第七十四話『手札』
協会の部屋で、比較的明るく綺麗な応接室の中、
ゼントには幾つもの悩みを抱えている。
仕事の依頼を受けるにも、越えなくてはならない壁が存在していた。
まず以前も話したように、彼の実力は平均以下。識字すらおぼろげだ。
例え同じような実力の冒険者と組んだとしても、以前のように高度な依頼を受けて、沢山稼ぐ、というやり方はできない。
協会規則もその一つ。何とか一人だけで依頼を受けられないかと、長に駄目元で提案したのだった。
自ら流した町での悪評も祟って、彼と進んでパーティーを組んでくれる人など、二人しかいない。
そのうちの一人が今、ゼントの後ろに控えていた。
カイロスの送った視線を追いかけて、後ろを振り返ると――
「――っ!?いつからそこに!?」
「ん?最初からずっとそこに居たじゃないか……なんだ?分かってなかったのか?わざわざ出てきてくれたんだろ」
カイロスは何食わぬ顔でそう告げるが、心音が激しくなりすぎてそれどころではない。
通常であれば気配に気が付くはずだ。
部屋に静寂が訪れた段階で物音やら息遣いやら、そこに存在する限り、何かしらで察知できる。
彼は才能こそないが、長年培った経験がある。
しかし、違和感すら感じ取ることはできなかった。
一度気が付くと、皆の視線が自分に合っていない時を思い出した。
決してゼントの実力不足だったというわけではない。
彼女が動くことも呼吸もなく、静かに佇んでいた結果だろう。
それだけの技術を持った強者。そう思い込むことで、無理やり納得させた。
誰が後ろに立って居たのかは言うまでもない。
しかし、確か彼女はメモを渡して簡単な使いを頼んだはずなのに、こんなところで何をしているのだろうか。
いつ入ってきた?ずっと後ろで会話を聴いていたらしいが……
最後に見た時よりも、いや、それ以上に不快そうな表情をしている。
「何でここに居るんだ?」
「ゼントが困っているからだよ。一緒にお仕事する人が欲しいんでしょ?なら、私が一緒にやってあげるよ」
話しかけると途端に僅かだが笑みを見せた。
だが、彼が今質問しているのは『何故?』ではなく『どのように?』が正しい。
ライラに聞いたところで、欲しい情報は一切返ってこないことを思いだした。
そしてゼントは彼女に態度に辟易としている。
自分より上の存在だとは百も承知だ。
手を差し伸べてもらっている身で、既に傲慢なのかもしれない。
しかし、一方的に上から目線の口調なのが、人としてどうしても受け入れられなかった。
初めて会った時からここまで印象が悪い人物もそう居ない。
まるで篭絡する意図があるかのように、頃合いに現れる狡猾さにも、疑問を通り抜けて呆れかけている。
「今朝頼んだ事はどうした」
「もう終わって家に届けたよ」
椅子の背板ごしの会話はひどく淡々としていた。
ふてぶてしいゼントとは対照的に、彼女の声には淡泊ながらも柔らかさがある。
目の前のライラは良くも悪くも、頼んだ事は確実にやり遂げる性格だ。
完了してもない仕事を放り出して、道草を食うわけでは無い事は分かっていた。
だが依頼をこなしてくれたライラに対し、感心するでも感謝するでもなく、ひとつ深いため息を吐くだけだ。
「それで、私と組んでくれるんでしょ?」
無意識に手を差し伸べるライラ。
懲りることなく、それがさも当たり前であるかのような態度で迫って来る。
なんとなく、鼻を明かしてやろうと思って首を横に振ってやった。
「いや、他を当たる。前にも言ったが実力が嚙み合ってないだろう。お前に迷惑だし、なにより足手まといになるのはごめんだ」
他の候補者を見つけるのは絶望的だろう。それは重々承知だった。
でも、ただ目の前の少女の言いなりになるのは、意思が無いように見えて癪に障る。
また彼の刹那的という悪い癖が出ていたのだが、多からず同情の余地はあった。
同時に、ゼントの口から出た言葉は、かつての自分自身に向かって返って来る。
割り切って卑下こそないものの、勝手に自尊心が削られた。
大きな代償こそあったが、どうやら目的は達成できたようだ。
「っ!?なんでよ!?そんなの別に構わない、私は気にしない!お金が必要なんでしょ?」
彼女にしては珍しく、大きな声を上げた。“はい”としか言えない状況から不意を衝かれた様子。
普段はおっとりとした人物の感情的で滑稽な姿に、意趣返しできたと笑みを漏らした。
ここだけの心情を切り取ると、どう見てもゼントが悪者に見えてしまう。
彼の心の内など知らないカイロスは、その様子にライラ側に憐憫を垂れた。
「おいゼント、せっかく声を掛けてもらっているんだから、素直に受けたらどうだ?こんな機会滅多にないんだぞ?それにお前は手段を選べる状況じゃないだろ。その子は冒険者としては新米だ。どうせなら互いに技術を学べばいいじゃないか」
それを聞いたゼントは張り裂けた様に我に返る。
今は自分の気持ちなど二の次であることに気が付いた。
先程フォモスに心配ないと言ったばかりであるのに、何を考えているのだと。
正直に言えば、なるべく関わりたくはない。
一歩一歩、歩幅は小さくとも確実に積み重ねてきた研鑽を、強大な才能というのは更に矮小なものへと変貌させる。
しかしそれでも、守るべき者のために耐え忍び、多大に手を借りるべきなのだ。
「――分かったよ」
投げやりとも言えるいい加減さだった。
これもユーラの為だ。
そう自らに言い聞かせて、ゼントはなくなく彼女の手を取る。
血が通ってないのか金属のような冷たさが伝わってきて一瞬驚いたが、何故か離れない。
一方、手を取られたライラの余裕の無かった表情は、蕾が花開くように綻んでいた。




