↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/309

第六十話『類同』

 



「――あれ?」



 素晴らしい夢を見ていたはずなのに、朝、ゼントは喪失感と共に目が覚める。

 視界に入るは見慣れた天井。無理やり現実に引き戻されてしまったようだ。


 まだ本当の彼女を見られていないというのに、

 もう少しうまくやればよかったと後悔しても遅い。


 窓の外から差し込む光は垂直に近い。

 どうやら良い夢を見ていた分、長く眠りすぎてしまったようだ。


 起き上がろうとすると、いつもより力が居ることに気が付く。

 手をついても寝床が沈み込む。謎の軟化現象が起こっている事を忘れていた。


 壁を使って何とか起き上がると、瞼を手で摩る。

 そして両手を頭の上で伸びをして、大きな欠伸を一つ。

 柔らかい寝床おかげか、目覚めだけはとてもいい。



 ゼントは立ち上がり、斜め後ろに置かれている剣を手に持つ。

 細く長く大きく、なのに軽い。気泡の無い氷の様に透き通ったそれ、

 持ったところで中央に刻まれた模様は光らない。彼にはこの魔術具の適性が無いからだ。


 どうせ使えないのなら持っていても仕方ない。

 他の欲しがる人間に付け狙われるくらいなら、処分するべき、

 サラにはそう言われたが、そんなことできるはずがなかった。


 大剣はライラの唯一残った形見だった。亡骸は疎か、墓すら立てられてやれてない。

 未知の遺跡の探索途中で死んだため、危険すぎて遺品の回収ができていなかった。

 同行した他の冒険者も途中で全滅している。彼だけ現地の住人によって助け出されていた。


 ゼントは何かを取り払うかのように首を振り、すぐに剣を置いた。

 通り過ぎた過去を思い返しても辛いだけ。




 とにかく、明日が今日になってしまった。

 夢を見たことは何よりだが、心に染み入ることも余韻に浸ることもない。

 現実ではないという事を認知してしまっていたからだろうか。


 それよりも今後のことを考えなくてはならない。

 ユーラの一件に、まだ心の整理がついていない。

 目が覚めると、現実で抱える問題が重く圧し掛かって来る。



 そうだ。ユーラを教会に預けて既に丸一日が経過している。

 今日は彼女の様子を見に行こう。それがせめてもの償いになる。

 予定を決めたゼントはすぐに行動を始めた。



 今回は町の外を経由して教会へ向かった。理由は単純、町中では人の視線が痛いからだ。

 幸いどちらの場所も西のはずれ。外を通る時は多少危険が伴うが、町中を通るよりはましだった。


 かくしてゼントは教会へ向かう。不安感は自然と足を速くさせた。

 誰にも会うことは無く、無事にたどり着く。


 昨日と同じように、しかし人目を盗んで正面の門をくぐり抜けた。

 庭園をも通り抜けて、重い扉を開けるとすぐ正面には祈りを捧げる礼拝堂。

 一番奥には神祖を模した幼い少女の像が置かれ、像の同心円状に長椅子が配置されている。


 その一つに見たことのある後ろ姿があった。

 自らを神官長と称した好々爺、祈るような動作は無く考え事をしているようだ。

 石造りの地面を少し大きめの足音を立てながら近づいた。



「ゼントさん、ユーラに会いに来てくれたのですよね?お待ちしておりました、と言いたいところなのですが……」


 後ろを振り返りもせず、座った状態で彼はつぶやいた。

 思いがけない声かけに、驚いて腰が抜けそうになる。

 立ち上がり今度は振り返ってようやく会話の体勢に入った。


 そしてゼントは神官長の顔に不意を突かれて驚愕する。

 目の下には隈が出来て、全体がやつれていた。

 診療所に居た時のフォモスらと同じような顔、一瞬で何があったのか察してしまう。



「せっかく来ていただいたのに申し訳ないのですが、今は彼女に会わない方がよろしいかと。まだ精神が落ち着いていないようで……」


「何があったのか聞いても……?」


 分かり切った質問だが、聞かずにはいられない。

 万が一という可能性もある。



「それが我々にもよく分からないのです。目が覚めた瞬間から泣き喚き、いもしない“兄”を叫び呼ぶばかり。宥めようとするも暴れてしまって、食事を運ばせても食べてくれないどころか、外へと逃げ出そうとする始末。今は何とか落ち着いてくれていますが予断を許さない状況です」


 大きなため息を吐くと、肩を落とし俯く。

 内容はほとんど予想通りで、ゼントが危惧したものだったが思っていたよりも深刻だった。



「ほんの前までは、いつもの元気な様子だったのですが、我々との思い出も無くし、あそこまで変わり果ててしまうとは……詮索はご法度と承知の上で、もしよろしければ何があったかをお聞かせ願えませんか?」


 どこまでも申し訳なさそうに、こちらに語り掛けた。



「正体不明の赤い化け物に襲われたんです。そいつがユーラの頭を覆うように憑りついて、それで……」


「そいつはどんな様子でしたか?」


 簡潔に説明するとご老体は首を上げて分かりやすく興味を示す。

 優しそうな眼差しが一転、凶器のように鈍く尖ったものに変わった。



「突然天井から現れて、腕の形でぶら下がっていました。多分体の形を自由に変えられます」


 そうゼントが言うと目を閉じ、天を仰ぐようにしばらく考え込んだ後、

 静寂を含んだ堂内にも響かないくらい、ひっそりと答えた。



「正体が分からないという事でしたら、もしかしたらその化け物というのは“カヤル”かもしれませんね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。