第七十五話『行状』
「――っじゃ!めでたくパーティーも組めたというところで、早速やってほしい依頼があるんだ!」
嬉しそうな顔で語るカイロス。それもそのはず、
ゼントをわざわざここへ呼んだ目的の半分は、冒険者の仕事への再起なのだから。
協会の職務が滞っていることも理由があったが、本気でゼントを心配していた。
同時に信じられなかった。半年間ずっと閉じることしか知らなかった心が、少なからず明るく動いていることに、
頭ごなしに叱咤激励しても、優しく諭そうと思っても、今まで薄い反応しか返してくれなかった。
時間はかなり掛かったが、そのおかげだろうとカイロスは実感している。
「いや、装備の準備もそうだし、家の事でもやりたい事がたまっているから、今すぐには無理だ。最低でも数日は時間をくれ」
「え?そ、そうか……協会本部から直々の調査依頼だから、なるべく急いでほしいんだが……」
素知らぬ顔で繰り出される単語からは、並々ならぬ力強が表れていた。
ゼントは嫌な記憶がよみがえり、怖気づいて声を上げる。
調査依頼、それも本部から直接となると、明らかに重要そうなものだからだ。
「調査ってことは難度が分からないじゃないか!しかもわざわざ帝都からなんて……なんでよりによって、そんなものを俺に充てがうんだ!」
「それは過分な杞憂だ。俺はお前だけに言ってるんじゃない。お前たちに言っている。内容は竜が現れた付近の周辺調査だけだ。それにほら、この手の話なら以前はよく受けてくれたじゃないか」
カイロスはそう言うが完全なる誤解だった。
依頼は全て“彼女”が選定していた。ゼントが好んでいたわけでは無い。
調査と言われて、未開拓遺跡の探索では?と勘ぐっていた。
違うと分かって、安堵から胸を撫で下ろしながら詳細を聞く。
「調査なら既に支部長自ら赴いて完遂したんじゃないのか?」
「十二分にしたつもりだが、大した痕跡は見つからなかったんだ。それを報告したら念を入れて再調査しろとのお達しだ。それだけ向こうも動揺しているんだろう。そういうことだから、楽にして受けてくれよ」
「まあ大体分かった。それだったら問題なく引き受けられる。でも最低限必要な時間はくれ」
「それでいい。調査項目はこの指南書に全部書いてあるから、一つずつ確認していってくれ」
未だ不安で居竦まるゼントとは対照的に、カイロスは満足そうに笑顔で深く頷く。
そして、数ページの冊子を手渡してくる。開いてみると、やはり文字しか書かれていない。
勿論ゼントの顔は苦笑いで引きつった。全くと言っていいほど理解できなかったからだ。
こうなれば、また恥を忍んでユーラにでも頼るしかない。
「質問や何か他に言いたい事はあるか?無ければ今日はこれで終いだ。一応、調査に出発する前には声を掛けてくれ」
「あ、ああ………俺は特に何も………お前はどうなんだ?」
後方へ疑問を呈した声を掛ける。
今までずっと口を挟まなかったが、不都合が無いかと確認したのだ。
だが、再び振り返ると……後ろに居たはずの彼女が見当たらない。
慌てて部屋全体を見渡すと、扉から出て行く姿があった。
顔を顰めながら思わず声を荒げる。
「おい!どこ行くんだ!?」
「難しい話は全てゼントに任せる。外で待ってるから、私の事は気にしないで」
それは長年付き添った仲間かのような言い草だった。
まるで全てにおいて信頼していると言わんばかり。
懲りずに勝手な行動を……と不安になりながら、ゼントも部屋から退出しようと立ち上がる。
彼女の取った行為は、よく知りもしない相手に無条件に背中を預けるようなもの。
何故そんな不用心な事が出来るのか、聞いたところでまたはぐらかされるだけだ。
深い溜息を吐く傍らで、カイロスは笑顔でライラに話しかけた。
「ライラくんも初っ端から色々大変で互いに挨拶が遅れてしまったけど、これからよろしく頼むよ」
呼び捨てにできないのは、まだ彼女の人柄が分からないからであろう。
それでも精いっぱいの明るい声で歓迎した。しかしライラは――
「――私に指図しないで、名前も気安く呼ばないでくれる?」
わざわざ閉まりかけていた扉から顔を部屋に戻し、威圧するような目で言葉を放り出した。
その瞬間、空気は一変し、ゼントの動きは完全に止まってしまう。
たった今の言葉は本当に彼女から出た言葉なのか、信じられなかった。
例えそうだとしても、何らかの聞き間違いだと思いたい。
今まで彼女に対して、思っていた印象が覆ってしまったからだ。
勝手な行動を取るのも、ある意味飾り気のない性格なのだと評価していた。
自分を名前で呼んでほしいなどと、おどけていて調子がいい所も少なからず感じている。
勿論彼女の全てを知っているわけでは無い。理解など簡単にはできない。
しかし、冒険者としての支部長に対する今の言動は、あまりにも礼儀を弁えていなかった。
「あ、はは、これはまた随分と、厳しい、な……はは」
カイロスも思考を停止して、見事なまでに放心状態と化している。
結局、ライラはそのまま扉を閉めて、大広間へ行ってしまう。
残った部屋の空気は葬送のように、居心地の悪さで満たされていた。




