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第七十七話『継当』

 



 ――セイラと、それからカイロスにも軽く会釈した。

 ゼントは落ち着きならない様子でドアの外を出る。


 大広間に出ると、そこに居た。件の人物が、

 部屋を背にして、粋に壁へと寄りかかり、靴のかかとを持ち上げては足を地面に落とし、子どものように遊んでいた。

 視線はずっと足先に向かっていたが、ゼントが出てきた瞬間に気が付き、笑顔で近づいてくる。



「――ゼント、大丈夫?何か必要な物があれば、私がまた買って来るよ?」


 どうやら、しばらく見ない間に性格が変わったわけでもなさそうだ。

 歓喜に満ちたような優しく包み込むような声に、ゼントの疑問は膨らむばかり。

 何故、他の者に対しても同じような態度が取れないのかと、

 もう少しだけ愛嬌を振りまいても罰は当たらないだろう。



「お前は……――っ!」


 一瞬だけ憤りが出てきそうになり、そこまで言いかけて、ふと横を見る。

 大広間全体が視界の中心に映った。

 そして、至る所全てに冒険者が在り――ほぼ全員がこちらを捉えていたのだ。


 考えてみれば当たり前かもしれない。

 ライラは単騎で竜を倒したとして、既に町ではちょっとした有名人だ。

 しかも、協会に入ってから真面に姿を見たものはごく少数だった。


 しかしどういうわけだろう。彼女の元に近づこうとするものは誰も居なかった。

 騒動が起こった日と同じように、人だかりが出来てもおかしくないのだが……



 しかし、少なくともここでわざわざ言うような内容でもない。

 場所を変えた方が良いと直感で感じた。



「――ちょっとついてこい」


「うんっ」


 変わらず気さくな態度で返事をしてくる。

 説教くさい事はあまりしたくないが、場合によっては必要になるかもしれない。


 周囲の視線をひしひしと感じながらも、堪えることなく堂々と歩いたが実際はただの強がりだ。

 おどおどとした態度でみくびられるよりは、威厳をもって振舞っていたほうが、まだ自分に対して正当化できた。



 一歩ずつしっかりと踏みしめながら、ようやく出口付近までたどり着く。短いようで長いような道のり。

 しかし、ふと後ろを振り返ると再び問題が発生していた。

 ライラが、後ろを付いて来ていなかったのだ。


 ゼントはまた慌てて、広間全体を見渡した。すると幸いなことに、奥まった壁の近くで目的の人物は見つかる。

 そして彼女の艶やかな黒髪の近くには、見覚えのある赤毛があった。

 頑張って歩いた努力を放棄して、すぐさま戻る。


 どうやら、二人は向かい合って話し合っている様子。

 そう言えば以前、サラが彼女に挨拶したいと言っていたことを思い出した。



 何を話しているかは聞こえなかったのが、簡単な自己紹介でもしているのだろうと予想していた。

 しかしゼントは近づきながら、思いもよらない光景を見る。

 話していたサラの顔が、明らかに鼻白んだのだ。


 嫌な予感がした。またライラが異質なことを言ったのではないかと、

 単純に偶然そう見えただけかもしれない。

 流石に心配しすぎとも思われたが……サラの表情はどんどん冷めていき、しまいには目の周りが痙攣していた。


 ゼントは思わず走り出した。そして近づくと無意識に声を荒げていた。



「――おい。何をしている」


「この女に呼び止められていただけ、すぐ行く」



「そうじゃなくて、サラが不愉快そうじゃないか。どうせ、お前が何か余計な事を言ったんじゃないのか?」


「“どうせ”ってどういうこと?ゼントは私のことどう思っているの?」


 ライラの他人に対して相変わらずな様子に、周囲の降り注ぐ視線も気にせず言い合いなってしまう。

 それを横から止めてくれたのは他の誰でもなく、当事者であるサラだった。



「――ゼント、気にしないで……私が少し驚いちゃっただけだから」


 申し訳なさそうに苦い笑いを浮かべた。しかし、未だ瞳には動揺が映りこんでいる。

 ライラに聞いても仕方ないと感じ、今度はサラへと話しかける



「一体何の話していたんだ?」


「軽い挨拶と、ちょっとした世間話だけよ」


 ゼントは本能的に彼女の言葉は嘘だと感じた。心配かけまいと気を使ったのだろうと、

 直前に見せた気後れした表情を見た限り、少なくともそのような温和な会話ではないことくらい分かる。

 決めつけるのは良くないのだが、そうでもなければと納得できない。



「サラ、迷惑かけて悪かった。俺はこいつと話があるから失礼する」


「本当に何でもないのよ。あなたが気にするようなことは無いわ」


 立て続けざまに起こった二度の謝罪、

 カイロスの時は一時の気の迷いだと思って甘く見積もったが、

 流石に少し強く言って聞かせねばなるまいと判断した。



「ほら、行くぞ」


 サラの言葉は受け入れつつも、ライラの腕を半ば強引に引っ張って外に連れ出そうとする。



「ゼント、誓って私は何も悪い事はしてない」


「いいから行くぞ!」


 怒りを含ませた強い言葉を掛けると、ライラは何も言わず、大人しくついてくるようになった。

 先程の堂々とした歩きではなく、急ぎ足に逃げ帰るような歩幅だ。

 時には途中の数人の人だかりや、出入口からの往来をかき分け、感情任せに押し通り、次第に姿が見えなくなる。


 一方協会の中、残されたサラは、にこやかな笑顔で手を軽く振っていた

 歯を強く噛みしめ、もう一方の手のひらには、長い爪を食い込ませて……


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