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第五十三話『教会』



 



「――ちゃんと眠らせましたか?」



 ゼントは廊下へと続く扉を見る。

 そこにはフォモスたちが部屋の中を、壁に張り付いて覗き込んでいた。


 事前に、三人で彼女の移送について計画を話し合っている。

 教会の方へも、詳しい事情と共に連絡を入れた。

 質問を一通りし終えたら、フォモスが持っていた謎の睡眠薬で眠らせる手筈になっている



「ちゃんと飲ませたよ。それよりすごいな。こんなに早く効き目が出るなんて。どこで手に入れたんだ?」


「そんなことはどうでもいいです。今のうちにユーラを運ぶ準備をします」


 さりげなく褒めたつもりだったが、露骨に受け流される。

 先ほど出ていった他の三名も、続々と中に入ってきた。


 ハイスと、長身の医者と、そしてカイロスだ。

 ユーラが起きるのを待っているうちに戻ってきた。

 彼もやはり彼女の事を気にしているらしい。



「アニキ……なんで嘘言っちゃったんだ。後で余計に大変になるだけなのに」


 早々、ハイスが悲し気な表情をして細々と口ずさむ。



「わ、わるい……目の前の事しか考えられなかった……」


 ゼントは居心地の悪そうに下を向いて答える。

 日頃の悪い癖なのか、刹那的に行動してしまうことがあるようだ。

 でも分かっていても、あれでは仕方なかったかもしれない。



 二人は部屋に置いてある物を片付け始めた。

 その間、何もできないゼントは頭の中でユーラから聞いた話をまとめる。


 心なしか、本物の兄ように振舞ってしまった気がする。

 まだ心の整理がついていないのかもしれない。

 彼女は安心してくれたようだが、胸が痛み続ける。



 どうやら気を失う直前の記憶はあるようだ。

 それ以前の記憶の内容は、怖くて聞けなかった。

 彼女の思い込みと矛盾が起こってしまうかもしれない。


 何故自分は記憶に残っているのか、そして何故兄なのか。

 詳しく聞くには時間も無さ過ぎる。


 服についても、一応は感謝を伝えられたと言っていいのだろうか。

 当人が覚えていないのだから、こればっかりは仕方ない。



 不可解な言動と異常な色の瞳、もしかして、あの化け物が関わっているのか?

 あいつが前からずっと背後に居て、ユーラを操っていたのであれば、全てに説明がつきそうだ。


 結局一体何者だったのか。

 魔獣か、そもそも生き物かどうかも怪しい。

 人間に意識に干渉するなど、前例がないが、そう考えるしかなさそうだ。



 現実を忘れるほどに、深く考え込んでいると、

 皆が準備を進める中、カイロスが話しかけて来た。



「ゼント、その……お前が言っていた怪物の事、本当だったんだな。疑ったりして悪かった」


 彼らしくもなく深く頭を下げてくる。


「いや、仕方ないさ。俺ですら目を疑う光景なのに、他の人間が信じられるはずがないさ」


 ゼントはその謝罪を快く受け入れる。

 咎める理由は無いし、責め立てたところで何も変わらない。


 部屋に居る誰しもが、葬儀でも執り行っているのかとでも言うように重い顔をしていた。

 それは一番の部外者である医者ですらも……



「せっかく呼んでいただいたのに、お力になれず申し訳ありませんでした」


 カイロスに続いて長身の男も思いつめた表情で頭を下げた。

 彼は何も悪くないというのに、

 いや、この場に居る誰も悪くはないだろう。




「――撤収準備終わりました。それでは行きましょうか」


 フォモスが機械的に告げる。

 見ると部屋の中は綺麗に片付いて殺風景と思えるほどになっていた。



「教会までユーラは俺が運ぶよ……」


「いえ、先輩に手間取らせるわけにはいきません。私達で運びます」


 ゼントがそう申し出ると、またしてもフォモスが割って入る。

 先程から態度が冷たい気がするが、それだけユーラの事がショックだったのだろう。



「……それじゃあ、行きましょうか」



 無言の集団が建物からいでく。

 ふと空を見上げると見事なまでに晴れ渡っている。


 ゼントは列の後ろを歩きながら、意識を失いずっと背負われているユーラを見ていた。

 この診療所から教会はすぐのはずなのに、かなり長い時間歩いていた気がする。

 何か考え込んでいたはずなのだが、浮かんではすぐに頭を離れて行く。



 何事もなく教会へとたどり着いた。

 町はずれのその建造物は、中央に白く大きな構造物を構え、周囲には美しい緑の庭園があった。

 花が季節を知らずに咲き乱れ、小鳥は装飾を囀り、空の青さすら楽園という象徴に加担している。


 町の景観とも、今の彼らの状況とも残酷なほど合わない。

 どう見ても異質、そして歯を食いしばるほどに美しかった。



 前に、ユーラが一緒に行こうと誘って来た。

 なるほど、この風光明媚で少しは気分が晴れるかもしれない。


 ここがユーラの生まれ育った場所……

 目から入る思考は絶えることを知らず、しかしやはり頭の中にはとどまらなかった。



 構造物の入り口には一人の背筋を伸ばしたおじいさんが立って居た。

 白の聖職服に身を包み、のどかな表情を向けてくる。

 近くまでたどり着くと、年相応で想像通りの優しい声で語り掛けて来た。



「話は伺ってますよ。いろいろと大変だったようですね。私は赤ん坊の頃から彼女を見守ってきたのですが、こんなことになってとても残念です。彼女と一緒に居てくれてありがとうございました」


 ユーラの育ての親とは思えない程、爽やかだった。

 当たり障りのない事を軽く言っているわけでは無い。

 それは背負われたユーラに視線を送る、慈悲深い瞳を見れば明らかだった。



 そして、ゼントは失望した。

 何故こんなにもこのご老体は優しく、こちらを気に掛けるような発言をするのだと。

 怒号を浴びせられた方が、まだ罪悪感が癒えるのというのに。


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