表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/309

第七十話『要望』

 



「――悪い。実は俺、文字とか書けないんだ」



「「え?」」


 直前になって言い出すよりもましだと考えたので、先に自ら言い出した。

 唖然の声が前後から聞こえてくる。注がれる視線も痛い。



 ゼントが困ってしまった理由はそれだった。

 実際、読み書きをほとんどと言っていいほどできない。

 できるのは精々、自分の名前が書けて、数字と数種類の単語を知っているくらい。


 なぜこうなったのかと言うと、彼のかつての日常では文字を覚える必要が無いからだ。

 冒険者協会の依頼手続きは、全部恋人に任せてあった。

 読み書きは学ぶ機会もあったのだが、彼女に必要ないと止められていた故。



 冒険者にとって最低限は身に着けた方がいい技術。

 だが、町全体を見ても一般人の識字率が高いわけでは無い。

 だから、当時のゼントはそこまで気にしていなかった。


 彼が半年間依頼を受けなかった理由はそこにもある。

 文字が書けない事が恥ずかしかったので、少し見栄を張ってしまった。



「じゃあ、ゆーらがかくから、おにいちゃんはかくことをいって!」


 居心地が悪かった空気だったが、ユーラが横から登場したことにより少し和んだ。

 教養が無いと笑われるかと思っていた。

 だが先程の愚痴を零す様子から一変、どうしてだか目が爛々と輝いていた。



「では、お言葉に甘えて……、書く物を渡してくれるか?」


 ライラに向かって筆記物を渡すように要求する。

 すると彼女はユーラとは対照的に、不愛想が極まったような不機嫌になり声にも表れ初めた。



「いい、私が自分で書くから。ゼントはさっきの内容をもう一回言って」


「やだ!ゆーらがかくんだから!!」


 仕事を盗られたことがそんなに嫌なのか、横に居たユーラが突然大きな声を上げる。

 彼女の見るとものすごい剣幕でライラの方を睨んでいた。

 その様子を見て、ゼントは少し気になったことを聞いてみる。



「そういえばユーラ、こいつの事は怖がらないんだな」


「え?このひともこわいけど……あいつらよりはだいぶまし、かな?」


 自身でも違和感に気づいたのだろう。

 首を傾げ考え込んだ挙句、自身無さげに答えた。


 もしかして普通に見えているのか?

 なにか怖がらない人間に基準や条件があるのかも知れない。

 様々に思考するよりも前に、ユーラがせがんできた。



「ねえ、それよりもおにいちゃん。ゆーらにそれかかせて」


「だめ、これは私がやるの。あなたは引っ込んでて」


 そう彼女が指差すのはもちろん、ライラが手に持つ紙だった。

 対し、事情が分かってないライラは大人げなく高慢に返す。



「悪いんだが、それをユーラに渡してくれないか?」


 思えばずっとユーラには我慢させてしまっていた。

 第一に考えると言うからには、ささやかな願いは叶えて然るべきだろう。

 だが、ゼントの行動に快く思わない者が一人。



「ゼントはそいつに味方するんだね……」


 何気ない一言に対し、湿り気を帯びた目で見返す。

 恨めしそうな声に臆する事無く、ゼントは言葉を返した。



「味方とかそんな曖昧なものじゃない」


「なら、なんなの?」



「――家族だ」


「…………」


 それは一見すると衝撃的な発言だっただろう。だがあながち間違っているわけでもなかった。

 同じ家に住み、片方はゼントを兄と慕う。血の繋がりは関係ない。

 信念の持ったその単語は、ユーラを安心させる為でもあり、自分に言い聞かせる為でもあった。


 一方のライラは口を開くことは無く、得も言われぬ感情が渦巻いている。

 強いて形容するなら屈辱を噛みしめた表情をしていた。

 初めに見えた笑みは滞ることなく消え去り、もうどこにも無い。



「難しいことを要求しているつもりはない。紙とペンを渡してくれと言っているんだ。それくらい別にいいだろ?」


「…………はい、これ」


 毅然とした態度で軽口を叩くと、彼女は渋々手を差し出す。

 高々小さい用具ごときに、なぜそこまで惜しそうな顔ができるのか、ゼントは分からなかった。



「ほら、使い方は……流石に知ってるか……」


「うん!ありがとうおにいちゃん」


 目的の物を受け取ったゼントは、それをそのまま手渡し、できる限り笑顔を見せる。

 先程の言葉を言った影響もあってか、更にユーラは目を輝かせていた。



 そして、ゼントは考えている内容を口に出し、それをユーラがすらすらと紙に書いていく。

 文字を書くという、自分ができないことをユーラは当たり前のようにこなす。

 その姿を見て、自分との能力の差にどこか複雑な気持ちになった。



「――はい!これでぜんぶ?」


「ああ、全部だ。ありがとう」



「うん!やくにたてて、ゆーらもうれしい!これからもいってくれればなんでもするから!」


 満面の笑み。それは、慕う者に頼られたことに対する会心と、役に立てたという安心からだった。

 未だに見捨てられるのでは、という心配が払しょくできていない。

 それは大好きな者への言葉すら、正面から受け止められなくなるほどに、



「はいこれ。回りくどくて悪かったな。これを頼めるか?あと金は……」


「いらない。もう行ってくる」



「あっ、おい!」


 ユーラが書いたメモを受け取るや否や、必要なお金も受け取らずに出て行ってしまう。

 機嫌の悪さを隠そうともせず、声からは不快が表れていた。

 ゼントとユーラは二人きり、もの静かな部屋に残される。



「まあ、いいか……」


 ライラの様子は気になるが、今は置いて置こう。

 問題は解消したが、それもあくまで一時的なものだ。

 彼は抜本的な解決をすべく、ゼントはユーラとの話し合いを続行するのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ