた方が嬉しい」
純粋な疑問から始まり、最後はしっかりと手を合わせて微笑んでくる。
ゼントは思うところがありながらも、これだけは必ず伝えようと剣呑になった。
「いいか。俺も、そしてお前も、自分の事は自分でやるんだ。他者に依存してると人として腐ってしまうし、他者に尽くしっぱなしだと自身がおろそかになる。俺が弱くてもできることなら惜しみなく努力するつもりだ。だからどうしても無理な時以外は、手を貸さないでくれ」
言い切るや否や、反論は受け付けないとばかりに踵を返して店の中へ向かう。
だが一つ思い出したことがあった。今朝ユーラに頼まれたことだ。
それを渡そうと思って再び振り返る。
「そういえばこれ、昨日お前が忘れたものだ」
「要らない。私はお金が欲しいわけじゃないって言ったはず。そのお金はあげるから、代わりにこれを受け取ってほしい」
ライラに向かって放り投げるも、即座に手の中に返ってきた。
言われて視線を上に遣ると、彼女は手には二つの大きい物を持っている。
「さっきの俺の言葉を忘れたのか。手助けはいらないと……」
「だったらこれはあなたへの依頼、その報酬を払うから明日からこれを使ってほしい。後ろのお店で買う物よりも役に立つから」
ライラの両手の中にある物、それは以前彼女が知らぬ間に身に着けていた剣と防具の組み合わせだった。
ゼントも身に着けていて、竜に遭遇した時に壊れてしまった物と全くの同型。
いったい体のどこにしまってあったのだろう。わざわざ体の後ろに隠し持っていたのだろうか。
拒否しようと考えたが、目の前の表情を見て改める。
熱の籠った篤い瞳をしていた。輝きが灯ったことにより、今まで感じなかった意志を感じたのだ。
一途な想いをぶつけるかのように、無上の虚実を尽くしたものだった。
金を使い報酬という体で釣るのはいけ好かないものの、
その厚意を断るというのならば、こちらもそれなりに覚悟を保たなければならない。
先程の失言の申し訳なさも相まって、ゼントには覚悟を抱くことすらできなかった。
「分かった!そこまで言うなら受け取る!でも報酬は要らない!それはもともとお前にあげたものだ!俺はこれで帰るからな!」
どうにもやりきれなくなり、勢い任せに言ってしまった。
直接的だが負け犬の遠吠えだ。よせばいいのに強がってしまう。
未だ苛立ちはあるが、しかし自然と悔しいという感情は湧き出てこない。
二つとも振りかぶるように素早く受け取ると、再び踵を返し今度は大股で通りを歩き始める。
とにかく、ゼントの今日の予定はこれで全て達成されてしまう。
後はユーラの待つ家に帰るだけだった。
ライラはその様子を黙って笑顔で見送っている。
一切邪気の無い、あまりにも純粋な笑顔で、




