第三十九話『高唱』
「――え?それってどういう……?」
カイロスは相変わらず目を丸くして、訳が分からないとい言った表情をしている。
協会の広間の真っ只中、二人のやり取りはひそかに、いや誰もが周囲の目を気にすることなく注目していた。
「俺はただ、傍で見てただけだ」
嘲笑するように説明を付け加えた。
場は静まり返り、預かり知らぬ会話の行く末を見守っている。
「……すまんが意味が分からん」
理解が及ばずどうしようもないと、鼻を掻きながら諦めて聞き返す。
するとゼントは、突然に大きな声を出して話し始めた。
やや不自然だがこれで行くしかない。
頭の中で決めたからには、全力でやり遂げよう。
「だから!!俺の今までの功績は!全部もともとあいつの……“ライラ”の物だったんだよ!!俺はあいつの評価を横から掠め取って、甘い汁を吸ってたんだよ!!」
それは、彼の声帯を酷使して出てきた言葉であった。
普段こんなにも声を張り上げることがあっただろうか。
覚悟を決めて言い出したことが理解されず、聞き返されたのだ。
少なからず同情も寄せられよう。
一度言い出したら、慣性が働いているかのように口はもう止まらなかった。
頭のネジが外れたのか、場違いにも声を張り上げる。
まるで、わざと周りから注目を集めて、喧伝するかのように、
すぐ隣に居たセイラはこの辺りから顎に手を当て、終始考え込んでいた。
「昔も今も俺は何もできない人間だったのさ!!本当は弱い人間だったのに、偽ってさも実力があるかのように振舞ってたんだよ!!」
その言葉を最後に、辺りは再び静寂に包まれた。
同時に周りの空気が、視線が、冷たく彼を切る。
カイロスはようやく状況が呑み込めてきたようだ。
腕を組み、唸りながら十数秒考えたのち、目を見開いて語り掛ける。
「……それが本当だとしたら、まあ問題はある。でも気になるのはそこじゃない。何で今日、こので言ったんだ?」
怒りに満ちた声ではないが、芯がはっきりと確認できた。
ゼントも応えるかのように、言葉をはっきりと返す。
「俺は強い冒険者ではないと伝えたかった。だから、高度な依頼はできないし、協会の要望も応えられない」
計画はほぼ完璧だった。
思惑通り、周囲に居た冒険者には自分が卑怯者という事を知らしめた。
これで、誰にも邪魔されない時間を作れると確信している。
「お前の告白には証拠がない。仕事をしたくないが為に、嘘言ってる可能性もあるだろう?」
訴えかけるように信念を込めて言い放ったのに、カイロスはまだ疑っている。
当然だった。なぜなら気になる点が多すぎるからだ。
「わざわざそんな回りくどい事するはずがないだろう?信じないのなら、周りに聞いてみればいい。俺が真面に仕事できているところなんて、誰も見たことが無いだろうからな」
「………分かった。調べておく」
調査を提案すると、カイロスは力なく答えた。
「あと今日は実習教育の報酬を受け取りに来た。特別報酬とやらも含めてな」
「お、おう……」
かねてより渡そうと思っていた金を、袋に纏めて目の前に差し出す。
ゼントは中身をちらと確認して、そして――
「――じゃあ俺はこれで………」
早口に捨て台詞を吐き、振り返り気まずそうに出て行こうとした。
肩を落とし疲れ切った後ろ姿は、今にも崩れてしまいそうな弱々しさがある。
「待て、じゃあ、あの黒髪の少女の居所を何か知らないか?まだ支援金とか渡せてないんだが……ほら、ずっと一緒に居たんだろ?」
もう少し掛ける言葉を考えるべきだった。
だがカイロスは、この場に引き留めようと必死だったので、上手くまとまらなかったのだ。
このまま去ってしまったら、以前のように戻れない気がしてならない。
となりにいるセイラにも何でもいいから言葉をかけてほしかった。
だが、彼女は考え込んでいるようで、二人の会話に意識が向いてないようだ。
「俺はあいつとは既に関りを持ってない。悪いが何処に居るのか見当もつかない」
一時的に足を止める事には成功したが、ゼントは後ろを向いたまま答えた。
しかし、長居はしたくないとばかりに、すぐにまた歩き始める。
もう彼の歩みを止めることは無理だった。
ただ後姿を眺めることしかできない。
結局、彼は一歩一歩着実に出口へ向かっていき、終に姿が見えなくなってしまった……
「――はあ……なんでこんなことになっちまったんだ………」
残ったカイロスは顔面を両手で隠して蹲った。
「なあセイラ、昨日会った時に何かあったのか?」
座り込みながら彼女の方を見る。
椅子に座ったまま考え込んでいたようだが、こちらに気が付くと淡々と言葉を返される。
「心外ですね。そんな事あるわけないじゃないですか。全く異常はなかったように見えますが」
心なしかいつもよりも感情が薄い。
カイロスは再び大きなため息を吐いた。
それ以外にできることは今の彼には無い。
◇◆◇◆
一方協会建物の外に出たゼントは、入り口に居た二人の存在に気が付く。
どうやら、こっそりと中の様子を覗き見ていたようだ。
一悶着があった後からゼントが出てくるまでの一部始終をずっと見ていたらしい。
何か思うところはあるのだろう。しかし、彼を待ち構えていたかのように、真っ先に言ってきた。
どうやらそれ以上の緊急の事態があるらしい。
「――あの……アニキ!ユーラが………!」
――そこにはいつかの夜、路地裏で見た二人の少年の姿があった。




