第五十六話『憂悶』
ゼントはずっと考えていたことを包み隠さず打ち明けようと思っていた。
精神錯乱状態でやむなく教会へ預けた事。
サラが既に持っていた情報に、先程見聞きした事象の説明を加えた。
傍から見れば男女二人きりのお茶会とでも言えようか。
しかし実情は、安楽とはかけ離れている。
「――じゃあ彼女はもう冒険者に復帰できないの?」
「いや、まだ分からない。記憶が戻る可能性はあると医者が言っていた」
「それで悩みって何なの?貴方らしくもない…」
どことなく気落ちした様子でため息を吐くと、本題を聞いてきた。
彼女の美しく赤い双眸は、うっとりとした表情も相まって、心が吸い込まれそうになる。
「サラは言ってくれた。指導した者としての責任があると。だから俺もユーラに対して最後まで面倒を見る責任があると思うんだ。様子がおかしくなったのも化け物に襲われたのも、少なからず俺の非があると思う。なのに教会に預けるだけなんて無責任すぎる気がして……」
「ゼントは気負い過ぎよ。もう少し楽にしてもいいんじゃない?今聞いた話でも、あなたは見たことも無い魔獣から後輩の命を救ったのよ?それでいいじゃない。私があなたを気にかけるのはね、あなたの周りに頼れる人が誰も居ないからよ。あの子には他のパーティーメンバーが居るんでしょ?だったらそこまで負い目を感じる必要はないと思うけど」
そう言ってサラは自分で淹れたお茶を優雅に啜るが、ゼントの心は未だ暗雲が立ち込めている。
サラにはそれがよく分かっていた。初めからずっと内の動きを理解していたから。
「それに何故なのかよく分からないけど、ユーラが縋れるのは他に居ないみたいなんだ。それなのに俺は……」
「……ゼント、よく考えてもみて。元々あなたに責任なんて一切無いのよ。あなたが嫌がるようなことを、元の彼女も望んでは無いでしょ?もう一度言うけど、あなたが深く悩む必要は無いわ。冒険者なんて、いつ何があっても不思議じゃないんだから」
俯いた顔を、サラは真剣な眼差しで覗き込み、諭すように言葉を紡いだ。
ゼントは同情を求めている。サラもそれはよく分かっていた。
想いを引き寄せたいのであれば説得するのではなく、
甘い言葉で肯定し、親身に、よき理解者であるべきだった。
でもそれはできない。心が離れて行くのが分かっていたから。
だから話が微妙にかみ合っていなくて、無理やり忘れさせるように誘導している。
何より我慢ならなかったのは、今目の前の相手が見ているのは自分ではなく、別の女だということ。
「……分かった。突然の事だから、気が動転してたのかもしれない。サラの言うとおりにしてみるよ。わざわざ俺に付き合ってくれてありがとう。じゃあ来てすぐだけど、そろそろ……」
深く息を吐いて、観念したように呟いた。あまり納得はしていなさそうだが、
悩みをさらけ出したおかげか、一先ず落ち着いて考えられるようになった。
「良かった。じゃあこの話はおしまいね。気分を切り替えましょう。このハーブティーはリラックスできるの。折角淹れたから飲んでみて」
発言を遮り、ここらでは珍しい陶器に入った飲み物を目で指して言う。
先程から独特な匂いを発していたそれは、見た目だけは普通だった。
「それじゃあ……お言葉に甘えて……」
一旦家へ戻ろうとしていたが、立ち上がろうとした瞬間に腕を掴まれた。
あまり長居しても、サラに迷惑をかけてしまうと気を使ったつもりだったのだが……
一人でゆっくり過ごせる場所で心の整理もしたかったが、物理的に引き留められては致し方ない。
ゼントは、このハーブの香りが若干苦手だった。
いい匂いなのは間違いないがどうにも慣れない。
かといって、飲みたくないと言える雰囲気でもなく、
鼻から息は吸わないように、一気に喉に流し込んだ。
その様子を見て、サラは無邪気に笑っていた。
「あんまり好みじゃなかったみたいね。次はもう少しいい物を用意するわ」
「その、ごめん……初めて飲んだものだったから……」
悟らせないようにしたつもりだったが、逆に気を使わせてしまった……
ゼントは分かりやすく落ち込んでしまう。それがまたサラに配慮させてしまうのだが、
「話は変わるんだけど、ゼントが最近担当した新人の子って、あれから会ったりした?」
「いや、会って無いし、見てもいない。そういえば前にもサラに聞かれたな。前はぶっきらぼうな答え方で悪かった」
「タイミングを計れなかった私が悪いわ。まあ、会ってないならそれに越したことはないんだけどね」
「?なんで会いたいんだ?足を引っ張った俺が言うのもなんだけど、ふてぶてしい奴だったぞ」
「竜を一人で倒したっていう少女に会ってみたくてね。それと、ゼントの命を救ってくれたお礼を言おうと思って」
「サラまでお礼をいう必要は無いと思うけど。まあそういう事なら……気に掛けておくよ」
そう言うとゼントは再び立ち上がり、今度こそ家から出て行こうとする。
サラは引き留めない。ただ頬杖をついて支度を眺めているだけだ。
「サラ、町での流れている話は知ってるだろ?俺は卑怯で矮小な人間なんだ。今日は助かったけど、これからはもう無理に声を掛けなくていいから」
「私がしたくてしていることだから、あなたの意志は関係ないわ。ゼントが楽になるんだったらそれだけでいい」
玄関から出て行くとき、振り返って捨て台詞のように吐いた言葉だった。
だが、サラは関係ないと言ってくれた。
ゼントは気恥ずかしいので顔には出さないが、非常に嬉しくありがたい事だと思っている。
「そう……か。じゃ、じゃああと、赤い怪物には気を付けて、遭ったらすぐ逃げた方が良い」
「分かった。十分注意するわ」
彼女は始終、妖艶な笑みで語り掛けてくる。
やや伸びた後ろ髪が、不意に揺れた。
ゼントの中には複雑な思いが集って渦巻いている。
サラと初めて出会った時と同じ感情を抱いていたのだ。
二人の居る建物は、また小さく軋音を立てていた。




