第五十五話『導引』
「――いや、でも、その、なんといいますか……」
狭い路地の途中、ゼントはサラの誘いに口籠っている。
即答するべきだった。今日はもう帰ると。
しかし彼は未だ内在する衝動を制御することが出来ていない。
口調にも表れた様にそれが唯一の隙となった。
「また言ってる……私に対して敬語は使わないでって言ったでしょう?なんか距離があるみたいで嫌でしょ?」
「え?あ、ああ。ごめん」
それは、ゼントが初めて協会に入会し、冒険者としての手解きを受けていた時と全く同じセリフ。
上の者に対しての敬語は必須ではないが、サラに対しては無意識に使ってしまうことが度々あった。
彼女に友達口調は少し抵抗がある。それだけ今までにお世話になっているからだ。
例え当人に使うなと言われたところで、いつもより柔らかい言葉遣いになっている。
冒険者になりたての頃は驚くほどに無知だった。何でもできると思っていた。
先人に対する憧れが強すぎて、よく考えずに先走った失敗の数々。
自身の才能に絶望して、苦悩して、受け入れて、それから……
嫌な過去を思い出しながらもゼントは背筋を正し、真っ直ぐ前を向いた。
「それじゃ一緒に行きましょう」
「え!?まだ行くとは一言も……それに町の人の視線も……」
やはりゼントは拒絶しきれなかった。
顔を下に向けて目は右往左往と動いている。
「辛いときには、誰かを頼ることも重要よ。少し前のあなたみたいにね。それに私がそんな細かい事気にするような人間だと思ってたの?」
「細かい事って……」
ゼントに対する悪評は勢いこそ弱まりつつあるが、やはり健在だった。
そんな人間と一緒に居るなど、一般的な思考として非常識だ。
フォモスたちに同行したいた時も、町はずれだから人が少なくて良かったものの、本心では嫌がられていたかもしれない。
「気にしてくれるなら、早く行きましょう。すぐそこだから」
「あっ……」
言われるや否や、手を引っ張られ、駆け足で路地を抜けていく。
拒絶しきれない自分が悔しかった。
何気ないやさしさが、泣きたくなるほどに感慨深くて……
二人は恋人のように手をつなぎ、町ゆく人に見られながら大通り抜けて言った。
◇◆◇◆
「――お、おじゃまします……」
成り行きに任せて来てしまった……
後悔すればいいのか、喜べばいいのか。
これは心変わりでは決してないと、ゼントは懊悩を抱える。
「もう…!だから、言葉に気を使わなくてもいいから……“ただいま”くらい軽くていいから、ね?」
「…………」
流石にそこまで気さくに話す気にはなれず、苦笑いでやり過ごす。
サラの部屋に上がるのは初めてではないが、相変わらず無骨という言葉が合った。
部屋は明るいが、単調な家具が整然と並べられているだけ。
冒険者なのだから仕方ない部分ではあるが……
そう言った意味では、昔見た時よりもお洒落な雑貨が増えている気がする。
隅の机に置かれているのは……化粧用品だろうか。
窓際の椅子に座っているように言われ、しばらく待っているとサラが飲み物と菓子を持ってきた。
独特な香りがする。ハーブティーだろうか。
窓の外を眺めると、午後の通りを行く人で賑わっている。
ゆったりとした時間で、暫しの落ち着ける空間が創られた。
「この前の竜騒動の時は、本当に心配してたんだから。あんまり心の整理がついてない時に、邪魔しちゃってごめんね?」
「いや、心配されるような事を仕出かした俺が悪い」
互いに腰掛けると、サラは頬杖をついてこう切り出した。
気だるげに笑みを持たせた表情。
心なしか、昔に接した時より親近感がある気がした。
「協会でのゼントの話は聞いたわよ……その、仕事を押し付けられるのが嫌だとか、何か理由があってあんなこと言ったんじゃないの?」
「理由も何も俺は事実を言っただけなんだが……」
「そう……でも気持ちはわかるわ。私自身もここまでやってこれたのは、他三人の男メンバーのおかげだし……私達はもしかして似た者同士なのかもね」
あまり聞かれたくない所を突かれた。
心配をかけないように、笑顔を取り繕う事しかできない。
彼女は会話の先導が上手かった。
何を話せばよいか決めかねていたゼントに、会話への余裕を持たせる。
「そんなこと言って、サラは“魔術具”を扱えるじゃないか」
部屋の壁に飾られている、先端に重厚な装飾が施された杖を目で指して言った。
「あれは発動条件が厳しすぎて、使いどころがほとんどないの」
「でも扱えるだけでもすごいと思う。俺なんか……」
「強力な力には多くの代償が伴うものよ。持ってない方が良い事もたくさんあるわ。……例えば、この棒切れのために、ずっと命を狙われる可能性があるとかね」
「それは――ライラの剣も……?」
「そう……ね。欲深い人間はごまんといる。気持ちの整理がついているなら、あの大剣も早めに処分することを勧めるわ。剣一本のせいでゼントの命が奪われるなんて、婚約者ともあろう人も望むはずない」
「それは……絶対にできない」
その声はゼント自身でも驚くほどに冷たい声だった。
「ごめんなさい。ただあなたの事が心配で……」
サラは自身の間違いに気づき、許しを請う瞳で必死に取り繕う。
「サラはどうして、そんなに俺によくしてくれるんだ……?」
ゼントには怒りの感情は一切ない。
代わりに、ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。
一度浮かんだ疑問は考えれば考えるほど分からなくなっていく。
しかしサラは、迷うことなく理由を告げる。
「私はあなたを指導した者としての責任があるの。さっきも言ったけど悩み事があるなら相談してくれれば、力になれるかもしれないわ」
その言葉を聞いて、ゼントは一つの決心をした。
誰のことを考えていたかは言うまでもなく。
「ちょっと聞いてほしい事があるんだ。ユーラの事で!」
ようやくと言えるほどの時間をかけて、ゼントは心の咎を語り出した。
自分ではない女の名を聞いて、サラの眉が動いたのは言うまてまもない。




