第七十八話『禍福』
――ここは協会建物のすぐ横にある裏路地、
日陰の通路に黒を纏った二人は、顔を向かい合わせていた。
ルブアの町は路地が多く、ここも犯罪の温床にもなりうる場所。
ただ人目が無いという点においては好都合だった。
ゼントの表情は語るまでもない。腕を組み、不機嫌さを隠すことも無く眉を顰めている。
対照的にライラはこちらの表情を伺い、どこか落ち着かない様子だ。
「――俺の言いたい事が分かるよな?」
「分からない」
自ら切り出したところで、首を横に振りそれが当然とばかりに返してきた。
諦めた様にため息が出る。しかし憤ったところで話が進むわけでもない。
「……じゃあもう直接聞く。何でカイロスに対してあんな態度を取ったんだ」
「何でそんな事聞くの?ゼントには関係ない事よね?」
初手からそれだった。論点をずらして話を遮ろうとする。
確かに他人と言われてしまってはその通りだが、係わりがないからと言ってやってはいけない事はある。
人と交流をとる上で致命的な態度を直すために、ゼントは諦めずに別の角度から切り込んだ。
「誰かれ構わずあんな態度だと、そのうち誰にも相手にされなくなるぞ。仕事も回されず、自分自身の首を絞めることになる」
「私はお金が欲しいわけじゃないから、別にいい」
「だったら、俺が迷惑なんだ。連れの態度がなってないと、こっちも後ろ指をさされる」
「気に入らない奴がいるなら言ってほしい。私が何とかしてあげるから」
どうやら何を言っても無駄らしい。
まるで、躾のなっていない愛玩動物を見ている気分だった。
ふと、家で帰りを待ってくれているユーラを思い出す。
多少のわがままは言うものの、どれも子供じみてかわいらしいものだ。
対比させるものでもないかもしれないが、この差は何なのだと思いふけってしまう。
「……分かった。俺はなるべく早く、別に組んでくれる人を探す。見つかり次第お前とはパーティーを組むのをやめる」
「どうしてそうなるの、私が何か悪いことした?」
「それをお前が理解さえしてくれれば、問題はないんだが……」
「ねえ、どこが悪い所があるなら言って。完璧になるから、そんなこと言わないで、一緒にやっていこう?」
ゼントは頭を抱え、ため息を織り交ぜながら諦めの境地を晒す。
とうとう理解したのだ。諭そうとしても、思った通りに誘導できないと、
独自の価値観を持っており、彼女に一般人のような思考を求めるのは酷というものだ。
一方のライラは彼の反応に対して、やや語気を強めて迫ってきた。
表に出てくる感情は薄くとも、早口な口調から焦りが窺える。
「言ったところで聞き入れてくれないじゃないか……嫌なら少しは言い訳ばかりせずにこっちの話を聞いてくれないか?」
「…………分かった……」
そこまで言うと途端にゼントの態度は軟化する。最後まで強くは言いきれなかった。
目の前の少女は、あくまで自分と“組んでくれている”という事実を思い出したからだ。
全ては自分の問題で、やりきれない思いに再び駆られる。引くにしても引ききれない。
しかし彼女も彼女で、どうしても一緒に組みたい理由があるらしく、ようやく素直になってくれた。
ゼントとしても戦闘面に関しては、心強い人材であることに変わりはない。
互いに利害が一致しているからこそ、妥協せざるを得ないのだ。
「なあ、お前は強いんだろ?だったら、もっと強者として持つべき振る舞いがあると思わないか?」
「そんなの知らない。強かったら他の生物に食べられずに済むっていうだけ」
無駄だと分かりながらも、最後のあがきを見せる。
しかし、返ってきたのは何とも野性味あふれる回答だった。
実習教育の際に探し物をしながら、外の世界を旅していたとか言っていた気がする。
外で強かに生きてきた人間だからこそ、何でもないように出てくる言葉なのだろう。
かような者に一般常識を期待する方がどうかしている。
いい意味で見切りを付けて、気分を切り替えるべきだった。
「そうか……でもとにかくだ。他の人間に対して絶対あんな態度を取るな。最低限俺と同じように接しろ」
「うん。そうする」
思えば、逆になぜ自分に対しては普通に接してくれるのか、聞くべきだったかもしれない。
単純に好意があるだけ、それだと差に納得がいかない。
しかし、どうせ聞いても無駄なのだろうとゼントはまた諦める。
ライラは自分で嘘はつかないと言っていたから、今後はおそらく改善されるだろう。
淡い期待ではあったが、今はその言葉を信じてみることにした。
そしてゼントは踵を返して大通りへと歩き出す。
ライラはただ、ちょっぴり不器用なだけなのです。
元来の合理的すぎる思考に感情が混ざってしまい、未知の情緒に疲労、ひどく混乱してしまっています。
また自分の価値観で導き出された計算と、人間の気まぐれな言動の不一致に付いて行けず、
自身でもどう応対するのが最善なのか、現状は模索している段階です。
でも好きな人に対しての気持ちは偽りではありません。
他の者に関しては価値がない、とどうでもよくと思ってしまっていますが……
気持ちを直接、それも素直に伝えられたら、また結末は違ったのかもしれません。
しかし、彼女は自分の持つ気持ちや感情を表情や仕草、声色で表現するなど、それを誰かに向かって伝達する手段をまだほんの一部しか学べていないのです。
嫌悪感を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、創作者として、どうか温かい目で見守っていただけると幸いです。




