第七十九話『精察』
「――ひとまず話はこれで以上だ。あまり人を見下すような態度を取らないように。そして、カイロスとサラにも会ったらでいいから謝っておけ。あと依頼は二日後、日の出とともに協会前から出発するから、そのつもりでな」
「ゼント、どこへ行くの?」
まだ日はぎりぎり午前を示している。正中近くであるのに、路地は暗いままだ。
自分とは反対側に歩きはじめるゼント、ライラは後ろから声を掛ける。
“お前には関係ない”と言いたいところだったが、それでは先程の彼女と一緒だ。
言うかどうかも迷ったが、大した用事でもないので伝えることにした。
「今朝お前に渡したメモにいくつか穴がある部分を思い出した。それを買ってから家に戻るだけだ」
「だったら、また私が買って来るよ?」
「いや、すぐ終わるから俺が行く」
「じゃあ、一緒に付いて行ってもいい?」
相も変わらず感情は無い。
ゼントはなんとなくだが、その言葉が来ることを予想していた。
だからそれ以上は何も言わず、振り返ってこう返すだけに留める。
「買い物の邪魔はするな、勝手にどっか行っても俺は知らん」
「うん」
ふと、屈託のない笑みが見えた気がしたが、ゼントは無視して再び正面を向き歩き出す。
思えば彼の今までの生活が崩れたのは、この出自不明の少女が目の前に現れてからだ。
払拭されるべき日常だったとも言えるが、ゼントからすれば迷惑でしかない。
しかし一瞬だ。一瞬だけだと明言しておくが、彼の頭の何処かにライラの事を可憐だと思ってしまうアンチテーゼがあった。
あえて口に出すことはしなかったものの、ライラの体の変化にも気づいていた。
どのような方法かはさておき、より人間っぽくなっている。ひいては少女らしく。
未だ表情に不気味さは残るが、初見でも比較的心中は穏やかだろう。
姿だけを見るならば、その辺の物好きな男が寄り付きそうである。
しかし結局、パーティーを組み続けることは確定的になった上で、ゼントはこの少女の扱いを決めかねていた。
自分より実力は上、しかし一般的な思考が欠如している。
もし、実習教育のように功を焦り、一人行動などの暴走をされると手が付けられない。
心無い表現をすれば、地雷を携えた獣だ。従順であることが唯一の救いであると言うだけ。
だからこそ、自分が手綱を握る必要と責任があり、同時にそれを行える自信も資格も自らに感じられなかった。
その関係は果たしてパーティーと言えるのだろうか。
下手に長引かせたところで、互いに良い結果が待っているとは思えなかった。
解消できるのであれば、それが少女の為にもなるだろう。が、しかし一度でも手を取った以上はやり切るしかないのだ。
その後、ゼントは大通りへと向かう……
のではなく、通り急ぎ足に過ぎて再び路地に入り込み、人目を避けて買い物を始める。
まだ町中を堂々と歩く耐性は付いていなかった。
ライラは言われた通り邪魔をするどころか、声すら掛けてこなくなる。
ただ後ろに付いて回り、品物を買う様子や露店の品を興味深そうに眺めたりするだけ。
まれに姿が見えなくなることもあったが、気が付くとまた背後に居る。
本当に行動が読めない。情緒といった心の動きも。
ゼントはライラという人間を、しばらくの時間を掛けて観察することにした。
パーティーを組むにあたって、思考を把握できないのは厄介極まりない。
常に綻びが生じており、いつ決壊するかも分からない状態では心が休まらないと考えた故。
しかし、彼女の視線を追ってみても、まるで規則性が無く頭が痛くなるばかりだ。
露店で売られている髪留めなどに興味を示したかと思うと、どこでも見るようなありふれた物にまで真剣な眼差しを向けている。
無差別と言われた方が、まだ理解の及ぶところだろう。
表情や仕草に関しては言うまでもなく。最中はたまに見る笑顔すらない。
変に大人びていると言うよりは、ただただ鉱石のように無機質で分からず。
前述した真剣な眼差しというのも、ただ長時間見つめていたというだけで、表情に変化は見られなかった。
強いて気になった点を上げるならば、彼女の瞳は固定されていると言っていいほど動かない。
例え周りに気になるものを見つけても、まるごと首を動かしていた。
回転などが足りない場合は体すらも反応させる。普通に視線だけを動かした方が楽だと思えるのだが……
ずっと買い物の間、長々しく時間を使った割に、分かったことはほとんど無い。
用事というのも滞り無く終わってしまい、後は急いで帰るだけとなった。
ユーラを長時間待たせてしまっている。これ以上の時間を掛ける事は許されない。
「買うべき物は一通りそろった。同行するのはここまでにしてくれ」
振り返ってライラが居ることを確認すると、その旨を端的に告げて目的地に向けて歩き出す。
だがしかし――
帰路の道中、足音と気配を感じて再び後を確認すると、未だ付いてくるライラの姿があった。
「おい、なぜ居るんだ?これ以上は付いてくるなと言ったはずだ」
「付いて行ったらダメ?家で私に手伝えることはない?」
「無い。今日は終わりだ。帰ってくれ」
「そう…………」
ゼントが疲れ切ったように告げると、大人しく引き下がる。路地裏で言ったことが効いたようだった。
この調子なら、依頼の方も何とかなる気がしてくる。油断はまだ禁物ではあるが、
手伝ってくれるというのはありがたいのだが、如何せん必要性を感じない。
加えてユーラの件があるので、あまり家に上げたくもなかった。
了承が取れたところで、ゼントはまた歩き出す。
ふと気になって後ろを見ても、ライラは先程の場所に立ち止まって一点を見ているだけだ。
その時、おそらく気のせいだったのだろうが、眉を大きく下げ寂しそうな顔をしていた。




