第三話『悪夢』
町はずれにある、崩れた石造りの家のとある部屋の一角。
それが、今のゼントの住処だった。
天井は残っており、何とか雨風は凌げる。
しかし同時に、常人では絶対に住もうと思わない場所でもある。
何故、こんなところに住処を構えているのか。
理由は単純明快、彼にはここで十分すぎるからだ。
だが、ここを選んだ最大の理由は、何より町の外の近くに木々が生い茂る森がある。
そこからなら寒い夜は薪を集めてくればいいし、最悪食料が無くても取りに行けばよい。
それ以外に必要なものは、何一つとしてなかった。
最近は、簡単に食べられる軽食を、ユーラが作って持ってきてくれる。
何度断っても毎日持ってくる。意気地で健気な奴だ。
おかげで食料事情が助かっていることも事実なのだが………
今日も店から追い出されたゼントは、そんなことを考えながら、一角に添えられた寝床で無気力に眠る。
木の上に布を敷いただけの硬い寝床、しかし彼はこれ以上を望まない。
これが彼、ゼントの日常だ。
誰もが寝静まり、夜も更けた頃、ゼントは“彼女”の夢を見た。
全てが完璧だったあの女性の事を………
しかし、それも今の彼にとっては、悪夢以外の何物でもない。
“――どうしたの?うなされていたみたいだけど、大丈夫?”
彼女の影が体に絡みついてきて、顔の目の前で囁かれる。
その何もかもが、完璧だった彼女のままだった気がした。
しかし、例え夢に出てくる彼女がどんな表情をしていたとしても、
ゼントはいつも念頭に、彼女の最後の顔が浮かんでくる。
歪で、ただこちらを見つめ、醜く笑顔のままの……
絶対忘れたくはないが、それでもあの最後の逸脱した表情とセリフだけは、受け入れられたものではなかった。
彼は叫ぶように、がなり立てた!
「――その姿で!声で!俺に近づくな……!!」
すると彼女の顔は悲痛に歪み、奥の暗闇の中にゆっくりと消えていった。
――気が付くと、ゼントは寝床から跳ね起きた状態だった。
全身に汗が噴き出ていて、呼吸も乱れている。
言葉では彼女を拒絶したというのに、
何故か彼は何かを追い求めるように、右手を前に掲げていた。
妙に生々しい夢だ。
腕や体には、まだ彼女の影に絡み掴まれたような感触が残っている。
まさか、実際に何者かに絡み掴まれたわけではあるまいか?
そう思い、ゼントは寝床のある荒れた部屋全体を懸命に見渡した。
しかし、周囲に人の気配があるわけでもない。
安堵を胸に秘め、ゼントは再び寝床の上に横たわった。
時刻は深夜を回ろうとしている。
これ以上は起きていても仕方がない。
――彼は同じような夢を見ないことを祈りつつ、再び浅い眠りについた。
翌朝の、日もやや高く登った頃、
ゼントは、いつもの場所に居た。
今日も今日とてテーブルの上で、突っ伏している。
このところはもう毎日だった。
幸いあれから悪夢を見るような事も無く、無事に朝を迎えることができた。
しかし、彼の日常にも変化が訪れる。
昨夜の悪夢も、そんな日常の変化の幕開けに過ぎなかったのである。
とある人物が、ゼントのいる建物に入ってきたことから始まった。
この辺りではまず見かけない風貌だ。
おどおどと辺りを見渡している様子から、他の町から来た冒険者でもなさそうだった。
ゼントの居る建物、その本来の目的は飲食店などではない。
食事を出す店は、あくまでその本来の役割をこなす上で必要な、一部の顔でしかない。
建物の名は「冒険者協会」、ゼントが居座っているのは、建造物内部に設置された飲食店なのだった。
だから、彼女が入ってきたのも、建物が本来こなす役割のためであろう。
つまり、冒険者協会への新規入会希望者、または協会に何かしらの依頼を出しに来たのである。
見た者は誰しもが普遍的に、目を洗われる思いをするだろう。
それは姿かたちにあった。
彼女、いや少女と言った方が良いだろうか。
少女は黒い長髪で、黒いコートのようなものを着ている。
重い前髪、体全体を見ても黒一色だ。
ここまでなら何の変哲もないのだが、ここからが問題だった。
――あまりに白いのだ。
その顔や、袖先から見える肌が………
病的とも言える雪原のような表皮は、とても健康的とは思えない。
何か病を患っていると、そう言ってくれた方がまだ納得できた。
少女を人として見なければ、黒いコートと顔や、手先から見える手足が対比的で美しいと言える。
少女は、整然とした足取りで建物内を歩いている。
見る人が見れば、体の軸が真っ直ぐだという事が分かるだろう。しかも不自然なくらいに……
そして――
極め付きは少女の瞳の色だった。
その瞳の色は赤、――ただひたすらに赤い。
それもただの赤ではない、体に通う鮮血を切り取ったかのような赤なのだ。
瞳の色彩も異様だが、もう一つ異様なものがあった。
それは、少女の瞳の形――
彼女の瞳は綺麗な石で出来ているのか、それ以上に無機質なものと言えた。
瞳は、一切の輝きを発しない。
まるで死んだ人間の目のようだ。
色彩に富んでいるというのに、あまりの輝きの無さが彼女に瞳の良さの全てを台無しにしている。
こんな風貌をしているものだから、彼女が建物に入った時、ひときわ大きなどよめきが巻き起こった。
おそらくここに来るまでにも、町ゆく人からは同じような反応を得られるだろう。
しかし、テーブルの上に突っ伏しているゼントは考え事をしていて、存在に気づきもしない。
例え、周りからどよめきが起ころうとも、何事も無かったかのように自身の世界を狭める。
そんな彼を一人見つめる人物が居た。
今言ったあの白と黒の少女だった。
少女はテーブルの上に彼の姿を見つけると、周りには気づかれない程度の笑みを浮かべた。
――しかし少女の足取りは彼の元へ、ではなく、入り口正面にある冒険者協会の受付に向かうのであった。




