第六十四話『生末』
眠りに就いたユーラは着替えさせられて、それから熱を出してしまった。
やはり幼い精神は、急激な環境の変化に耐え切れなかったのだろう。
しかし命に別状はなかった。今は氷嚢を額に載せられ、修道女に見守られながら安静を維持している。
ゼントはと言うと、その間神官長から幼い頃のユーラについて、また話を聞いている。
昔好きだった遊び、食べ物、思い出など、
何でもいいから記憶が戻りそうな手掛かりを集めようと思っていた。
感慨深そうに語る彼の目は、戻らない過去を懐かしんでいるかのよう。
我が子同然に育てた彼女が、こんなことになってしまって、他の者と同様に、かなり心を痛めたらしい。
ふと気になって神官長の名前を尋ねてみたが、自由に呼ぶようにと返答された。
彼は既に名前は捨てているらしい。だが、余計に困ってしまう気もする。
そうこうしているうちに窓の外は暗く、夜になっていた。
建物の中は火で灯りが取られているので、気が付くのが遅れる。
家に戻ろうとも思ったが、神官長に止められる。
「彼女の傍に居てやりなさい。それに、今日はもう遅いですし」
ユーラと同じ部屋にわざわざベッドを運んでもらって、彼女の物とは反対側の部屋の隅に置かれている。食事まで頂けて至れり尽くせりだった。
いつもと違うベッドの上、抱えて大きな胸の苦しみが取れたはずなのに、安眠は出来ない。
となりで、熱に浮かされているユーラだけの心配ではない。ゼントは今、別の新たな二つの悩みが出来ていた。
一つはこれからの事。
ユーラと一緒に暮らすとして、住む場所とお金だ。
ゼントが今住処にしている所では、埃と瓦礫まみれで困難を極める。
二人で暮らすとなると、お金が大量に要る。衣食住、全てに必要だった。
今ある財産では遠からず底をつくだろう。
一人で気ままに貧乏暮らしならまだしも、ユーラにも強いるわけにはいかない。
頼れるには自分だけ、ならば稼ぐしかあるまい。
どこでどうやって? そう、冒険者の依頼を受けてだ。
気乗りしないがやると決めた以上、最後まで責任を持たなくてはならない。
二つ目はユーラが眠る直前の出来事についてだった。
何故、あのような事を言って来たのだろうか。
しかも、一時的にだが子供っぽさが抜けていた気がした。
自分の死を疑似的に予感して、最後の願いを吐き出したのか。
それとも単純に夢と現実の区別がついてなくて、ひねくれていたのかもしれない。
ゼントは彼女に向かって“愛している”とは言ったが、無論上辺の言葉だけだ。
心の底から湧き出てくる感情を述べたわけでは無い。
そして彼女もそれは理解していた。それがあの発言に繋がっている。
まあ、最後は笑ってくれたんだし大丈夫なはずだ。
ユーラが目を覚ましてから聞けば良い。
そう思って、ゼントはベッドの上で横になった。
ユーラと部屋で二人きり、自然と嫌悪感は無い。
上を見上げると平らな天井、嫌な事を思い出してしまう。
結局その日、ゼントは安眠することができなかった。
――翌朝、夜明けともにゼントは目覚めた。
起き上がり、ユーラのベッドに近づいて様子を確認する。
まだ顔は赤く熱があるようだが、昨日よりは呼吸が落ち着いていて、状態はよくなっているようだった。
夜に飲まされていた解熱剤が役に立ったのかもしれない。
熱が下がるまでゼントは何もできない。
彼女がどうしたいのか。意志も確認しなければならない。
後回しでもいいが、ハイス達にもこのことを伝えるべきだろう。
一旦住処に戻って、最低限でもユーラを迎える準備をすべきだが、
彼女が目覚めた時、傍に居てやれなかったら、本気で死のうとするかもしれない。
だから、ゼントにできることは回復を待つことだけだ。
待つ間、今日も神官長の昔話を聞いている。その中で彼は少し気になる事を話していた。
ユーラが化け物に襲われる前日くらいに、お金を借りに来たらしい。
理由をくわしく尋ねると、新しく家を買うことにしたから、まとまった資金が必要だったのだとか。
それを聞いたゼントは、心当たりがあった。自分が拘束されていたあの家だろうと、
わざわざ借金をしてまで家を買うことに、何の利得があったのか。
今となっては知ることは困難だ。
ともあれゼントはすべきことが一つ増えた。
ユーラの抱えていた負債を返さねばならないという事だ。
神官長は返さなくてもいいと言ってくれた。
ずっと彼女から寄進を受けていたかららしいが、ご厚意に甘えるわけにはいかない。
いっそのこと、その購入したと思われる家に彼女と住んでもいいが、化け物に襲われた場所だ。
気分として続かない。分かっていても流石に無理だ。
今日はずっと教会に居る。
美しい庭園の手入れや、堂内の清掃など、手伝えることは手伝った。
そしてまた話を聞いているうちに、ふと外を見ると暗くなってしまっていた。
神官長との話は、一方通行ではあったがゼントにとっても微笑ましく、聞いているうちだけは時間を忘れられた。
同じ日の夜、ユーラの熱が下がって彼女は目覚めた。




